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2018年3月に作成された記事

教師がストレスで心がつぶれてしまわないようにするには、どうすればよいか

 教師がストレスを感じたとき、心がつぶれないようにするには、どうすればよいのでしょうか。
 メンタルトレーニングを取り入れるとよいでしょう。スポーツの世界では、大切な試合で最大のパフォーマンスができるように、日頃から心を鍛えています。
 教師の心がつぶれないようにするには
1やる気がでる言葉を言う
 自分のやる気が出るような言葉を自分自身に言います。よい結果になることが多い。例えば、
「何とかなるさ」
「自分だったら、できる」
「どの教師も同じような環境にある。ベストを尽くそう」
2 ストレスを軽減する方法を自分なりに持っておく
 ストレスを感じたら、心の病になる前に、ストレスをなくすようにします。
 ストレスをなくすために、どのようなことをするか決めておきます。例えば
(1)
人に話す
 人と話すことで、ストレスが軽減されます。
(2)
経験豊かな人に相談する
 経験豊かな人に相談してみると、気が楽になることもよくあります。
 自分なりの教育も大切ですが、自分が正しいと思っている方法でも、他の人から見ると、もっとよい方法があると思われることもあるでしょう。
 できれば、20歳代のうちに、他の人からたくさんの感想やアドバイスをもらうべきです。若いうちはプライドも高くなく、素直に受け入れることができるからです。
 優れた実践を参考にして、そのうえで、オリジナルな教育をしていくべきなのです。
「まったく、何ていうこともない問題だよ。もっと図太くなりなさい」
とアドバイスされることもあるでしょう。
 自分にとっては大変な問題だと思っていても、別の人からすると問題にならないといったこともあるのです。
(3)
考え方を一つ高くもっていく
 必要以上にネガティブにとらえていないか、よく考えてみるとよい。漠然とした不安に、自分の心が悩んでいることもあります。
 八方ふさがりに見えても、考え方を一つ高くもっていくと、問題だと思っていたことが、実は問題ではなかったと思えることもあります。
(4)
優れた実践家の考え方に学ぶ
 優れた実践を行ってきた教師は、優れた考え方の持ち主です。
 そのような教師の考え方に触れるのも、教師としてのメンタルを磨くことになります。
 また、尊敬できる教師がいるであれば、その教師にどんな考え方で仕事を進めているのかを尋ねてみるのもよいでしょう。
 ストレスを感じず、毎日楽しく仕事をしている、実力のある教師がいます。
 そういった教師に共通するのは、逆境にあっても負けない考え方を持っています。「自分ならできる」と、楽観的で、前向きな姿勢を持っているのです。
 子どもや保護者、社会のために貢献できることに、喜びを感じることができる教師なのです。
(
大前暁政:1977年生まれ、岡山市立小学校教師を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞
)


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学級崩壊を予防するために、ゲームは有効な武器になる

 学級をこわさないためには、様々な策略が必要になる。何もしないで学級が成り立っていた時代は終わってしまったのだ。
 今どきの子どもたちは、教師を担任だと認めない。同じクラスになっただけでは仲間だとは思っていない。
 子どもたち同士を、子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月はミニゲームを集中して行おう。
 私は1000以上のゲームを知っている。ゲームに関する著作も多い。子どもたちの笑顔が見たいからである。
 私は、ちょっとした隙間時間があれば、ゲームをして楽しませている。その時の子どもたちの笑顔は最高だ。それを見て、私もうれしくなる。
 ゲームをたくさんすれば
「この先生、面白いな」
「この先生、いろんなことを知っているな」
と子どもと教師の距離が近くなり、尊敬の念が強くなる。
 また、子どもたち同士を「つなげる」ことができる。子どもたちは、一緒にゲームをする中で、仲良くなっていく。
 これは間違いない。「つなげる」は、これからの教育の最も大切なキーワードだ。
 子ども同士を、子どもと教師を「つなげる」ことを目的に、私は策略として4月にゲームを集中投下している。長くても5分以内にできるようなミニゲームが多い。
 ゲームをする、もう一つの目的は学級崩壊の予防である。学級崩壊しているクラスでは、ゲームが成り立たない。
 学級崩壊しているクラスの子どもたちは、教師の指示を聞かない。ルールも守らない。だから、学級崩壊なのである。
 逆に言えば、ゲームが成り立つクラスは学級崩壊していない。教師の指示を聞く、ルールを守ることができるクラスだからだ。
 そこで、私は4月にミニゲームを集中投下する。ゲームを通して、教師の指示を聞くこと、ルールを守ることを教えるのだ。
 子どもたち同士を、そして子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月は「策略」としてミニゲームを集中投下しよう。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)
(

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学級崩壊を予防するために、ゲームは有効な武器になる

 学級をこわさないためには、様々な策略が必要になる。何もしないで学級が成り立っていた時代は終わってしまったのだ。
 今どきの子どもたちは、教師を担任だと認めない。同じクラスになっただけでは仲間だとは思っていない。
 子どもたち同士を、子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月はミニゲームを集中して行おう。
 私は1000以上のゲームを知っている。ゲームに関する著作も多い。子どもたちの笑顔が見たいからである。
 私は、ちょっとした隙間時間があれば、ゲームをして楽しませている。その時の子どもたちの笑顔は最高だ。それを見て、私もうれしくなる。
 ゲームをたくさんすれば
「この先生、面白いな」
「この先生、いろんなことを知っているな」
と子どもと教師の距離が近くなり、尊敬の念が強くなる。
 また、子どもたち同士を「つなげる」ことができる。子どもたちは、一緒にゲームをする中で、仲良くなっていく。
 これは間違いない。「つなげる」は、これからの教育の最も大切なキーワードだ。
 子ども同士を、子どもと教師を「つなげる」ことを目的に、私は策略として4月にゲームを集中投下している。 長くても5分以内にできるようなミニゲームが多い。
 ゲームをする、もう一つの目的は学級崩壊の予防である。学級崩壊しているクラスでは、ゲームが成り立たない。
 学級崩壊しているクラスの子どもたちは、教師の指示を聞かない。ルールも守らない。だから、学級崩壊なのである。
 逆に言えば、ゲームが成り立つクラスは学級崩壊していない。教師の指示を聞く、ルールを守ることができるクラスだからだ。
 そこで、私は4月にミニゲームを集中投下する。ゲームを通して、教師の指示を聞くこと、ルールを守ることを教えるのだ。
 子どもたち同士を、そして子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月は「策略」としてミニゲームを集中投下しよう。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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保護者が教師のファンになってもらうには、保護者とどのように話せばよいのでしょうか

