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子どもへの影響は、教師が子どもを見るよりも「見られている」ことで生まれる、どうすれば信頼が得られるか

 教師という存在が昔に比べて重視されなくなってきているようです。また、先生や親の言うことを素直に聞かない子どもが増えてきているように思えます。平等、自由という視点に立てば、望ましいことなのかもしれません。しかし、子どもたちは昔に比べて幸せになっているでしょうか。
 私には、どうもそうは思えません。人の権利が人権という言葉で美化され、我がままや自分勝手が個性や自由という言葉で美化されてはいないでしょうか。個性、自由というもっともらしい言葉が一人歩きし、その陰で子どもたちが不平や不満を感じながら生きているという不幸な現実がないでしょうか。
 学級は、集団生活や社会生活の基本を学ばせる所です。権利よりも義務、平等よりも秩序、主張よりも反省、自由よりも思いやり、要求よりも施し、というような教育をすることによって、本当に幸せな社会生活が実現するはずです。
 学級担任は、一人ひとりの子どもによく目を注ぎ、その子、その子の抱かえている長所、短所をよく見極め、行き届いた指導を加えなければならないと言われます。私も、努めて一人ひとりの子どもの言動に細かい気配り、目配りをしてきたつもりです。それはすべての教師が身につけなければならない要諦であるとも申せましょう。
 しかし、教師というものは、実は「見る存在」であることよりも、「見られている存在だ」と、私には思われます。教師は子どもたちや親に「見られている」のです。実は、より多く、より強く、より熱い眼差しで、子どもや親から「見つめられている」のだと思います。
 「見られている」という教師の自覚は重要です。子どもへの影響というものは、教師が子どもたちを「見ている」ことによって生み出されることよりも、案外「みられている」ことによって生まれることの方が大きいのかもしれません。
 その意味で「学級づくり」は、つまり教師自身の「自分づくり」に他ならない、とも言えるのではないでしょうか。授業は、確かに学級づくりに支えられます。そして、その学級づくりは、帰するところ、その教師の人格、識見、人生観に支えられると思います。
 教師は自らを人間的により深め、より高めることなしに、学級づくりは深まりも、高まりもしないでしょう。「学級づくり」は、すなわち自己修業の所産でもあると思います。
 学級担任は大変忙しい。朝から晩まで、まったく休むひまなどありはしない。やらなくてはいけないことをやるだけで精いっぱい、やりたいことなどとてもやっている時間がない、というのが実情である。あまりの忙しさは、心を亡ぼしてしまう。学級担任はよほど工夫をしてゆとりと充実を期さなければならない。
 実践だけでへとへとになり、実践のあり様を吟味したり、もっと高い質の実践はできないものかというような工夫を加えたりすることを忘れると、年数を重ねても教育の質が高まっていかない。何よりも不幸なことだが、教育者としての本質的な、すばらしい楽しみ、喜びを味わうことができない。
 実践だけに埋没してしまわずに、自らの実践そのものを、絶えず吟味し、批判し、すぐれた実践者の足跡を求め、本も読み、思索もし、半歩でも、一歩でも前進し続ける教師を目指す日々は、楽しく、おもしろく、明るく、充実感に満ちている。
 そういう教師を目指すなら、何とかして時間を生み出さなければならない。仕事に追われてばかりいたのでは、自分を見つめるゆとりすら生まれはしない。
 時間を生み出すためには、改めて自分の実践をひとつひとつ見直してみることだ。その使い方が問題なのだ。とにもかくにも、「時間を生み出す」「無駄を省く」という心構えを持つことが大切である。
 こういう心構えで自らの日常を点検していけば、思いがけない無駄を発見できるに違いない。時間を大切にするから能率が上がるし、労力を大切にするから機械化が進むのである。
 何とかして、もっとうまく、もっと効果的に、もっと確かに、もっと省力化してできないものか、と考えよう。どんな小さなことでも軽んずることなく検討してみよう。そこからが向上、進歩のスタートなのだ。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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