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2017年10月に作成された記事

担任が子どもたちを伸ばしていくためには、2つの目で子どもたちを見る必要がある

 学級で子どもたちと過ごす中で、担任が子どもたちを伸ばしていくためには、2つの目で子どもたちを見ることが必要だと私は思っています。
(1)
未来からの目
 未来からの目というのは、子どもをどのように伸ばしていきたいのかという目標から現状を見る目です。
 そうすることで、子どもに足りないことが明確になり、指導することができます。
 教師は自分なりの子ども像や学級像の目標がなければ、一つひとつの実践や指導に思いが乗らず、子どもにもなぜ必要なのかを明確に指示できなくなります。
 私は教室の中で、教えるべきことと、子どもたちで考えさせるべきことがあると考えています。
 年度初めの4月には教えるべきことの割合は多く、年度末の3月には考えさせるべきことの割合が多くなります。
 各教科での学び方や表現の仕方、掃除の仕方、けんかの解決の仕方など、最初は子どもも自分達ではできません。
 最初は教師が中心となり、一つ一つていねいに指導していく必要があります。そうして、だんだんと子どもの裁量を増やしていくことが大切だと思います。
(2)
過去の目
 子どもと出会った当初、どのような状態だったのかという目です。
 目標から現状ばかりを見ていると、足りないことに目が行き、不満や不安でいっぱいになります。そうした時、過去から現状を見ることで、子どもたちのがんばりに目が向くようになります。
 4月から子どもたちは変化をします。その変化をしっかり伝えてあげることが、目標に向かうためのエネルギーにもなります。
 私は子どもたちのがんばりや成長を、みんなの前で一人ひとり紹介する時間を月に一回はとるようにしています。子どものがんばりを認めていくことが大切だと感じています。
 子ども自身のためでもあり、教師自身が、今やっている実践に自信を持って取り組むための力にもなります。
 反省や改善も大切ですが、子どもや教師自身のがんばりを認めていくことも大切だと思います。
(
金 大竜:1980年生まれ、大阪市立小学校教師。教育サークル「教育会」代表。日本一ハッピーな学校をつくることを夢見て、学級づくりの取り組みがメディアに取りあげられている) 

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実は能力がないと「子どもが好き」な教師にはなれない

 いい先生についてアンケート調査すれば、どの調査の回答もほぼ似通っている。
 小中高生は「授業が分かりやすい」「親しみやすい」「公平性」などを。
 保護者は「教育への熱意がある」「子どもに愛情を持つ」「授業が分かりやすい」
 などをいつも上位にあげている。
 教師に望まれる資質として「子どもが好きなこと」がよく言われます。ところがよく見ていると、気の合う子どもは好きでも、そうでない子はそれほど好きではないのです。
 肌が合わず、手がかかりすぎる子どもが苦手という、深くて固定的な資質が教師にはあります。
 クラスのなかの数人は聞き分けのない子、肌の合わない子がいるはずです。そうした子どものことは、つい除外して、残りの大部分の子どもを念頭に置いて「子どもが好きだ」と言ってしまいがちです。
 問題は無意識に除外されがちな子どもたちに、担任はどう接するかということです。教師の資質の真価が問われるのは、実にその点にこそあるのではないでしょうか。
「たとえ肌が合わないと感じる子でも、意思疎通をはかって、その子を理解しようとする」ためには、子ども理解のための知識と技術を必要とする。
 たとえば、その子どもの発達段階の特徴は何か、その子の背景にどのような家庭や地域があるか、などは子ども理解の基本的知識であり、そうした知識を得ながら指導に生かすことのできる技術である。
 子どもと向き合うときの、そうした知識や技術は教師の能力に属する。 
「子どもを好きになりなさい」と言っても、子ども理解の知識や技術を能力として身につけることは可能である。
 その能力は毎日の経験や日頃の研修を通じて磨かれていくだろう。
 つまり「子どもが好き」であることは、教師の人間性としての資質だけに根ざすのではなく、能力がないと実は「子どもが好き」な教師にはなれないのだ。
 逆に言えば、能力を高めることによって、肌が合わずに手がかかり過ぎると感じる子どもも、徐々に好きになっていくのである。
(
今津孝次郎:1946年生まれ、名古屋大学教授・附属中高校長を経て名古屋大学名誉教授。専門は教育社会学、学校臨床社会学、発達社会学)

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子どもが反抗するとき、大人はどのように対応すればよいのでしょうか

 子どもに反抗されると、腹が立ちます。けれども反抗は子どもの自立には欠かせないことなのです。
 親がわが子をいつまでも、子ども扱いしていると、次第に「うるさい」「ほっといて」となっていきます。この親に反発する時期を反抗期といっているわけです。
 子どもは、反抗しているわりには、親に甘えたい気持ちものこっています。自分では反抗と甘えが矛盾した行為であると、客観的に見るだけの心のゆとりがないのです。
 反抗すると言っても、それは親の言うことや社会のルールを「どうして?」と、考え直している過程なのです。
 それを積み重ねて行って「自分で考えて、自分で納得して、自分で行動できる自立した人間」になるのです。だから、反抗は子どもの「精神の自立」には欠かせないのです。
 それをわかっていると「うるさい、くそババア」と、子どもに反抗されても、親は余裕を持って受け止めることができるはずです。
 わが家でも、中学生だった息子と口論になり「あんたみたいな古いヤツは・・・・」と言われたときは「親に向かってあんたとはなんだ!」と、頭にきて怒りましたけれど、あとで「初めて言えたな、成長したな」と思いました。
 この時期に親と子どもは葛藤しないといけないのです。だから、親は本気で怒って親子ゲンカしていいのです。
 その一方で「やっと親に反抗し始めたな」と思って、それまでより少し距離をとるようにしてほしい。
 そして「自分で決めろ。その代わり、失敗しても自分の責任だぞ」という世界を広げてやってほしい。子どもが自分自身で決めるように、親は少し態度を変えるのです。
 子どもの屁理屈も自分を説明しようとして一生懸命に考え、考える力を伸ばすので、大事にしてあげてほしい。
 失敗しても、それは間違いなく成長の糧になりますから、結局は失敗でなくなります。何とかするはずと子どもを信頼するのです。
 
「自分のことは自分で決める」ことのほかに、家のお手伝いは、子どもの自立には欠かせません。
 意識的に家族みんなで家事を分担して、子どもに家事をやらせてみるとよいと思います。
 掃除や料理は身辺自立、お手伝いしてお小遣いをかせぐのは経済的自立、買い物や親せきへの届もの、家族旅行の切符の手配などのお手伝いは、子どもが社会で自立するための練習になります。
 わが子が格差社会でも、しっかり生きていけるように子育てするには、どうすればよいのでしょうか。
 ぜひとも「自分への信頼感」をしっかりと育ててやってほしい。
 遊びでも習い事でも、お手伝いでも勉強でも、部活でも何でもいいのですが、小さいころからいろんなものにチャレンジして「達成できた!」という達成感が大切です。
 
「私はできる」「がんばればできる」という自分に対する信頼感、そして自分にはいいところがあるという自己認識を育ててやることが、とても大事なことだと思います。
 
「子どもに自分で決めさせて、どんどんチャレンジさせる」「親は子どもを後ろから応援する」この子育ての基本を忘れないでください。待つということも大事なことだと思います。
(
汐見稔幸:1947年生まれ、東京大学附属中等学校長、白梅学園大学・同短期大学学長、東京大学名誉教授。専門は教育学、教育人間学、育児学)

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学級崩壊を起こす教師は、子どもたちと共鳴する力が不足しているのではないか

 私は若い教師をたくさん見てきました。その結果「遊べない教師はだめだ」「遊ぶときには、とことん遊べる教師が良い教師になる」と言えます。
 遊べるということは、ものごとの楽しみ方を知っているということです。
 遊べるということは、どんなメンバーとも、おもしろさを発見して心から楽しむことができるということです。
 子どもはおもしろいことが大好きです。子どもは遊びのなかに、人間関係の機微を学びます。
 教師が日常生活のなかに楽しみを見出せないタイプの人では、子どもたちがかわいそうです。
 子どもと一緒に笑ってくれる教師、子どものいたずらを叱りながらも共感してくれる教師、必要なときにボケてくれツッコミを入れてくれる教師、そういう教師が子どもたちを育てていくのだろうと思います。
 私は、この「子どもと共鳴する力」は教師力の一つだと、とらえています。
 学級崩壊を起こす教師、子どもに反発される教師を見ていると、このことが実感されます。
 そのような教師は、子どもの発している電波とは異なった電波で受信しようとしている。
 子どもの電波とは合わない、自分のたった一つの電波しかもっていない。そういう教師が子どもたちとのコミュニケーションを断絶しています。
 子どもたちが発している電波に、即座に合わせられる、そんな共鳴力がなによりも必要なのではないでしょうか。 教師が子どもと接するときは、その判断の連続です。
 学級崩壊を頻繁に起こす教師、子どもたちとのコミュニケーションがへたな教師というのは、実はこれができないのです。
 どうすれば、共鳴力を鍛えることができるのでしょうか。
 気の合わない人、知らない人とも遊んでみる、そこに楽しみを見つけてみる、というのが近道であるように思います。
 教師が遊べるということは、実は他者への共鳴力が高いことを意味しています。
(
堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

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問題行動に対して毅然とした指導するにはどのようにすればよいか

 生徒の問題行動に対して「ダメなことはどんな理由があってもダメ」とする指導をしなければ子どもは健全な発達ができようはずがない。
 私が校長として着任した学校で、問題行動に対して毅然として指導する生徒指導の徹底を次のように図った。
(1)
どんな小さなことでも授業規律を乱すような行為に対しては、見逃さないでその場ですぐに指導を行う。
(2)
教師の指導に従わない暴言・暴力等の行為に対しては、一歩も引かないで毅然とした態度で臨む。
 そして、一人での対応が厳しいと判断した場合は、職員室や隣の教室と連絡を取り、必ず複数の教職員で指導にあたることを徹底する。
(3)
教師は自分の周りには他の全教職員がいるんだという気持ちでいると、勇気と自信をもって生徒指導にあたる気迫が出てくる。
(4)
厳しい指導とは、全教職員が同じ指導方法であたるということではない。ある教師は厳しく、またある教師は受容的で生徒の気持ちを理解することも大事である。
 ようは、真剣に本気で生徒とかかわれるかどうかということが大事である。
 これらの指導方針は、保護者会等を通じて、全保護者にも伝え、それを実践していった。
 本気の指導こそが生徒の意識を変えることにつながる。
 成果が出てくれば、教職員は毅然とした指導態度をとることについて自信がついてくる。
(
山本修司編著:1950年生まれ、東京都公立中学校教師、指導主事、指導室長、校長を歴任し、荒れた学校を立て直した。2005年度読売教育児童生徒指導部門最優秀賞受賞、編著書『実践に基づく毅然とした指導』は、生徒指導に悩む教師たちのバイブルといえる)

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気になる子どもやその保護者と、じょうずに付き合うには、どうすればよいのでしょうか

 問題行動の多い気になる子どもと、その保護者のことで頭を悩ませている先生も多いのではないでしょうか。
 教師はどのように関係を築いていくか、ということが重要になってきます。
 教師には、様々な能力が求められます。その中でも、授業力と保護者対応能力、この二つは重要な能力です。
 管理職にとっては、良い授業をする教師が望ましいが、保護者対応能力が高い教師の方が安心できる教師です。
 教師が保護者の信頼を勝ち取るには、家庭訪問や個別懇談会、日頃のやりとりの能力が強く求められます。
 今の教師は高い保護者対応能力が要求されるのです。気になる子どもやその保護者と、じょうずに付き合うには、どうすればよいのでしょうか。
1 初めて親に連絡するのは、良いことから
 私は、気になる子を担任した時、じっとその子を観察します。その子が良いことをしたら
 