 私が保護者との関わりで常に意識していることは、保護者を自分のファンになってもらうということです。
 楽しんでもらうときは楽しんでもらい、伝えるべきときは伝え、一本筋の通った先生であると保護者に一目置いてもらう存在になるということです。
 保護者との面談は、わずか一回の会話で、あなたの印象が決まってしまう可能性があります。その機会を最大限に活かすことができるかが大きなポイントになります。
 私が保護者との対話で意識していることは
(1)
敬語を使い、保護者の話をよく聞く
 保護者は教師のちょっとした言葉づかいであなたの常識度を判断しています。
 例えば、保護者が来校したとき「ご苦労様です」という言葉は目上の人が目下の人に使うものとされています。
 
「お世話になっております。ご多忙の中、ご来校ありがとうございます」
という言葉がスマートです。
 人は興味を持ってくれる人に、親近感や信頼感を抱きます。教師が保護者の話を熱心に聞いただけで「なんて、いい先生なんだ」と思います。
 私は、保護者の話8に対して自分の話2くらいが理想と思っています。
 私は経験上、「保護者のことをわかってあげる」=「保護者の話を聴く」ということを強く意識しています。
 そうすると、保護者のニーズや気持ちが理解できて、うまく対応できます。
(2)
保護者の気持ちや苦労を共感する
 
「大変ですよね」「わかります」「おっしゃる通りです」など、保護者の気持ちや苦労を理解していますよということを、言葉にしてあらわす必要があります。
 聞き上手な教師は、保護者に共感し、わが子を「大切にしてほしい」「認めてほしい」とう欲求を満たすことができる教師です。
(3)
担任として、自分の考えを伝える
 「私はこう考えています」「私はこのような方針でクラス運営をしています」と、私はアイ・メッセージで教育方針や人間性を伝えるようにしています。
(4)
積極的に子どもの長所を伝える
 保護者の関心ごとは、わが子のことです。貴重な時間を割いて来校した保護者に、子どもの短所や改善点ばかりを伝えるのは愚の骨頂です。
 長所やどうしても伝えたい、ほほえましい行動・言動を伝えるようにしましょう。
 保護者に「大丈夫でしょうか?」と聞かれたときは、簡潔に改善策も含めて伝えると悪い印象を与えません。
 私はいつでも子どもを見守っているという気持ちを意識しています。
(5)
あらかじめ、話す要点をまとめておく
 私は授業に限らず、子どもたちに伝えたいときは、あらかじめ
「わかりやすい時事ネタから導入してポイントを伝え、具体的な話に落とし込む」
ように話の流れを考え、ノートにまとめておきます。
 たった一回の話だけで、心が離れたり、ファンになったりするのですから。
(6)
わかりやすく話す
 最初に結論を述べます。次にその理由、具体例、締めの言葉の順に話すと納得感のある話になります。
 教師は保護者に流暢に話をしてしまいがちですが、どうしても伝えたいこと、大事な話をする前には、ちょっとした間をあけるようにすると「あれ、何を話すのかな」と聞き手の心に話が吸い込まれます。
(7)
子どもを通して保護者に伝わるようにする
 子どもが自然と保護者に話をしたくなるように振舞うとよい。例えば、トラブルがあったときの迅速な対応、授業の面白さやわかりやすさ、子どもへのちょっとした言葉がけなどです。
 子どもから保護者に伝わると教師の信頼度がアップします。
(
栗田正行:1976年千葉県生まれ、教師、料理人、熟講師を経て私立高校数学教師。コミュニケーションを学び、わかりやすい授業、子どもや保護者への気遣い対応により、塾講師として9割以上の子どもから満足を得た)

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学級開きが成功するポイントとは何か

 人は見た目が9割です。つまり第一印象は見た目で決まるということです。学級開きの日は子どもたちが「新しい学級でがんばろう」と思えるように、教師は笑顔を意識したいものです。
 学級開きで、子どもたちが新鮮な気持ちで、仲間や先生とともに学級をつくっていくことに意欲を生み出し、高めていくことが重要です。
 学級開きの日、子どもたちは担任への関心は高い。どのようなことを言うか注目しています。
 学級開きでは、担任が求める学級像を明確に伝えることが大切です。文章に書いて、担任の思いが子どもたちに伝わるかどうか、子どもの立場で冷静に読み返してみましょう。
 そのとき、はっきりしない不明瞭な話し方で話をしたら、見た目の好感度が高くても、評価は一気に低下するでしょう。担任のはきはきした語り口は、子どもたちの気持ちを高揚させます。
 子どもたちは、ちょっとした担任の配慮に気づくものです。新年度早々はいろいろやることがあって大変ですが、子どもの心をつかむために「あっ、こんなことも」と思わせる演出をしましょう。
 子どもたちが担任のやる気を感じる重要なポイントの一つが教室の環境です。チョークの跡一つないきれいな黒板、空っぽのごみ箱、ほこりのない机やロッカーの中など、新たな学級がスタートするにふさわしい、整えられた教室にしておきましょう。
 学級開きの日は、担任は精一杯に頑張ろうとします。そのために、他のクラスは終わっているのに、決められた時間内で終わらず、いつまで続くんだろうと子どもたちが思ってしまったら、教師のがんばりも逆効果です。
 子どもたちの立場で考えることは、初日が勝負です。時間はしっかり守りましょう。
 子どもたちに、しっかり守ってほしいこと、担任として譲ることができないことはたくさんあるでしょう。
 しかし、あれもこれも伝えたのでは、何も伝わりません。子どもたちの立場で考えましょう。
 例えば「仲間はずれをつくらない」ということ一つに絞るとします。
 学級開き初日から数日間は、係活動や当番活動を決めたり、学級目標を話し合ったりするなど、学級としてのまとまりが必要な場面が続きます。
 それぞれの活動担当を決めるのに、学級全員のことを考え、行動できる子どもであってほしいという願いを込めた「仲間はずれをつくらない」というルールです。
 誰もができることを提案してみるのもよいでしょう。例えば「わが学級は、机の整頓をして1日が終了する」というみんなの共通行動を決めます。
 こうした当たり前のことがしっかりできる学級は、他の場面でもしっかりできるようになります。
 また、担任のこだわり(見た目で気持ちのよい教室)を伝えることにもなります。
「担任から示されたことはしっかりやらなければいけない」
「担任は妥協しない」
ということを、こうした具体的な指示で早々に伝えることも、よい学級づくりのコツです。
(
玉置 崇:1956年生まれ、公立小中学校教師、教頭、校長、愛知県指導主事、教育事務所長、愛知県市立中学校長を経て岐阜聖徳学園大学教授)

