学校崩壊に尻込みせず真っ向勝負、教育は熱気、そこにドラマが生まれる
学級崩壊、学校崩壊に教育界が尻込みしている現状に私は我慢がならなかった。現状と真っ向勝負するのが教育ではないか。私たち教師の使命ではないか、と思うのである。
私は子どもたちの現実と真っ正面から向き合い、変革の着手点を明示し、子どもたちとの感動体験を共有したいと念じている。深い慈愛をもって、全力を懸けて、子どもたちに飛び込んでいくと、子どもたちは必ず全力で応えてくれるという確信を持っている。
私の今までの体験がその事実を如実に明示している。振り返って、私はこの20年間、教師時代から管理職としても、いずれも教育困難校といわれる中学校に勤務してきた。
それぞれの学校で、態勢を整え、腹をくくり覚悟を決め、実践する中で、学校の様相が活性化し、子どもたちに大きな変容を見ることができた。学校が一本にまとまり、子どもたちと真っ向勝負し、教師の熱い思いと子どもたちの心がつながる時、見事に学校が蘇生するという体験をたくさんさせて頂いた。まだまだ学校は、力を持っている証であると考えている。
今、私たち教師は子どもたちが身に着けていなかったものを、一生懸命に取り戻させています。子どもたちの躾の一番は「おはようございます」という「挨拶」です。これは絶対に必要です。私は学校に来たら
私:「おはようございます」と子どもたちに挨拶します。
生徒:「はあ」
私:「今度、新しく来た校長先生。よろしくね。せっかくだから、挨拶しようよ」
生徒:「なんで、挨拶せなあかんの」
その子には毎朝、私は挨拶をしました。半年、言い続けました。そうしたら、ちゃんと返してきます。指導には長時間かかることもあり、めちゃくちゃ苦労するのですよ。
次は「履き物をそろえる」こと。今の学校に来て、下駄箱を見てびっくりした。靴を下駄箱に入れずに、辺りに脱ぎ散らしてある。これを見たら、ふつうは校長が学年の教師に「指導しなさい」と言いませんか。校長に言われて指導できるのだったら、すでに出来ているはず。
それでは何をするのか。私が、ひたすら靴を揃えていくのです。しかも黙って、毎時間。なんとこの改善にどれだけ掛ったか。11カ月です。つまり、卒業式の前の二月に、初めて生徒に言ったのです。
私:「おい、もう卒業も近くなったねえ。もうそろそろ、靴、入れていいんではないかい。毎回、揃えてあったの、きみ知っているだろ」
生徒:「うん。先生、お世話になりました」
とペコンと頭を下げました。面白いでしょう。子どもというのはそんなものです。
私は、いつも下駄箱に行って、溜まっている土を掃除もしていました。そのころです。やんちゃな生徒が私の前を通りがかって
生徒:「お、校長先生が掃除している」
私:「おい、おまえも手伝え」
生徒:「あのな、おれ、この中学校にきて、何も良いことしてない」
私:「いいから手伝え」
生徒:「おう」
私と、やんちゃな生徒とで掃除しました。通りかかる子が、みんなポカーンとしていました。こんなケースがよくあるのです。これも、結局、11カ月ひたすらしているから通じるのです。
中学生ぐらいになって、口でやいやい言ってもダメなんです。それくらいの忍耐力がいるということを知ってください。私は朝に学校へ行くと、生徒に「おはようございます」と言って、下駄箱の靴をきれいに揃えるのです。最近、生徒が「校長先生、ご苦労さまです」と、言ってくれます。
私は、20年間、荒れたと言われている学校を五つ勤務しているのですよ。それ以外は行ったことがないんです。最初の「てこ入れ」は全部これです。挨拶と掃除と履き物を揃えることです。ものすごく大切なことなのです。
子どもを指導するうえで、柔軟性と頑固さは相いれないものではない。教師が子どもに迎合したり、子どもが大人をのんでしまっていては、子どもが育つはずがない。
大人が壁となり「乗り越えてみよ」と指導しなければ、子どもたちが育っていく道筋を獲得するチャンスを失ってしまうということを肝に銘ずるべきである。物事の本質を見極めたうえでの計らいとして、柔軟性を併せ持つのである。
東井義雄の「子どもは星」という詩があります。「どの子どもも、それぞれ光りを放って輝いている。子どもは自分の光を見てもらいたがっている。光を見てもらえないと、子どもはまばたきをやめる」といった詩です。
「この子はこんな良いところがある」という目で、子どもたちを見るということです。そうすると子どもたちの輝きが増していくのです。私はこの詩が大好きです。
子どもが非行から脱出するためには、援護する大人が時には泥をかぶってでも愛情を注ぎ続けることが必要です。非行少年たちに決定的に良い思いを体験させなければ、素質も芽生えてこないのです。
非行は育つ力でもあります。その力を正しく育てるには、人格を愛しながら、リハビリ訓練が大切です。問題行動と人格とをはっきりと区別して考えないと、生かすことができません。
子どもたちへの深い敬愛の念、成長に「ときめき」を感ずる私たち教師の念に、教育の原点がある。
私たち教育に携わる者の使命は「子どもたちの心の発火」の手伝いを全力ですることである。
我々学校現場の教師は思う。「情熱を失った者が、エネルギーあふれる子どもたちに、相対することができるはずがない」と。指導する私たち教師の熱気、本気が試されているのである。
自信と活力を失いがちな学校に、子どもたちは「魂を懸けた格闘」をしてくれる人の出現を待っていると、私は信じている。私のこうした体験が、出口が見えないといわれる現代教育界への一つの手がかりになればこれほど嬉しいことはない。
(中村 諭:1948-2003年、兵庫県生まれ、大阪府高槻市立小学校・中学校教師、兵庫県公立中学校教師、兵庫県教育委員会指導主事、兵庫県宝塚市立中学校校長歴任した読売教育賞優秀賞受賞)
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