「きみは、いいところがあるなぁ」
 
「今日、家に帰ったら、必ずうちの人に、先生にほめてもらったことを言うんだよ」 
と言います。そして、その日の夜、保護者に電話します。
「今日、○○くんは学校で、こんないいことをしました。ちょっとうれしくて、思わず電話をしてしまいました」
「えっ! まだ言ってないのですか? 今日、うちに帰ったら話をするように言ったのですけど」
すると、ほとんどの保護者は「え~、本当ですか? そんないいことをしたのですか?」と、うれしそうに答えてくれます。
 いわゆる問題行動の多い子の保護者は学校からの電話は悪い話と身構えます。
 しかし、今度の担任は「うちの子のいいところを、見ていてくれる」という思いを持つことになります。大きな効果があるのです。
2 その子だけが、ほめられる行為をしたときは、おもいっきりほめる
 問題行動の多い子が、一人だけで、よいことをしたとき、みんなの前で、おもいっきりほめます。
 すぐに行動が変わるわけではありませんが、少しずつ変わっていきます。それまで荒れていた子が、落ち着いていくのです。
 私の気持ちが子どもたちの心に届いているような気がするのです。
 よいことをした時にはほめ、悪いことをしたきは叱る、という基本的な態度は絶対に変えません。ひいきをしない、色めがねで見ない教師として、信用してくれるのだろうと思います。
3 子どもが問題行動を起こした時、子どもの口から親に報告させる
 私は、まず、その子の口から親に報告させるようにしています。なぜか?
 親がわが子から直接話を聞くことによって「自分の子どもが悪い」という覚悟ができるからです。
 しかし、ほとんどの教師は、子どもに問題行動があった時は、直接、親に説明します。
 すると「うちの子が、本当に悪いのか?」と、親は子ども呼んで真偽を聞きます。
 子どもは親の迫力にたじろいで「いや、ぼくだけじゃない」「そんなことしてない」と否定する子どもいます。
 親はわが子がかわいいですから「悪いのはうちの子じゃない」とわが子の擁護に回り、教師に不満を言ってくる親もいます。
 こうなると、関係者を集めて、責任を明確にしなければならない。解決に時間がかかってしまうのです。それを避けるためです。
4 問題を早く解決するために、すぐに家庭訪問する
 問題行動を起こしたとき、子どもは親が怖いですから、自分の都合の悪いことは話しません。そんな時は、親は教師に不満を向けてくるものです。
 私は保護者から電話がかかってきた時、どうも私が聞いていたことと違う、自分の都合の悪いことは話していないな、と判断したら「お母さん、電話で言っていても何ですから、今から行きます」と、すぐに家庭訪問します。
 そこでじっくりと話を聞くのです。家庭訪問する利点は
(1)
電話では教師に言えることでも、面と向かうと言いにくくなる。
(2)
子どもに面と向かって「今日、先生が聞いていた話と違うな」と言うと正直に答える。
(3)
次の日に延ばすと、記憶があいまいになり、事実が不明確になる。
(4)
家族が一緒だと、わりと冷静な判断をしてもらえる。
(5)
家庭訪問されることが嫌な親は、教師にすぐにこられると困るので、少しのことでは電話してこなくなる。
5 問題行動の多い子に「いつも、おればっかり叱られる」と思わせない
 教師が子どもと接するときは、成績のよい、おとなしい子には評価が甘くなりがちで、問題行動の多い子には、同じことをしても厳しくなりがちです。
 例えば、問題行動の多いAくんが授業中に隣の子と話をしていたら「こら! A、また話をして、授業を聞いていないな」といった叱り方になりがちです。
 そうすると、Aくんは、自分だけ注意されたことに不満をもち、不信感にもつながりかねません。
 私は、このような場合、話をしている子どもたち全員を注意します。「いつも、おればっかり叱られる」と思わせないことが大切なのです。
(
楠木 宏:1956年生まれ、三重県公立小学校教頭。教育研究三重県集会理科部会助言者)

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暴力を振るう子がクラスに出てきて、他の教師の力を借りないとやっていけないようになった

 学級崩壊の話題がでると、私が小学校二年生を担任して学級が荒れたことを思い出します。
 私は、それまでは大きな団地にある学校ばかり20年以上勤務していたのですが、はじめて田舎の小規模校に転勤しました。
 いままでの学級づくりの方法が、けっしてベストではなかったけれど、まあまあだったので、いままでのやり方でクラスをまとめていこうとしました。
 ところが、十月をすぎるころから、クラスの一人の男の子がいうことをきかなくなりました。自分の思い通りにならなかったら、平気で友だちを殴ったり、けったりしました。
 その子があまりにもわがままを押し通そうとするので、その子から、はずれた価値観で学級をつくっていこうとしました。それが彼の心をキレさせたのでしょう。
 私が、授業中も、彼のいうことをきかなかったり、彼をあててやらなかったりすると、むくれたり「先生はおれのこと嫌いなんや」と言っていました。
 自分の思いが通らなくなると、いきなり担任の私にむかって暴力をふるってきたのです。自分がいたらなかったのだと考え、軌道修正をしてみましたが、駄目でした。
 一月になると、授業が終わったとたん、いきなり私に向かって殴る、けるなどの行為が出てきました。
 毎日、学校に向かうたびに「今日こそは彼にやさしくしてやらなければ」と思って学校に行くのですが、暴力を受けるともう駄目でした。
 校長は「けっして、やりかえしは、しないように」と私に言いました。
 まだ二年生だったから、二回~三回の通院ですんだのだと思います。でも殴られた耳の聴力は悪いままです。
 暴力は毎日だったので、まわりの教師がたまりかねて、当番を決めて教室に入ってくれることになってからは、すこし授業は、ゆとりをもってできるようになりました。
 彼が暴力をふるってきたら、当番の教師が彼を別室につれて行き「さとした」からです。
 他の教師の力を借りないとやっていけないなんて、私にとっては屈辱でした。
 でも、学級崩壊はあちこちで起きていることであり、私だけの問題ではありません。
 このようなことが起きたのは、私が自分の経験をもとに「やり方を固定してしまった」ことが「子どもたちの実情にあっていなかった」のではないかと思えてきました。
 彼らは愛を求めていることは、わかっているのですが、私の「言葉かけ、一緒に遊ぶ、だきしめる」といった言動に、愛が不足していたのでしょう。
 私は当時、家庭の問題をかかえていて、ゆとりなんてありませんでした。
 その後、仲間の教師がさそってくれた生活指導研究会に、週一度参加させてもらいました。そこで、私は自分のやり方の「かたさ」がわかってきました。
 転勤して二年目、やっと心の傷もじょじょに回復にむかいました。
 子どもたちに、とにかく「あなたのことが大好きなんだよ」というメッセージを、いつも心から発してあげることが、一番のクラスづくりの基本だということが、いまさらながら、わかってきました。
 また、「子どもたちを笑わせてあげること」も大事なクラスづくりの一つのようです。
 子どもたちに、楽しければいいという意識があるような気がします。子どもたちは、よく笑わせてくれる先生を心待ちにしているのではないかと思います。
(
元大阪府公立小学校女性教師)

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絶対に言ってはいけない、だめな教師の話し方とは

 教師の話し方にも、それぞれ癖があります。たいていの場合、本人は気づいていません。「これでいいのだ」と思っているのです。
 本人が無自覚のままイライラさせてしまう話し方をしている人をたまに見かけます。
 教師という仕事柄、このような癖がある人は早急に直さないといけません。クラスの子どもたちは、一日中、聞いているので、ストレスがたまっているはずです。
 自分の話し方の癖には気づかないことが多いものです。いくつか絶対ダメな話し方を紹介すると、
(1)
「でも」「だけど」など否定する言葉
 「でも」「だけど」などの言葉の後には必ず否定語が続きます。
 言われた人は、決していい印象を持ちません。「この人に話しても無駄だな」と感じ、距離をとられることになります。
(2)
「忙しい」「しんどい」などの、マイナスの言葉
 教師の仕事は忙しく、しんどいこともありますが、周りの人をハッピーにする教師は、このような言葉を使いません。プラスの言葉を意識して使うようにするとよいと思います。
(3)
「あのぉ」「ええっと」などの、ムダの多い、だらだらした言葉
 話すことがまとまってない時、不自然な間をあけたくない、という気持ちから出る言葉でしょうが、聞く人に不安感を与えてしまいます。
 口癖になっている教師は要注意です。授業の様子を録画や録音して、後で聞いてみてください。このような言葉が多いのにがく然とするはずです。
(4)
話が長い
 話が長いと、それだけで疲れ、聞き手にストレスを与えます。どんなにいい話をしていても、話が長ければ、そのよさも半減するのです。
 どうすれば話を短くできるでしょうか。ムダなだらだらした言葉をなくし、言いたいことのポイントを一つだけ決めて話すとよいでしょう。
(5)
上から目線で話す
 人に対して見下し、仕方がないから、教えてあげますよという態度をとること。
 
「なめられてはいけない」と、上から目線で話をする教師がいますが、逆に「心が小さい人間だ」と見透かされ、なめられるだけです。
(6)
言葉に心がこもっていない
 ほめても、ほめ言葉に心がこもっていない。「はい、はい、すごい。すごい」なんて言われたら、むしろ腹が立ちます。ほめ言葉に嘘を混ぜてはいけません。
 ほめ上手な教師は、まず自分自身が何よりもうれしそうにしています。だから自然とうれしいという感情が声に乗っているのです。
 自分の感情やイメージがちゃんと表現できる声がでるよう練習するとよいでしょう。
(7)
叱るとき、以前のことも言う
 叱るとき、ついつい感情的になって、以前の行いのことまで引っ張り出して叱ってしまう。話も長くなるし、いいことは一つもありません。
 
「それ、今、関係ないし」と、子どもは嫌な思いが残り、反発する気持ちが生まれるだけです。
(
俵原正仁:1963年生まれ、兵庫県公立小学校教頭、笑顔の教師が笑顔の子どもを育てる実践はマスコミにもとりあげられた)

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学級経営で大切なことは「どの友だちとでも、活動できること」、どうすればできるでしょうか

 学級経営で大切なことは「どの友だちとでも、活動することのできる関係を築かせる」ことです。
 子どもは、そのままにしておけば、仲のよい友だちとは積極的に関わろうとしますが、他の友だちとの関わりには消極的です。
 ですから、教師が意図的に子ども同士を関わらせることが必要になります。
 気分が乗らない朝は、友だちの些細な言葉や行動に、つい感情的になってしまいがちです。友だちと関わることがおっくうになっている子もいます。
 朝一番で、意図的に楽しく子ども同士を関わらせることが必要です。そのために「気持ちのリレー」を行います。その方法は
 今の気持ちを、ひと言で、子ども全員に発表させていきます。この時、座席順に次々と発表させます。
 まず、教師が、最前列の子に
「今、どんな気持ち?」
と、声をかけます。その子から、座席順に気持ちを発表していきます。
「ちょっと眠いです」→「元気です」→「気分いいです」・・・・・
というように、次々とリレーしていきます。
 ネガティブな言葉ではなく、元気の出るような言葉でリレーしていくと、気持ちが明るくなっていきます。しかし、あまり強制しないようにしましょう。
 
「気持ちのリレー」は、そのままにしておいては、あまり関わることのない友だちとふれ合う機会になります。
 目を合わせて、たったひと言「元気です」などと伝えるだけですが、毎日、多くの子と関わりをもつことに、大きな意味があります。
 ひと月もすれば、どの友だちにも話しかけることに、おっくうさを感じないように変化しています。
 友だちとあまり関わらずに一人でいると、子どもはどんどん不安になってしまいます。「どう思われているのだろう」などと、不要なことを考えるようにさえなります。
 授業でも同じですが、子ども同士を関わらせることで、互いに相手が自分と同じように友だちと関わることに喜びを感じていることに気づかせることが必要です。
 実際に友だちと関わることで、不要な心配をもつこともなく、安心して学習することができるようになります。
 教室での子どもの交流関係を広げるのは教師です。 
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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保護者との対応に悩む教師へのアドバイス

