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私が教師になって大切にしていたこととはなにか

 私は「人間は自分のために生きなければ生きられないが、他人のために生きる意志のない者は決して幸福になれない」という言葉を自分の座右の銘にしています。
 教育というのは、教師が体を張って実践し、その教育実践の中から理論を構築していくものであると思うのです。
 教育は実践の裏付けのない発言というのは、まずいのではないでしょうか。私はこれまで、体当たりで教育実践、カウンセリング、教育相談をやってきました。
 これを理論化することで、世の中の悩めるお父さん、お母さん、教師たちに、現場からの生々しい体験談を送り続けたいと思っています。そうすることにより、教育のひっそく状況に風穴をあけたいと思っています。
 私は教師になってからずっと、国語の力こそ、どの学力にも通じる知力になると考えていました。音読・読み聞かせは、どの学力にも通じる知力になると。
 たくさんの本を読む経験が考える力を伸ばし、想像力や感性を磨き、ものごとに柔軟に対処できる能力を育むのだと、今も確信している。
 だから、授業には必ず読書を採用した。毎日必ず5分か10分、音読授業をするのである。
 私が音読授業に必ず取り入れたのは、宮沢賢治と金子みすゞの作品だった。一草一木にも生命が宿るという、その優しいトーンに包まれるとき、子どもたちは深く心を打たれるようである。
 クラス中が一番しーんと静まりかえって、48人の子どもたちのうち、46人が涙したというほどの衝撃的な物語は、
宮沢賢治の「よだかの星」であった。
 ほかの生きものを殺して食べなければ自分が生きていけないというカヌマに苦しみ、いじめに苦しんでも生きなければならない「よだか」。
 それは宮沢賢治が晩年肉食を絶ち、矛盾に苦しみながらも清い心で奉仕を怠らなかった生き方にも通じて悲愴である。
 よだかの眼を通してすべての事象をとらえ、物語の世界にはばたけるのだ。深い余韻が残る名作である。
 そのほかに、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、夏目漱石の「こころ」も楽しめた。
 ハリー・ポッターの物語も、両親がいない悲しさ、いじめに耐える辛さを描きながら、その中にはあふれるほどの夢と希望をちりばめて、愛と勇気と正義をたたえている。
 また、イギリス社会の厳格なしつけ・悪に対峙する正義・死生観が随所に見られて興味深く、楽しく夢中になれる。
 ハイネの詩集を朗読したときは、「こんな恋愛をしようよ」という話になって、みんな真剣だった。
 読み聞かせや音読授業を始めてみると、子どもの理解力の深さに舌を巻いてしまうのが常である。
 素晴らしい物語を声に出して読むこと、友だちと一緒に感動を共有することは、何よりも心の肥やしになる教育であると私は思っている。
 それに、私は子どもたちの能力を伸ばすために、優れている点を見つけて表彰するようにしていました。
 私の授業は、ほめてほめまくることで子どものよさを引き出し、それを勉強や遊びのエネルギーにしていたので、子どもたちの成績はどんどん伸びた。
 初等教育では、とくに励ますこと、ほめることが非常に大事である。「やればきっとできるよ」と、言ってあげたら、子どもはどんどん伸びるものなのである。
 子どもたちのいちばん優れている点を見つけて、チャンピオンに任命することにした。 勉強面ばかりにこだわらず、その子のいいところをほめてやろうと思ったのだ。
 例えば、計算のチャンピオン、マラソンのチャンピオン、我慢強さのチャンピオン、水泳のチャンピオン・・・。
 どの子にも必ず、人に負けないいいところがあるはずだ。そういう思いで子どもたちを見ていると、誰もが一つどころではない、たくさんの優れた面を秘めていた。
 友だちに優しい子など成績として評価できなくても、それを賞として与えることで、友だちを見直したり、励まし合ったり、張り合ったり、相手のよいところを認め合えるようになってきたのだ。
 チャンピオン賞を始めてから子どもたちが確かに変わった。生き生きして自信を持つようになり、じつに楽しそうなのである。
 当時、毎日新聞から取材(昭和57年、見出しは「チャンピオン」)があったので、内容をつぎに引用する。
 チャンピオン賞の対象は勉強、運動だけでない。「おもいやりのチャンピオン」というのもある。だれもが一目おく長所を一人ひとり見つけてほめてやるのだ。
 先生が表彰状を読みあげると、みんなが拍手する。多少テレながらも目をキラキラさせて心からうれしそうに受け取る。
「その表情を見たさに一年間がんばっているようなものです」と
濤川先生。
 教師になりたてのころは、子どもの良くない点を直すのに叱ってばかりいたんです。でも、叱るだけでは私の言うことが子どもの心にスッと入らないと気がつきましてね。
 良い点を見つけてほめると、子どもに自信を与え、ほかの能力も伸ばすことがわかりました。子どもはみんな「宝物」を持っています。それを見つける眼力が教師には必要です。
(
(なみ)川栄太:19432009年、20年間の小学校教師を経て、ニッポン放送「テレホン人生相談」回答者、40年間つとめた教育相談では、悩める子どもたちに体当たりで励まし立ち直らせた)

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