« 子どもたちが掃除にプライドを持って一所懸命やるようになるにはどう指導すればよいか | トップページ | 教え合い学び合う子どもたちにするには、どうすればよいか »

非行はなぜ起きるのか、その原因と人間を幸せにする生き方とは

 人がキレるのは、我慢の緒が切れ、人とのつながりが切れたときである。自己の不幸を、突発的で過激な犯罪で復讐する青少年犯罪が多くなった。自尊心の回復のために目立ちたい、自分を受け入れない社会に復讐しようとする。無差別に関係のない人々が被害者になる。
 彼らは、生活場面での対処能力が乏しく、他者の感情理解が苦手で、人間関係が狭い。また愛情への飢餓が根底にある。愛情を十分にもらえず育った子どもは自信がなく、責任を他者に転嫁する。思い込みによる被害者意識を持っている。傷つくことに非常に敏感である。
 私が心療内科医として関わった多くの子どもたちは、親の押しつけで我慢して勉強している子どもがほとんどだ。大人は子どもたちの気持ちをわかろうとはしない。
 子どもたちは、友だちから嫌われないように、浮き上がらないように、気をつかいながら、本当の自分を隠して生きている。考えただけで、疲れそうだ。
 愛情過多の親の子は生きにくい。良い子に育てたいという親の意識が強いと、子どもは常にチェックされたり、注意されたりする。子どもの気持ちや意志は無視される。無条件で自己の存在を愛してもらえない子どもの自尊心は低い。幼少の頃は、周囲に気をつかい、おとなしいが、思春期になると急にキレやすくなり、家庭内暴力や、犯罪を起こすこともある。
 非行は圧倒的に、離婚や家庭内不和が原因で起こりやすい。大人の関心が子どもにいかず、子どもの気持ちを置き去りにされたり、意思を無視されたりすることが多いからだ。
 放任の家庭では、子どもの意思は関心を持たれない。いずれの家庭でも子どもの生きる意思が尊重されないため、子どもは心から満たされた感じを味わえない。周囲に対しての警戒心が強くなり、人を信頼できない性格となることが多いのである。
 私が出会う非行少年少女は、みんな一様に自己否定が強い。強く見せたいがために奇抜なファションをして、威嚇的な言動をする裏には、自尊心の低さが見え隠れする。強がりは見せかけで、心の中では自信がない。
 そのために、自己の意思を抑え、気をつかう。擬似的な人間関係にすがる。家では孤遊び。自室にこもり、テレビ、音楽、ゲームに浸る。ワクワクするような楽しいこと、体が軽くなるような解放感が見つかっていない。反逆する子どもたちも、結局は自他不信が根底にある。
 人が「真に愛された」と感じるのは、自己の意思を大切にされたときである。それが満たされないとき、人は見せかけの愛でもいいから、自分に関心を持って欲しいと願う。
 人は誰でもが変化し成長できる。「自分は自分でよい」と自己解放して不完全な自己を認め、不完全な「他者を尊重する」ことこそ、人間を健康にし、幸せにし、生きやすくするのだと私は確信した。
 私は「人間性はコミュニケーションで育つ」と気づいた。他者を尊重するコミュニケーション技法を身につけ、日常生活で誠実に使いつづけることで、いろんな人を大切にできる。健康で幸せな生き方は良き人間性で実現できる。良き人間性はコミュニケーションで育ちます。
 子どもたちを良き社会人にすることを喜び、真に大切にし合う人間関係を誇りとする意思が育つ、教育や子育てが必要である。
(竹内小代美:日立製作所、大分の県立高校の英語教師などを経て、医科大学を卒業しクリニック開業。高校でスクールカウンセラー、不登校、引きこもりの青少年のためのフリースペース開設、青少年自立支援センター立ち上げ)

|

« 子どもたちが掃除にプライドを持って一所懸命やるようになるにはどう指導すればよいか | トップページ | 教え合い学び合う子どもたちにするには、どうすればよいか »

問題行動の指導」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 非行はなぜ起きるのか、その原因と人間を幸せにする生き方とは:

« 子どもたちが掃除にプライドを持って一所懸命やるようになるにはどう指導すればよいか | トップページ | 教え合い学び合う子どもたちにするには、どうすればよいか »