 保護者との関係に悩んでいる小学校の先生に私が、まず最初にアドバイスすることは「親は簡単に変わりません。あきらめましょう」ということです。
 親はもう長年生きているんだし、すべての子どもの親が教育に熱心であるという教師の思い込みのほうが間違っている。まずは「あきらめましょう」という前提で対応するのです。
 そうしないと、熱心な先生であればあるほど、親を何とか変えようとする。でも、変わってくれない。「なぜ私がこんなにカリカリしているんだろう」と感じてしまう。
 そうすると、無力感や徒労感を感じてイヤになってしまう。その子に関わるのもイヤになる。そうすると、その子に関わることを放棄してしまうことがある。
だから
「親のことはあきらめて、まず目の前の子どもが勝負ですよ」
「子どもたちに何ができるかに視点を変えていきましょう」
と、申し上げるんです。
 二番目は、多くの先生がやってしまうことなんですけど、クレームをつけてくる親に[正論で対応しようとする]ことです。
 親はキレてしまいます。親がキレると教師もキレる。そうすると悪循環のまま。
 つまり、正しいことを言うかどうかは親との間でそんなに大切じゃないんです。まず「関係づくり」に徹しましょう。よく話を聞きましょうと。
 うなずいて、この先生は私の味方なんだなあ、というふうに感じてもらうことが先決です。
 三つめは、デパートの苦情処理を参考にするとよい。デパートては、苦情を言ってきたお客さんは最高のお得意様になる可能性がある人だと。だから「もてなせ」と言っているそうなんです。
 確かにクレームを言ってくる親は、まだ子どもや学校に関心があるわけで、話を聞いたうえで
「ありがとうございます」と感謝して
「本当にお子さんのことを一生懸命考えてくださっているのがよくわかりました」
「私たちは、そのために何ができますか」
というふうにもっていくと、もしかしたら、学校のための戦力になってくれるかもしれない。
 だから、私はよくこう言います。正論で勝負しようとするやり方は空手である。力対力で勝負する空手である。
 カウンセリングマインドというのは相手が責めてきたら、その相手の力を積極的に利用する合気道の精神なんですよと。
 そういう精神は親との対応でも必要なのかな、と思うことがあります。
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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教師が「子どもたちを立派な人間に育てる」という高い意識を持ち続けることが難しくなった

 教師が高い意識を持ち続けられるかどうかは、外的要因が大きく影響する。
 外的要因が何かといえば、それは子どもたちや保護者からの「信頼」である。信頼され、尊敬されていれば、教師も高い意識を持ち続けられる。
 しかし、あまり高くないのが現実であるようだ。
 英国の教育慈善団体「バーキーGEMS財団」が小中学校教師に対する信頼度などを数値化した「世界教員地位指数」が世界21カ国中、日本は17位だった、と朝日新聞(電子版)2013年に報じている。
 かつて、教職は「聖職」と呼ばれたりしていた。そこには信頼と尊敬の気持ちが込められていた。ところが、最近は、教師を特別な存在として認めるような人はめずらしい。
 それどころか、ますます「モンスターペアレント」と呼ばれる保護者が増加している。子どもをちょっときつい言葉で叱ったりしようものなら「オレの子を虐待している」と怒鳴り込んでくる。
 教師が土下座して謝るまで許さない保護者もいると、小学校の教師に聞いたことがある。それくらい「モンスターペアレント」はめずらしい存在ではなくなった。
 そういう親はわが子に教師の悪口をいいたい放題だから、子どもも教師を軽んじることになり、教師は信頼や尊敬など、ほど遠い存在でしかない。
 現在は、教師が威張ったりすれば「モンスターペアレント」のターゲットにされかねないし、子どもに無視されるに決まっている。
 こういう関係では、教師に高い意識を持ち続けろ、というほうが無理というものである。
 若い教師であれば、もともと高い意識で教師になったのだから、情熱を持って現実に立ち向かえるかもしれない。
 それが、勤続年数が長くなり、このような現実を長く経験してくると、情熱もしぼんでくる。
 
「子どもたちを立派な人間に育てる重要な役割を担っている」といった高い意識を維持できなくなるのも当然だ。
 信頼もされない、尊敬もされない環境が、教師たちの意識を低下させて、教師を続けていく意欲も減退させる一因となっている。
(
前屋 毅:1954年鹿児島県生まれ。「週刊ポスト」の経済ライターを経て、フリージャーナリストに。教育、経済、政治、社会問題などをテーマに執筆を展開している)

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はめをはずす子を大目にみて学級崩壊したが、叱る基準を決めるとともに、保護者たちの協力で立ち直った

 私が住んでいた学区にあった小学校の事例です。
 一学期の半ば頃のことでした。当時、近所の小学校二年生の子どもの母親が、今度の日曜日にある授業参観日に「こっそり、うちのクラスを見に来てくれ」と言うのです。あんな、めちゃくちゃなクラスで大丈夫だろうかという心配があったからです。
 当日、授業を見に行っておどろきました。子どもたちのほとんどが、勝手なことをしているのです。
 きゃっきゃ言いながら机の上を走り回っている男の子が何人か。それを見ておもしろがっている女の子たち。四、五人の子どもたちが輪になってじゃんけんをしているかと思うと、床をはいずり回っている子どもたちがいます。
 動物園のサルのおりの中でも、これほど騒がしくはありません。若い女教師の「もう、やめてっ」というかん高い声が哀れでした。
 一年生の時の担任はベテランの教師で、厳しく、しつけもよく行き届いていたようです。そのクラスを新任の教師が担任したのです。
 子どもたちはみんな行儀がいいし、決まりを守るよい子ばかりだったので、少しぐらいははめをはずす子がいても、おおめにみてきました。
 すると、子どもたちは、どんどんタブーを破っていきました。その結果、学級崩壊を招いたようです。
 ここまできてしまうと、修復はなかなか困難です。
 このようになる前に「ほめるべきことは、ほめ」「叱るべきことは、叱る」という姿勢が教師に必要だったと思います。
 幸いなことに、そのクラスの親たちが大変よかったのです。担任をなじる親は少なく、理由はともあれ「ああいう態度をとる子どもたちも悪い」と、わが子をいさめました。
 担任には、厳しさも愛情であることを知ってもらいました。
 
「どの親にも、目に余ることがあったら、すぐに知らせてほしい」と、担任に頼み、そのことを子どもたちにも伝えました。
 若い担任は、素直に親の言い分を受け入れ、叱るべき時には、叱るよう心がけました。叱るべき時とは「自分や他人の心身に傷を負わせる心配のある時」と決めました。
 それ以外は、これまでどおり大目にみたのですが、一学期の終わりには、まともな授業ができるようになっていました。
 二学期には、担任と子どもたちは友だち同士のように仲良くなりました。それでいて、担任を信頼し、聞き分けのよい子どもたちばかりで、本当に理想的なクラスになりました。
(
福井 明:元岐阜県公立小学校教師)



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授業中の話し方のツボとは何でしょうか

 教師の話が子どもたちに伝わらないのは教師の責任です。
 朝の教室で、教師が入ってきて「はい、静かに」と言っただけで静かになる場合も、いくら教師が叫んでも静かにならない場合もあるでしょう。
 同じ言葉を発しているにもかかわらず、大きな違いが出てくるのです。
 子どもたちに伝わる話し方にはポイントがあります。
 教師の話しが伝わらなかった理由を、教師自身がどうだったかという視点で考えていきます。
「声の大きさは適切だったか」「速さはどうだったのか」「教師の視線、立ち位置はどうだったのか」「全体を意識した話し方だったのか」「話す内容は、具体的なものだったか」
などチェックするポイントはいくつもあります。
 教師にも正しい発声ができなければいけない。「正しい発声」とは、教師が「自分の感情やイメージがちゃんと表現できる声を出せる」ことである。
 教師の感情をうまく声にのせるためには、まず自分の感情を変えることが大切です。そして、感情をうまく声にのせるためには、声の「大きさ、高さ、速さ、間、音色」を意識することが大切である。
 あなたは何種類、使い分けていますか。それに、話に「間」と「速さ」でリズムとテンポをつくるようにするとよいでしょう。
 授業中の話し方のツボは
(1)
笑顔で話す
 笑顔の教師が笑顔の子どもたちを育てます。
 一日の大半をしめる授業時間の間、常に教師がしかめっ面だと、授業を受けている子どもたちの気分も滅入ってきます。
 だから、何よりも大切なことが「笑顔で話す」ということになります。
(2)
余計なことは話さない
 教師は、本当に余計な言葉が多すぎます。発問や指示をした後も、何やかんやと話し続けます。教師は沈黙が耐えられないのです。
 でも、子どもとっては迷惑千万です。
(3)
子どもたちを「ほめる」基準をはっきりさせる
 授業時間こそ「ほめて、ほめて、ほめまくる」時間です。
 ただし、「ほめる」基準をしっかりと持つ必要があります。
 そうしなければ、ある時は「ほめられる」のに、ある時は「スルーされる」といったことが起こり、子どもたちの心は教師から離れていきます。
 その「ほめる」基準を「できたか」「できていないか」にしてはいけません。
 
「伸びたか」「伸びていないか」というのが、私の子どもたちを「ほめる」基準です。
 
「ほめる」ことが、一部の子どもに偏ったり、逆に多くの子どもをほめようと、わざとらしくほめたりすることが出てくるからです。
(
俵原正仁:1963年生まれ、兵庫県公立小学校教頭、笑顔の教師が笑顔の子どもを育てる実践はマスコミにもとりあげられた)

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いじめ防止のキーポイントと、いじめ防止の力を向上するにはどうすればよいか

 いじめ防止には、子どもたち一人ひとりが「いじめは絶対許されない」という強い意識をもち「いじめない、いじめを受けない」という力量を身につける必要があります。
 このためには、人権教育を充実させるとともに、「ダメなことはダメ」という規範意識の醸成に努め、学級世論を形成することに期待がかけられています。
 また、日常の子どもたちの人間関係の確立をめざし、所属感や連帯感を実感できる集団づくりは「いじめる-いじめられる」関係を生まない有効な方法の一つです。
 さらに、いじめられそうになったとき、他者の助けを求めて防げば、いじめに苦しむことはなくなります。トレーニングを積むことによってこの力を強くすることができます。
 このように、「いじめ否定の意識」「いじめを防止する集団」「いじめを防ぐ力」がいじめ防止のキーポイントになります。
 この中でも「いじめ否定の意識」を高めることは、さしせまって大切な課題です。いじめを否定する気持ちが、子どもたち個人にも学級にも強いほど、いじめの発生の可能性は低くなります。
 このような状況を創り出すことが「いじめ撲滅」につながっていくのです。
 子どもたち個人の「いじめ防止力」は
「いじめを否定する力」(人権感覚、規範意識、道徳的心情)
「いじめへの対処力」(コミュニケーション力、ストレス対応力、感情コントロール力)
の二つに大別できます。
 これらの意識や能力を高めることで、子どもたち一人ひとりの「いじめ防止力」が向上します。
 いじめ防止プログラムや生徒指導計画の中に意図的に位置付け、組織的・計画的に実施することにより、いじめ問題解決への展望は大きく開けます。
 このためには、校内研修等を通じて、全教職員が「いじめ防止力」を高める指導力を身に付けることが大切です。
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師・教育研究所指導主事・中学校長等を経て神田外語大学客員教授)

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保護者に授業のレベルが塾より低すぎると、指導内容にダメ出しをされたときどうすればよいか

 小学校高学年になると、授業のレベルが低すぎると、授業内容にダメ出しをしてくる保護者がいます。
 授業内容のレベルを上げるように要求したり、指導法にも細かく口出ししてきて困る場合があります。
 
