他職を経て教師になり12年、経験したこととは
私は教師になるまでの十年間を地方公務員として過ごしました。直接子どもを教える仕事ではありませんでしたが、この間の経験が、後の教職生活の基礎となったと思います。
教育センターでの仕事が私の人生を変える二の大きな出来事に出会いました。
一つ目は、教育の現場を外側から見るという経験をしたことです。教育センターのロビーは展示室を兼ねています。市内の学校の展覧会などが開催されます。子どもたちの資質にそれほど大きな差があるとは思えないのに、作品にはかなりの違いがみられます。子どもたちの力を伸ばし発揮させる教師の影響力の大きさに驚きました。
二つ目は、教育センターに勤務されていたF元校長との出会いです。人間性に触れ、教育のすばらしさを味わい、私もまた現場に出てみたいという思いが強くわきあがってきました。
「教師になりたい」という私の願いは家族から猛反対されました。教師である夫からは、教師は決して甘いものではない、母からは五歳と二歳という幼ない子がいるのに、という母親の立場からでした。
人生はたった一度しかなく「今」という時間は二度ともどってこないので、夢はあきらめることはできませんでした。
昼は仕事、夜は家事や育児、みんなが寝静まってからの勉強。しかし無事合格し、教職について赴任したのは奥多摩の緑豊かな小学校でした。自宅から一時間半ほどかかりました。
教職はやりがいのある仕事で、毎日が充実し、遅くまではりきって働いていました。でも、母とわが子には苦労を強いてしまいました。
半年たつと、道徳主任になり、東京都小学校道徳教育研究会(都小道)に入会しました。これが私と道徳教育の出合いとなったのです。
転勤して、二校目で自分を変えた三つの契機は
(1)教師としての力を高めようと努力した
良い教師になるには、まず何か一つ、専門とするものを持つことだと思います。人間の力には限りがあります。「一徳は万徳に通ず」です。私にとっては、道徳教育がそれに当たります。
道徳は人間が人間としてより良く生きていく心を育む大切なものです。教師と子どもがともに語り合い、考え合い、感動し合う心のふれあいの時間でもあります。
私がつたないなりにも教師としての技量を高めることができたのは、都小道で、すばらしい授業を数多く見せていただいたおかげだと思っています。授業を見ることほど勉強になることはありません。
また、東京都の教育研究員として研究をしていたとき、同じ研究員の教師と語り合い、教育にかける情熱にふれさせていただきました。私がくじけそうになったとき「私もやらなくては」と思いを新たにして、元気になって帰ることができました。
(2)待つことを学んだ
五年生の担任になったとき、一人の女の子が転校してきました。その子がいじめられました。
いじめた子はすぐわかり、いじめた子と保護者を交えて真剣に話し合い、またクラス全員にも指導しました。しかし、心から納得していないような何かいやな雰囲気が残りました。
クラスがいったん嫌悪な状態になってしまうと、元にもどすことは大変です。そうなる前に、先手を打っていかなければなりません。
この出来事をきっかけに、私は教育相談の大切さをひしひしと感じました。深い子ども理解と、先を見通して問題を解決していく力を身につけることは、教師にとって欠くことのできないものだと思いました。
そこで、スクールカウンセラー講座を受講する決心をしました。一年間通い続けた結果、自分が大きく変わっていったことを発見しました。それは「待つことができるようになった」ということです。
私は「俺についてこい!」タイプの教師であったように思います。それまでの私では考えられないほど、ゆったりと子どもを見られるようになりました。子どもの個性の違いにどう対応し、どう伸ばしていくかを考えるようになってきました。
(3)学校全体に目を向けることを学んだ
校長先生から、保健主任などの仕事を任され、常に細やかな指導を受けました。自分のクラスのことだけでなく、学校全体を見渡せる人間になるようにという配慮であったと思います。
私の教師としての理想は、体全体で子どもとぶつかり合うことです。そのためには、教師としての専門的な力量を磨くと同時に、人間として魅力のある人になりたいと願っています。
ふり返ってみれば、あっという間に過ぎてしまった12年の歳月でした。うまくいかないときの方が多いような気がします。もともと根は楽観的な方ですが、落ち込むこともあります。
悪いことのくり返しになったら、きっぱりと悪循環をたち切らなければなりません。そんなとき、私は一度、立ち止まってみることにしています。そして、次の二点を点検します。
(1)子どもへの要求が高すぎないか
(2)子どもへの要求が多すぎないか
目の前のこの子たちの現在の実態をしっかり把握し直して、少しずつ目標を高めてやることが大切です。
先輩が教えてくれた言葉に「教師の力以上の子どもは育つが、教師の想い以上に子どもは育たない」というのがあります。
教師の意識が低いときや、もうこのへんでいいやと思ったとき、そこで止まってしまうような気がします。何としても、こんな子に育ってほしいという夢は、大きくもっていたいと思います。
ずっと高学年を担任していますが、毎回子どもたちは違います。同じことのくり返しではなく、子どもたちの変化に柔軟に対応していけるような「しなやかさ」をもっていきたいと思います。
(平林和枝:東京都公立小学校教師。道徳教育の著作多数あり)
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