授業をつくるには「これだけは何としても教えたい」という内容・教材を鮮明に持つこと
授業をつくるには、第一に「これだけは何としても教えたい」という内容・教材を鮮明に持つことである。
教えるべき内容を鮮明につかんでいるかどうかは、指導案の「ねらい」をみれば一目でわかる。「表現力を育てる」なんてことを一言書いているだけのものがある。これなど、どの時間にもこのことがいえる。だから、本時のねらいとはいえない。「どんな教材」を使って、「どのような方法」で「どんな表現力」を育てるか書かなければ本時のねらいとはいえない。
自分のクラスの実態があって、そのうえに立って「こんな子どもだから」「こんな内容を教えなくてはならない」ということになるのである。資料を読む力なども考えて、教えるべき内容を考えなければならない。
指導案を見て驚くのは、ねらいがあいまいなものが多いということである。この点を改善するには、教材研究をしっかりするしか方法はない。
これがわからない人は、「これは面白そうだ」という他人の実践例をとりあげ「追試」をやってみることだ。私自身「追試」と「ものまね」で力をつけてきたように思う。
「追試」をやっておれば、
(1)どんな教材を使うと、授業が面白くできるか
(2)どんな「発問・指示」をすると、子どもが動くか
(3)どんな指導法を用いると、子どもが活動的になるか
といったことが、いつの間にかわかってくる。
ものまねでよいから、しっかりやってみることだ。子どもの動きが違う、くいつき方が違う、目の色が違うことなどから「何がよいか」ということがつかめてくる。
これさえやらない人が多い。もっとも、雑誌も本も読まなければ「追試」のしようがない。何を「追試」したらよいか、その例さえつかめないのだから。
授業づくりの第二の条件は「発問・指示」を考えることである。
「これだけは何としても教えたい」ということが鮮明になれば、大てい「発問・指示」は浮かんでくる。
例えば、郵便ポストで「手紙の大切さ」を引き出したいというねらいが決まれば、子どもたちにケント紙一枚提示して「この紙で、ポストを作りたいのだが、どうだろう?」という発問が決まる。
子どもたちは「ダメ!」と言うに決まっている。このことを予測して「どうしてダメか。紙ならポストを作りやすいよ」とゆさぶりをかける。
「紙では、大切な手紙が、雨が降ったらダメになる」と子どもたちは言う。
「手紙がぬれたってかまわないじゃないか」と更にゆさぶる。
「母キトクなんて大事なことを書いたものがダメになったら大変じゃないか」というのである。
結局、手紙の大切さがはっきりし、そのためには「鉄」のポストでなくてはダメということになる。
発問によって、このようにねらいに迫っていくのである。つまり「子どもの反応を集約・焦点化」するのである。これをやらないため、何をやっているかわからない授業になる。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)
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