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チャイム着席、忘れ物、あいさつ、どんな子も包み込む、指導はどうすればいいのか

チャイム着席は、発想を変え意識改革しよう
 指導ということがわかっていないと、失敗します。ひどいときは、学級崩壊につながります。
子どもがよくならないのは、ほとんどの場合、教師に責任があると思います。
「そんなことはありません。私はがんばっています」なるほど、その人から見ればがんばっているのかもしれません。その人の授業を見ると空回りしていることが多いのです。
例えば、チャイム着席です。
「うちのクラスは、チャイム着席しない」
「2学期になるのに、まだできない」
と怒っている人がいます。
どのように指導しているのかを聴いてみました。
「チャイムが鳴ったら席に着きなさいって、何度も何度もいっています」
私は悲しくなりました。これが教育界の現状なのでしょう。
これでよくなったら、教師はいりません。これは指導ではありません。
まずは、教師がチャイムを守っているかどうかを確かめましょう。
多くの人は、終了のチャイムが鳴っても、授業を続けていませんか。教師が守らないのに、子どもには守らせよう、これは傲慢です。いうことを聴かないのも当たり前ではないでしょうか。
教師の意識、これはかなりずれています。まずは、自分の行動を振り返ってみましょう。子どもには要求するのに、自分はやらない。
自分はやらなくていいと思っていることがいかに多いか。自分の発想を変えない限り、何をやってもうまくいきません。発想を変えませんか。
2 忘れ物をなくすには、まず教師の姿勢を変える
「専科の授業に行くとき、何も持っていかないんです」という話を聴きました。
忘れ物で苦労しているようです。
「口が酸っぱくなるほど、忘れ物をしないようにっていっているのに
どこでもありそうな光景ですね。
これで忘れ物がなくなったら、教師はいりませんよ。ただ口だけで指導しているだけです。忘れ物をさせないための工夫がありません。
これはプロの指導とはいえません。みなさんは、どんな工夫をしていますか。
えっ、私ですか? 私の場合、何もしていません。忘れ物についてあれこれいうことはありません。
忘れ物は、バロメーターの一つだと思っています。
授業がおもしろくない、教師への反抗などが、忘れ物という形としてあらわれると考えています。
ですから、忘れ物をなくそうとやっきになるのは、本末転倒です。
私の場合は。忘れ物をする原因は、他にあるのです。直接そのものを指導しても直りません。
指導すべきは、他にあるのです。
まずは、教師の姿勢です。
(1)
持ってくるのが当たり前という傲慢さ。
(2)
言えばできるという安易な心。
この意識が変わらない限り、子どもを責めます。自分の指導不足を棚に上げます。子どもたちは、教師の傲慢さを敏感に察知します。そんな教師のいうことを聴きたくないのです。
忘れ物は、教師の傲慢さを教えてくれるメッセージなのです。
意識を変えましょう。授業がおもしろければ、忘れ物する子は少なくなります。努力すべきは、授業なのです。
3 あいさつをするようになるには工夫を
「あの子、あいさつしないんですよ」という話をよく聴きます。
教師からあいさつすれば、子どもはあいさつするものですけど
中にはしない子もいるでしょう。
あいさつしない子を怒ってしまうのは、ちょっと待ちましょう。
あいさつしなかったのでしょうか。あいさつできなかったのでしょうか。
なぜしないのかを考える必要があると思います。わざと無視しているのか、氣がつかないのか、面倒くさいのかなどなど。よく見る必要があるでしょう。それをしないで、子どものせいにするのはいただけません。
自分のことを振り返ってみましょう。
あいさつされたのにあいさつできなかったことはありませんか。
私はけっこうありますよ。あっと、思ったとき相手は通り過ぎてあいさつしそこなってしまうことがあります。
用意ができていないとき、反応が遅れるのです。
相手の用意ができるように声をかけてみるといいと思います。
まず、「○○くん」と声をかけます。相手がこちらを向きます。
目があったところで「おはようございます」という。
そうすると、ほとんどの場合「おはようございます」とあいさつがかえってくる。
これは、私の経験です。
ちょっと工夫するだけで、結果は大きく異なってきます。
料理と同じで一工夫を。
4 どんな子どもでも包み込むには、自分キャパシティーを広げる
 私にとって、難しい課題です。私は、あるところでいじめにあっていました。
いろいろな理由で、反撃できませんでした。反撃しないので、相手は図に乗って責めてきます。表で裏で、どんどんエスカレートします。それを、がまんしました。表面上は、何もなかったように過ごしました。
「それは、テクニックだ。本心からではない」と、私の師匠は、すべて見抜かれます。
ですから、嘘をつくことができません。嘘をついても、自分を飾っても、丸裸にされてしまうのです。自分なりにがんばったのですが、叱られました。
自分に対しやさしくしてくれる人は、包むことができます。普通の場合も、包むことができます。
しかし、今まで出会ったことがないくらい、攻撃してくるその人を、包むことはできませんでした。それを包めというのです。
「なぜ、包まん!」と、師匠に叱られました。「あんたのは、まだ本物ではない」
現象面に目を向けると、難しいですね。相手と同じ次元にいると、けんかになります。
ついつい、「どうして」と思ってしまいます。ものごとの裏にあるものを見ないと、包み込めないように思います。
少なくとも、違った見方・考え方をしなくてはいけません。発想の転換が必要ですね。見方・考え方を、高く、深く、広く、厚く。基本的には、自分が修行してきていることでいいと思いました。
問題は、相手が飛び抜けてすごい場合です。自分キャパシティーを広げないと対応できません。「程度があるだろう」と思ってしまいますから。
(杉渕鉄良:1959年東京生まれ、東京都の小学校教師。「教育の鉄人」と呼ばれる実践家、子どもを伸ばす為に命をかける熱血教師。ユニット授業研究会代表。その実践スタイルは全国の教師、保護者から支持を受ける。2003年夏、日経スペシャル「ガイアの夜明け」に出演。PHP「VOICE」や、経済誌「プレジデント」での教育シリーズに取り上げられ、各方面からの注目も高い。ユニット授業、10マス計算、表現読み、指名なし発言など、子どもの可能性を引き出すため、さまざまな工夫を凝らした教育実践を行っている)