「学校の授業は塾とは違うんだよ」などと、塾に通う子を否定するような態度は避けましょう。子どもや保護者の不信感を大きくしてしまいます。
 子どもから、塾の様子を聞くことで、授業の参考にしたり、塾とは異なる学校ならではの授業の工夫に役立てたりすることができます。
 学校での学習のよさは、異なる能力の子どもたちが、同じ内容を学ぶところに、よさがあります。
 子どもたちがお互いに意見を交流して、さまざまな考え方を学んだり、間違いを認めたり、他の子の意見を取り入れたりと、授業を通して「人として大切な力」を育んでいきます。
 このような、学校で学ぶことのよさを伝え、わが子が授業を楽しんでいる様子が保護者に感じられれば、こうした保護者からの苦情は自然に影をひそめるものです。
 いつも、教科書通りの授業を、何の工夫もせずに続けていると、必ずこのような苦情を言ってくる保護者が出てきます。
 子どもが授業を楽しんでいれば、授業のレベルにかかわらず、保護者は学校の授業に納得してくれるものです。
 ときおり、パズルやクロスワード、迷路やクイズなどを授業に取り入れて「考えること」「学ぶこと」を楽しませましょう。
 当然、レベルの高い問題にも触れさせることになり、保護者も子どもも、学校の授業に満足してくれます。
 理解が早くて計算や漢字技能に長けている子も、ゆっくり確実に習得する子も「よくがんばった」と充実感を味わうことのできる授業にするのが理想です。
 そのためには、学習内容は同じでも、練習量やレベルに応じた課題を与えるような工夫が必要です。
 例えば、学習内容を習得するために、計算ドリルの5番までを全員の課題とし、早く終えた子は10番まで、余裕のある子は発展プリントに進む、などの工夫が考えられます。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方研究会」を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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子どもに慕われているが授業がへたな教師と、授業がじょうずだがやや人間性に欠ける教師とではどちらが教師としてよいと思いますか

 教師の資質とは何んなのか。何が重要なのか、優先順位がつかないのが教育現場なのです。
 昨今の優先順位は、教育技術の向上や学力重視でしょうが、これだけで教育問題が解決するとは思えないのです。
 ただ、はっきり言えることは「教師として」というより「人間として」どうか、という視点で教師の資質を考えたほうが妥当である、という現実です。
 多発する教師の不祥事の根底もここにありますから、教師の人間性の向上にこそ優先順位を置きたいのです。
 また、子どもが教師を好きになれば、少々授業がうまくなくても、成績は向上するものですから、これこそが真理でしょう。教師こそ「ゆとり」が必要なのです。
 教師の力量は、ある意味、天分的なスキルの面が多いのですが、それをいくら言葉で説明し、マニュアルに沿って研修しても、習得は難しいものです。
 しかし、そういった「暗黙知」のスキルを知っている先輩教師が、後輩教師と一緒に実践しながら、言葉でない部分を伝えていくことが大切です。それがいま必要なのです。
 この「伝える環境づくり」こそ、教師の資質向上につながると信じています。そして、これには「ゆとり」が必要なのです。
(
阪根健二:1954年神戸生まれ、香川県公立中学校教師、指導主事、教頭、香川大学助教授を経て鳴門教育大学教授。専門は学校危機管理,生徒指導) 

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若い教師が「ほどほど」に教師をやっていたら、ベテランになったとき、自信を失って周りに迷惑をかけるようになるかもしれない

 私は20歳代の頃は、勢いがあって口が悪くて、世界が自分を中心にまわっていて、すぐに人を責めて、ばかにしていました。
 しかし、実践研究だけは、まったく手を抜かずに資料だけは百枚も二百枚もつくって、研究会で三枚くらいの資料で発表する人を見て「まじめにやっていない」と断罪して、まったくいけすかない人間でした。
 もしも、当時の私が、いまいたら「こいつは見込みのある教師だ」と可愛がるでしょう。
 若い教師で有望な人というのは、いけすかない人であることが多いように感じています。
 教師という職業は、若いうちから一国一城の主になれる稀な職業です。その分、一人で突っ走りやすい職業ですし、若いうちから「自分はいっぱしの者だ」と勘違いしやすい職業でもあるわけです。
 しかも、能力が高くて将来、大物になる可能性を秘めている教師ほど、そういう勘違いに陥りやすい。
 長年、若い教師を観察していて感じるのは、教師の成長には
「自分をいっぱしの者だ」と思う、
(1)
その勘違いを謙虚に戒めて成長する
 人間関係を重視しながら、ストレスに見舞われる日常を過ごす。
(2)
その勘違いに実質を伴わせて、勘違いではなくしてしまう
 血のにじむような努力して、だれも文句を言えないほどの実績をあげる
場合と、二つの道があるということです。
 私の教師人生は自分で言うのも何なのですが、(2)の道を20歳代、30歳代で、(1)の道を40歳前後から意識し始めたという感じです。
 いまは、50歳代を目前にして「バランス感覚をもってほどほどに」を信条に生きています。
 でも、よく思うのは、若い頃にがむしゃらにやった「溜め(たくわえ)があるから、いまがあるのだな」ということです。
 若い頃から「ほどほど感覚」で教師をやっていたら、いまごろは自信を失って毎日が地獄だったかもしれない。周りに迷惑ばかりかけていたかもしれない。そんなことを感じるのです。
 おそらくいま、若い教師が多いと思います。どうぞ、自分なりの「茨の道」を突き進んでほしいと思います。
(
堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

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今日、学級を育てるのは困難である、安心できる楽しい学級を創造するにはどのようにすればよいか

 四月、新学期を迎える子どもたちの心は、期待と不安でいっぱいです。
 子どもも教師も楽しいと感じる学級は、たとえぱ「けんかやあらそいのないクラス」といった、子どもの「願い」と「自覚」があって初めて実現することができるでしょう。
 しかし、今日、子どもの願いに応えながら「安心できる楽しい学級」を創り出していくことは、そう簡単なことではありません。
 社会のさまざまな矛盾を背負った子どもたちが、身体と心にたくさんの重荷を抱かえて学校にやってくるからです。
 子どもたちは可能性を見せながら、一方で不安や危機の感情もあわせて表現します。
 教師が子どもたちに注意ばかりしていると、授業中、おしゃべりや立ち歩きが始まり、時には、教師への暴言が飛び出してきます。
 子どもたちの心が殺伐として、つらく悲しくなります。表情は暗くなり、子ども同士のきずなや教師への信頼が失われていきます。
 教師が努力しても、育ち合うはずの学級が、傷つけあい壊れていくのです。
 
「可能性」と「不安や危機の感情」を併せもつ子どもたちは、どのようにしたら「安心できる楽しい学級」を創り出すことができるのでしょうか。
(1)
教師が「子どもを好きになる」こと。そして「子どもたちをよく見て、声をよく聴き取る」こと
 「荒れる子」も「キレる子」も、友だちの中で快く生きたいという願いを持っています。その願いを教師が学級の仲間に伝え「つなげていく」のです。
 だめなことを指摘するだけではクラスは育ちません。困難やトラブルに対する誠実な努力が、心に残る思い出のクラスをつくっていくのです。心温まる事実を粘り強く積み重ね、伝え、学級のみんなで確認していくのです。
 授業の中で教師が子どもたち一人ひとりの発言をていねいに聴き取ります。子どもたちが互いの声を聴き合えるクラスにしていくのです。
 私は学級にとって価値ある事実を「朝の会」や「帰りの会」で一つひとつ、子どもたちに話してきました。「先生が何に感動し、何を大切に見ているか」を伝えていくのです。
 そのとき、大切なことは「目に見える優れた事実だけをとりあげない」「子どもたちを競争させたり、比較して見ない」ことです。比較や競争の目で見ていると担任への信頼を失っていきます。
 子どもたちはそんな教師のひと言ひと言から「クラスへの愛」を感じ、自分たちの先生を深く尊敬し、前進を始めていくのです。
 そうすると、やがて学級に安心感が生まれ、攻撃的な雰囲気が消えていきます。
(2)
教師は「子どもたちと共に」学級を育て創り出していく
 新学期の始まりには、握手と笑いとユーモアで「君たちといっしょにクラスを創ろう」といったメッセージを子どもたちに伝えます。
 寄り道、回り道を楽しみながら、子どもたちの力をよりどころにして、焦らず、ゆっくりと育ち合う学級をめざしていきます。
(3)
豊かな学びと楽しい生活のどちらも大切に保障する
 生きる喜び、学ぶ喜びの実感できる「学び」を創造するのです。ときには、教室から、はみだすようなドラマと遊びを子どもたちと共に、創り出しながら、人間的で安定した学級の生活習慣を創り出していくのです。
 私は四月の学級の始まりのとき、
 
「毎日『その日、クラスでみんなが頑張ったらできることを』を日直が考えて提案し、帰りの会で日直が、提案したことを評価するようにしましょう」と話します。
 子どもたちが、どうしたらクラスで気持ちよく過ごせるようになるか、子どもたち自身が関心をもち、見つめ、行うことができるように励ましていくのです。
 日々の積み重ねを楽しみながら、子どもたちの企画による「お祝いの会」を実施していきます。公園でかくれんばしたり、サッカーをしたり、子どもたちはこの日をとても楽しみにしています。
 子どもたちの力によって支えられたクラスは、少々のトラブルや困難と出会ってもそれを乗り越えていくことができるでしょう。
「ゆっくり、楽しく、子どもと共に」これが今日の困難を切り開き、学級を希望へとつないでいく大切な視点ではないかと考えます。
(
山崎隆夫:1950年静岡県生まれ、元東京都公立小学校教諭。都留文科大学非常勤講師、「学びをつくる会」「教育科学研究会」会員)

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学校を異動して1~2年内にダウンする教師が非常に多い、どうすればよいか

 他の学校に異動して1~2年内にダウンする教師が非常に多いです。
 学校や地域によって、やり方もさまざまなので、異動すればその学校や地域の環境に順応していくだけでも大変です。
 異動すると職員室で、なにげない日常会話のできる関係を失っています。意外とこれはこたえるものです。
 中堅以上の教師は「これぐらいはできないと」「期待されているんだから」というプレッシャーや「周りをみたら、自分が動くしかない」というプライドが加わることも多く、弱音を吐くどころではありません。
 4050歳代で赴任すると、いきなり主任として、学年を組まれることが多い。誰にグチを言ったらいいのかわからないままに、仕事をこなしていかなければなりません。
 例として、他の学校に異動してダウンしたA教師をとりあげてみます。
 A教師は、授業もすばらしく、人柄も明るい、素敵な教師です。
 担任したクラスで、子どものケンカが起こり、保護者対応に苦慮したが、異動して間もなくであり、学年の教師に相談するも、40歳代の「できる」教師が来たと過信され、具体的に助けてもらえなかった。
 同僚に関わってもらえなかったことで、孤独感、孤立感でいっぱいになった。
 保護者同士がもめて「担任を変えろ!」などとののしられたとき、管理職は本人ならやれると、かばってもらえなかった。
 管理職も同僚教師もA教師に配慮が足らずに見過ごしてしまった。
 年齢を重ねてからの転勤は、新しい環境に慣れるのに、これまで以上の疲労をともなう。
 A教師はうつ病で療養した。薬物治療とともに、カウンセリングを併用し、気持ちの整理ができたので、子どもたちが卒業するのを待って復帰した。
 元気になり始めたころ、管理職はていねいに話を聞いた。そこから学校復帰トレーニングへとつながった。また、家族の支えが得られていた。
 異動したとき、ダウンしないようにするには、どうすればよいのでしょうか
(1)
異動1年目は、それだけで変化が大きいので、今までやってきた以上の仕事を引き受けないようにする。
(2)
質のよい睡眠をとるようにする。
(3)
異動直後の教師には、同僚はつとめて声をかけてあげるようにする。
(4)
同僚教師の支え、管理職のねぎらいは必須である。
(
井上麻紀: 臨床心理士。公立学校共済組合近畿中央病院メンタルヘルスケア・センター主任心理療法士。学校教職員の専門病院で、教員に特化したメンタルヘルスケアや職場復帰支援している)

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親から「子どもも育てたことがないくせに」と若い教師を不安に思ったとき、どうすればよいのでしょうか

