ラグビーを通じて気づいた、指導者に必要な力とは何か
山口良治(注)先生が伏見工業高校に赴任したときは、とても厳しかった。ただ、先生が並の指導者と違ったのは、その厳しさがやさしさに裏打ちされていることなんです。根底にあるのは「生徒をよくしてやろう」という気持ちだけなんです。先生の損得とかは、いっさい思ってない。「こいつをここで直してやらないと、まともな生き方ができなくなる」という、本当にその生徒に対する愛情だけなんですね。これはやっぱり、いちばん伝わるものだとおもうんです。愛情によって行なわれているんだということは、人間、直観でわかりますからね。「この先生は、本気でおれらに向かってきてくれる」ということは敏感に感じる。それに対して、先生に憎しみを感じるということはないと思うんですよ。
怒るという行為は、自分に自信がないとできないでしょう。腹立たしいという気持ちをぶつけてもダメ。「おれはこんなにしてやっているのに」「思ってあげているのに」というふうに「のに」をつけたら相手は何も感じない。そういうことでは、いっさい生徒に「気づき」を感じさせることができない。自分のことを度外視した叱咤激励であるということを山口先生は徹底していました。
先生に指示されて練習をやらされているとき、いやになって私は練習を休んだ。そのとき「これはサボッて逃げているだけなんだと、自分の弱さに気がついた」すると次の日、同じ練習をしたとき、不思議なことに今度はつらくなくなった。「気持ちひとつじゃないか」と。
それと、私がラグビーの試合で活躍して勝っても、他の選手にひがまれたときはショックだった。そのときハッと気がついた。プレーはもちろん、私生活も「隙を見せてはいかん」とすごくそう思った。何かあると全部自分の責任。「あっ、もうちょっとこうしたらよかった」とまず自分に向ける。それから私は急激に伸びた。矢印が自分に向かっていなかったら、私の成長はなかったと思います。
当時の選手は、もう身勝手で、自己中心的な人間が多かった。何かあればすぐ人のせいにして、けなすことはめずらしくなかった。私がキャプテンとして、あれだけいろんなタイプをひとつにまとめていくにはどうするか考えた。きれい事で言ってもダメ。したり顔で「そんなことしてたら勝てないじゃないか」なんて言っても、そんなことで聞くような奴らじゃないんですから。
結論は「そいつらに有無を言わさないだけのことを、自分がしなければいけない」と。説得力をもたせるためには、態度で示すしかないんだということです。言葉なんか、何の役にも立たないんですから。言って聞くような相手でもないんですから。理解しようっていう感じもないですしね。
そうなると、腕でしか勝負できないわけです。つまり、練習でもゲームでも、ぼくが抜群のパフォーマンスをするしかないんですよ。
だから、ぼくは本当によく練習しましたよ。いちばん練習した。私がひたすら、何も言わないで練習するような光景が必要だった。そうすることで、彼らが日本一という目標に向かって、自発的に前向きに取り組んでくれることを期待したんです。
学校から家に帰ってからも、毎晩、晩ご飯を食べたあと、近くの公園に行って練習をやっていました。もうダントツにうまい。これが唯一の説得材料だったかもしれないですね。論より証拠です。すべて、そういうなかで、信頼感みたいなのが生まれてくると思っていましたから。
キャプテンをやったことで私が学んだことが三つあるんです。それは「こびない」「キレない」「意地をはらない」ということ。この三つを私は徹底していました。
まず「こびる」ということは、自分に確固たる自信や誇りがないということでしょう。そうしたら、相手になめられてしまう。説得力ももちえません。みんなが高いところに向かわなくなります。
子どもが悪いことをしていたら「何やってんだ」って言わなければならないし、対決しなければいけない。確たる自信をもって、対応しないとね。
いまの大人にはパワーがないんです。大人がもっと力を感じさせなければいけない。大人が本気で怒ったら、ブワーとものすごい力が出るじゃないですか。そうすると、怒られた側が考えるんです。考えさせたら勝ちなんですよ。いまは怒る側が考えてしまって、変な気ばかりつかっているんですよね。そんなの絶対もちませんよ。
「キレない」というのは、キレても得しないって思うわけです。たとえ、こんな奴に何を言ってもしょうがない、と思っても、つき合っていかなければならないんですから。そいつを何とかやる気にさせなければいけない。何か方法があるんじゃないかって考えるんです。
「意地をはらない」のは、意地はって相手をキレさせては負けだからです。正義感から対決しても、自己満足にすぎないと思う。それでチームがよくなるかといったら、違うと思うんです。
どうして私がこの三つを徹底することができたかというと、目標の日本一を達成するためです。そこに向かって一歩でも進むためには、少々のことは我慢できるというのが自分のなかにあったんです。
やっぱりチームが強くなっていくのには、みんなが主体性をもって、自分たちで物事を考えられて、目標に向かって臨むことができるようになるということが大きいと思う。そうなるとチームの状態が好転していくし、強くなると思います。
私は理性的だと人に言われます。理性でものを考えるところはあります。でも愛情とか情熱という「情」は絶対必要なんですよ。情がないと人間を動かすことはできないんです。ただ、「おれは情だけでやっているんだ」と人に思わせた瞬間、人は行動しなくなってしまう。そういうことを感じさせてはいけない。
指導者は気づきを与えることって、ものすごく大事ですね。気づかせてやれば、やり方を考える力はいくらでもあるんです。結局、気づきを与えられるかどうかがカギになるんでしょうね。だから、指導者は気づきを与えるためには、教え過ぎたらダメなんです。いろんなことを考え、試しながら、本人が気づくようにしむけて、気づいてくれることを期待する。ただ、そうやって気づかせることって、とてもすごい忍耐力がいるんですよね。
伏見工業高校でキャプテンをやっていたとき、いちばん考えたのも、どうやって気づかせるか、ということでした。「そんなんじゃダメだ」と、直接言われるとムッとする人間も多い。やっぱり本人が気づかないと意味がないです。だから、名指しするんじゃなくて、私の話を聴いて「ああ、これ、おれのこと言っているんだな」と思わせるような話をしなければならないんです。それとなしに、いろんな例えをしながら、ちょっとでも心に響くような、心に残るような話し方をしましたね。その瞬間、瞬間に話をつくる、説明していく力は、高校時代にやしないました。
人はイメージがないと努力できないじゃないですか。自分のなかで明確にイメージをもてるかもてないかで、がんばり具合が変わってくる。だから「こうなりたい」というイメージが必要なんです。指導者にとって大切なのは、その目標設定を誤らないことだと思います。自分が届きそうな距離感でないとダメなんです。この「がんばったら届く」という感触、実感がないと、人間は努力できませんから。
(注) 山口良治:1943年生まれ 無名の公立高校で恵まれない環境からのラグビー全国制覇と、ラグビー部生徒への体当たりの指導が多くの反響を呼び、TVドラマ『スクール☆ウォーズ』の主人公のモデルとなった。
(平尾誠二:1963年京都府生まれ、元ラグビー日本代表、元日本代表監督。神戸製鋼コベルコスティーラーズ総監督兼任ゼネラルマネージャー。伏見工業高校で山口良治監督のもと、全国高校選手権大会で優勝。史上最年少19歳で日本代表に選出。神戸製鋼で日本選手権7連覇を達成。抜群のキャプテンシーを発揮した)
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