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いつの時代にも教師に求められる能力とは

 これまで提言されてきた、教師に必要とされる資質能力として、
(1)
子どもに対する愛情を基礎とする広く豊かな教養
(2)
教育の理念や人間の成長・発達についての深い理解
(3)
教科等の専門的な知識
(4)
実践的指導力と子どもとの心の触れ合い
 これらの基本になるのは、教師の人間性つまり、深い愛情と信頼、人間関係の深さである。
 日本教育会()の調査研究委員会がとらえる、いつの時代も教師に求められる資質能力とは
1 子どもへの人間的指導者としての資質能力
(1)
愛情
 基本となるのは「子どもへの愛情と思いやり」である。子どもが社会の一員として育つためには親と異なる社会性のある愛情が必要である。
(2)
情熱
 仕事に対するひたむきさが求められる。困難を乗り越える力はあきらめずに取り組む姿勢である。その根底には、熱い思いがなければならない。
 情熱こそ、子どもの指導者として意欲的に取り組むときのエネルギーなのである。
(3)
観察力
 指導にさいしては子どもの状況や心情を的確にとらえることが必要である。子どもの心の内を見通す観察力が必要になるのである。
(4)
人間性
 言うまでもなく、原点は教師の人間性である。大人である教師に影響を受けて子どもは成長する。教師の指導姿勢や生活のあり方を受け入れ、成長の糧にしていくのである。
 教師の人間性に責任と誇りを持ち、子どもとしっかりと向き合う姿勢が重要である。
(5)
話し上手・聞き上手
 子どもの気持ちに謙虚に耳を傾け、同時に自分の気持ちをしっかり伝えることは、日常の場で重要なことだ。聞き上手の真髄は相手の立場に立ち心を込めて聴くところにある。
 人間のもつ豊かな表現力とコミュニケーション能力を磨き、子どもや保護者に対して話し上手・聞き上手になることは大事なことである。
2 学習指導者として資質能力
(1)
教科の専門的力量を高める
 教師の職務の第一は教科指導である。教科指導力の有無が子どもとの信頼関係の根拠となる。
 日頃から、教師自ら学び、自信を持って指導できる力量を高めるよう努力が求められる。
(2)
授業構成を改善する
 教材研究が不可欠である。教材内容の理解、子どもの学習状況、教材の扱い方、授業の流れ、評価とその対応など事前に準備することは多い。
 授業は生きものである、常に見直し、改善を図り、より質の高い授業をめざすことがもとめられる。すぐれた教師の授業力を共有することが指導力の向上となる。
(3)
指導方法を工夫する
 日々の授業を振り返り、子どもの声を聞き出し、指導方法の改善を図る。教師同士の学びが重要であり、校内研修の充実が図るようにする。
3 学校組織の一員としての資質能力
(1)
協調性・チーム力
 学校には学年、分掌等の組織がある。協調性をもって仕事をすることが求められる。
 互いに意見を出し合い、議論して合意点を見つけ、リーダーのもとでチームとして機能する組織の一員として仕事ができることが大切である。
(2)
責任感
 与えられた業務に対して責任を持って行うことや、進捗状況を報告し、指示に従い改善していくことが重要である。
(3)
コミュニケーション力
 子どもの指導、保護者への説明、学年や分掌の作業など、すべてについて趣旨、目的、状況、結果等について的確に説明し、伝えることが重要である。
 同時に、常に相手の意見や考え方を聞く姿勢や受容する態度が必要である。
(4)
情報収集力・ネットワーキング力
 正しい情報をできるだけ早く収集することが必要である。特に事故・災害等への緊急対応のためには、多様な収集手段と的確な判断と行動が必要である。
 日頃から、アンテナを高くするとともに、情報収集のネットワークをつくることが大切である。
(4)
事務処理力
 学校には膨大な事務作業がある。限られた時間で的確な処理をすることが必要である。
 そのために、日常的に先を見通し、確かな処理技術を着実に身に付けることが大切である。
4 学級(学校)の経営者としての資質能力
(1)
企画力
 経営の要諦の一つは先を見通す目であろう。
 経営者は人を動かすだけの度量、明確な目標、リーダーシップが求められる。
 そのうえで、的確な現状分析と目標設定、実現に向けた斬新な発想とアイデアを活かす力をもつことが大切である。 
(2)
実践力
 独りよがりな行動力でなく協力者とともに小さな目標を実現しながら目標を達成させることである。
 行動しつつも常に考え、周囲の意見を聞き、修正できる姿勢が大切である。
(3)
危機管理力
 迅速に対応し、被害を最小限にとどめること、関係者へ連絡すること、危機管理体制づくりと情報収集をすること、子どもと家族を第一とすること、事後処理を丁寧し課題を確認することなどが必要である。
 リーダーシップ、指揮系統の一元化、情報の共有等が求められる。
(4)
課題分析力・決断力
 ネックになっている部分を発見し、流れが止まっている部分を取り除き、新たな流れをつくることである。
 問題を見極めるためには、相対的な見方や複眼思考が必要となる。
 また、立場を変えて見ること、別の角度から見ること、組織の外から見ることが大切である。
(5)
思考の柔軟性
 前例にとらわれない発想や柔軟な思考も大切である。そのために、学校以外の目で見たり、子どもや保護者の立場で見たりすることが必要である。
5 教師の成長のために常に学び続ける資質能力
(1)
積極性・向上心
 何事も恐れず行動し、失敗も勉強のうちという精神で仕事をすることが大切である。
 率先して研究授業を実施し、授業を工夫改善し、校外の各種研究会へ参加する。
 勤務先も小学校だけでなく、積極的に他校種を経験したい。幅広い経験が自らの成長の糧となる。常に学び続ける向上心を持ちたい。
(2)
素直さと謙虚さ
 学ぶときに最も大切なのが素直さと謙虚さである。自信過信、慢心の姿勢の態度からは成長しない。
 何事も周囲の意見を正しく聞き、受け入れたのちにそしゃくし、生かして始めて成長につながるのである。
(3)
明るさ・健康
 教師の明るさが周囲を明るくし、元気さが周囲を元気にする。
 不調の時、どれだけカバーできるか、どこまで食い止められるかが、次への回復を左右する。教師は心身ともに健康であることが求められる。
(
日本教育会:全国の幼稚園・子ども園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の学校教育のリーダー、PTA、教育関係者をはじめ、教育に関心のある方は、どなたでも入会できる、総合的な教育研修団体です。会員に月刊誌『日本教育』を発行する。毎年1回、全国各地で、幼・小・中・高・特別支援学校の教職員及びPTA等が一堂に会し教育を考える会を開催している。会費は年額3,100円です。)


