教師が保護者を訴訟せざるを得ない背景には何があるのか
2010年、埼玉県の公立小学校で、保護者が連絡帳に教師への誹謗・中傷を数十行にわたって8度も繰り返し、その後に保護者が教育委員会、文科省などにも口頭や文書で教師を批判し続けた。ほぼ決定的な行為は、給食の後片付けの際に注意喚起のために教師が子どもの肩を叩いた行為を暴行罪として警察に被害届を出したため「もはや許せない」と決意し、保護者を名誉棄損で損害賠償請求をした。
2013年裁判所は、教師の心情はわかるが、名誉棄損の構成要件を満たさないとして損害賠償請求を退ける判決をした。
判決を受けて埼玉新聞(2013.3.1付)は次のように述べている。
「両親の行動は、ふつうは担任が2,3人変わるか、休職か自殺まで追い込まれるケース。訴えることもやむを得ないと思う。ただ弁護士は訴え方を間違った。社会的信用の失墜が争点になっているが、精神的な被害を前面に訴えれば良かった。判決文で『被告らの行為を問題にすることはできる』とあり、訴え方を変えれば結果は違ったのではないか。この判決で、訴えることもありなんだという、一つの方向性が提示されたと思う」
教師が極限まで追い詰められた末に、最後の砦として、自らが弁護士事務所に駆け込むのは、攻撃に耐えかね、恐怖のるつぼの中でギリギリのところでの行動である。
相手が教え子たちの保護者であるとしても、それでも教師が訴えざるをえなかったのは、上司や監督者が適切に機能しておらず、むしろ「保護者に教師の方が謝ればいい」とか「教師の方が我慢すれば、嵐は過ぎていくのだから」と説得するモードで迫ってくることが最も辛いからである。
そこに無力感と打ちひしがれた思いが交錯し、恐怖の中で「なぜ?」という自問自答の中で孤立感を深めていく。
全国各地で私は、同じような事案に遭遇した、辛い境遇に置かれた教師たちの話を聞かされてきた。その中で何人もの教師たちが、心折れ精神疾患を患い休職するほどのキズを負い、ときには退職という残念な結果で、そして稀ではあるが自死という悲しい出来事へと至っているという事実を見てきた。
埼玉のケースでは、心傷ついて鬱や不眠症になっているが、相当に強い意志を持った教師だと推察する。「自分にはとがめられる非はない」との気持ちを持ち続けられる理性と強さであっただろう。置かれた困難な状況を弁護士事務所に駆け込み、打開する行動力と知識があった。
やはり誰であろうと、人権を侵害することは許されない。阻止し反省してもらう必要がある。人権侵害の行為を受けた場合に、その救済を求めて訴訟を起こす権利がある以上、その行為を批判することはできない。
多くの学校-保護者間トラブル事案を分析してきて、埼玉の事案では、保護者が振り上げた怒りの「こぶし」の背景事情や狙いが相当に違っていると私は判断している。
同じように思うのは、学校の管理職や教育委員会が、事案がこじれ始めたときに、問題全体を整理して、必要に応じて当事者の教師を「徹底的に守る」姿勢と具体的な行動をとっていれば、こうまでいかなかっただろうということだ。
管理職や教委のことなかれ主義、後手後手に回ってから事態の収拾を図ろうとする姿勢、やがては火中の栗を拾った教師を逆に責める態度は卑劣でもある。
事実、そこまでいかずに、保護者のパワーの乱用を止める行為を行うこと、時として毅然とした姿勢をチームとしてとることで、問題の解決まではいかないけれども、長期にわたるトラブルの中で消耗する教職員(あるいは保護者、子ども)が救われている。
トラブルに誰も向き合ってくれないという孤立感と、保護者からの相次ぐ行動による不安と恐怖感を、さまざまな方法を用いながら軽減していくことが大切である。
もちろん管理職を助ける必要がある。全国に100近い教育委員会で「学校問題解決支援チーム」(精神科医、心理・福祉・教育の専門家、弁護士等)が設けられているし、法律相談などの体制も、不十分ではあるが整備されつつある。
(小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)
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