教師は話す職業であるが、話すことに努力しているだろうか、話す力をつけるにはどうすればよいか
私がNHKの朝早い番組に出演したときのことである。有名な司会者が楽屋で「あ、え、い、お、う、おはようございます」と口を動かしている。そうしながら、服装や髪を整え、ときどき笑ったり、きびしい顔をつくっては、自分の表情を点検している。その姿を見て、私は心を打たれた。話すことを職業とする者の、とうぜんの職業的努力とはいえる。
ひるがえって、教師の場合はどうだろうか。教師から話をするという手段を取り去ったら、教師の仕事は成立しない。教師も話すことを職業とするものであるが、話すことに努力しているだろうか。残念ながら、教師にそうした自覚は弱い。
教師の話すことは、子どもが黙って聞くのがあたりまえと考えているかぎり、話す力量は発達しない。子どもの聞く力も弱まっている。だとしたら、教師はいっそう言葉による「聞かせる話」をしなくてはならないのである。教師は話す力を自覚的に自ら育てなくてはならなくなったのである。
私が話すことの大切さを考えるようになったのは、僧侶でもあった先輩教師のおかげであった。私の話しぶりが気になっていのだろう。あるとき「良寛 不妄語戒九十条」を渡してくれた。九十条からなる長い戒めだが、教師としての言葉を考えるうえで、大いに参考になった。
少しだけ紹介すると、
「口数が多く、くどい」「ものの言いかたが乱暴」「しゃべりかたがはやい」「話が長い」「自慢話」「人の話が終わらないうちにしゃべり出す」「よく知らないことを人に教える」「いかつく、ものを言う」「理屈っぽい」「軽蔑したものの言いかた」「人の話を聞こうとしないで言葉をかわす」
教師の話しかたは、理解しやすく、正確で、美しく、快くなければならないと言われる。そういう話しかたができれば、それにこしたことはないが、それが教師の話しかたを決定づける条件ではない。
私は「教師の話しかたで、もっとも大切なことはなにか」と聞かれたら「子どもに届く力をもっているか、どうかだ」と答える。
「子どもに届く」とは、子どもの耳に、正確にわかりやすく伝わるだけでなく、子どものからだに快く触れ、心に響き、知にはたらきかけ、感情に訴え、行為・行動をやさしく導くように「届く」ということである。
そうであれば、雄弁であってもよし、とつとつとした語り口であってもよいのである。要は「子どもに届く力のある話しかた」ができるかどうかである。
では、どんな話しかたをすれば、子どもに届く力をもつことができるのだろうか。それは教師各人がそれぞれ創意工夫して個性的にアプローチしていけばよい。
これまでの、多くの話し上手な教師のすぐれた語り口から、学ぶことも、個性的な話しかたの創造に、さらに磨きをかけることになると思う。
たとえば、教師の声はどのような声であればよいのでしょう。
(1)聞こえる声
教師の声が小さく、聞きとれなくては教育は成立しない。最初に子どもにきらわれる教師の多くは「先生の声がよく聞こえない」理由からである。大きな声が出ない教師は、とりあえず、からだをつくることである。からだをよくほぐし腹式呼吸で、息をいっぱい吸う。吸った息の量に比例して大きな声が出る。
(2)わかる声
教師の話は明瞭に、その言葉が聞きとれなくてはならない。はっきりとした、澄んだ、透る声、つまり明晰な声でなくてはならない。
声は聞こえるが、言葉が割れていたり舌がよく回らなかったり、くぐもったり、団子状だったりしては、よく聞きとれない。
明晰な声を出すには、口先だけの不完全発声をなおすことである。明晰な声になるためには、口を大きくあけ、口の全部を使って一音一音を一番後ろの子どもに飛ばすような気持ちで発声する。口のなかに残さない。そんな発生をしながら、くっきりした声をつくっていく。
話す速さは、知識が子どもにしみこむ速度にあわせて話すとよい。子どもが集中しなくなったら、話を中断し、吸収するまで、少し休憩するか、いったん終了して別のことに移るようにする。
(3)明るい声
教師の声は明るくなければならない。子どもが学校で教育を受けようとするときの気持ちが、後ろ向きの子どもが多くなった。ゆえに、教師の言葉は明るく、彩に満ちて、子どものやる気を引き出すものでなくてはならない。
では、どうすれば明るく話せるようになるのだろう。なんといっても、明るい話題でなければならない。明るい話題は、指導によってつくりだすものなのである。ほっておいて、しぜんに生まれることはない。子どもたちによいことをさせ、それを取り上げ、ほめるのである。
子どもの成長を励ますような明るい話題でなければ、明るい話しかたはできない。
明るい話しかたをする教師は、生き生きして、人間としての勢いがある。姿勢がいいうえ、相手の顔を見て、安定した視線で、明るい表情と、しっかりした口調で、自信をもって話している。
まずは明るく話そうと自覚するだけで、ずいぶん明るい話かたになる。そのためには、体調を整えて健康であると、しぜんに生き生きして明るくなる。また楽観的であると明るくふるまえる。
明るく話すための技術は「語尾をはっきりと発音する」「メリハリをつける」「話を尻上がりに高くする」と明るい感じがでてくる。
(4)豊かな声
鋭角的でキンキン声などのような、やせた声はなんとなく訴える力が弱い。教師の声は、暖かな、包み込むような豊かさが求められる。
まずは、口腔いっぱいに広がりを持った声を出して、声量の豊かな声にすることである。口をよく開けて腹から声を出し、腹に響くように、しかし、やわらかく発声する。
他の教師の話を聞きながら、少しでも豊かな声を出すように心がけたい。
(家本芳郎:1930-2006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)
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