 ある保育園長が、新卒のころ園児のトラブルで親と話をしていた際に「子どもを産んだこともないくせに!」と面と向かって言われて本当に落ち込んだことが何度もありました。
「私だって一生懸命なのに」と、腹が立って泣いたことがあります。 
 当時の私は、ちょっと上から目線でモノを言っている雰囲気を漂わせていたんだろうと思います。
 相手の親の家庭の状況をおもんばかったりすることもなく、親の不安やグチ、わが子への思いは聞き流して、ともかく伝えておかなければいけないという一心から、保育園側として言いたいことや論理だけを、押しつけていたんだろうなぁと思います。
 ようやく30歳を過ぎてから、自分も結婚し、子どもができて、働きながら子育てをすることが、どんなに大変かがわかった。
 職場でやらなければいけない仕事は山のように降ってくるし、家のこともやらなきゃいけないし、わが子がどこかで悪さをして、他人に迷惑をかけているのではと不安に思ったり。
 そこでようやく、多くの親が、ときとして激しい口調で「子どもも産んだこともないから、わからないでしょうけど!」と、つっかかってこられる意味がわかりました。だって、ついついそう言いたくなりますもん。
 
「私だってつらいのよ。そのことをちょっとは先生が受け止めてよ!」という、一種の悲鳴にも似た思いがこみあげて出てきたのかもしれません。
 それにね、正直いって、相手が自分より10歳も年下だと「こんな若い先生に、わが子を任せて大丈夫かしら」という漠然とした不安がよぎるのは普通です。
 しかし、若い先生の登場を、子どもたちは待ち望んでいます。だって若くて元気だし、いっしょに遊んでくれるし、話題だって合うことが多い。みずみずしさは、最高の宝物なのです。
 若い教師は「好きで教師になったので、子どもたちとの関係づくりはいいけれど、保護者対応はだいぶ苦手です」という人も多いと思います。
 だって「モンスターペアレント」という言葉も流行っていますし、そもそも大学では、保護者対応について何も教えてもらってないし、不安が先に立つことがありますね。
 先ほどの保育園長の話のように、誰もが一つや二つの失敗や苦い経験を持っています。その先輩教師から、いくつかのアドバイスを謙虚に聞いておくと、いますぐには実行できなかったとしても、一年後にはけっこう役立つと思います。
 恥ずかしくて、そんなこと隣の先生になんか聞けない。忙しそうだし、邪魔しちゃ悪いからと思っていてはだめです。
 誰もが失敗を重ねて、ときには叩かれて、少しずつ自信をつけていくのが若い教師の特権でしょう。
 隙を見せないようによろいで身を固めていると、他の教師も、どうアドバイスしていいかわからなくなります。少し肩の力を抜きませんか。
 ある男性小学校教師が新任で五年生を担任したとき、保護者から「なぜ大事な五年の担任が新人なんだ」と書かれた連絡帳を10冊も受け取ったそうです。その地域は私立中学校への受験熱のたいそう高いところなので、五年生は一つの筋目。
 それで、その教師は「一件一軒、電話をかけては、どういう意味で書かれたんでしょうか?」と聞いたそうです。
 表に見える保護者からの攻撃的な言動にたじろくことはあるでしょうが、ビクついたり、うろたえたりせずに、教師のほうから一歩先の行動を起こすことが大切かもしれませんね。
 もし、あなたが「子どもも育てたことがないくせに!」と親から言われたら、あなたはどう反応しますか?
 
「そうなんです。まだ若くてすいません。経験が足りなくて」と、このように切り返すと、相手もいくぶんビックリします。事実なんですから、素直に認めるのです。
 そこで、すかさず
「だから、教えて欲しいんです。学校では、お子さんはこういう側面を時々見せることがあります。お家ではいかがでしょう。親御さんなりに感じたり、知っておられることがあれば、教えていただけないでしょうか?」
と言えば、今度は保護者の方がしゃべらなくてはいけなくなるのです。「えぇー、私が答えなきゃいけない場面になっちゃったわぁ」と。
 会話は言葉のキャッチボールなのです。保護者にボールを投げ返せば、そこから会話が始まるのです。
 子どもを真ん中に置きながら、話を進めていく。教師が感じている学級での子どもの状況。それに、子どもの家庭での様子を交えながら話し合う中で「等身大の、その子の評価」を話し合い、保護者自身が願っていることを確認してみませんか。
 子どもの課題を確認して、その成長を喜び合えるところに、教師と保護者の関係づくりの基本があるのです。
 保護者は、わが子が一番です。「一分の一」で見る側面が強いのです。他方で、教師はクラスの中の一人として見ることが多く「40分の一」「30分の一」として考える傾向があります。
 お互いが歩み寄り、そのズレを修正することが、子どもの本当の姿や思いを、いっしょになって確認し手を携えることにつながります。
 保護者と教師は敵ではありません。保護者を怖がらずに、子どもの成長を、ともに喜び合う存在なのです。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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教師の話を聞く子に育てるには、どうすればよいのでしょうか

 職員室で「最近は、話を聞かない子が多い」「何度言っても話を聞いてくれない」という話がよく出ます。
 確かに「話を聞きなさい」と言うだけでは、耳を傾けてくれない子どもたちが増えている気がします。
 しかし、それは子どもたちが悪いのではなく「話を聞かない子どもを育ててしまっている」私たち教師にも原因があるのではないでしょうか。
 教師が「きちんと話を聞く方法を教えたり、話を聞く練習をしたり」しなければいけません。
 そう言うと「でも、先生。話を聞くなんてことは、練習しなくても小さい時に身についているはずです」と反論したくなる先生方がいるかもしれません。
 子どもたちは家で、じっくりと話を聞く場面は、思いのほか少ないのではないでしょうか。ゲームをしたり、テレビなどを見たりして、眠るまでずっと音の垂れ流し状態なのです。
 子どもたちにとって、授業中の教師の話も、単に流れているテレビなどの音のようなものにすぎないのではないでしょうか。
 だからこそ、子どもたちに、話の「聞き方」を学校で教えなくてはいけないと思っています。
 話を聞く子どもに育てるにはどうすればよいのでしょうか。
 
「話は一回しかしない」
 これは話を聞く子どもを育てるための大原則なのです。
 私の「一回しか言わない」というのは、本当に一回しか言わないのです。
 子どもたちを前にして「先生は話を一回しかしません」と宣言したら、同じことを二度と言いません。
 子どもに質問されても「先生は、もう言いました」と、絶対に答えません。
 だからといって、話を聞いていなかった子どもをそのまま放っておくわけにはいかないので、私は
「仕方がないなぁ。誰か教えられる人いますか?」
と言うと、誰かが答えます。
 きちんと答えられた子どもには「えらいな。よく聞いていたね」とほめます。
 
「この先生は、一回しか話をしない」と、子どもたちに強く印象づけることが大切です。
 子どもたちは緊張感をもって、教師の言葉に耳を傾け、話に集中しようとします。
 若い教師は、このようなスキルを学ばないまま、学校現場に放り込まれるといって過言ではありません。
 私も、若い頃は当然、学級経営がうまくできませんでした。学級経営の上手な先輩教師を見ると「どうやってやるのだろう」と疑問に思い、コツを教えてもらっていました。
 まずは「話は一回」を徹底してみてください。誰でも、話を聞く子どもが育てられると思います。
(
楠木 宏:1956年生まれ、三重県公立小学校教頭。教育研究三重県集会理科部会助言者)

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担任と合わない子がいて学級が荒れていった、問題点と改善するとすればどこにポイントがあるのでしょうか

 新興住宅地をひかえた小学校で、五、六年を女の先生が持ち上がった。
 多少問題もあったが、まずはまとまりもあった五年生だった。しかし、六年生になってようすが変わってきた。
 少し乱暴な行動をする子が六年になって受験塾に通いはじめた。あるとき、サッカーをしていて、自分がゴールできなかったからか、全然違う方向にボールをけってしまった。
 また、バスケットボールのゲーム中にもゴールできなかった腹いせにか、おもいっきり壁にボールをぶつけ、そのボールが友だちの顔に当たってしまった。
 担任が「どうしたの」と言うと「先生は、ぼくばっかり怒る」と、家に帰ってしまった。
 担任が家庭訪問して母親と話してみた。親が子どもに「帰ってきたらだめよ」と叱るのかと思っていたら、その逆で
「この頃、うちの子は叱らればっかりですね」「うちの子は、先生と合わないようです」と母親が言う。
 その頃から、子どもも「ぼくは先生と合わないんや」と言いはじめる。
 テストの時期になるとカッカする。「ぼくはこんな問題わかれへん」と、テスト用紙をビリビリにするのだ。そして、わからないのは「先生の教え方が悪いんや」と。
 通知表を渡すと、その子は自分の思っていた評価じゃなかったらしくて「こんな通知表、持って帰られへん」と、イライラが高じていく。
 また、事あるごとに物事を悪くとらえて「先生は、ぼくのお母さんに責任をなすりつけようとしている」「本当は先生が一番悪いんや」などと言う。母親がそのように言っていたらしい。それが一学期の終わりの出来事だった。
 そんなことがあって、保護者の方から、学級懇談会を開いてみんなで考えましょうという声があがり、集まってくれた。「そんなもん、うちの子のつるしあげや」と、当の母親は出ようとしない。
 担任が何とかこの子と関係を作ろうと、ある程度のわがままも聞いていたが、まわりの子どもたちが「あの子のわがままを許している」という声が出てきた。
 今度は、まとまっていたはずの女子がしだいにおかしくなってきた。とくに女子四人グループが担任にソッポを向きはじめた。
 どうしようかと考え、お楽しみ会を企画した。そのときはいいのだけど、あとは担任が孤立しているような雰囲気になる。
 授業が成立しない日々が続いていたので、学年四クラスの担任が、それぞれ自分の得意な教科で、教科担任制で授業をしようということになり、二週間計画で実施した。
 担任は「落ち込んでいて、だめや」と思っていたので自分の授業にも自信を持てなかった。しかし、他のクラスに行くと「おもしろい授業や」と言ってくれて、ほっとしたが、自分のクラスに帰ると、やはりうまくいかない。
 遠足のグループ分けのときも、子どもと行き違いがあった。担任は男女ペアーで六つのグループ編成がいいと考えていた。うまくいかず不満をもっていたのか、担任に「クソババア」という声も聞こえてきた。
 
「話を聞くよ」と言ってもなかなか言わない。結局は納得できたが、ずいぶん時間がかかってしまった。
 今、担任は子どもと「細い糸でつながっている」だけで、「何かあったら、プツンと切れてしまう状態だ」と担任は話している。
 この事例には、さまざまな問題点がみえる。この子が、急に塾に通うようになって、異常に成績を気にしはじめた。ここに問題の一つがある。この子にとっての塾はどういう位置を持っているかが明らかにできないものか。
 担任が「ぼくばかり怒る」というのは、どんなことから出て来たものなのか。ここも一つのキーワードなのかもしれない。
 あと一つは、保護者と担任の関係だ。「うちの子の、つるしあげや」という言葉がどういう意識からなのか。これもポイントの一つだ。
 担任と保護者の関係が壊れると、当然、子どもに保護者の意識が反映する。担任と保護者が協働して子どもの指導ができなくなる。ここは大切なポイントである。
 いったん崩れた関係は修復しがたいものだが、根気よく改善する必要がある。
 救われるのは、学年の教師集団が支えているということだ。担任が「プツンと切れそう」な状況で、支え方の一つとしては大きな意味を持っているといえる。
(
坪井 祥:元大阪府公立小学校教師。授業研究所元専務理事)

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若手教師のときに、なすべき大事なこととは、なんでしょうか

