一流の人間とはどのような人か、一流の人間を育てるためには、どうすればよいか
人間が実社会の中で生きていくためには知識だけでは幸せにはなれません。松下幸之助(注)は幹部社員に「君な、どんなに立派な知識や高度な技術を身につけても、それはしょせん道具にしか過ぎないのや。それを使う君自身が人間として立派にならん限りは、絶対にいい仕事はできんのや」と言いました。
人間としての値打ちを上げるためには「心」を育てる必要がある。心が貧しいのにどんなに立派な知識を身につけても、しょせんその知識は生きてこない。いわば三流の人間に一流の道具を持たせても、ダメだということです。
人間としての一流は、周りの人のことを常に自分のことのように考えられる心を持つことだと思います。それは「志」を持てばめざすことができる道なのです。一流の人間にふさわしい「心」を育てるためには、みんなのために必要なことだと思ったら多少損をしてもいいから困難なことでも「私がやります」というように「一歩前に出る」という精神を育てることだと思います。
松下電器がなぜ伸びて大きくなったのか。その理由は簡単です。町の電気屋さんと共に汗を流してきたからです。社員がお得意先の電気屋さんを訪問すると、大きな声で挨拶したあと、雑巾で拭いたりして店を一生懸命きれいに掃除したのです。店に商品が届くと店の人と一緒に運びます。一緒になって汗を流すことによって店の人と心の絆が結ばれていったのです。
日本のリーダーを養成する松下政経塾を創設した松下幸之助は塾生に向かって「立派な政治家になるために、誰よりも早く起きて、自分の身の回りをしっかりと掃除してや」と言いました。苦労を買ってでもする「心」が一流の人間になる道だと言いたかったのだと思います。一番苦労した人間が、一番感動し、得をするのです。このことをぜひ心にとどめていただきたいと思います。
松下幸之助は、人を育てるとき、くちぐせのように「自分の頭で考えなはれ」と言っていました。自分の頭で考えることを徹底して求めた人でした。人がやっているから真似をしよう、よそが成功したからうちもやろう、というような安易な気持ちで事業をやっても、絶対に本物にはなれません。時間がかかってもよいから、自分の頭で考えるという主体的で積極的な態度がなければだめだ、という考え方でした。常に「君はどう考えるんや」と社員に考えさせました。
骨身にきざむような苦労をしながら学んでいくのが本当の意味の生きた勉強だと思います。人に言われてやる、人に教えられてやるというのでは人の成長はしれています。自分の頭で考え、求め、悩み、そして気がつくということが成長につながるのです。
実社会での勉強は幅広く奥深いもので、本当に問題意識を持って何かをつかもうと強い気持ちになれば、すべてのもの、すべてのことが「先生」になりうるのです。
例えば、一流の料理屋さんへ行けば、出された座布団はきちんと裏表・前後が正しく整えられています。たとえ高級車に乗っていても、そういうことを知らないと、人間としての値打ちが見抜かれてしまうのです。
ある朝、出勤してきた松下幸之助は秘書に「今度、松下電器に来る外国の人は、どんな人か知ってるか?」と聞きました。秘書は一応、知っていることを答えました。あくる日も、同じことを秘書に聞きました。秘書は一瞬、社長はボケはじめたかな?と思ったのでしょうか、同じ答えをしたのです。三日目にも、同じことを聞きました。さすがに秘書も答えながら「おかしいな」と思いました。ボケているのではなく「答えに満足していないんやで」という意味かなとハッと感じて、その日の午後、図書館で調べ、本を買ってきて徹夜で読み要約し録音しました。四日目の朝、聞かれたので「社長、時間があったら一度これを聞いてください」と録音したものを渡しました。五日目の朝、「おはよう、君、なかなかええ声してるな」とひと言だけ言いました。彼はこのことを一生涯忘れられないと言っていました。
この話を聞いて私はたいへん感動しました。私が社長なら「君なあ、その程度のことは僕も知ってるんや、もっと調べてくれるか」と言うでしょう。そうすると次第に部下は考えなくなってきます。私の子育ても振り返ってみると、次から次へと「早くしなさい」とせきたて、ほとんどが子どもの考える力を奪い続けるものでした。
「待つことは愛である」という言葉があります。私たちは、なかなか待つことができません。そのため、人が育たないということになるのではないかなと思います。
(注)松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者。
(上甲 晃:1941年大阪市生まれ、松下電器産業副理事、松下政経塾副塾長を経て「青年塾」を創設)
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