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子どもへの話しかたは今の時代の教師としてどのようにすればよいか

 時代は大きく変わっているのに、変わらないのは教師の話しかたです。子どもを指導するための話術は、教師と子どもたちとのコミュニケーションの技術です。当然のことながら、子どもに対する教師の指導観がベースにあります。今の時代の教師として、子どもたちを指導するための話術は、どのようにすればよいのでしょうか。
1 やさしさの時代になったのに変わらない学校
 私が病気になって生まれてはじめて入院しました。なによりも驚いたことは、看護婦さんやお医者さんの患者への接し方がたいへんやさしくなったということです。看護婦さんが血圧をはかりにきますが「家本さん。お休みのところ、すみません。血圧をはからせてください」とは、なんというやさしさでしょうか。お医者さんもそうでした。点滴の注射を刺すとき「痛いですよ。ごめんなさい」と言いました。
 やさしい接し方で「この病院は患者を大切に扱ってくれるんだ」と、ハッピーな気持ちになります。精神衛生上からも快適な話し方でした。私が子どものころの医者は「治療してやっているんだから、痛いのをがまんするのは当然だ」という態度で接していました。時代は大きく変わったといえます。
 そんな目でみていくと、変わらないのは学校であり、教師の話し方です。子どもに対する教師の言葉は荒っぽく「早くやれ」というような指示・命令形で、しかも感情的で高圧的な話し方がめだちます。「いいか。一回しか言わないぞ」などと、不親切で思いやりに欠ける言葉づかいが少なくありません。
 学校の指導は管理することと思われています。指導は「注意、叱責、説教、脅し、処罰」によって子どもたちを動かすのではありません。
 
「指導」の本来の意味とは「子どもたちがやりたくなる、気持ちをおこさせる」働きかけをいいます。子どもたちが「やろう」という気になるように働きかけることです。そのためには、教師は指導する方法を学び、指導のための話術を磨くことが求められます。
 つごうのよいことに、教師は毎日、子どもたちに話をしていますから、毎日、話す練習ができます。とりわけ「朝の会で注意するとき」「問題が起きたときのアプローチ」「日常の話法」の3つは特に注目して練習するようにします。
 その場面のなかで「注意しないで指導しよう」「怒鳴らないで指導しよう」「脅かさないで指導しよう」という「指導するときの話法」を自覚して追究してほしいと思います。
 特に注目して練習する3つについて、順に述べます。
2 朝の会で注意するとき
 子どもたちは、朝の会で注意や伝達を聞くために朝早く時間通りに登校しているのでしょうか。朝っばなから「そんな話は聞きたくない」と思うのは当たり前のような気がします。
 例えば、教師の話が面白く、楽しく、何か新しい世界を切り開いてくれるようなものであれば、子どもたちは早く登校したくなります。今、必要なことは、子どもたちに自信をもたせ、朝は「やるぞ」という気にさせる明るい、楽しい話題を提供すべきです。注意しないでも指導できる工夫を考えるようにします。
 そのために、朝の教職員の打ち合わせであった注意・伝達事項を次の条件で仕分けし、工夫して指導します。
(1)
子どもたちの前で話してはいけないこと
 例えば、PTA会費の未納者がいるので催促してください。名簿は担任の机に置いてあります。
(2)
朝のうちに緊急に指導する必要のあること
 例えば「消火器のいたずら」は、子どもの命にかかわるからです。「昨夜、火事があったの知っている?」私はそう切り出します。日本のどこかで、かならず火事があります。「大やけどをした」と言うと子どもたちは「へぇ」とびっくりします。
 
