« いじめに立ち向かうには、どのようにすればよいか | トップページ | 子どもは教師の鏡である、教師が変われば子どもも変わる »

才能のあるなしにかかわらず、とことん悩まないと成長はない

 東京美術学校の三年のころ、私は絵の才能がないと思い、転学受験のために成績表をもらいに行ったら、新任の先生に言われた。「君は池の底に足がついたんだ。君の絵はこれ以上、下手にならない。あとはゆっくり登っていけばいい。焦らなくていい」と言って、私をビアホールに連れていってくれた。ビールを飲んで私は絵をやめることをやめた。
 私は広島で中学生のときは戦争中であった。三年生のとき学徒動員で働いていた。そのとき被爆した。建物の中にいたが目の前に真っ黄色の閃光が走った。もし外にいたら失明し絵を描くことができなかったかもしれない。学徒動員は重労働で、ろくな食べ物もなかった。下宿に帰ってから絵を描き続けた。いつ死ぬかわからないから、生きたという証を残しておきたかった。自分らしさ、自分なりの価値観 
 今の学生は自由すぎて、かえって不自由になっていると思う。私が勤労動員していた当時は、将来への希望は見えず、空腹で疲れていた。「不自由な時代の自由」と、「自由な時代の不自由」このことを今の若者たちが考え、感じ取ってほしい。
 私が東京芸術大学の学生たちに伝えたいのは、アイデンティティ(自分の生き方や自分なりの価値観の確立)とオリジナリティー(独創性)だ。志をどこに置くのか。高く置くほど準備と才能が必要となるが、志が低ければ一流から遠ざかる。芸術の世界は長い勝負だ。いっときヒットを放っても後が続かないことも少なくない。才能のなさに気づくこともあるし、せっかく才能があっても磨かない人もいる。ただ、一つだけ断言できる。才能のあるなしにかかわらず、とことん悩まないと成長はないということだ。
 私も自分の才能に自信がなかった。結婚していたから生活に余裕はなく、成果を上げなければと焦った。しかし、被爆の後遺症で身体が衰弱し、心身ともに窮まった。このころ、私は原爆に対する怒りとか告発を絵のテーマにしていた。しかし、いくらスケッチしていても心が安まらない。怒りではなく「平和への祈り」こそが私のテーマなのだとやっと気づいた。
 それが、奈良・薬師寺に玄奘三蔵の壁画を描くことを思いついたきっかけである。玄奘三蔵は打ち首にされる寸前でも人の道を説き、相手は弟子入りした。なぜそんなことができたのか。命がけだったからなのだと思う。私の背後にも戦争で死んでしまった仲間が大勢いる。私も倒れるまでやるしかない。約30年描き続けてきた薬師寺の壁画が完成した。 私はまだ描き続ける。若者よ、あなたたちも自分を磨いてください。
(
平山郁夫:1930年-2009年、広島県生まれ、東京美術学校卒、前田青邨に師事、「仏教伝来」が注目を浴びる。シルクロードをテーマに旺盛な創作活動を続けた。東京芸術大学学長、日本美術院理事長を務めた。文化勲章受章)

|

« いじめに立ち向かうには、どのようにすればよいか | トップページ | 子どもは教師の鏡である、教師が変われば子どもも変わる »

ものの見方・考え方」カテゴリの記事

人間の生きかた」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 才能のあるなしにかかわらず、とことん悩まないと成長はない:

« いじめに立ち向かうには、どのようにすればよいか | トップページ | 子どもは教師の鏡である、教師が変われば子どもも変わる »