« 保護者の理不尽な要求で教師は疲弊し、法的アドバイスが渇望されている、どうすればよいか | トップページ | すばらしい教師人生を送るためのたった一つだけの条件は授業力をつけることだ »

教師には何回か危機が訪れる、どのようにして乗り越えていけばよいか

 教師になる動機や思いは一人ひとり異なり、教師になってからも異なる道を歩んでいます。長い年月を経て変化していく教師の姿は、自分では意識できませんが、他者から見るとよくわかることが多いのです。
 教師が自ら振りかえってみると、自分が変化してきていることに気づきます。
 私は中学校の理科の教師になりました。がむしゃらだった初任者の頃は、一生懸命教えていると自負する自分だけを大切にし、教わっている生徒には配慮がなかった。したがって他の教師が教えているクラスに比べて成績は良くなかった。
 夏休みの臨海学校で泳ぎを教えるには、一人ひとりの能力に応じて、グループ分けして指導をするしかない。それでやっと生徒が見えてきた感じがしたことを私は憶えています。そこで、グループ学習を進めるとともに、集団指導をくり返すうちに、内容を理解する生徒が徐々に増え、成績も向上してきました。
 三年目、私は生活指導の朝会の指導を担当しました。月曜日の朝が全校朝会です。引き続いてホームルームが設定されていました。六月のある朝会で二年生の整列状態が良くなかったので、朝会後二年生だけを残し、整列状態が良くなかったこと、今後はきちんとしてほしいと4~5分生徒に話し、教室に入れました。
 職員室にもどったところ、二学年の主任に「君は二学年の予定を踏みにじっているのだ。どうしてくれる! その補償がお前にできるのか」と強い語気で文句を言われた。私は正しいことをやったのにと、くやしさで涙を流した。
 よくよく考えてみれば、朝会のあとに学年ごとに計画に基づいて活動されることが大切なのです。ひと言だけ注意し、あとは学年の指導に任せればよいことでした。
 教育は個人対象には臨機応変にやる必要がありますが、集団は特別の場合であると認識させられた。大勢の教職員が見ていたこの事件は、私にとって大きな試練であり、成長へのステップでした。
 新任として赴任以来、六年目にして三回目の三年担任で、自分ではベテランのつもりで仕事をしていて、若いのに不遜な教師として同僚にうつったのではなかったと恥じ入っています。
 自分としては高校の教師になることが常に頭にありました。高校の選考試験に合格し、地学の教師になりました。東京都には教員研究生の制度があり力量を磨くには良いから「ぜひやってみろ」と、赴任した高校のN教師に助言をいただきました。そうめったにないと考え、私は挑戦し合格しました。
 教員研究生として教科の研究はもちろんのこと、人間関係、ものの考え方、教師としての有り様のことなど多岐にわたり学びました。この一年間は、私にとって次のステップへの成長をうながす貴重な日々となりました。
 N教師のひと言がなかったら、自分の歩んだ道は違っていたとつくづく思います。学校に戻って一段と成長したように感じました。生徒一人ひとりがよく見え、特に教員研究生として学んだことを学校運営の一部にかなり採用していただきました。
 そんな努力の中で指導主事選考に合格し、今までと異なった立場で教育に携わることになりました。ここでも多くの人々と接し、学校種別、年齢により、教育や人生の考え方もさまざまであり、一人ひとりを認めていかなければならないことを痛感しました。これらのことは、その後の生活に役立っていることは言うまでもありません。
 教師が教師としてはもちろん、人間として成長していくためには、いろいろな場面で学ぼうとする姿勢が大切です。
 教師は変わりにくいと言われます。それは教師が子どもの時に受けた教育の方法に強く影響をうけているからです。嫌がうえにも変わらなければならない一般企業に比べて、教育の世界は変化が少ないといえます。
 変化していく社会に対応して、多様化する子どもに真剣に対応するには、教師自身自らの変化がなされなければなりません。子どもに向き合うには、古い殻をなぐり捨て、新しい気持ちで対応するしかないのではないでしょうか。それは教師が飛躍することで解決してくれると確信しています。
 東京都教育研究所の資料(紀要35)によると教師には何回かの危機がおとずれるようです。それは、授業・生活指導・学級経営・子ども理解・保護者に関することなど、多くの教師が危機的体験をしています。
 その危機的状況の回避・克服は「自分で努力した」が一番多いが、「上司の指導を受けたり、先輩・同僚に相談した」も約30%あり、上司・先輩や同僚の存在が大きいといえる。
 危機を克服していく契機は、その教師の勤務する地域や学校や人間構成によって違ってくるので一般化はできませんが、それを変えていったり、きっかけとなるのは管理職や先輩・同僚教師、地域の研究仲間、子どもたちや保護者、読書や家族の者であったりします。
 いずれにしても人間を媒介としていることに違いはありません。教師自らが何らかの方法で、その人たちへの働きかけを意識するかしないかにかかわらず、なされていることに注目する必要があります。
 回避・克服の様子を面接して尋ねると「上司・先輩の励まし」「同僚の協力や援助」「学年のチームワーク」「保護者の理解や協力」等があげられています。教師が危機的状況を回避・克服できたその陰には、それを支える人、支える組織のあることがわかります。
 教師から相談をもちかけられた上司や先輩が受容的、肯定的な態度で接してくれたこと、自分の進むべき方向性を示してくれたことなども語っています。
 このように好ましい人間関係が教師同士の切磋琢磨において重要であり、学校の雰囲気づくりにとってもまた大切である。そのようにして危機を突破し克服することができた教師が一段と飛躍していくのです。
(
横尾浩一:1938年東京都生まれ、元東京都中・高校教師、指導主事、高校校長)

|

« 保護者の理不尽な要求で教師は疲弊し、法的アドバイスが渇望されている、どうすればよいか | トップページ | すばらしい教師人生を送るためのたった一つだけの条件は授業力をつけることだ »

先生の実態」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教師には何回か危機が訪れる、どのようにして乗り越えていけばよいか:

« 保護者の理不尽な要求で教師は疲弊し、法的アドバイスが渇望されている、どうすればよいか | トップページ | すばらしい教師人生を送るためのたった一つだけの条件は授業力をつけることだ »