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子どもが見えない教師が多い、子どもの感想文を読むと、ものを見る目は確かである

 林竹二氏は宮城教育大学の学長であった時から、全国の学校で授業を約300回してきた。
 ソクラテスの研究者として高名な林氏を授業におもむかせたものは
(1)
教員養成大学の学長に就任し、ただ理論だけを講義していては、学長はつとまらない。授業の実際を知らねばならない。そういう思いがつのってきたこと。
(2)
病気で療養中に斎藤喜博全集を読んで、斎藤氏が授業の中で子どもたちにしていることは、質問によって子どもの意見を引き出し、それを吟味にかける。それがソクラテスの教育の方法と一致していたこと。
 林氏は、つぎのように述べている。
「授業のなかでは、否定が決定的な重要性をもつ。ただし大切なのは、その否定の質です。おしつけられたものではだめです」
「子どもは、教師との格闘を通じて、自分自身で、低い通俗的な意見なり、解釈なりを否定する」
「子どもが、最初に立っていた低い地点から、抜け出すことによって、自分を高め、新たにし、変革してゆくことができるのです」
 林氏は、行った自身の授業の考察を、
(1)
授業中の子どもの表情
(2)
授業後に書かれた子どもの感想
(3)
撮影された授業中の子どもの写真
によって行った。
 小学校の子どもたちの、林氏の「人間について」の授業の感想は
「始め、ぼくは『はやく授業がおわらないか』と思っていましたが、でもすぐにおもしろくなって、はやく終わらない方がいいと思いました」
「わかりやすく説明してくれて、70分もかかったとは思わなかったし、70分なんかあっけないと思った」
「私は、一つのことをもっと、もっとと、深くなっていく考えかたが、こんなに楽しいものかと、びっくりした。勉強していて、どこで終わるのか心配になってきたほどだ」
 私は、子どものそれぞれの指摘に驚く。どの子どもも、深く学ぶことをこよなく求めている。
林氏は述べる。
「私は、子どもたちの、ものを見る目の確かさに一驚した」
「時間がはやくすぎるのは、授業への集中があるからである」
「重みのある問題に、打ち込んで取り組んだ経験を、子どもたちは楽しいと感じている」
「私が見た、おびただしい子どもたちの証言は、一致してそう語っている」
「私は、子どもはみんな手ごたえのある学習に飢えているのだと信ずるようになった」
 しかし、林氏の授業を見た教師たちに、冷ややかな反応をする人が多かった。
 それに対して、林氏は
「先生方は、後ろの方で授業を見ていて、子どもを見ていない。そして、子どもの発言と教師の発言のその量だけを問題とする。すくなくとも、それを軸として授業をとらえようとしている」
「子どもに、わずかしか発言の場を与えていない。一方的に教師がしゃべっていて、まるで講義のようだ。あれは授業ではない。小学校では無理だというのが先生方の結論です」
 このような授業の認識しかできない教師たちに、林氏は愛想をつかした。
 そして、晩年は、定時制高校や工業高校等で、生徒たちが隠しもつ「学ぶ力」を目ざめさせる授業をすることに、限っていくのであった。
 現代の教師の原罪は、子どもを見ない、見えない、見ようともしないことだという、林氏の告発を私は忘れることができない。
(
林竹二:19061985年 教育哲学者、元宮城教育大学学長。斎藤喜博の影響を受け、全国の学校を回って対話的な授業実践を試みた)

(
佐久間勝彦:1944年生まれ、神奈川県川崎市公立中学校教師、千葉経済短期大学教授、千葉経済附属高校長、千葉経済短期大学長を経て千葉経済大学学長)
 

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