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逆境とき、すべての欲とこだわりを捨て去ったとき、人は思わぬ力を発揮できる

 1945年の終戦で国から配給される食糧では足りなかった。焼け野原の大阪で寒い冬の夜、安藤が闇市を通りかかると、長い行列ができていた。一軒のラーメン屋台があって、寒さに震えながら粗末な服を着た人々は順番が来るのを待っていた。温かいラーメンをすすっている人の顔は、幸せそうな表情をしていた。安藤はこの行列を見て、そこに大きな需要があるのを感じた。大衆の中にこそ時代が変わる予兆がある。
 理事長をしていた信用組合が倒産したため、安藤は無一文になった。しかし、安藤は「失ったのは財産だけではないか。その分だけ経験が血や肉となって身についた」と考えると、新たな勇気がわいてきた。逆境に立って、すべての欲とこだわりを捨て去ったとき、人は思わぬ力を発揮できる。
 かねてからのアイデアである、お湯があればすぐ食べられるラーメンの開発を試みた。安藤は麺については素人であった。素人だからこそ常識を超えた発想ができた。部下もいなければカネもない。一人で取り組むしかなかった。庭に小屋を作り、まったく手探りの状態で研究を始めた。朝五時に起きるとすぐに小屋にこもり、夜中の一時頃まで試作を続けた。興味をもって取り組んだ仕事には疲労がない。睡眠は四時間しかなかったが、一年間一日の休みもなく続けた。発明はひらめきから。ひらめきは執念から。執念なきものに発明はない。
 安藤は、いったん取り組んだら放さない執念、世の中の役にたつことをしたいという並々ならぬ志を持っていた。常に子どものような好奇心を持ち続け、発明・発見と、もの作りが大好きだった。安藤は眠るときも、メモと鉛筆を枕元に用意する。四六時中、考えて、考えて、考え抜いた。
 即席麺の開発は何度も壁に突き当たった。お湯を注いてすぐ食べられるような簡便で保存できること。この二つが大きな壁となった。一つ一つ試みては捨てていく。開発とは、これでもかこれでもかと追究する作業である。失敗を重ねた結果、あらかじめ麺にチキンのスープを染み込ませ、油で揚げると麺は乾燥し半年間保存可能となり解決できた。試作品はお湯を注いで二分待つと食べられた。世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」の完成である。
 この時、安藤は48歳だった。安藤は「人生に遅すぎるということはない。50歳でも60歳からでも新しい出発はある。振り返ると、私の人生は波乱の連続だった。両親の顔も知らず、独立独歩で生きてきた。数々の事業に手を染めたが、まさに七転び八起きの浮き沈みの激しい人生だった。成功の喜びに浸る間もなく、何度も失意の底に突き落とされた。しかし、そうした苦しい経験が、いざという時に常識を超える力を発揮させてくれた。即席麺の発明にたどり着くには、やはり48年間の人生が必要だった」と話している。
(
安藤百福:1910- 2007年、実業家、発明家。世界の食文化となったインスタントラーメンの創始者で、「チキンラーメン」と「カップヌードル」を開発した。日清食品株式会社の創業者)

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