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跳び箱を子どもたち全員が跳べるようになると、クラス全員が成長する

 跳び箱が跳べない子は、ほとんどの学級に存在する。跳び箱が跳べないのは「体力が不足しているから」「こわがりだから」「気力がないから」と考えられてきた。つまり、子どもの問題として片づけられてきたのである。
 これはほんとうのことだろうか。跳び箱を跳ばせるということだけに限って言うなら、教師の教え方が未熟だから跳べないのである。教師の教え方がへたなのである。どうしてへたかというと、たぶんあまり勉強していないからである。教育書や教育雑誌をあまり読まないからである。
 私も体育の授業のとき、さっそく跳び箱をやってみた。四人の子が跳び箱の上にすわってしまうのだ。しかし、必死でやったためか、三日もすると全員跳べるようになっていた。
 それからしばらくして、斎藤喜博の本を読むと「私は、一時間のうちに全員跳び箱を跳ばせられる」と書いてあった。ぼくも教師として、そう言い切れる自信、その境地に立ってみたかった。それは技術だけのことではない。子どもの可能性を信じ、一つひとつの仕事を全力でやりとげていく中でしか言えないのだと思った。
 跳び箱を跳ばすことは、高校生が教えたって、それほど苦労をはらわなくても、8~9割の子は跳ばせられる。残りができないのだ。残ったわずかの子を跳ばせるのがプロなのだと思った。プロとアマの差はわずか数ミリの差にすぎないが、その数ミリが、どれほど大きな差なのか、その頃、ぼくは気づき始めていた。
 わずかの差の中に多くの努力と鍛えが入っているのである。才能がすぐれ、持ち味が良い人でも追いつくことができぬ技量の差が、厳然として存在しているのである。そのわずかの中に人生がたたみ込まれるほどの労力が入っているからである。
 ぼくは、跳び箱の運動を極限近くまで分析し、一つひとつの内容を吟味し、どうすれば良いか考えた。それを子どもに伝えることがまた大変であった。つま先を中心とした足の裏がしなやかに、床をふみしめるように走らせるのには、具体的な内容を説明した上で抽象化し、イメージ化して伝えなければならなかった。そのことばがなかなかさがせないのである。
 跳び箱が跳べない子は、腕を支点とした体重移動ができないのである。自転車に乗れない子が乗っている感覚がわからないのと同じである。跳び箱が跳べない子にも体重の移動を経験させてやればいいのである。跳び箱をまたいですわらせる。そして腕をついて跳び降りさせるのである。「跳び箱を跳ぶというのは、両腕に体量がかかることなんだよ」と、説明する。5~6回繰り返す。
 もう一つは、跳び箱の横に立ち、走ってくる子の腕を片手でつかみ、おしりを片方で支えて跳ばせる。子どもが重すぎる時は、両手でおしりを支えてもよい。ぼくの経験では、この方法を4~5回繰り返せば、7割ぐらいの子は跳べるようになる。この二つの方法でやれば95%ぐらいの子はできるようになる。
「ぼくは跳び箱を跳べない子だけを集めて30人までなら一時間で跳ばせてみせます」と言えるようになるまで五年の歳月が流れていた。一つひとつの教育の仕事に全力を傾けていけば、やがて教師の腕が上がったことの証が得られるようになるのである。
 ぼくは担任をすると、一週間以内に跳び箱をすることにしている。誰でも可能性があることを話してあげ、その証明として跳び箱が跳べない子を跳ばせてみせてあげるのだ。教師がいくら子どもに可能性があると言っても、子どもは半信半疑である。
 しかし、目の前で、跳び箱の跳べない子を跳ばせた後はちがう。初めて跳んだ子もそれを見ていた子も、一様に可能性を信じるようになるのである。初めて跳んだ子が成長するだけでなく、見ていた子も成長するのである。「やればできるんだ」「私もがんばらなくては」と言うようになるのである。
 一人の成長がクラス全員の成長につながるのである。それでこそ教室である。できない子とできる子は、教室の中では固定しがちである。そうした学級では、子どもの動きが乏しく、努力もあまり見られず、学級の水準は高くならない。
「できない子」をできるようにするのは、「できない子」だけのためではない。子どもにとって宿命的ですらある固定的な構造を変えていくことによって、「できる子」もまた、変わり始めるからである。
 考えてみれば、たかが跳び箱を跳ぶだけのことである。しかし、たったそのことでさえ、自分の道をオリンピックにつなげる人もいれば、自分にはできないというあきらめの一つとして尾をひきずる人もいる。
 たかが跳び箱だが、今まで跳べない子がそれを跳んだ時、その子にとっては涙が出るほどうれしいことであり、自信の回復につながることになるのだ。それを見ている子にとっても、驚きと自分も何かに挑戦しようという励ましを与えるのである。
(
向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる)

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