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学級が荒れないようにするには、新年度の始め、どうすればよいのでしょうか

 教師が子どものいじめにあい、学級崩壊になったり、休職に追い込まれたりする場合もあります。教師も生きにくい時代になっているのだと心が痛みます。
 ですが、最終的なところにいく前に、必ずサインは出ているはずです。小さなことでも見逃さず、叱るのではなく、よく話を聞くようにしていかなければならないと思うのです。
 何といっても教師は大人なのですから、余裕をもって大人の知恵を発揮してもらいたいものです。
 始業式で紹介されたら、新採用の若い教師なら、にこにこと笑顔で、簡単に自分の特技や好きなことなどを交えて挨拶するとよいと思います。子どもの心をぐっとつかめたら、しめたものです。
 子どもも、たいていの子は、出会いの一瞬だけは、新しい自分になろうと、期待に胸をふくらませていますから、教師の自己紹介のときがチャンスです。
 しっかり目を向けて、その子を受け止めていくという姿勢を見せていくようにします。
 子どもは教師を見ています。そして、試してきます。ある時の六年生の男の子は
「先生、かったるいから掃除やりたくねぇ。休んでていい」と、ふてくされて言ってきました。教師がどういう対応をとるか試しているのです。そこで、
「やりたくないんなら、やらなくていいよ。遊んで来なさい。あなたが掃除をしなくたって、先生はちっとも困らないんだよ」
「でも、なぜ掃除をしないのか、みんなが不思議に思うよ。全校集会で、なぜ掃除をしないのか、一年生から六年生まで、みんなに説明しなさい」
と、冷ややかに言いました。すると
「あ、そういうことですか。じゃあ、掃除やります」と言って、やりだした。この先生には通じないと思ったようです。
 掃除をしなかったらどうなるか、その子なりに考えたのでしょう。子どもに自分で考えるように仕向けたほうが、よっぽど効果があります。
 頭ごなしに叱られたほうが、子どもは楽です。教師を恨むか、拒否する口実ができ、掃除をしない正当性を持つからです。堂々と掃除をしなくなります。
 そして、叱ることを繰り返して、お互いのメンツがたたなくなるほどになってきて、教室が荒れてきます。
 そのときは、掃除をするかどうかではなく、叱ることの理不尽さを問題にしているからです。
 掃除をやりたくないと言っていた子が少しでもやっているのを見たら「えらいね。あなたが掃除するときれいになって、気持ちがいいね」と言ってあげました。本当にそう思ったからです。
 子どもをほめることが大事だといっても、何でもかんでもほめる、ということではありません。
 子どもはすぐ見抜き「そんなこと、ほめられたってうれしくない」と思っています。それは子どもにお世辞をいうことになるのです。子どもにあなどられます。
 反対に、子どもががんばってできたところ、少しでもよくなったところ、人にやさしくしたところ、思いやった行動をしたときなどは、すかさず見つけて、言葉をかけると、子どもはすごくうれしそうな顔をします。
 そういう、子どものよさを見抜く目が大切です。子どもを一人ひとりよく見ていくことが大切になってくるのです。
「気配り」「目配り」「手配り」ができてくれば、教室は荒れません。
 日常生活の中で、そういうよさを見つけ、そのつど「いいね」「すごいじゃない」など、明るく軽く言うようにしていきます。お世辞ではありません。
 すると、子どもは自信がついてきて、明るい顔になっていきます。誰だって自分のよいところを認めてもらえたら、うれしいに決まっています。
 どんなに教師に反抗している子にも、あきらめずに嫌がらずに声をかけていきましょう。劇的にはよくなりませんが、学級の雰囲気は目に見えて、感じよくなっていきます。
 その子の母親や他の友だちに、その子のよさをたくさん話してあげます。すると、回りまわってその子の耳に入って、自分のよさを先生が話してくれたと知って喜んでくれるようです。
(卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたっている)



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保護者が第三者や弁護士をつれてくる場合、どうすればよいのでしょうか

 クレーマーとして有名な保護者が、来校して苦情を言うとき、よく第三者をつれてきます。どのように対応すればよいのでしょうか。
 学校は保護者に対して、学校の生活状況等を報告する義務があります。しかし、第三者との面談や交渉に応じる義務はありません。
 目的を見極め、場合によっては「今日は保護者と直接お話しをさせていただくことになっておりましたので、どうかお引き取りください」と、同席を拒否も。
 不安な気持ちを持ちやすい保護者であれば、誰かに頼りたくなります。
 
「自分で言うことが不安」と、第三者を連れてくるという行動に出てしまうのです。
 まず、その保護者が一番不安に感じていることを探ってみてください。そこから突破口が見つかります。
 もしも、第三者を連れてくる目的が「学校を脅すため」「口げんかに勝つため」であれば、すぐにも来校を拒否する必要があります。
 そもそも、相談は「子どもの成長のため」であり「学校批判」のためではありません。
 たとえ管理職が「子どものために必要な人」と判断したとしても、来校のルールを明確にする必要があります。
 子どもに関する問題は、子どものことを真に理解している保護者と対話をすることが望ましい。
 弁護士が窓口になる場合も、弁護士の側で保護者の意向を確認してもらうように働きかけて進めるべきでしょう。
(
丸岡慎弥:1983年神奈川県生まれ、大阪市公立小学校教師。教育サークル「REDS大阪」・銅像教育研究会代表、事前学習法研究会会長)
(
大西隆司:1976年奈良県生まれ、弁護士)

