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私たちが生きている意味、人生の目的はどこにあり、素晴らしい人生をおくるにはどうすればよいのでしょうか

 私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。
 私は「心を高める」こと、「魂を磨く」ことにあると思います。
 欲に迷うのが人間のさがです。私たちは財産や地位を欲しがり、快楽に溺れかねない存在です。
 しかし、そういうものは、いくらたくさん溜め込んだとしても、あの世へ持っていくことはできません。この世のことは、いったん清算しなくてはならないのです。
 だから「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は「生まれたときより、少しでもましな人間になる。わずかなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだ」と答えます。
 様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながら、息耐絶えるその日まで、うまず、弛まず一生懸命に生きていく。
 その日々を磨き砂として、人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも、少しでも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。
 私はこのことよりほかに、人間が生きる目的はないと思うのです。
 昨日より、ましな今日、今日より、よき明日であろうと、日々誠実に努め続ける。そのたゆまぬ営みにこそ、私たちが生きる目的や価値が存在しているのではないでしょうか。
 生きていくということは、苦しいことのほうが多いものです。ときに、なぜ自分だけがこんな苦労をするのかと、神や仏を恨みたくなることもあるでしょう。
 しかし、そのような苦しき人生だからこそ、その苦は「魂」を磨くための試練だと考える必要があるのです。
 人生における苦労とは、己の人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです。
 試練を、そのように絶好の成長の機会としてとらえることができる人。さらには、人生とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場であると考えられる人。
 そういう人こそが、限りある人生を、豊かで実り多いものとし、周囲にも素晴らしい幸福をもたらすことができるのです。
 素晴らしい人生を送るためには「心に抱く思いによって人生が決まる」という真理に気づくことが大切です。
 心に善き思いを持ったとき、それは善き力となって出ていく。
 幸福で満ち足りた人生を望むならば、善き思いをベースとして生きなければならない。
 
「そんな思いやりに満ちた心などと言っていて、厳しいこの社会をわたっていけるのか」と、疑問に思われることもあるでしょう。
 そうではありません。善き心こそが、強大なパワーを持っているのです。純粋で気高い思いには、素晴らしいパワーが秘められています。
 
「与えよ、さらば与えられん」と、愛が持つ偉大な力が古今東西で説かれているように、あなたが差し出した愛は、必ずあなたに返ってきて、あなた自身を幸福にしてくれるのです。
 心に抱く「思い」が純粋で善き思いであるように努めて、誰にも負けない努力を重ねれば、人生は必ず豊かで実りの多い、素晴らしいものとなることが約束されているのです。
(
稲盛和夫:1932年生まれ、実業家。京セラ・KDDI創業者、稲盛財団理事長として国際賞「京都賞」を創設し人類社会の進歩発展に功績のあった人を顕彰、日本航空を再建し取締役名誉会長、若い経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長)

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