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長い教員生活では教師を辞めようかと迷うことがある、その危機に直面したときどうしたか

 子どもや子育て・教育の状況が大きく変わってきているだけに、多かれ少なかれ、ほとんどの教師は子どもの指導に困難を抱えています。教師の苦悩は、教育という仕事に誠実にとりくもうとしている証でもあります。
 教師もまた、間違いや失敗をしながら、成長していくものです。ときには実践上の壁にぶつかり、自信を失うこともあります。長い教員生活のなかには、続けようか辞めようか迷うことも一度や二度はあるかと思います。私自身もそんな危機に、二回直面しました。
 一回目は遠足で子どもが転落事故に遭遇したときでした。万一子どもの生命が途絶えるようなことがあれば、そのときは教師を辞めようと決意していました。20日間ほど昏睡状態が続きましたが、医師の努力と、なんとか回復してほしいという両親および周囲の方々の願い、そしてなによりも生きようとする本人の生命力で、奇跡的に意識を回復したのでした。
 普通に生活できるようになったとはいえ、重大な事故に子どもを出合わせてしまった道義上の責任は、消えるものではありません。
 校長先生、教頭先生には事故当日から献身的に対応していただきました。職場の教職員は遠いのにもかかわらず、毎日誰かが病院へお見舞いに来てくださるなど、さまざまな形で支えてくださったのです。そのお陰で、私は教師を続ける気持ちになりました。
 二回目の危機は、「いじめ」あり「暴力」ありの「荒れ」た6年生の学級を担任したときでした。暴力を振るう子がいて、立ち歩きはふつうに起き、おしゃべりで授業が成立しなくなるのです。
 ひとりがしゃべりだすと、子どもたちはつぎつぎ話しだすのです。「いま授業中だから、おしゃべりをやめてください」などと言っても、まったく通用しない状況でした。
 苦しみのあまり、「いくら担任希望者がいなかったとはいえ、自分がもつのではなかった」と、日増しに後悔の気持ちがつのるばかりでした。
 担任した当初から見る夢は、このクラスの卒業式のことでした。司会の教頭先生が「卒業生入場」と言っても、誰も入場してこないのです。そこで、ハッと目が覚めるのです。
 授業中、子どものおしゃべりで授業ができなくなると、胸がきゅーんと締めつけられ、息苦しくなってしまうのです。こんな状態が何度も続けば、教室で倒れてしまうのではないかと不安がよぎります。
 そんな日々が続いていたある日のことです。進んで担任を引き受けたわけではないのだから、もうこれ以上やりきれないというときには、早めに病院で診察を受け、精神的な疾患ということで入院すればいいんだと考えた。
 そうなると、当然、保護者の皆さんも心配されるだろうし、長引けば、さまざまな噂も広まるだろう。来年度あたらしい学年を担任したとしても、やりにくくなるはずだ。そうなれば異動し、またあらたな気持ちで取り組めばいい、と思ったのです。
 要するに、肩の力を抜いてみようと。こう考えたら、気持ちがグーンと楽になったのです。このことがきっかけで、子どもとも少し余裕をもって対応できるようになりました。
 私は、本格的な指導をする具体的な場面を持ちました。指導には、具体的な場面が必要だからです。新学期が始まって1週間ほど過ぎた4月13日のことです。給食当番の子が、給食をくばっている最中でした。まだ「いただきます」もしていないのに、ボス的な存在の子が、急に食べ始めたのです。
 私は「これは許せない」という思いから、教室中に響きわたるような、かなり厳しい口調で、「ちょっと、待てー。一体こういうことが許されていいのか」と言って、語り始めました。
 子どもたちも、私の声と真剣な表情に驚いたようでした。それまでは、勝手にしゃべっていたり、手いじりたり、後ろを向いたりしている子たちもいましたが、さすがに全員の子が、微動だにしないで、黙って真剣な表情で聞いていました。もちろんふてくされた態度も全くみられませんでした。
 
「いただきますもしないうちに、勝手に食べ始める。何もしていないのに、いじめたり、蹴ったりする。『死ね、バカ』などと、人を傷つける言葉を平気でいう。大事なものをどんどん破壊する。授業中でも立ち歩く」
 
「これでどうして学級といえるだろうか。人間は、単なる群れではないぞ。集団だぞ。一定の規律があるだろう。そこが、他の動物とちがうところだ。しかし、このメチャクチャな状態は、群れとあまり変わらないじゃないか」
 
「まわりの人だって、全く責任がないわけじゃないぞ。いじめられている人がいても、注意する人がいない。それだけでなく、こわいからといって、ほんとうは嫌なんだけど、ペコペコしながら『強いもの』についていく。それでほんとうの友だちと言えるだろうか」
 
「今日の、今の、この瞬間から、先生は、一切の『暴力』『いじめ』『人を傷つける悪口』『自分自身をダメにする自分勝手』を絶対に許さない。このようなことが完全になくなり、誰もが安心して楽しく生活・学習できる学級にするため、あらゆる努力をする。・・・・・」
 私の語りが、いくらか子どもたちの子どもの中に浸透した様子でした。
 私は、とにかく勉強は面白くなければならないし、ああ楽しかったというところがなければだめだと考えていた。授業は「できる、わかるだけでなく、楽しい」ということが実感できるような内容にしていかないと、学びから逃走してしまう子を授業の中に入れることはなかなかできない。 
 
「いじめ」「暴力」克服のとりくみをしたこともあり、二ヵ月ほどで子どもたちは静かに、しかも意欲的に学習するようになっていったのです。後に、このクラスの卒業生が学級崩壊がなくなったことについて、つぎのように述べている。
 
「僕たちが暴れたり、動き回ったりしていたのに、どうして変わったのか。それは授業で先生は僕たちに、わからせるとか、できるようにする前に、楽しくさせてくれたから僕たちは変わった」と。
 数ヵ月の期間で、こんなにクラスが変わっていくなどとは、私自身まったく想像もできないことでした。「荒れ」ている学級ほど変革のエネルギーに満ちているということも、実感することができました。
 学校行事などの都合で、歴史などの授業ができなくなると、「どうしてきょう歴史がないのですか? きょうできなければ、あした必ずやってください」と「抗議」にくる子たちがいるほどなのです。
 一見、学ぶ意欲にまったく欠けているとしか感じられなかった子たちが、深い学びに飢えていることを知ったことも驚きでした。
 「学びからの逃走」という事態が進行していることは事実ですが、子どもたちが拒否しているのは、学び一般ではなく、意味もわからずただ機械的に覚えるような「勉強」です。
 ものごとの関連や人間が見えてくる本質的な学習には、むしろ飢えています。ここに、教育の可能性があるように思います。
 子どもの声を聴きとろうとする教師、対話と共感をだいじにする教師、子どもから学んでいこうとする教師であれば、この困難な時代でも教育という仕事を豊かにしていくことができます。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師を経て北海道教育大副学長(釧路校担当)、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)

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