 二十歳代から三十歳代前半の段階では、授業や学級経営をそつなくこなせるようになることが目標です。
 まず、授業が柱になります。板書の仕方など授業の型を覚えること。まとまりのある学級経営ができるようになること。
 そして、生徒指導や保護者対応の基本を学ぶことです。
 学級経営で最も大切なのは、すべての子どもが安心感を得られることです。
 そのためには「人を傷つけることは、しない、言わない」「人の話を最後まで聞く」という二つのルールを徹底して守らせることから始めるのがおすすめです。
 若手教師時代のいちばんの課題は「モデルになる教師との出会い」です。
 若手教師時代のうちに「私はこんな教師になりたい」というモデルをぜひ見つけてほしい。
 私は國分康孝先生(東京都の教職員相談を長年携わった)のつぎの言葉をよく覚えています。
「教師が問題や悩みに直面したときに、立ち直ることができるか、できずに辞職していくか。大きな分かれ目になるのは、自分のモデルになる教師と出会えているかどうかだ」
 けれども、モデルにしたくなる教師との出会いはそう頻繁にあるものではありません。
 モデルにしたい教師と同じ学年でチームを組んで仕事ができれば最高です。モデルとなる人の言動を毎日目にすることができます。これが何より大きな財産になります。
 近くにモデルにしたい教師がいない場合は、ぜひいろいろな研修会に参加していただきたいと思います。
 たとえば、教科の学習に焦点を当てた授業研究会や、日本教育カウンセラー協会などが主催するカウンセリングの研修会などに出てほしいのです。
 アンテナを張り巡らせて、何か面白そうな研修会があると思ったら、どんどん足を運びましょう。
 人間は「これを学びたい」と自分で選び取って学んだものしか、ほんとうには身についていきません。
 教師が自ら、自己決定や自己選択の力を鍛えていないと、子どもたちに自己決定や自己選択の力など育つはずがありません。
 二十歳代の教師は評価を非常に気にします。周りの期待を敏感に察知し、期待に応えることができなかった場合「私はダメな人間だ」というレッテルを自分で張ってしまいがちです。
 周りの人、特に管理職にわかってもらえなければ落ち込みますし、自分のことも責めます。
 同時に「悪いのは、私のことを理解してくれない先輩の先生だ」と他罰的になるところもあります。
 そして、さらに深く落ち込み、うつになっていくという若手教師が増えています。
 
「管理職や同僚、特に先輩教師から評価されなければ」という意識が強すぎるので、こうなっていくわけです。そこには、非合理的な思い込みがあります。これを克服してほしいと思います。
 これは「自分はなぜ教師になったのか」を理解することにつながります。
「私は周囲に評価されるために教師になったわけではない。評価されなくてもかまわない。私なりの教師になればよいのだ」
というように、合理的な受けとめ方に変えていきましょう。
 自分の「なりたい教師像」を自分で選び取って、なりたい教師になっていくのです。
 私がこれまでに出会った多くの先生方のなかには「これは、ほんものの教師だ」と思える方がいました。
 そんなほんものの教師には、共通する要素があります。それは、教科の教え方や生徒指導のスキルにとどまらず、人間としての成長に真剣に取り組んでおられる、という点です。
 教師の資質として求められるのは、教育技術以上に「教師の人間としての成長」であると私は思います。
 教える側の教師に人間力がなければ子どもの人間力を育てることなどできるはずがないからです。
 教師自身が人間として成長し、真の幸福を感じていなければ、子どもが人間的に成長し、幸福な人生を歩むように支えることなどできません。
 教師が自己成長を遂げていくことで、教師自身の人生が変わります。そして、教師が変われば、子どもが変わり、学級が変わります。
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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授業中に立ち歩いたり、騒いだり、暴言を吐く、授業妨害にどう対応すればよいのでしょうか

 授業中に立ち歩いたり、騒いだり、暴言を吐いたりする、授業妨害にどう対応すればよいのでしょうか。
 授業妨害に、生徒たちは、授業のじゃまをする生徒には注意をしないので、教師は一人で問題生徒たちの指導にあたっていた。
 職員室では「とにかく大変だった」「反抗するんだよ」などという、ぐちの会話ばかりが目立っていた。そこで、生活指導主任は、次のような対策をとった。
1 「事実の掌握と報告の方法」を教職員に徹底する
(1)
事実を掌握する
 いつ、だれが、どこで、どのような問題行動をどのように起こしたかをつかむ。
(2)
教師同士が報告する仕方を決める
 具体的で客観的な事実の伝え方を決める。
(3)
職員朝会で報告する
 事実、指導内容、生徒の反応、保護者への対応を職員に報告する
ことを徹底することにした。
2 荒れた授業での、生徒たちの「問題行動の違いにより、指導方法を区別」する
 荒れた生徒たちを分析すると、おおむねつぎの層に分けることができた。生徒の行動を区別し、問題行動の質によって指導体制と指導内容を区別して指導を進めた。
(1)
授業妨害の「中心」になっている生徒
 学年教師や他学年教師、生活指導主任が見回り、教室から抜き出して指導する。
(2)
授業妨害の中心になっている生徒に「くっついて」授業妨害する生徒
 授業以外の時間に、複数の教師で個別指導する。
(3)
授業妨害の中心の生徒やくっついて授業妨害する生徒を「はやしたてる」生徒
 おもに担任が個別指導する。
(4)
授業妨害を「見て見ぬふり」や、「解決に向けた行動にでることのできる」生徒
 生徒たちの意識を変えることをめざして、道徳や学活などで学級指導を進める。
3 指導体制を整えていくとともに、「すべての教師が必ず実行する項目」を定める
 とにかく個々の授業を成立させることが最大の目的であり、どの教師にもできることを明確に要求した。
 はじめは、自分の学級や学年のことだけで精一杯の教師集団のように見えたが、少しずつ力を合わせて指導を進める教師が増えていった。
 授業に遅刻してきた生徒がいた場合は、出席簿に鉛筆で×印をした。忘れ物をした生徒には何かしらの学習課題を与えた。また、眠ってしまう生徒には必ず声をかけるようにした。
 まずは、すべての教職員ができることを徹底し、少しずつそれらの指導項目を増やしていった。
(1)
生徒が教室にいないときは、必ず職員室に知らせる
(2)
授業の妨げになる行為を再三繰り返した場合は、すぐに職員室に知らせる
(3)
暴言や指導拒否した行為は、授業後に必ず学年と担任に報告する
4 指導拒否や問題行動の「くり返し」には、さらに「指導体制を強化」する
 教職員の指導体制を進めるなかで、授業中にくり返して騒ぐ生徒が明確になってくる。
 そこで、毅然とした指導を段階的に推し進めることにした。
(1)
問題行動を起こした生徒に、行動のまずい点を指摘し、どのように改善すべきか具体的に示す。
(2)
問題行動をくり返した場合は、担任の指導から、学年の集団指導に移行する。同時に保護者に事実報告をする。
(3)
度重なる問題行動のくり返しには、さらに指導体制を重くし、生活指導主任を中心とする学校全体として組織的指導を行う。
(4)
生徒の行動に全く改善がなく、問題行動がくり返される場合は、管理職も加わった指導体制に移行する。
(5)
それでも生徒の行動に成長が全く見られない場合は、学校以外の諸機関に指導を移していく。
 
「どうせこの学校はよくならない」と教職員もあきらめかけていたが、徐々に授業妨害が減っていった。
 1年後には授業が成立するようになった。教師に対する暴言や授業妨害が姿を消し、教師は授業、学級、行事、部活動などの指導に力を注ぐことができるようになっていった。
 当然のことながら、学力も向上していった。
(
山本修司編著:1950年生まれ、東京都公立中学校教師、指導主事、指導室長、校長を歴任し、荒れた学校を立て直した。2005年度読売教育児童生徒指導部門最優秀賞受賞、編著書『実践に基づく毅然とした指導』は、生徒指導に悩む教師たちのバイブルといえる)

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子どもが一番聞きたい話題はなにか、どうすれば子どもたちが教師の話を聞きたくなるか

 子どもたちが一番聞きたいのは「自分のことが出てくる話。クラスの友だちが出てくる話」です。
 朝の登校時、教室に着く前に子どもとひと言、二言、言葉を交わす。もし、そこで少しでもおもしろいやりとりがあれば、すぐさまそれをクラスで話します。
 たとえば、
「今朝、先生が通学路を歩いていたら、誰に会ったと思う?」
「まあ、朝から楽しませてもらったよ」
「だって『彼』に会ってしまったからね。『彼』に」
などと話を始めます。本人はニコニコしています。
その子が歩いてきたときの様子を具体的に話してみます。
「タッタッタと小走りに先生の横を通り過ぎていったんだよ」
その子の表情も詳しく話します。
「通り過ぎるときに、サイトウくんが先生の顔を見てね、ニターっと笑うわけ」
「もうわかるよね、みんな知ってるよね。サイトウくんのこの顔、何か企んでいるときの顔だよね」
 このように、直前の出来事であれば、聞き手もライブ感覚で聞くことができます。
 話すほうも、エピソードをはっきりと覚えているので、具体的な描写も交えて話をすることができるというわけです。
「話の『鮮度』が高いうちに話す」わけですね。
 子どもたちは自分が話に登場するとうれしいのです。「先生、あのこと話して」と、私に言いに来ます。
 話の中で自分が主人公になることは、とても特別な感じがするものです。
 話の中に「子どもたちの具体的なエピソード」を入れましょう。「個人名を入れてエピソード」を話してみましょう。
 それだけで、子どもたちの「食いつき」は明らかに変わっているはずです。
 どんなに些細な出来事でも「エピソード」として話すことができれば、それは「ドラマ」に変身する。だからこそ、ふだんから「話の瞬発力をもつ」ということです。
 
「話の瞬発力」を磨くためには、毎日毎日、とにかく子どもたちの前で話し続けること。これ例外に方法はありません。
 
「あと5分でチャイムが鳴るから、ここはちょっと短めに話そう」
 
「けっこう時間があるから、本題までの伏線を具体的に話しても大丈夫だな」
このような判断を実践の中でくり返すことで、私は日々、自分の話し方を磨いています。
 話を聞いている子どもたちに
「大きな笑いが起こった」
「予想していたよりも、反応が薄かった」
といった様子を見つめながら、次に生かします。
 何より、教師の話し方を磨いてくれるのが「子どもたちの反応」です。
 私は「子どもたちにウケた話」は、その都度記録しておくようにしています。休み時間や、放課後にです。
 些細な話でも、クラスの子どもたちの反応がよかったら、それを忘れないように記録しておくのです。
 記録していることは、その時点で強烈に意識していることになります。
 毎日、話しては考え、記録する。それを習慣のように続けていきます。
 今、クラスの子どもたちは「先生、話して!」とせがんでくれます。
(
森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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溺愛型・放任型・過干渉型保護者によりクレームは異なる、どう対応すればよいか