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教師は子どもが好きだけでは務まらない、どんな人が教師に向いているか

 教師になりたい理由として「子どもが好きだから」という人が多い。けれども「子どもが好き」というだけでは務まらない。
 例えば、保護者と良好な関係を築くことも教師の大切な仕事です。電話で連絡を取ったり、こまめにコミュニケーションを取る必要があります。うまくできない人は、いくら授業がうまくとも、良い教師にはなれません。
 また、他の教職員との連携・協力も教師に求められる資質のひとつです。自分だけちゃんとやればよいという考え方は通用しません。組織の一員として動くことが求められています。
「子どもが好き、でも大人は嫌い」という人は、考え直してみた方がよいかもしれません。
 教師には「五者の精神」が必要であると言われています。学者、易者、芸者、医者、役者です。
「学者」教師は人に学問を教える職業ですから、高度な知識と技能が求められます。
「易者」相手を分析し、然るべき方向に導きます。
「芸者」時には、子どもを笑わせ、楽しい気持ちにさせることも必要です。
「医者」相手の性格や能力を診断し、必要な処置を講じます。
「役者」叱るときも相手をよく観察し、冷静さを保つ演技力が大切です。
 教師は学力だけでなく、人間性も重視されます。
 教師の仕事の中心は授業ですから、教科に対する専門知識は不可欠です。不足していたら、良い授業ができず、子どもたちの学力も身につきません。
 教科への興味関心が強く、教師自身も学び続けたいと考えている人が教師に向いているように思います。
 同時に、いくら教科の専門性が高くとも、人間的魅力が欠けていたら、生活指導や保護者対応など、効果的な指導ができません。
 授業を通じて理解を促すには、日頃から子どもたちと良好な信頼関係を築いておく必要があります。
 特に小学校においては、クラスを束ねる「学級経営力」が重要となってきます。クラスをまとめる力がなければ「学級崩壊」を引き起こしてしまいかねません。
 授業中に、子どもが突然騒ぎ始めたとき、きちんと対応できなければ、授業自体が成立しないのです。
(
佐藤明彦:1972年生まれ、教育雑誌編集長を経て、コンテクスト()社長として教育関連の書籍・映像などを手掛ける)

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いくら注意しても教師の言うことをまったく聞かない子は、どうすればよいのでしょうか

 教師にとって「手のかかる子ども」は、実は教師に「目をかけてほしいと思っている子ども」です。先生に自分のことを気付いてほしい、わかってほしいと心の底では思っています。
 そこで、掃除や給食当番などの指導のときではなく、落ち着いた状態のときに「先手必勝」+「当たり前のことをほめる」を取り入れてみましょう。
 教師にしてみれば「どう言えば掃除をするだろうか」「もっと厳しく叱ったほうがいいのだろうか」と考えてしまいがちです。
 こういった子どもの場合、その方法では解決に時間がかかりそうです。
 先手必勝で、子どものよいところを言葉にして、ほめていくとよい。当たり前と思える行動を見つけて、その子にだけ聞こえる声でささやいてください。
 人は自分のことを言われるときは、小さなささやき声でもよく伝わるものです。そんな地道な取り組みによって子どもとの信頼関係が深まっていきます。たとえば
給食当番の仕事をしているとき「ごくろうさま、今日から給食当番なんだね」
係の仕事をしているとき「いつもありがとう。助かるわ」
体育の授業でドッジボールをしているとき「おーカッコイイ、上手に投げることができるね」
(
男子には行動面がカッコイイと伝えます)
休み時間に友だちと遊んでいるとき「たくさん遊べてすばらしいね」
(
子どもはたくさん遊べること自体に価値があります)
 こんなことまで認めると、子どもが図に乗ってしまうのではないか、と思われるでしょうか? 
 しかし、特別にほめることが見当たらないと思うような子こそ、「当たり前」と思われることを認めていく必要があります。
 もしかしたら、ほめたり認められたりという経験が少なかったのかもしれません。教師から認められた経験は、この子にとってみれば間違いなくうれしい経験になっていきます。
 その経験の積み重ねで「この先生は好きだな」と感じることが増え、次第に教師との信頼関係も深まっていくことでしょう。
 そこまで信頼関係ができると、掃除や給食当番などの具体的な指導もぐっとしやすくなります。
 まずは、子どもの様子を目を皿のようにして観察してみてください。そして、当たり前と思われることも、すかさず言葉にしてほめてみましょう。
 子どもの存在を認めることになります。教師がそんなやり方を意識し始めた段階で、不思議と子どもとの関係はよくなります。
「この子は手のかかる子」「また、あの子だわ」と思っていると、ますます手のかかる状態になります。
「この子の何を認めようかな」と目を皿のようにして様子を見ているときは、案外、子どものよい変化が早く見つけられます。
 教師のとらえかたひとつで、いくらでも子どもは変わっていきます。
(
東ちひろ:幼稚園・小学校教師、教育委員会を経て、「東ちひろマザーズセラピー」主宰。「子育て心理学.協会」代表理事。上級教育カウンセラー、生涯学習開発財団認定コーチ)


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子どもたちは厳しい先生が嫌いではない、信頼されるには父性、母性、子性の全てが必要だ

