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いじめの指導や考え方が間違がっていないか

 いじめられている子どもは、いじめられていることを決して口に出さない。教師に話すとチクッタと、よりひどくいじめられるからである。まわりの子どもが助けようとすると今度はその子どもがいじめの対象となる。
 そこで教師は、よく観察し、ふだんと違う表情や行動などのサインを見逃さないようにしなければならない。教師がいじめの事実を見抜く鋭い感性を身につけることが必要である。
 いじめられているのに、教師が聞くと、相手が恐いあまり「遊びだよ」と教師に応えることがあり、見過ごしてしまう。しかし、真に受とらず、いじめらしいものを発見したら、もう一歩踏み込んだ事実を確認すべきである。
 「いじめをする子ども」と「いじめられる子ども」は入れ替わる。私の調査では小学校で約四割、中学校で約六割が、いじめたりいじめられたりしている。
 いじめている子はいろいろな問題行動をひき起こしている。問題行動が見られたときは、その問題行動だけにとらわれないで、いじめの発見にも注意深く目をむけなければならない。
 面接や記名アンケート調査をすれば、いじめが発見できると考えるのは早計である。記名の調査でいじめられていると書くと、自分にとっては危険であることを子どもたちはよく知っている。無記名であれば、クラスにいじめがあるという認識だけはもてる。面接やアンケートでいじめが発見できるのは、子どもと教師の間に信頼関係が確立している場合である。
 いじめはクラスが病んでいるために起きる症状である。教師に見えないごく軽微ないじめは、問題行動をなくす指導が効果的に行われるならば自然になくなる性質のものである。
 話して教えればいじめ自殺はなくなるか。いじめられて死にたいと考えている子が、死ぬことを思い止まるためには、教師にいじめをなくしてもらえるという明るい希望と強い信頼があってのことである。いじめで自殺しないのは、何らかの支えによって救われているからである。自分を温かく見つめてくれている人がいれば子どもは救われる。
 教師は転校を勧めてはいけない。教師が転校を口にする時、親にとっては子どもが教師から厄介者扱いされ、体よく追い出されると感じたりする。子どもたちにとって、転校はとても不安である。いじめは「異質なものは排除しよう」とする心のはたらきが大きく作用している。転校生がいじめの標的とされる可能性が高いのは事例がしめしている。
 いじめられる子どもは仕返しをすることがある。いじめられた子どもはじっと耐えてもんもんの日々を送っている。その鬱積がたまって仕返しにおよんだ例も少なくない。殺人や殺人未遂事件が発生している。いじめの仕返しで放火にはしったケースは少なくない。
 いじめは人間関係能力の未成熟から派生した病理現象と考えられる。人間として社会の一員として生きていく基礎的な能力に欠けているため、相手を攻撃したり、力で屈服させる以外自分を主張することができなくなっている。相手のいやがることが分からない。どのような結果をもたらすか予想がつかないのである。
 そのため、遊びがぜひとも必要である。子どもたちは遊びを通して他人を思いやる心や、協調性、愛や連帯を学び、困難にも耐えられる忍耐力を身につけることができる。
 そこで教師は、子どもたちが友だち行動をする機会をできるだけ多く用意することである。今の子どもたちはコミュニケーションの練習や学習する機会が決定的に不足している。
 いじめ問題は学校における人間関係のあり方に深くかかわっている。コミュニケーションを豊かにすることで、明るく生き生きとした学校生活にすることができる。仲間との交流体験を推進する教育活動が、いじめを含む問題行動の解決に有効な方法といえる。
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小宮山 要:1934年山梨県生まれ、横浜市立小学校教師、警察庁科学警察研究所防犯少年部主任研究官を経て、元桜美林大学文学部教授。教育学博士)

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