« 学級の荒れや崩壊を更生するには、どのような方法があるか | トップページ | 学校と保護者との信頼関係を作るためのちょっとしたきっかけ作りとは »

一流の人たちの修業時代とはどのようなものか

 修業時代は悩みの多い時期だ。壁にぶち当たって悩む。問題の解決に悩む。誰しも、そうした経験が何度かある。それが当たり前だ。そして、悩みの時期を経て人は少しずつ成長し、前進していく。
 私は悩みの多い修業時代を持つ、一流の創業者、アーティスト、職人、営業マン、異なる環境に飛び込んだ人など15人の経験談をインタビューした。
 例えば、職人にとっての修業のつらさとは、孤独と向き合うことだ。指導者や先輩がいたとしても、結局、技術を自分のものにするには、たったひとりで問題を解決しなくてはならないからである。
 とくに、独立して、自分の店を出した職人は孤独な環境に陥る。先輩や同業者のアドバイスはあるにせよ、経営と技能の上達を両立させるには、自分自身で試行錯誤するしか方法はないからだ。職人たちの修業時代とは孤独に耐えることであり、自ら工夫して、成長していくことに他ならない。
 創業者である塚越寛(日本一の寒天メーカー会長)は、長い闘病生活という苦労を体験したから、人の痛みには敏感だった。リストラはしない。「社員のやる気を引き出すにはどうすればいいか考えた。よし、社員が自分の家庭のように感じる会社にしてやろう、と。いったん社員になにかあったら完全に面倒を見るよ。社員の家が火事で焼けたとき、私は陣頭指揮をした。社員が駆けつけ、衣服などをカンパし、家の建て替え資金を無利子で貸し付けた」
 塚越がこれから修業時代を迎える人に言いたいことは「自分の軸(時間軸と進歩軸)を持つこと。理想の目標に向かって達成するために時間をかけること。それと、つらいことは忘れること。忘れてしまえば、自分の人生は楽しい思いで満たされる。過去のことを考えるより、夢を見る。そして末広がりで生きていくんだ」と。
 私が取材すると「修業時代は今も続いています」と大半の人はそう答えた。例外なく彼らは自分に厳しい。他人から見れば、彼らは充分に成功している人たちなのだが、彼ら自身は現状を満足していない。
 ビジネスの世界に限らず、芸術、芸能、料理などのあらゆる分野において、ひとり立ちするのは簡単なことではない。自らを律する心が不可欠だ。
 彼らは、自分に厳しい人物ではあるけれど、一方で、仕事に取り組みながら、そのなかで楽しみを見つける目を持っている。例えば、セールスの大久保さんは、客に怒鳴られながら、怒られている自分自身を楽しんでながめていた。
 彼らに共通するのは、自らを律しつつ自分を見つめ、仕事をしながら楽しんでいることである。そこでわかったことは、修業時代とは、自分自身を徹底的に見つめる時代であり、修業時代の終わりとは、仕事を楽しんでいる自分を発見することだ。
 彼らをインタビューしてわかったことは、修業とは技術を磨くということではなく、磨こうと悪戦苦闘している自分自身を他人の目で客観的に評価するということだ。自分を見つめることを欠いた悪戦苦闘は、修業とは呼べないのである。
 私が考える修業時代とは、自分を見つめることであり、それが終わった瞬間とは、仕事の最中に、ふと微笑む自分を発見した時である。
(
野地秩嘉:1957年東京都生まれ、出版社、美術プロデューサーを経てノンフィクション作家)

|

« 学級の荒れや崩壊を更生するには、どのような方法があるか | トップページ | 学校と保護者との信頼関係を作るためのちょっとしたきっかけ作りとは »

人間の生きかた」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 一流の人たちの修業時代とはどのようなものか:

« 学級の荒れや崩壊を更生するには、どのような方法があるか | トップページ | 学校と保護者との信頼関係を作るためのちょっとしたきっかけ作りとは »