 子どもたちに気に入られるためには、厳しさも必要である。
 たとえば、学級崩壊である。誰も学級崩壊を望んではいない。
 そこで、子どもたちは見ている。「この先生は、一部のやんちゃくんたちが、授業妨害を始めた時、厳しく叱って妨害を止めてくれるかどうか」を。
 教師のリーダーシップのもとで教室を安定させてもらい、安心して暮らしたいと思っているのだ。
 学級が国だとしたら、まず必要なのはお笑い芸人ではない。警察である。治安を守る警察こそが必要なのだ。教師は一人で警察の役を担当しなければならない。
 それなのに、子どもを厳しく叱れない若手教師が多い。厳しく叱れば、子どもたちに嫌われると思っている。しかし、逆である。
 きちんと叱らない教師は子どもに嫌われ、背を向けられる。リーダーとして信用されない。
 では、厳しいだけでいいのか。厳しいだけのリーダーに子どもたちは、そっぽを向いてしまう。
 今どきの子どもは秩序を守るだけでは納得しない。それにプラスして、自分たちを楽しませて欲しいと要求する。
 子どもたちは、厳しい指導で秩序を守り、なおかつ、楽しさを保障してくれる教師を信頼する。
 これからの教師は、厳しさとユーモアが必要だ。
 授業も同じである。子どもたちは分かりやすい授業を求めている。しかし、それだけでは満足しない。同時に楽しさ、面白さを求めている。
 バラエティ番組に慣れている今どきの子どもたちには、授業には分かりやすさと面白さが必要だ。
 子どもたちに人気がある教師は「怖いけど、面白い先生。厳しいけど、楽しい先生」なのである。
 教師ひとりが、この両方を使い分けるのは至難の技だ。
 しかし、この両方の役を演じられない教師は、これからの子どもたちに受け入れてもらうことは難しいだろう。
 ちなみに、学級担任は一人で「父性」「母性」「子性」の全てを担当できなければならない。父のような厳しさを持ち、母のような優しさを持ち、友だちのように一緒に遊ぶということだ。
 教師は一人で何役もこなさなければならない。これからの教師は本当に大変だ。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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目の前の子どもを救ってあげたいという一心が日本の教育を変える

 今の日本は、多くの人が夢を持つことなく、流れに身を任せて生きているように思います。社会全体が無力感にさいなまれているような感じがします。
 
「人が人を思いやる」という当たり前であるはずのことが現代社会では薄れています。
 私は、これからの社会に求められているものの一つは「ホスピタリティ」だと思っています。それは、相手の立場に立ち、相手に思いやりの心を持って接していき、心配りをしていこうという姿勢です。
 私は、日本の教育を変えたい。そう考えています。
 明らかに公教育の教育現場で欠けているもの、教育で最も重要なもの、それは「ホスピタリティ」だと私は思います。
 
「ホスピタリティ」は、生徒にいつも無償の心でもてなすという意味で、あくまで心のあり方です。いつも、生徒や保護者の立場に立ち、思いやりの心を持って接していこうとする意識です。
「なんとか、目の前の生徒を救ってあげたいという一心」これこそ、ホスピタリティの真髄だと私は思います。
 その気持ちを持ち続ければ、いつかは必ず相手に伝わるものなのです。
 一途に相手を思いやり、成功体験を与えたいと思えば、生徒に興味を持って、一生懸命に触れ合おうとします。
 が、そう簡単には事は進みません。しかし、迷い、悩みながらも最後まで生徒を信じ、励まし、あきらめずにぶつかっていく。
 その結果として「先生のおかげで、こんなふうに変わったよ」と生徒に言われたら、先生にとっても、きっとこのうえない成功体験になるでしょう。
 また、生徒の家族もわが子の成功体験と感動を分かち合い、変わっていきます。
 それは何物にも代えがたい至福のときであり、私は少しでも多くの人たちにこの瞬間を味わってほしいと願っています。
 生徒がいて、保護者がいて、先生がいて、みんな心と心でつながって一つのコミュニティをつくっているのが教室です。
 みんな笑顔で楽しそうにしている。そこに行くだけでみんなが元気になり、夢や目標を持つようになり、明るく前向きに変わっていく。ホスピタリティが日本の教育を変えるのです。
 塾の先生というと、勉強ができて成績がよい人材が求められるというイメージがあると思います。しかし、私は、いわゆる学力よりも人物を重視して採用しています。
 私の塾の先生の適性は、つぎのようなものがあげられます。
(1)
子どもの視点に立てる
(2)
コミュニケーション能力がある
(3)
動機づけができる
(4)
自責性(自分で自分の過ちをとがめ、自分に責任があると考えること)がある
(5)
チャレンジ精神がある
(6)
主体性がある
(7)
モラルがある
 これら、すべての根底にある「人となり」は、目の前の生徒を何とかしたい、という強い想い、つまり「ホスピタリティ」の心があるかどうかなのです。
 この「ホスピタリティ」さえあれば、これらの適性は必然的に身についてくるものだと私は考えています。
 私は「無我夢中」という言葉が好きです。無我夢中の生徒たちを見ると、私は涙が出るくらい感動します。
 いまでこそ、東京個別指導学院は一部上場企業に成長しましたが、ここにいたるまでには数多くの苦難がありました。
 うまく対処できずに落ち込んだとき、私を発奮させてくれたのが、生徒が無我夢中になって学習をしている姿でした。
 机にしがみつき、必死に学習している、そんな姿です。そして、生徒が「やればできるんだね」と満面の笑みをこぼした、あの笑顔でした。
 もしかしたら、私は心のどこかで、人を何かに夢中にさせたいと思っているのかもしれません。
 人が目の前に立ちはだかる壁や課題を乗り越えていく瞬間を見て感動したいと思っているのかもしれません。その瞬間があるからこそ、人は生きていく意味があると思っているからです。
 子どもたちには、もっと無我夢中になってほしいと思います。自分で目標を立て、それに向かって突き進む姿は何よりすばらしいと信じています。
(
馬場信治:1958年東京都生まれ、大学在学中に塾を創設、公文教育研究会を経て、個別指導塾を運営)

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同僚教師と共に生徒を指導し育てるには、どうすればよいのでしょうか

