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器の大きい人、ふところが深い人とはどういう人か

 私は京都・祇園に生まれ育ち、15歳で舞妓になり、芸妓を経て、24歳でお茶屋の女将になりました。器の大きい人や、ふところが深い人をたくさん見てきました。
 日頃、人と接する中で「器の大きい方やなあ」と思うのは、人脈の広い人ですね。何かたのみ事をした時「うん、わかった」とすぐ関係先に連絡をとって手配してくれる人がいます。
 自分が何から何まで動くのではなく「それなら、こんな人を知っているから言うてあげる」と、適切な人につないでくれるのです。
 よく「ものを頼むなら忙しい人に頼め」といいますが、ほんまやなあと思います。忙しい人は忙しいからこそ、チャッチャッと手配をしてくれる。人脈が広いということは人望があるということでもありますしね。
 器の大きい人は決して偉ぶらないというのも共通点です。お客様のなかには大きな会社でそれなりの立場の方もいらっしゃいますが、うちへ来られた時は、名乗りもされません。お帰りになってから「あの方、気楽にいろいろと楽しくしゃべらせてもろたけど、どなた?」と聞かれ、答えたらびっくりされるということがあります。
 ただ、どんな人であっても、いつも「器の大きい人」でいられるわけではないと思うんです。関係性や場によってもかわりますよね。ある人から見たら長所でも、違う人が見れば短所かもしれません。気前のいい人を器の大きい人と受けとめる人もいるでしょうが、「ええかっこして」と思う人もいます。
 大事なのはその場の状況をみながら、その時に応じたふるまいができること。TPOを心得て、自分に合った判断ができることですね。
 それにはもう、経験を重ねるしかありません。出しゃばりでもよくないし、引っ込み思案でもいけません。時には失敗しながら勉強していくものなんでしょうね。長年、私の店に通ってくださるお客さまを見ていて、お若い時とはずいぶん違ってこられたなと思うこともありますよ。
 肩書きは関係なしに「器の大きい人」、「えらいなあ」と思う人もみなさん、前向きで好奇心をもっていらっしゃいます。
 いつも先のことを考えたり、前向きに見ておられるから、話をしていても楽しい。人も寄ってきて人脈もできる。
 結果的にこういう人が「ふところが深い」「器が大きい」と言われるようになるのと違いますやろか。
(
高安美三子:京都生まれ、舞妓、芸妓を経て祇園のお茶屋女将。店内にあるバーは経営者や文化人の交流の場として人気を集めている)

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