子どもの「けんか」の処理はどのようにすればよいか
子どもの「けんか」は、毎日のように発生する。しかし「けんか」の処理は、けっこうむずかしいところがある。子どもの「けんか」から大人の「けんか」にまでなってしまうことがある。
私は、けんかの処理はけっこう上手だと思う。ほとんどの場合、子どもは納得する。二十数年間、教師をやってきて、後をひいたのは一件だけである。
子どもがけんかをした場合、まず、両者から事情を聞く。原則として、聞くのは一度だけである。ぐじゅぐじゅっと聞いているとトラブル可能性が大きい。けんかをした二人は、自分が正しいと思っている。「自分の正当性」を述べ「相手の非」をせめる。話を延々と聞いていては、こじれるばかりである。
だから、聞くのは一度だけでいい。きちんと話させる。相手が途中でさいぎらないようにする。二人から聞いて、よくわからないときは、教師が質問する。「どちらが先に手を出したのか」などという、ポイントだけを質問する。
時には、見ていた子どもたちに確かめるときもある。
聞いたうえで裁定する。これは昔から決まっている。「けんか両成敗である。」しかし、50対50の両成敗もあれば、75対25の両成敗もある。
例えば、75対25の両成敗の場合である。私は話を聞いた後「よくわかりました。しかし、けんかは両成敗です。二人とも手を出しなさい」そして二人の手をピシャリとたたく。「ただ、最初に手を出したのはAが悪い。その点は、あやまりなさい!」こうすると、子どもは「ごめんなさい」と素直にあやまる。
あやまらせるのを最初にすることもある。しかし、けんか両成敗は、必ずやる。
例えば、やんちゃな子が、弱い女の子を泣かせたとき、95対5ぐらいで男の子が悪い。それでも、あやまらせた後「けんか両成敗」をする。これは、やられた女の子のためである。「あやまらせる」だけだと、男の子の胸にしこりが残ることがある。別の時に、その女の子を、もっと強くいじめることもある。教師のせいで、よけいいじめられるのである。
しかし「けんか両成敗」で終わると、そんなことはない。しこりが残らないのである。けんかのとき、正義の味方で、片方をさばくだけが教師の仕事ではない。やられた子が、後々やられないようにしてやることも大切なのだ。
「けんか両成敗」は昔から伝えられた言葉だが、けだし名言である。というわけで「けんか」一つおさめるにも、けっこう人間社会の裏文化が大切なのである。学級経営には、学級をきちんと組織して運営していく表文化と、かなりの影響を与える裏文化も大切である。
(向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる)
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