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教師の遊び指導がうまくなると、教師の力量が上達し授業も学級の指導もうまくなり学級崩壊を防ぐ力になる

 私は「遊ぶことは学ぶこと」だと考えている。遊びそのものが子どもにとって勉強だと。遊びは子どもを発達させ、働く力を育てるからだ。子どもが遊ぶようになるには、教師が子どもたちの先頭に立っていっしよに遊ぶことだ。休み時間はもとより、学級活動の時間や朝や帰りの会を使って遊ぶのだ。
 そのためには、教師も少しばかり遊びの指導に長けなければならない。遊び指導がじょうずになると、教師の力量が育つのである。授業も学級の指導もじょうずになるのである。すなわち、遊びの達人は、授業の達人、学級指導の達人に通ずるということである。
 教師は遊び指導の達人になってほしいと私は願っています。そうなれば、学級崩壊、授業不成立に抗する、有力な実践力を獲得することになる。
 楽しい遊びにするためには、遊びのリーダーは明るく生きいきした表情と明瞭な発声が求められる。そのポイントは
(1)
心に楽しいイメージを描く
(2)
自分のいちばんいい顔をする
(3)
目を大きく見開き、微笑を浮かべながら話す
(4)
息を大きく吸い、大きな声で話す
 いちばん後ろの子どもの額に、教師の声をぶつけるつもりで話す。
(5)
はっきりした発声で、よどみなく話す
(6)
手ぶり、身ぶりを交えて話す
(7)
自信をもって話す
 つまらなさそうな、シラけた、暗い表情で聞いている子の顔を見ながら話すと、だんだんと自信を失ってしまうから、うなずきながらよく聞いてくれる子を見ながら話すとよい。そうすると、自信をもらい、その自信によって生み出されたエネルギーを、今度はシラけている子に降り注いでいくのである。
(8)
ユーモアを交えて場をもりあげる
 ユーモアをこめて話すと、子どもたちはニコッと笑い、遊びの雰囲気が盛り上がる。とっさには、なかなか笑いのネタは出てこない。だから、最初は用意しておくとよい。
(9)
子どもを遊びの世界にのせるには、子どもたちが「へーっ」というような関心と興味を刺激する解説が求められる。
 遊び指導の達人になるには、遊びのわざを学ぶとともに「遊び心をもった教師」にならないと、そのわざを自在に駆使することはできない。遊び心のない教師がいくら巧みに指導しても、子どもたちは心から楽しむことはできないからだ。多少遊びの指導のわざが未熟でも、遊び心さえあれば、子どもたちはおもしろがってついてくる。
 遊び心のある教師とは、どのような教師だろうか。ここでいう「遊び心」の意味とは、「車のハンドルの遊び」のような「ゆとり」のある心である。そういう、遊び心をもった教師になるには、とりあえず、次の5つの視点が求められよう。
(1)
子どもが大好き
 子どもと遊び、子どもとおしゃべりし、いっしょに仕事をするのが大好き。いつまでも、胸に「子ども心」をいだき続けている教師である。「子ども心」とは好奇心やいたずら精神である。子ども好きも「泥だらけになって一緒に遊ぶ」ぐらいでないと。
(2)
いつもなにか楽しいことをしたいと考え、いろいろ工夫して、おもしろくしてしまう教師である。
 子どもたちにとって、学校はますます辛いところになっている。そんななかで、学校生活のほんとうの楽しさをとりもどしたい。そう考えて、遊びをとりあげるなど、さまざまな工夫を凝らし「生きる楽しさ」を教えてくれる教師である。
(3)
あくせくしない。いつもにこにこしていて、一呼吸おいて動きだす。だから暇そうにみえるのか、子どもたちが「先生!」と声をかけ、寄っていきたくなる教師である。
 教師は多忙である。だが、せかせかと目をつりあげ、子どもたちから見て、とりつくしまもないようでは困る。「あっ。先生だ!」と寄っていきたくなるような教師。寄っていってもちゃんと受けとめてくれるような、そういう姿勢の教師でありたい。
(4)
指導を楽しんでいる
 叱らない、怒鳴らない、脅かさないで、なんとか、子どもたちを指導したい。それには、たくさんの選択肢を思い浮かべ、子どもたちの顔を思い浮かべ「今度は、これでやってみるか」という楽しみ方ができる教師になる。
(5)
楽天的な人生観・世界観をもっている
 楽天的とは、私の人生の希望は達せられるという考え方をいう。その逆の悲観的とは、私の人生の希望は達せられないという考え方である。教師は、すべからく楽天的でありたい。
 子どもの未来を信じることだ。もし、その未来に障害があるようなら、教師はその障害を除去することに努めなくてはならない。
(6)
子どもは失敗しながら育つと考えている
(7)
くよくよしない
(8)
長い目で子どもを見る
 教育を大きな視野のなかでとらえる。そういう態度が、教師の「遊び心」をつくっている。遊び心のある教師は、授業や学級の指導にも、ゆとりをもって臨むことができる、指導も成立するようになる。それは「遊び心」が教師の人格的力量へ昇華するからだ。
 なぜなら、子どもたちは、その教師から「生きる楽しさ」という恩恵を受けとることで、その教師を好きになり、信頼するようになるからだ。
 遊び指導の達人となって、子どもたちの楽しい学校生活の創造にとりくんでほしい。
(
家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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