「消火器が使えず人の命も奪いそうになった。火に関する物をいたずらすると寝小便するとお婆ちゃんに教わった。大きくなっても寝小便なんて、みっともないだろう」と、まあそんな話をすると、子どもたちは大笑いします。これが「注意しないで指導する話術」です。そのためには、エピソードをもっていなくてはなりません。
 ある高校教師は卒業生にかこつけて話をします。例えば、遅刻の多かった卒業生が家に遊びにきて「会社を首になりました」といって涙を流した話をすると、少しは遅刻が減ったといいます。
 注意事項はだいたい決まっていますから、いくつか作っておいて、小出しにしていけばよいのです。
(3)
ゆっくり時間をかけて指導すること
 例えば「ガムの食べ捨て」については、子どもたちが主体的に受けとめないと効果はありません。「どうしたらいいか」考えさせ、意見や感想を求めたりします。子どもたちが、自主的に取り組む姿勢へともっていきます。じっくり発酵させていきます。
3 問題行動へのアプローチ
 子どもの問題行動にどうアプローチするか、これが指導としての話術にとって大切な場面です。子どもを指導するときは、まず「身体」からみる、ついで「心」をみる、これがセオリーです。
 私は子どもの問題行動に際して「おい、どこか、具合悪いのか」と問いかけます。やさしさが伝わる問いかけです。この言葉を発見して以来「元気ないけど、どうしたんだ。調子が悪いのか」と問いかけることにしました。
 あるとき、掃除サボリをしている子にそう声をかけると「いえ、なんでもないよ」と言ったが、なんとなくぐずぐずしている。こういう場合は「身体」の次に「心」を見なくてはなりません。心にあるものを知るには、まわりの子どもたちにそっと聞くことです。
 しかし、まわりの子どもたちにもわからないことがあります。そういうときは、掃除が終わった後「ちょっと」とその子を呼びとめ「なにかあったのか」と聞きます。「なにもありません」と言ったら、サボリなので叱ります。
 要するに叱ることはいつでもできるから、最初に叱らない、最後にとっておくということです。原因がわかるまで、やたらに指導しないほうがいいということです。教師は一回、一回分析し、方針を立て、指導します。なぜなら子どもは異文化の存在なんですから。
4 日常の会話法
 教師は知らず知らずにその話法が権力的になりがちです。話が長く粘っこくて、威張った口調と解説的なバカ丁寧さ、しかも言って聞かせるといった一方的な話法になりがちです。これはなかなか抜けません。 
 教師の話し方は、対話的でなければならないのに、一方的で強い調子がめだつのは、学校のなかで管理しようと「教師の言うことを聞け」「学校の方針にしたがえ」といった命令調で話をしてきたからでしょう。
 教師のこうした命令的な語法は、子どもたちを苛立たせます。そこで、勧誘的な話法に切りかえるようにします。例えば「早くやろうな」「早くやりましょうね」と誘う言いかたに切りかえることです。子どもたちに働きかける親しみやすい表現です。横並びで「いっしょにやろうぜ」というようになります。
 この話法ができるようになると、子どもたちの人格を尊重する話法が身についてきます。例えば、どうしても朝の会で注意しなくてはならない場合「朝からいやな話で悪いが」と前置きして話はじめることができます。
 権力的な話し方を克服するには、まず人間の弱さに立つことが求められます。この気持ちを忘れなければ、子どもにたいするやさしさを失うことはないでしょう。人間の弱さに立たない教育は偽ものです。教師も至らないところがある人間だがという前提に立って、子どもを指導するということでもあります。
 教師は毎日、子どもの行動に接していますが、基本的に善意でとらえることです。例えば、遅刻する子どもがいます。悪意でとらえると、だらしのない子どもだということになります。そういうとらえ方をして、子どもに接するとよい結果をもたらしません。教師の悪意はすぐに子どもに察せられ、反発を招くからです。
 しかし、善意でとらえると「なにかわけがあって遅れたにちがいない。でも、よく登校してくれた。うれしいことだ」となります。今、善意をもって子どもをとらえることが望まれています。裏切られても善意でとらえ、信じてやる。それが教師の仕事だと思います。善意でとらえれば、またちがった教育の世界が開けてくると思います。
 今の子どもたちは当たり前のことができなくて困っているんですから、当たり前のことができたら「ありがたいことだ」と思えるのではないでしょうか。よく見ていると、子どもに好かれ信頼される教師は、かならず「ありがとう」と言っています。
 今の子どもたちは、自分に自信をもっていない子どもが多い。子どもに自信を持たせるには「ほめる」ことです。すぐに「ほめる」ことできるのは、事実を認めてやることです。悪いことをしなかった、めいわくをかけなかったこれすべて「よいこと」なので「ほめる」ことなのです。それでもほめることがないというなら、ほめることをさせてほめることです。
 話術は話す術と聞く術からなります。教師は子どもの話を聞くのがへたなようです。上手に聞くには「子どもの感情を聞く」「くり返しの技法」を用いることです。例えば、子どもが転んで「痛い」と泣きべそをかいているとき「痛いのか。どこ、ぶつけた。・・・・・・」と、最初に「痛い」という感情をやさしく受けとめる。「痛い」を繰り返して「の」をつけて送り返すのです。つまり「痛いの」です。こう繰り返すと「先生はきみの痛さを受けとめているんだよ」ということを子どもに伝えることができます。共感的な話法です。
 遊び心があると、教師の語法にゆとりが生まれます。指人形のようなものを用いて話をすると子どもたちの反応はよい。
(
家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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