« 私の生き方は仮説実験授業によって育てられた | トップページ | すべてのものから学びとるようになって、働くことが楽しくなった »

親や先生は子どもを叱らないようにしているが、子どもは叱ってほしいと望んでいる

 落語家の私が全国の少年院や刑務所などへの慰問を始めて32年になります。少年院の子どもたちの言葉に耳を傾けると、彼らの心の中が少しずつですがわかってきました。親からの放置、拒絶、無関心、過干渉。教師の無理解、教育放棄にさらされ、孤独のサインを出しても無視され、ほめられず、叱られもせず、ただ怒られるのみで、足を踏みはずした子どもがほとんどなんですな。
 私が32年間、少年院にいる子どもたちを見てきて思うのは、子どもは自分を心から叱ってくれる大人がそばにいたら罪なんて犯さなかったんだろうなあってことです。
 栃木県足利市は高校生の川柳を募集し、全学校の生徒が投票したところダントツの一位に選ばれたのは「たまにはヨ、叱ってみろよ大人たち」です。
 いまの親や先生は、不快な気分になるのを避けて、できるだけ子どもを叱らないようにしたいと心がけています。つまり、お友だち感覚です。ところが子どもたちは、親や先生とお友だちになりたいなんて思っていません。「大人として、きちんと叱ってほしい」と望んでいるんです。叱ることの大切さを、実は親も先生もわかっているんでしょうが、具体的にどうしたらいいかわからないんでしょうなあ。
 私は講演などで「怒るのはダメ、叱ってあげなさい」というようなことを話します。「怒る」のと「叱る」のとはぜんぜん違うんです。子どもは「怒る」と「叱る」の違いはすぐにわかる。それは、叱るということに、自分への「共感」が感じられるからなんです。いまの親は、怒るのはたいへんお上手ですが、叱るのはとっても下手です。
 「怒る」は、感情にまかせて自分の都合を押し付ける行為。自分を弁護しようとする心理です。子どもが事件を起こしたときに、親が「出ていけ!」「あんたはうちの子じゃない」と言われたことは子どもたちはしっかりと覚えている。
 親は「私がこんなに怒るほどお前は悪いことをしたのだ。私に悪いと思え」と、自分の気持ちを保護するために怒る。だから、感情に任せて一方的にどやしつけると効果的です。激しいほど自分を弁護できますからね。
 怒る親は、自分の子どもをやっつけたいわけで、いうなれば自己満足の世界です。自分を守るために子どもを怒る。これでは、子どもと意志の疎通はできません。子どもは傷つくか、腹の中で敵意を燃やすばかりです。繰り返されれば、憎悪を膨らますに違いありません。
 いっぽう、「叱る」は愛情を持って過ちを正してあげること。子どものために「諌(いさ)める(忠告する)」ことです。子どもがこちらの言葉をどのように受け止めるか想像した上で、子どもを正しい方向に導いてやることが「叱る」ということです。
 そのためには正面から子どもと向き合い、子どもの心をしっかりと理解する必要があります。叱る側にも責任がありますから、気まぐれやストレス発散で「叱る」ことはできない。子どもが何かやらかしたら、まず、「子どもを穏やかに見守り、手助けする」という気持ちを肝に銘じてから「こら、何をやっているんだ!」と向かい合う。これが「叱る」です。
 子どもは大人たちに叱られるのを待っているんです。これ、本当なんですよ。子どもたちは、親や教師の本音の愛や叱りを求めている。「話し上手は聞き上手」と昔からいいます。子どもの話に「うんうん、そうなの」と相づちをうちながら、ずるずると心の中の想いを引き出して、いつの間にやら丸裸にしてしまう。つまり、最初に相手のいうことを「わかるよ」と、いったん受け入れてあげることなんです。そのあとで「でもね・・・・・・」と、何がどういけないのか、説明する。叱ってあげる。
 まずは親が聞き上手になることですよ。たとえば、子どもがクラスの子を殴ったときに、学校から呼び出されたり、殴った相手の家へ行ったりしますね。親は「俺に恥をかかせやがって・・・・」というような気持ちで「ほら、謝れ!」なんて親の体面のために謝らされると、子どもは本当の意味で謝れない。やったことを反省して心から謝罪するためには、子どもの言い分を親が聞かなければいけないんです。そうしてから、しっかりと叱れば、子どもは二度と同じことをしないし、相手にも心から謝ることができると思います。
(
桂 才賀:1950年東京生まれ、海上自衛隊を経て、落語家。桂文治に入門し古今亭志ん朝門下へ移る)


|

« 私の生き方は仮説実験授業によって育てられた | トップページ | すべてのものから学びとるようになって、働くことが楽しくなった »

叱る・ほめる・しつける」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 親や先生は子どもを叱らないようにしているが、子どもは叱ってほしいと望んでいる:

« 私の生き方は仮説実験授業によって育てられた | トップページ | すべてのものから学びとるようになって、働くことが楽しくなった »