 子どもを持つ家庭の役割は、ひとつは社会人として自立した人間になるよう育て「しつけ」ること。もうひとつは、家で心身を休め、活動のエネルギーを補給する「癒し」です。
 この二つの役割が、家庭で十分に果たされないと、子どもの問題行動につながります。
 家庭の養育態度とクレームの特徴はつぎのように分類されます。
1 溺愛型の保護者
 子どもに温かく接し、癒しはあるのですが、しつけが甘くなってしまうと、わがままな振る舞いをすることが多い子に育ってしまいます。
 子どもに、何をしてもいいんだという気持ちがあると、欲求が疎害されるとすぐに「キレる」、自己中心的な言動にはしりがちです。
 このタイプの親のクレームは、わが子かわいさのゆえ、自分の子どものことだけを考え、無理難題を押し通そうとします。
 例えば「運動会で、うちの子が1位だったのに2位にさせられた。校長に1位にするように教育委員会から言ってください」というように、子どもかわいさゆえのものです。
 その点さえしっかり押さえておけば、問題はこじれることはほとんどありません。「親心の受容に始まり、親心の受容に終わる」これがポイントです。
「お母さんの気持ち、よくわかりますよ。お子さんも悲しかったのでしょうね」と、母親の気持ちを受け入れたうえで、子どもの気持ちに焦点を当てます。
「お母さんの要求で事態が変わったら、お子さんはどう感じるでしょうか?」
「もちろん喜びますよ」ときたら、
「そのことで、まわりの子に迷惑がかかることを考えても、喜ぶでしょうか」
「私には、お母さんがそういう子に育てているとは思えないのですが」
と、二の矢を放ちます。
 このタイプの親に対しては、十分に耳を傾けて聴き、溺愛の弊害について具体的な場面で、機を見て助言するようにしたいものです。
2 放任型の保護者
 しつけがなされていない状態です。子どもは温かな言葉がけやスキンシップを受けていないために「うれしい、楽しい、かわいそう」などの感情がはぐくまれていないことが多い。
 子どもを「ほったらかし」放任している親が、子どものことでクレームをつける場合は、
(1)
放任の姿勢を責められそうになったとき
(2)
放任の姿勢を責められことを避けるために、子どものことを思う親を演じるとき
に分けられます。
 ふだんは子どもをかまってやれていない分、教師へのクレームを通して、その埋め合わせをするかのように、子どもを守る親の役割を果そうとするのです。
 子どもは愛情深い親のようにふるまわれて混乱するばかりです。
 このような親に対するには、教師の側にも強靭な精神力が求められます。
3 過干渉の保護者
 親の思いや考えを子どもに押しつけます。親の厳しい「しつけ」で、子どもは「よい子」を演じるか、チックなどの心身症を表すか、思春期になって家庭内暴力や非行といった暴発を起こすか、大きく三つに分けられます。
 クレーム対応に最も苦慮するタイプです。親が強い思いや考え方をもっているためです。
 その邪魔をする人はみな敵です。そのため攻撃し降伏させようとするのです。
 このクレームに対するには、相当な労力が必要となります。教師が心身ともに疲れ果てるのは、この型のクレーム対応といってもよいくらいです。
4 バランス型の保護者
 ふだんは子どもに温かく接しながらも、子どもの間違った言動に対しては厳しく対応します。母性と父性がある、絶妙な接しかたです。
 生活習慣のしつけは、子どもの言い分に耳を傾けながらも「ダメなことはダメ」と筋を通すことが大切です。
 このような育てられ方をした子どもは、自ら考えて判断し、結果に責任をもてる人間に成長していきます。
 このような姿勢の親は、他の人に対しても同じように接するので、理不尽なクレームは生まれません。
 理想的な子育てをしているわけですから、養育態度に起因するクレームもほとんど問題になることはありません。
 ただし、養育態度とは関係なく生じるクレームも多々ありますから、クレーム問題と無関係と断定するわけにはいきません。
 クレームを防ぐには、保護者から教師への不信感が生じないよう努める必要があります。日頃から教師が教育活動に熱心に取り組むとともに、子どもと教師の人間関係、子どもたちの人間関係の深化に努めることが大切です。
 保護者からのクレームを未然に防いだり、クレーム対応を円滑に進めるためには、日頃から教師と保護者の連携・共働が欠かせません。
 たとえ理不尽なクレームであっても「保護者と教師はパートナーである」との教師の姿勢に揺るぎがあってはなりません。
 クレームを受けたときの初期対応、基本的姿勢、具体的対処法などについての知識や技能が求められます。
 なによりも大切なことは「わが子のために、こんなにも一生懸命になってくれている」と、保護者が思い抱いてくれるよう、子どもの指導に全力を尽くすことが大切です。
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師・教育研究所指導主事・中学校長等を経て神田外語大学客員教授)

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荒れたクラスは問題が次々と起こる、どのように指導すればよいのでしょうか

 クラスが荒れだすと問題が次々と起こり、いったい何から手をつけたらいいのかわからなくなってしまいます。こんなときには最低限、必要なことを確実に行うことが大切です。
 クラスの荒れは、学級生活への不満が募って起こります。子どもたちは「叱られてばかりしている」「がんばろうとしても、誰も認めてくれない」「いつ、いじめられるかわからない」など、所属感、意欲が低下し、強いストレスと不安感に包まれています。
 子どもは自分が認められない思いが続くと、ストレスを爆発させ「攻撃」という形で自分の存在を確かめようとします。
 だから、友だちが傷つくような罵声をあびせたり、気の弱そうな友だちに暴力をふるったりして、優越感を味わい、安定しようとするのです。
 暴力的な子に対しては「緊急の対応」と「ある程度、時間をかけた面接」が必要です。
 クラスが荒れていると、パニックを起こす度合いは多くなり、その状況も壮絶なものになります。
 机や椅子を蹴散らす、物を投げる、みさかいなく殴りかかるなど、担任一人では対処できないことがあります。
 学年や担任外の教師と協力体制をとり、緊急時に対応してもらいます。子どもがパニックを起こしたら即座に安全を確保する状況をつくります。子どもたちの身の安全を優先することがねらいです。
 暴力を振るう子は、それだけストレスがたまっていることを理解してあげなければなりません。
 パニックがおさまり、少し落ち着いたところを見計らって「あんなになるくらい、よほどのことがあったんでしょ」と、わかってあげようとするメッセージを伝えます。
 はじめは、理由なんて話せません。そもそも「どうして、むしゃくしゃしているのか」自分で意識化できないことが多く、余計にストレスを感じているのです。そして、そのストレスを暴れていることで解消してしまっているのだと考えられます。
 ですから、カーッとしたとき、別の行動をとるよう提案します。例えば「カーッとしたら2回深呼吸をしてみよう」と話します。
 パニックを起こさなかった日は、帰りに「今日は落ち着いていたね。深呼吸したのかな。先生、安心したよ」と担任のうれしい感情を伝えます。
 クラスが荒れている状況では、子どもたちがみんな傷ついています。傷つけ合って生活している子どもたちは、静かな安心できる場、何でも受けとめてくれる、あたたかい人を求めています。
 いじめられそうな子、不登校になりかけている子、クラスに居場所がないと感じている子などに「今日はどうだった?」「今、一番不安なことは何?」と問いかけ、
「いつも心配している」「大切なんだ」というメッセージを伝えるようにします。
 はじめは、担任が一対一で話を聞くようにします。すぐに具体的な対応を示さなくても、ただ聞いてあげる、つらさをわかってあげる、ということが大切です。
 多くの子どもたちは「学校は勉強するところ」だと認識しているし、心の底では勉強ができなくて不安だと感じているのです。
 学校教育で最も大切な「わかる喜び」「できる喜び」を子どもたちに感じさせることが重要です。
 しかし、クラスが荒れると、通常の授業はできない状態になります。クラス全体に指示を出しても聞かず、話し合うこともできない。
 そこで、個別の学習を多く取り入れるようにします。学習プリントなどの作業をさせるのです。
 はじめは、プリントを破り捨てる子も出てくるでしょう。騒いでばかりで作業しない子もいることでしょう。
 ここでのポイントは、少々うるさいことは、とがめず、もくもくと作業を進めさせることです。
 うるさくても学習に取り組むことに慣れさせる、いわゆる行動療法です。子どもと教師の一対一の個別指導を粘り強く進めていき、
「この問題は難しいのによくできているね」「こんな計算法もあるよ」と、一人ひとりにささやくように声をかけます。
 そうすることで、子どもたちは「先生は自分だけに、ていねいに教えてくれている」と感じ、安心できるようになるのです。
 一斉指導しようとすると、細かいことまで説教をしたくなりがちですが、一対一だと、一人ひとりのがんばりを認めやすく、その子のよさも新たに発見しやすくなります。
 学習したプリントは、教師が丸をたくさん付け、一人ひとりのファイルに閉じておくのが効果的です。全員が見えるところに貼り出すのは抵抗を感じる子がいるでしょうから、あくまでも個人ごとの保管にします。
 こうやって形に残すことで、子どもたちに充実感を与えると同時に、子どもたち同様に、不安でいっぱいの教師自身が指導した足跡になるのです。
(
藤村一夫:岩手県公立小学校教師を経て校長。学級経営スーパーバイザー、上級教育カウンセラー、学校心理士。河村茂雄に師事し、学級崩壊・不登校などを予防する学級経営を研究、日本カウンセリング学会学校カウンセリング松原記念賞受賞)

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朝の学級指導、帰りの指導をどのようにすれば、子どもたちは頑張ろうという気になり、自信を持ち、楽しく一体感が得られるか 

 特に月曜日の朝の子どもたちの様子がおかしくなっています。眠そうな顔つきで、だらだらとした態度で教室に入ってくる子どもが増えているのです。
 そのような状態のままで授業を始めても、楽しい授業は成立しないでしょう。子どもたちの頭と身体が学ぶ状態になっていないからです。
 そこで、子どもたちが自分から学ぶ体と頭になるような「しかけ」を用意します。
 朝の時間(10分~20)を、友だちとの関係を絆の強い温かなものにし、コミュニケーション力を育てる場として気持ちのよいスタートをさせます。
学び合う仲間とその絆を強くする、次のような活動を仕組みます。
(1)
教室の入り口でピリッとした気持ちにさせる
 教室の入り口に小さなホワイトボードを置き、子どもたちが例えば「友だち5人以上にあいさつしよう」「○○という漢字を書きましょう」などと書き込み、生活や学習のポイントを押さえさせ、気持ちと頭を学校モードに切り替えるようにさせます。
 書く内容は、昨日に学習した大切なことや友だち関係をよくする活動です。週に1回、教師が問題を出すとよい。
 担当の子どもが放課後に書き、次の日の朝に子どもたちはそれに目を通して教室に入ります。
 ときどき、教師が問題を解いたかチェックします。
(2)
黒板メッセージ
 その日の行事等の活動に対する心構えを持たせることや、友だち関係をよくする活動を黒板に書く。例えば、今日は○○さんの誕生日です。「おめでとう」と言いましょう。
 8時30分の始業時刻までに読んで実行するルールにしておきます。前向きな温かい雰囲気が出てきます。子ども間のコミュニケーションも豊かになります。
 数人の担当者が放課後に書きます。
(3)
質問タイム
 ほめ言葉のシャワーを浴びるその日の主人公に、全員が質問する活動です。
 バラバラのことを質問するのではなく、最初の質問の答えに関連した質問を続けていきます。どんどん掘り下げていくことになりますから、その子のことを深く知ることができます。
 最初は答えやすく楽しいテーマからスタートします。例えば「カレーライスは好きですか?」といった質問がよいでしょう。言葉のキャッチボールを楽しむことをねらいとしています。
 慣れてきたら、自分の好きなことや得意分野などを簡単にスピーチして伝え合うようにさせます。例えば「ぼくは、アニメのワンピースが好きです」などと、最初に話をさせるのです。その後に質問を受けさせるのです。
 帰りの指導は、また学校に来たくなるような、明日もまたがんばろうというような取り組みがよい。
 自分に自信を持つことができ、クラスのみんなと一緒で楽しいという一体感が感じられるとなおよい。
 
ただ、なんとなく帰りの会を行ったとき「教師の説教で終わる、友だちの悪い行為の指摘で終わる」という終わり方をする場合が時々あります。
 教室は暗い雰囲気の状態になり、そのまま下校を迎えることになります。
 帰りの会は「ほめ言葉のシャワー」のみです。連絡事項は、すき間時間にあらかじめやっておきます。
 
「ほめ言葉のシャワー」は、子どもたち一人ひとりのよいところを見つけ合い、伝える活動です。
 
「ほめ言葉のシャワー」は、子どもたちの成長を信じて真剣に話します。この活動によって、一人ひとりに「自信」が生まれ、お互いを尊重し、理解し合うことで、学級に「安心感」が広がっていきます。
具体的な手順は
(1)
日めくりカレンダーを各自1枚ずつ描く。
(2)
その日のカレンダーを描いた子どもが帰りの会で教室の前に出る。
(3)
その子のよいところを、自由起立で、シャワーのように発表する。
(4)
全員の発表が終わったら、お礼のスピーチを行う。
(5)
最後に教師がコメントを述べる。
(
菊池省三:1959年生まれ、 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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保護者からの無理な要求は、どのように対応すればよいのでしょうか

