新人教師が研究指定校に赴任し「これ以上続けると自分が壊れてしまう」と思うほど忙殺された
Aさんが新人教師のころを振り返ってみると「忙殺」という言葉がぴったりだった。
教師の世界の厳しさを知らなかったわけではない。父親は中学校の教師で、その背中を幼いころから見ていた。
大学時代、ボランティアで小学校に出入りするようになった。教師が宿泊学習で一睡もせず、子どもを見守ったり、行事を通して子どもが成長するのを支えたりする姿を見て、きついがやりがいのある仕事だと感じた。
採用試験に合格したことを、小学校のときの恩師に報告すると「授業が大変だし、保護者からいろいろ言われるし、とっても厳しいよ」と言われた。
横浜市の小学校でスタートを切った。たちまち、忙しさの渦に巻き込まれた。
三年生の担任になったが、何から仕事をしてよいかわからない。先輩の教師たちは大量の仕事を抱え、必死に取り組んでいるため、話しかけられる雰囲気ではない。
「何だ、これ」と思いながら、見よう、見まねで仕事を始めた。自己流なので失敗し、やり直す。そのくり返しで人の二倍以上の時間がかかった。
まず、大変だったのが、四月からの数週間だった。こまごまとした仕事が、ばかにならない。子どもの名前のはんこを押して、ロッカーや下駄箱、荷物をかけるフック用の名札を用意する。
特別教室の配当表をもとに時間割をつくり、家庭用に印刷する。全校の掃除分担の割り当て表をもとに、班ごとの掃除分担を考える。
連絡網をつくる仕事もまごついた。きょうだいのいる子の保護者は、別の学年の連絡網と重なるので省かなければならない。全体の表ができると、列ごとの表をつくり、子どもには自分の列の連絡網だけを配る。個人情報の保護のためだ。
書類作りも待っていた。学級経営案をつくり、教員評価用の自己観察書も提出した。子どもから出してもらう書類も整理しなければならない。数日たっても揃わない場合は、一件一軒、家庭に連絡を入れた。
そんな事務処理をこなしながら、子どもたちと向き合い、授業の準備を進めなければならない。四月中旬になると家庭訪問の時期がやってくる。日程表を配って保護者に都合のいい時間帯に丸をつけてもらう。その調整もたいへんだった。
四月下旬になると学校は運動会一色になる。空いた時間を見つけて、健康診断の結果を児童保健調査票に書き込み、指導要録に名前のはんこを押すなど、仕事は途切れなかった。
教師は指導力よりも、まず事務処理能力が求められているということがわかった。作業は手が抜けず、あと回しになるのはいつも授業の準備だ。睡眠時間を削ると、子どもたちに笑顔で接することができない。
朝7時には学校に到着する。その日に教える単元の指導書をざっと読み、方針を立てる。8時に子どもたちが登校すると、空いた時間はまったくなくなる。
子どもたちが帰っても、丸つけなどで教室に残る。5時ごろまで、さまざまな校務の会議が待っている。校務は一人3役、4役はあたりまえだ。
その後、残った作業をすると夜の9時、10時頃に帰宅することになった。帰りにコンビニで弁当を買って、下宿で食べると倒れるように眠った。
土日くらいは休みたいが、仕事が間に合わず、毎週1日は出勤した。地域の行事やお祭りなどがあれば、全員参加と決まっているので、新人教師がさぼるわけにはいかない。
Aさんが他の新採用の教師と比べて負担が重かったのは、この学校が研究指定校だったためだ。1時間の研究発表のために、単元全体の授業計画を練り、指導案を書く。子どもたち一人ずつカードをつくり、毎回の授業でコメントを書いて返した。
研究大会が開かれているときは、全県から教師が集まるため、校内の整備をした。掲示物の作り替え、校庭整備、庭の草刈り、教室の掲示物の準備など、することは尽きない。
教師になって2年目もいきなり任されたのが、仕事の多い体育主任だった。前年度からの引き継ぎもなく、資料もない。
運動会の準備を会議で提案しても、教師も忙しいため、なかなか協力が得られない。暗くなるまで運動場のライン引きやこまごまとした準備をする日々だった。
一生懸命に頑張っていたつもりだが、先輩の教師から「いつもと子どもの席のつくりかたが違う」と怒鳴られたときは、何もわかってもらってないと捨て鉢になりかけた。
そうこうしているうちに、次第に体が悲鳴をあげ始めた。頭がずきずきし、肋間神経痛にも悩まされた。視力も落ち、10メートル先の子どもの顔が見えない。
職員室の話題は子どもの悪口が増え、まわりの教師をほめたり、ねぎらったりすることもほとんどなかった。みんな、ぎりぎりで走っていたのだと思う。
教師はまじめな人が多く「ほかの人も忙しいんだから」と愚痴を言ってはならないと思っている。
これ以上続けると、自分が壊れてしまうと思ったAさんは異動希望を出し、4年目に別の町の学校に異動した。
異動してみると、前任校の日々がうそのように思うほど、落ち着いた日々だ。校務が少なく、研究授業もなく、子どもたちのことを第一に考えるゆとりがある。
前任校では、若手教師として育ててもらっているという感覚がもてなかった。
(朝日新聞教育チーム)
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