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管理職や主任から学んだことが私の自己形成の契機になった

 私のモデルとなった教師像はI先生で中学・高校で理科を教わり、高校の担任をしていただきました。いつでも明るく笑い、何でもおもしろそうに話してくださいました。口ぐせは「どうせやるなら、楽しくやらなくっちゃね。損でしょ」でした。授業中の説明は、わかりやすく例えを駆使してイメージをふくらませ、生徒との体験と結びつけさせ、記憶する必要があるものには覚え易いリズムをつけて示す、というように、生き生きとしたものでした。気がつくと私もそっくりそのまま同じ話をしていることがあり、自分でおかしくなることがあります。
 私が教職についた学校のM教頭にかわいがっていただき、教師としての基本を教えてもらいました。通知文や宛名の書き方、時候の挨拶まで、毎日の仕事の中で必要なことは気がつくと、ほとんどM教頭から教えられました。教育法規の手ほどきも受けました。「これだけはぜひ持っていなさい」と言われたものに東京都教育例規集があります。日常の仕事はすべて、法規に基づいていることを改めて認識させられたものです。
 直接、教科や生徒指導にかかわる事柄でないので、M教頭との出会いがなければ身につけることができなかったかもしれないと思うと幸運であったと感謝しています。
 三度目に一年生を担任したとき、生徒に週ごとの生活計画表を作成することを始めました。実際に作成させると、家庭内のさまざまな事情がわかって、生徒一人ひとりの後ろに実に多様な人生模様を見てしまったようで、感動にも似た複雑な思いを覚えました。生徒が置かれている背景を的確につかまなければ、どのような指導もできないことを学びとりました。
 学年主任に「どんなよい実践でも、周囲の理解を得られなくては効果が期待できない」と「根回し」が必要なことを教えもらいました。いきなり会議の場で提案するのではなく、事前に自分の考えていることをそれとなく伝えてわかってもらうことの大切さを説かれました。また出席簿のつけ方から保護者会の進め方まで至れり尽くせりという具合でした。
 生活指導主任の先生には、担任の生徒の問題行動について多く相談にのっていただきました。生徒だけを見ていてはだめで、家庭、交友、学習、運動能力、興味関心等々把握して、そのうえで総合的な分析をする、という手法を教えていただきました。
 現在、私が困難に感じていることや悩みは人間関係であると言えます。教育が成り立つためには、生徒や親と教師との間が信頼関係で結ばれていることが不可欠です。最初は生徒も教師も互いに相手がどういう人間なのかさぐりあうことからはじまります。
 中には不信感の塊でどんなに心血を注意でも心を開くことのない生徒もいます。こういう生徒の親は必ずといっていいと思うほど不信感が強くて難しいのです。このような生徒には、授業中はもちろん、あらゆる機会に目をのぞき込むようにして声をかけ続けました。親には何でもいいから用件を作って電話とメモで働きかけました。
 その生徒の親と心が通じたのは父親でした。聞いてみると、きっかけは、私が「私にできるだけのことはするから遠慮なく、どんな相談でもしてください」と日頃から電話で伝えていたことからです。とにかく、対応に苦慮したときは、何でもいいから始めてみるしかないことを身をもって実感しました。
 私が教職につくことが決まったとき、父の友人の校長先生から「自分を基準にしてはいけない」と言う言葉をいただきました。私にわかることがなぜわからないのか、こんなこともできないのか、と自分を基準にしてしまうと理解できないことがあったり、判断を誤ることがあります。生徒だけでなく、保護者や教職員についても、相手は私と違う存在なのだという認識ができていないと、私のペースで進めようとしても理解はえられないし、気がついたら誰もついてきてくれなかったということになります。
 それだけに、私の意識を高め、感性を豊かにし、常に相手を意識して自らの行動を律するよう心に問いかけるようにしています。
(
榊原博子:東京都公立中学校長、世田谷区教育委員を経て清泉女子大学教授。専門は理科教育)

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