 今、教師にとって一番深刻な課題となっている問題は「保護者との関係づくり」であると言ってよいかもしれません。
 保護者の無理難題な要求が急増していると、教師は強く感じています。
 例えば、子どもが石をぶつけてガラスを割ったのに「そこに石が落ちているほうが悪い」「私は、あの子の親と仲が悪いから、子ども同士を同じクラスにするな」「ウチの子に、女の先生はあわないから、担任を代えろ」と言う。
 こういったことをくり返し受けると、教師は保護者からのほんのひと言にも身構える姿勢をとるようになり、トラブルになるかどうかが常に行動基準となる。学校は防御するだけでなく、自信喪失と疑心暗鬼に陥る傾向が強くなります。
 また、少しのミスも責められないように、ありとあらゆる証拠記録を残し、無難で事故のおそれがまったくない教育活動へと縮小し、教師のやる気が失せていきます。
 執拗でくり返しの要望があるとすれば、それは表向きの要求であって、真意や背景事情は別にあるかもしれません。学校不信や子育てで家庭における孤立感やストレスやイライラ、不安があることも珍しくありません。
 それを見定めるには、怒りや攻撃に目を奪われず、まず話を聴きながら「怒りの源」はどこにあるのかを見てとる姿勢が必要です。
 その背景や原因の見立てを行い「保護者とつながって」いく取り組みが必要となります。
 しかし、現実には、学校や教師が、子どもや保護者を見立てるスキルを十分に持っていないため、振り回されてしまい、いたずらに感情的になったり、ノーと言えず無理な要求を受け入れてしまうなど、大切な初期対応を誤ったり、悪循環に陥ることが少なくありません。
 また教師の抱え込みも生じやすく、自己弁護的になってしまい、一層問題がエスカレートしてしまうことも珍しくはありません。
 無理な要求については、応じてはいけません。保護者からの厳しい反応が予想されても、中途半端な受け方をすることなく、早い段階から「不可能である」旨を明確に回答する必要があります。その枠組みを前提として、必要な対応を協議していく必要があります。
 特に最初から、暴力的な雰囲気で、脅し的な要求をしてくる保護者に対しては、たとえ要求内容が合理的なものであっても、応じてはいけません。エスカレートする可能性が高いからです。
 金銭の要求については、スポーツ振興センターの給付以外は不可能であるので対応しやすい。
 ケースによっては「積極的に応じる」のではなく「適切な距離をおきながら接する」ことによって、それ以上に事態を深刻化させないことも必要です。解決できず平行線のまま終わることも当然あるのです。
 保護者の要求に学校が耳をかたむけようとせず、教師のかたくなな姿勢や横柄な態度によって、保護者が怒らなくてもいい問題をトラブルへと発展させていくことも多くあります。
 教師の認識を正すために、教師が保護者役になって、学校相手に苦情の申し立てを演じるロールプレイを取り入れて研修するのもよいと思います。教師たちの対応のまずさを考える、ベテラン教師の対応のうまさを知ることは、自信へとつながる効果をもたらします。
 保護者の要求に対して、学校として、何をすべきで、何ができるのか、何はできないのかなどの判断基準をしっかりもって、対応プランを考えていく必要があります。
そのときの判断基準となるのは
「子どもの最善の利益」
「子どもの成長発達の保障」
「子どもが安定して学校にくることができる環境を確保する」
という視点です。
 保護者の要求の中には従来からの教師の対応能力を超える難しい問題やケースがあります。学校現場の力だけでは何ともならないケースは、別の専門家の知識や介入が必要になっています。
 全国の100近くの教育委員会が「学校問題解決支援チーム」のような組織を立ち上げ、弁護士、カウンセラー、福祉専門家などか構成メンバーとして加わっています。
 ただ、学校の問題は最終的には、学校、教師と保護者、子どもとの関係の中でしか解決できないもであり、それを背景からサポートするのが専門職の役割です。
(
小野田正利編著:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校への親のイチャモンなど、学校現場で深刻な問題を取り上げている)

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暴れる子どもに対して、どのように対処すればよいのでしょうか

 以前受け持った小学校三年生に、すごく暴れる男の子がいた。不登校ぎみで、学校に来ても気に入らないことがあると、授業中に突然、物を投げたり、教室を飛び出して廊下でひっくり返って動かない。
 前の担任は教務主任といっしょに力ずくで席に着かせていました。私は「こんなことを続けていても、らちがあかない」と思っていました。
 その子の担任になって最初に暴れ出したときは、両足でその子を挟んで押さえたまま授業をした。事前に母親には「押さえることくらいはいいですね」とお許しをもらっていた。
 
「放せー、放せー」って、その子が叫ぶ。「悪いけど放せないんだ。ケガしたり、教室から出ていったりしたら困るから」と、私は怒りもしない。
 私はクールに対応して授業を続けた。学級の子どもたちはびっくりした。そんなことする教師を見たことがないから。
 授業が終わって「おい、休み時間になったけど、どうする?」「トイレに行きたい」「教室にちゃんと戻ってくるか?」と聞くと「絶対に戻ってくる」というから、外してやった。
 その日は、ちゃんと教室に戻ってきた。翌日からは「おはようございます」と言って、登校してくる。今はまだ遅刻は多いけど、すっかりフツーの子になりました。
 それまでの教師は、子どもに対して淡々とつきあうことができなかったんでしょうね。「なんとかしてやろう」「話せばわかる」で、やってきたんじゃないかな。
 だけど「話せばわかる子」なら、問題は起こさんと思うわけ。口でいくらいってもダメなら、現実的にやっていかなきゃいけないこともあるんです。
 そういう子どもたちをいままで受け持ってきて思うのは「毎日いっしょに暮らしていれば、お互いにわかってくる」ということですね。
 
「こいつは、こういう子だ」「この先生は、こういう先生だ」と慣れてくる。生活の慣れって、大きいですよ。生活している時間が解決してくれることもあるんです。
 しばらく我慢して子どもとバトルしていると、子どもは変わっていくことがある。
 例えば「この子は忘れものが多いけど、どうしたらいいか」と、叱ったり、悩んだりしているうちに、いつのまにか忘れものをしなくなったりね。
 根本的な解決にはならないし、即効性もないけど、しんどい時間を共有することで、物事が進むことはある。子どもって、確実に育っていくものだから。
 もちろん、万事、それで解決できるわけじゃないですよ。子どもの生育歴や気質の違いもあるからね。
 
「こうすれば必ずうまくいく」なんてノウハウはない。教師たちには「マニュアルに頼るな」といいたいですね。
 自己中心的な教師はけっこういますよ。自分がどう評価されているか、常に気にしているからだと思うんですよ。
 学級崩壊の原因でよくあるのは「自分のクラスは、ヤバい」と思っていても、まわりに言わないことなんだよね。
 優等生の教師ほど言わない。ベテランほど言わない。プライドがあるから、失敗や間違いを認めたがらない。それで傷口がどんどん大きくなって、大変になるんです。
 そして「子どもが悪いから、しょうがないでしょう」と、すぐに言いわけをする。でも、その後、どうやって解決するか、見通しをまったく持ってないんですよ。
 教師の仕事柄、いちばん必要なことですけど、臨機応変に対応できない教師も多いです。他人事じゃないんですよ。私自身も。
 全部の教師が素晴らしいなんてあり得ないでしょう。未熟さをお互いに助け合っていくことを考えるべきですよ。
 私は保護者にも自分にも、よくいい聞かせているんだけどね「自分が幸せにならいかぎり、子どもも幸せにならない」って。
 教師が自分の生活を楽しんでなきゃ、子どもがおもしろがる授業は、できるわけないでしょ。だから「先生はいつも能天気でいいわねえ」と言われたら、正解なんですよ。
(岡崎 勝:1952年生まれ 元名古屋市小学校教師、フリープログラムスクール理事。子どもの居場所「アーレの樹」を運営。学校マガジン『おそい・はやい・ひくい・たかい』編集人、中日新聞『子どもってワケわからん』連載中)

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小学1年生が授業中、話を聞かない、立ち歩くなどの「小1プロブレム」にどう対応すればよいか

 小学1年生が教師の話を聞かなかったり、授業中に立ち歩いたりすることで、授業が成立しない「小1プロブレム」が問題になっている。
 小学校に入学した1年生が、「授業中に座っていられない、先生の話を聞かない、集団行動がとれない」など学校生活になじめない状態が続くことです。
 とくに多いのが、授業中、自分の席に静かに座っていられないことです。そういう子が何人もいる場合があり、教師が注意しても、なかなかなおらない。
 ほかの子どもたちも授業に集中できなくなりがちです。どうすればよいのでしょうか。
 身体を動かすことを授業に取り入れましょう。作業性の高い「ワークショップ」形式を取り入れ、子どもの発言や手作業などの機会を多く与える。
 集中して作業をする活動と体を動かす活動を交互に入れる。問題を出し、答えが○だと思う子は立つ、×の子は座るなどの工夫をする。
 教師は気になる行動をする子たちの対応にかかりきりになってしまうと授業ができません。どうればよいでしょうか。
 一人ひとりの子どもをしっかり見守れるように、クラスにもう一人教師が入ったり、補助員を置いたりするとよい。チームで対応すれば、子どもが教室を飛び出したときに対応しやすい。
 補助に入るには予算の問題などがあって難しいでしょう。学校全体で役割を分担し、担任をもっていない教師などがスケジュールを組めば補助を入れやすくなる。保護者や地域の人々からボランティアをつのるところもあります。
 会話や発言のマナーがわかっていない子は、教師や子どもたちの話の途中で割り込んでしまうことがあります。どうすればよいでしょうか。
 マナーやルールを教えて、トラブルを防止します。具体的にイラストや写真で示したり、手本を見せたりすると伝わりやすい。
 教師がクラス全体に指示したことが理解されていないことがある。どうすればよいのでしょうか。
 指示が伝わりにくい場合は。指示するときに視覚的な情報を添え、見てわかるように伝える。指示が伝わったかどうか、子どもに復唱させるとよい。
 多動や注意力の不足が目立つ子には、こまめな声かけが効果的。同じ指示をくり返す。
 
「○○してから、△△して」と同時に2つ以上言うと、わかりにくい。ひとつ伝え、作業が終わってから次を伝えるようにする。「もう少し」などの抽象的な指示をさけ「あと2回」などと具体的に言う。
 子どもどうしの人間関係のトラブルが多発することも「小1プロブレム」のひとつです。ちょっとしたことで、クラスの友だちとケンカになってしまう。がまんする力が弱く、思いどおりならないとイライラし乱暴になる。ひと言多い。他人のものでも勝手に使うなど、よくもめごとを起こします。どうすればよいのでしょうか。
 ケンカしやすい子には、人間関係のルールを教えましょう。しかし、友だちとのつきあい方を教師が言い聞かせようとすると説教になりがちです。
 紙芝居などで具体的な場面を示し、ことばの使い方や相手の気持ち、適切なふるまいを説明します。市販の教材を使う。例えばマンガを使った場面理解の本などがでています。
 出来事を4コママンガのセリフを空欄にしておき、子どもによい言い方を答えてもらう。
 整理整頓が苦手な子どもは、どうすればよいのでしょうか。
 ちらかった机と、整理整頓された机の写真を撮って、見本として並べて見せるとよい。
 説明だけではわかりにくい子には、教師が途中まで手伝い、手本を示すようにします。
 AD/HDがある子は、注意力不足の特性があって整理整頓が極端に苦手なことがあります。ほかの子と同じようにこまかく指示するとストレスをためてしまう可能性があるので、指示を個別にしましょう。
 小学校1年生の授業は、ごく基礎的なものばかりです。しかし、LD(学習障害)や注意・集中力につまずきがある子どもにとっては、話がちがってきます。彼らには読み書きや計算など、学習の基礎的なことの習得に困難があります。
 そのため、通常の教え方では、学ぶ内容の難しさに関係なく、授業についていけない場合があるのです。学ぶことそのものに困難がみられる場合には、個別の配慮が必要です。
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月森久江:東京都公立中学校教師(38年間)を経て東京都杉並区立教育センター指導教授。20年以上教育相談やLD(学習障害)の研究、子どもの特性に応じた指導法は、特別支援教育の先進的なモデルとして注目され、全国各地で講演会なども行われる)

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