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若い経験の少ない教師が荒れた学級を立て直すにはどのようにすればよいか

 私が新卒1年目のとき学級は荒れていた。私は未熟で、高慢で、いい気になって謙虚さのかけらもなかった。人間は謙虚さがなくなると、まわりが見えなくなるし、自分自身も見えなくなる。
 新学期の始業式を終え、教室に入ると子どもたちは神妙に私の顔を見ていた。今思えば、その静かな時間は黄金の時間だったのだ。どんな腕白な子どもでも「今年こそは」と思っている貴重な時間だったのだ。どの子どもも新しい学年に胸をふくらませている。しかし、そんな自覚のない私は何を子どもたちに言ったのかほとんど覚えていない。休み時間になって、子どもたちが「給食残していいですか」といったことを聞いてきた。これらの質問は「この先生はどこまで許してくれるのか」を見るためのアドバルーンだった。私は見逃していた。一つ一つ全員の前で確認しなければいけなかったのに、そんなことには気づかなかった。
 荒れた学級を受け持つときでも、荒れてない場合でも、初日の出会いが肝心なのだ。その日までに、これから受け持つ子どもたちのできるだけ多くの情報を仕入れ、必要ならば本を買い、専門家に聞いて回るなどして対策を練る必要がある。少なくとも最初の一週間に何をするのか細かく組み立てなければ、学級は荒れる可能性が大なのである。
 教室にはいつもゴミが散らかっていた。「汚いと思ったら、子どもたちは自分でやるだろう」くらいに考えていた。子どもたちに落ち着きがなかったので窓ガラスは月に一枚は割れた。授業は覚えの悪い子に合わせ、しつこいほど私が説明していた。しまりのないダラダラした授業だった。「悪いのは子どもだ。言うことを聞かないほうが悪い」と私は思っていた。「ただ怒鳴り散らす」だけという私の行為が、子どもの荒れ、学級の荒れを生み出しているという最も大切なことに、まだ気づけなかった。自分の学級だけ事件が多かった。
 三学期当初、私は流行性結膜炎になって1週間ほど学校を休まなければならなかった。やることがなかったから本屋に行った。向山洋一の本が目に止まった。時間があるので読んでみる気になった。思えば、その瞬間から私の人生そのものが変わったのだ。こんな素晴らしい教育実践が有り得るのかと。それからの私は金があれば向山や法則化関連の本を買い読み続けた。授業でやりたいことが山ほどでてきた。
 病気が治り、子どもたちに「先生は今日から生まれ変わる。今までみんなにひどいことをしてきた。そのときは遠慮なく言ってもらいたい。先生はまず、ひいき、差別をなくしたい。みんなもそうしてほしい。ぼくもなくすよう努力していく」と願いを訴えた。こんな学級にしたいという教師の強い思いがなければ、子どもたちがまとまるはずがない。
 それから私は授業を楽しくしていく努力を続けた。子どもたちとのつながりは、やはり授業が一番強いのだ。毎晩、つぎの日の授業の発問を考えた。多くは法則化の追試である。子どもたちの反応が、それまでの授業とまるで違っていた。授業を楽しくしていくと同時に、教室内ではボールで遊ばないことなど、教室のルールを確認していった。一人ひとり違った対応で学級が混乱しないよう、「全員の法則」で徹底させた。
 掃除も下手な子どもたちだった。私のせいなのだが、私もいっしょに掃除をしてみると、黙々とやっている子に気がついた。それまでは私は見えていなかった。私はその子をほめちぎった。それを聞いたまわりの子も影響され、まじめに掃除をする子が増えていった。
 教師になって一か月で運動会があった。全校のラジオ体操の指導を担当することになった。指導する技術を持っていなかった。「体操隊形に広がってください」と指示してもうまくいかなかった。その後、六年連続で指導するうちに、まず「上手だなあ。前より、ずっと上手だ」と子どもをほめるようになった。「ブンと音がするくらい腕をまわしなさい」と子どもの動きが変わる言葉を見つける努力もした。
 子どもをほめることが最も重要なことだ。ほめるにも何をほめるかが大切だ。子どもの動きを細分化し、どこがいいのか具体的にほめなければ効果があがらない。「腕をやりのように空に刺しなさい」「よし、グザッといく音が聞こえそうでした」と具体的なほめ言葉で子どもはかわるのだ。
 次の年の4月、学級を組織した。当番、班、係の違いを明確にしていった。係は「おまつり係」「読書二千ページ達成係」など学級の文化を創造するものが生まれた。ついて裏文化を活性化させた。けんだま、コマ、お手玉、将棋、オセロ、チャレランなどいろいろ持ち込んだ。自分たちのやりたいことができる遊びが広がることによって、子どもたちは学校生活を楽しんでいるようだった。実際、けんかは激減、ガラスも割れなくなり、教室がごみだらけということもなくなった。これらのことは、子どもたちの心にストレスがたまっているかどうかのパロメーターなのかも知れない。
 しかし、授業の力はすぐに身につくものではなかった。月に十冊は教育雑誌を読み、ボーナスで三万円分の本を買い込んでも、テンポがなく知的興奮のない授業だった。私は同僚と授業を見せあうことにした。若い仲間はみんな未熟だったが「あんな発問で子どもが動くか」と、言いたいことを言いあえる仲間だった。私たちは幼いひょっこなのだ。本に書いてある通りに実践してみるところから始めるほかはないのである。自分の授業の力を高めたいという思いでいっぱいだった。
 荒れた学級の授業を見て私と同じだ。「何をやってもダメだ」と絶望し教職を去った人もいる。しかし、それはやり方がダメだったのだ。我流では何をやってもダメなのである。荒れた学級を救う道は、教師自身が変わることである。教師自身が謙虚に学び始めることである。教師が反省し、謙虚になれば見えてくる。我流時代には見えなかったことが、向こうからとびこんでくる。
 子どもにとって価値ある教師になるためには、「見えていない」ことに気づくことが不可欠である。私の教師生活は失敗の連続である。しかし、私は「自分は見えていなかった」と心から恥じる経験をこれからも数多くしていきたい。それが教師修業であると考えている。
(
根本正雄:1949年茨城県生まれ、元・千葉市立小学校校長、TOSS体育授業研究会代表、根本体育の提唱者。誰でもできる楽しい体育の指導法を開発し、全国各地の体育研究会、セミナーに参加し普及にあたる)

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