私の12年間の教師としての歩みが学級通信の中にいっぱいつまっています
私が大阪市立小学校に新任として赴任しとき、学級通信を発行しておられた先生が一人いました。30歳くらいの女の先生でした。その先生は「一枚文集」のような形や、ザラ紙四分の一ぐらいに学級のようすを少しのせたり、連絡を書いたりする内容でした。
しかし、当時の私の目から見て、あまり学年の先生から「いい目」では見られていなかったように感じていました。保護者からは人気がある先生だったように思います。私は、その先生の実践は「すごいなぁ」と思っていましたが。
「学級通信をだしているから、学年の足なみがそろわない」といった、なんともいえない雰囲気を感じたのです。
そして、二年目、四年生の担任になったとき「学級通信をだして非難されたら」と、私は非常に悩みました。
おもいきって、年輩の先生に相談すると
「若いうちは、自分のやりたいこと、好きなことをやりなさい。あとは、私らがしりぬぐいしてあげるから」
「子どもたちは、いろいろな先生の特技や個性、専門から学びとっていくのだから。あなたの持っている力をだしなさい。学級通信はできたら管理職に見せなさいよ」
と言われました。この言葉に非常に勇気づけられ、目の前がパッと明るくなったようでした。
学年としての足なみをそろえることは必要です。でも、学級はその担任のイメージなり、独自性もあるはずです。
私は今でも、その女の先生のがんばりと、年輩の先生の言葉は、私を育ててくれたと思っています。こんな思いから、私の学級通信はスタートしていきました。
私は、学校や学級は子どもが生き生きとできる場にしなくてはいけないと思っています。なんとか、楽しく、生き生きと生活できる場にして、わかる喜びを教えてあげよう。
「明日も来たい」「明日も何かあるぞ」そんな、ワクワクした夢や希望を持って帰らせたいと、私は思っています。
ささいなことを認めてあげるひと言が必要だと思います。また、友だちのがんばりやよろこびや活躍に「拍手」を送れる子どもたちも必要です。
二年間担任したAさんの作文は「毎日、学校へ来るのが楽しみでした」と次のように書いてくれました。
「前田先生は、怒ったらこわいけれど、やさしいところもいっぱいありました。けん玉やいろいろなコンクール、鉛筆削り大会、百人一首大会・・・・、いろいろなことをやったので、何か得をしたような気がします。二年間、とても楽しかったです。毎日、学校へ来るのが楽しみでした」
私の12年間の教師としての歩みが学級通信「あせ・どろ」の中にいっぱいつまっています。
子どもたちの学校生活の様子を保護者は切実に知りたがっています。私は、学級というのは、絶対に保護者からの支えがなくては豊かになっていかないという思いを持っています。
学級通信「あせ・どろ」1000号を迎えましたが、新任以来、書き続けてきたのも学級を、教育を豊かにしていきたいという、私の願いからです。
保護者がわが子だけでなく、学級の取り組みや学級のすべての子の生活に関心を持ち、時には意見や感想をいい合える関係って、すばらしいことです。子どもたちの成長にとっても大切なことです。
学級通信が保護者同士の交流の場としても、共通の話題を提供するものとして必要なものになっています。
学級通信は、私にとっては自分と学級づくりのバロメーターなのです。子どもの姿が見えなくては、子どもの願いが実感として伝わってこなくては、学級づくりはできません。
学級通信は一人ひとりの子どもの姿や声が浮かんでこなくては書けません。
学級が生き生きと活動しているとき、すばらしいこと、くやしいこと、ドラマが生まれたとき、発見・成功・失敗・感動があったとき、子どもの伸びる芽を確信したとき、もう書く内容は決まっているのです。
教室の中には、書く素材なんていっぱいあるのだから、子ども一人ひとりの言動や願いを「とらえる目」を身につけることが何よりも大切だと思っています。
初めて担任したとき、学級通信を仕上げるのに二時間以上かかっていました。今は一時間以内で書けるようになりました。
でも、学級がうまくいっていないときや、子どもたちの生活が事実として浮かんでこないとき、やっぱり書けませんね。
みんな、うまくいったことばかりではありません。私自身の失敗したことも多くありました。また、子どもたちとしっくりいってない時もありました。でも、どんな時でも、
「子どもたちを信じてやらないといけない」
「子どもの否定面だけを見て、判断したらいけない」
そう思い、とにかく12年間やってきました。
これから先も、子どもたちの前で「愛やロマンを大きく膨らませ」子どもたちに語れる教師として、偉大な先輩たちに学び、子どもたちや保護者に学びながら、教室の中にとびこんでいきたいと思います。
(前田睦夫:1954年大阪市生まれ、大阪市立小学校教師)
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