アメリカは教育崩壊からどのようにして学校を立ち直らせたか
アメリカはヴェトナムとの戦争の影響で、1960年代には、極端な人権主張、反体制・反伝統の風潮がアメリカ社会を覆い、若者の反抗、麻薬の蔓延、離婚の増加、フリーセックスなどが蔓延していった。
教育界においても学校が崩壊の極みにあった。一部の急進的な学者たちが「教育の人間化」を主張した。「学校でのルールの押しつけはいけない」「子どもへの寛容さが大切」などと、教師の権威や学校の管理体制を攻撃した。その結果、学校の規律は崩壊し、暴力、麻薬、アルコール、タバコ、喧嘩、いじめ、教師への反抗が広がった。学校はまさに「病めるアメリカ」の縮図となっていた。
こうした状態を国家的危機と捉えて、レーガン政権は1983年 にレポート『危機に立つ国家』で教育改革を訴えた。こうした政府の呼びかけに呼応して、教育現場で立ち上がった人々がいた。ワシントン州タコマ市のフォス高校の教師たちである。1991年フォス高校は暴力問題を早急に解決するという声明を出し、そのために規律の強化を行った。生徒たちには「喧嘩をすれば、除籍される」と宣言した。その結果、1992年には、喧嘩は12件へと激減し、翌年には3件となった。フォス高校は、コミュニティと協力して「ゼロトレランス地域」を宣言し、秩序と安全の確保を謳った。ゼロトレランスとはルール違反を見逃さない厳格な教育ということである。
フォス高校のゼロトレランス方式の成功は、全米に伝わり、各地に広まっていった。1997年にクリントン大統領は「規則を整備し、ゼロトレランス方式を確立すべきである」と呼びかけた。ゼロトレランス方式が全米に急速に広がるにつれ、暴力や麻薬などの犯罪的な問題行動は急速に沈静化していった。それにつれて、ゼロトレランスの概念は、欠席・遅刻、怠学、授業中の態度など、日常的な規律立て直しにも拡大されていった。
ごく小さな規律違反にも、教師は直ちに注意を与え、あるいはごく軽い罰を与えて、問題の芽を小さなうちに摘み取ってしまおうとする「段階的しつけ」という考え方である。逆に良い行いをすると、誉められたり、ご褒美を与えられたりする。たとえば、小学校で一般的な指導方法は次のようなものだ。
子どもが授業中におしゃべりをしたり、宿題をやってこなかったら、教師から注意を受ける。逆にゴミを拾って教室をきれいにしたり、友達に親切にしたら、担任の先生から褒められ、特に良い行いに対しては、全校の朝の放送で表彰され、ご褒美が与えられる。子どもには一人一人行動記録カードを持たせ、褒められたり叱られたりしたら、記録させる。各人毎の善悪の集計が行われ、これが行動評価一覧表として掲示板に貼り出される。誰が「善い子」か「悪い子」か、一目瞭然となる。子ども達は競って「善い子」になろうとする。特に「悪い子」は、教師が保護者を呼び出して、反省を促す。
破れた窓を放っておくと、また次の窓が破られ、それが徐々に拡大し、ついに街全体が荒廃する、という「破れ窓の理論」があるが、これを教育現場に適用したのが「段階的しつけ」である。
中学や高校になると、「お仕置き」が多用される。放課後の居残りや土曜日登校による補習、放課後の教室清掃、校長の横での昼食、などの方法がある。かつての日本でも廊下に立たせるというやり方があったが、まさに同様の「お仕置き」である。お仕置き部屋を設ける学校が多い。ブースで仕切られた席があり、遅刻や宿題を忘れた生徒は、教師の監督のもと、孤独な環境の中で、自分の行為について反省させられる。
こうしたお仕置きでもなかなか立ち直らない問題生徒は、オルタナティブ(代替)・スクールという各教育管区内に設置されている特別指導用の学校に送られる。手のつけられない問題生徒を正規の学校に放置しておくと、大多数の善良な生徒たちの規律正しい教育環境を乱すし、また、こうした問題生徒は、別の環境で立ち直らせる必要がある、という考えからである。また不登校や引きこもりの生徒も、オルタナティブ・スクールに強制的に出校させて、専門家の指導も加えて立ち直らせる。
(伊勢雅臣:1953年東京都生まれ、製造企業に就職、経営学博士、国民文化研究会理事)
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