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学級づくりの失敗から得た学級づくりのヒントとは

 初任者として中学校で学んだことは、力で子どもたちを押さえこむことだった。そのような指導で子どもたちを方向づけするのが教師だと、勘違いしたまま小学校の教師となったことが、失敗につながった。
 小学校経験が15年をこえた頃であった。学級づくりは教師がするもので、授業さえやっていればクラスはできると考えていた。そして、正義にもとづく価値観とルールを押しつけていたのである。
 そんなある日、やんちゃな子どもとついに衝突したのである。担任を試すかのように、級友をからかい、次第にエスカレートし、いじめに近い言動を見せた。
 私はその瞬間、彼をつかんで壁に押しつけ、厳しい口調で怒鳴ったのである。これをきっかけに、やんちゃとその仲間たちは、担任と決定的に反目するようになったのである。もはや修復不能の事態となってしまった。
 「教師は子どもの悪いところを直すのが仕事だ」と思い込み、信じて疑わなかった「古い教育哲学」が崩壊したのである。
 私は、自問自責の毎日を送り、病休をも考えつつ、何とか年度末を迎え、傷心のまま異動となってしまったのである。
 どんな問題でも解決するのが教師だと思い込み過ぎていた。「子どもに寄り添う」ことを忘れていたのである。
 そんなとき聞いた赤坂真二先生の「解決しようとするのではなく、『子どもに寄り添う』ようにする」という言葉が、ストンとふに落ちたのである。
 私の失敗から学んだことは、次の5つである。
(1)
個人の経験だけでは、子どもは育てられない。
(2)
正義を振りかざすだけでは、子どもはついてこない。
(3)
「学級づくり」を子どものものにしなければ、子どもたちは育たない。
(4)
教師が手本とならなければ、子どもは自ら育つ子にはならない。
(5)
「子どもを育てる」という視点をもたなければ教師とは言えない。
 自分だけの経験だけでは通用しなくなっていることは、大きな問題であった。身近な人に相談しても対症療法にしかならず、その場しのぎにしかならなかった。
 そこで、八方ふさがりの苦しさから抜け出すために、考えることもなかった「有料の研修会」に参加することにした。
 そこでは、自分の何十年の経験をもっても思いつかない実践や、本を読むだけでは分からない魅力的な講師に出会うことができたのである。
 それからは毎週のように、各種セミナーや講演会に参加した。毎回、目が覚める思いで「私ができることは何か?」と自問するようになった。
 同時に、次のような課題解決の具体的なヒントを得ることにもなった。
(1)
つねに、子ども(個人)と子どもたち(集団)を「育てるという視点」を持つ。
(2)
今の瞬間を変えることだけを考えるのではなく、年度末や「将来を見通した指導」を考える。
(3)
厳しい中の楽しさより「楽しい中に厳しさ」を織り込んでいく。
(4)
「教師が学びを楽しむ」ことを教育の原点とする。
 そして、これらの課題は別々に解決するのではなく「同時進行の形で解決に向かうものである」ということも学んだ。
(
大谷雅昭:1959年群馬県生まれ、群馬県公立中学校理科教師を経て小学校教師。環境省環境カウンセラー)


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