 私は新卒から数えて現任校は三校目である。それ相応に問題に直面し、頭を抱かえ、右往左往しながら行動に移すと失敗し、その繰り返しから学び取ってきた。
 私の校務分掌は研修係である。これまでの学校でもこの係を多く担当してきた。同時に生徒会係も多く担当してきた。
 研修係は教師集団を統率する「上からの係」であり、生徒会係は生徒集団を統率する「下からの係」であるという持論を持って私は組織を動かしている。
 両者に共通するポイントとして「教師や生徒にきっかけを与え、行動をうながす情報を与える」ことである。
 私たち教師は、ほんの小さな「きっかけ」によって意欲がわくことがある。例えば、同僚教師の失敗談を聞いたときがそうだ。また、授業のコツをこっそり聞いたときである。
 さらに、行事や部活動に力を発揮する教師から生徒を育てるポイントを聞いたときだ。
 このように、ほんの小さな「きっかけ」が与えられることで、多くの教師は意欲的になる。
 最近の子どもたちは、自己中心的で巻き添えを食らわないよう、無関心さをよそおう。
 私は、そうした学級の雰囲気を感じ取った場合、問題意識を持つよう誘い、解決の筋道を考えさせる。
 解決策として、副担任や教科担任など学年の教師の力を借りるとよい。担任ひとりで学級経営のすべてを取り仕切るべきではない。
 生徒の荒れには組織化された教職員の組織体制で臨むべきである。
 では、どのような組織体制で臨むべきか。
 役割分担に基づいたキャラクターを演じることで、生徒にバランスよく接していくべきである。
 母親的役割をする母性教師がいて、厳しい叱り役の父性教師がいて、お兄さんお姉さんのようなチャイルド教師がいる。
 そうしたバランス関係のもとに日常の学校生活を過ごすことができれば、子どもたちもストレスを抱えず、他者理解なり自己表現がスムーズにできるはずである。
 ところが、そうした役割分担がなされていない学年や学校の場合、荒れる生徒が生まれてしまう。
 教師は忙しい。しかし、ここ一番、生徒について一緒に活動しなければならない時、このチャンスを逃がしてしまったがために教師への信頼感を失わせてしまった経験などは、誰にもあることだろう。
 自分が生徒と一緒に活動できない場合は、役割分担したチームワーク指導で、別の教師に生徒についてもらえばいい。
 私は校内では、主として父性教師である。しかし、時には母性教師にもなるし、チャイルド教師にもなる。
 一人の教師が時に応じ、機に乗じ役割を変化できるようになれば、生徒の力をまた違った形で伸ばすことができるだろう。
(
山下 幸:1970年北海道生まれ、北海道公立中学校教師)

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子どもたちから、なめられずに信頼を得るにはどうすればよいか

 教師と子どもは、人間として対等な横の関係にありますが、同時に、指導する者と教わる者という、縦の関係でもあります。
 子どもと横の関係のみでとどまってしまえば、教師は指導性を発揮しにくくなり、ときには、なめられたりして、なれあい関係になってしまいます。
 そうかといって、縦の関係を強調しようとすると、子どもとの親しい関係は崩れ、子どもは教師に心を閉ざしてしまいます。
 「厳しくしたら、きらわれた。やさしくしたら、なめられた。もうどうしたらよいか、わからない」と、教師から相談を受けたことがあります。
 この課題に適切に対応する力量こそが、教師の指導力の源になるのです。
 親しい関係を基盤としつつ、教師の指導性を十分に発揮するにはどうすればよいのでしょうか。ポイントとなるのが「教師役割の魅力」です。
「教師役割の魅力」とは、専門性に基づく「教え方のうまさ」や、子どもに関わったり、教えたりするときの「教師の熱意」などです。
 こうした「教師役割の魅力」を伝えると、子どもたちは教師に信頼を抱くようになります。
「教え方のうまさ」で大事なポイントは、最初は教師の指示でやらされていると感じていた取り組みでも「知らないうちに熱中していた」と子どもが感じられるように展開を仕向けることです。
 さらに、取り組んだ後に、子どもがその取り組みの必要性や重要性を感じ「やってよかった」「みんなと関わったり、一緒に学習するおもしろさがわかった」と思うことができれば、次の時間からは自ら取り組むようになるのです。
「教師の熱意」で大事なポイントは「きみの将来のためには必要なんだから頑張れ」という一本気な熱心さだけでは不十分であるということです。
 取り組みの前に、その取り組みの必要性について子どもが納得するように十分に説明することで、教師の熱意が子どもに伝わるのです。 
 日常の関わりのなかで「先生のいう通りに試したらうまくいった」という体験を積み重ねていくことで、子どもたちは教師に対する信頼感を高めていきます。
「教師役割の魅力」を伝える際に重要なポイントは
(1)
教師のことばと行動を一致させる
 子どもは教師の言行不一致に敏感に反応します。ささいなことで信頼を失うこともあります。教師は常に自らの言行を一致させて誠実に接することが必要です。
 子どもたちは守るべきルールが定まっていることで居心地がよくなります。
 まずは「教師が言ったことは守る先生だ」と子どもたちにモデルを見せることで信頼関係を築き、子どもたちもルールを守るようになっていくのです。
 指導するときは、その理由は具体例をあげながら話します。
(2)
授業中と休み時間とでは、けじめをつける
 子どもは、教師と私的な会話をすることで親近感をもつようになります。しかし、授業中も同じような口調で話をすると、わがままが通ると勘違いしてしまいます。
 授業中は「さん、くん」付けで呼んだり、ていねい語で指示を出したりします。言葉づかいを変え、一定のルールに従って行動するけじめを教えることで、子どもと良好な関係を築くことができます。
(3)
子どもの話をよく聴く
 子どもは教師の話を聴いてもらうのが大好きです。
 子どもは教師が自分の話をきちんと聴いてくれると満足し「自分のことをわかってくれる先生」と教師に信頼を寄せるようになります。
 子どもは自分の話を聴いてくれているかに、とても敏感です。手を止め、視線を合わせ、やさしくうなずきながら聴きます。それだけで子どもは安心できるのです。
 どんなに忙しくても教師は手を止め、子どもの話をきちんと聴くことが大切です。
(4)
教師の経験にねざした考えや思いを率直に話す
 子どもたちが「どうして学校に来なくちゃいけないの?」といった学ぶことの意味など本質的な質問することがあります。
 このような問いに、教師がどう向き合い、どう答えてくれるか教師の真価を試すような意味が含まれています。
 子どもたちが聞きたいのは、一般論や損得の話ではありません。教師の人生観など、教師の経験や価値観などの考えや思いを聴きたいのです。
 自分なりの考えを率直に話し、教師の一貫した対応は、子どもたちからの信頼感を得ることにもつながっていきます。
(5)
指示や命令よりも質問形式で行動をうながす
 教師は新学期などの忙しい時は「あれをしなさい」「これをしてはいけない」と指示や命令で子どもを動かそうとしがちです。
 最初のうちは従いますが、だんだんと聞き流しはじめ、従わなくなります。
 指示を出すときは、質問形式で「こうしてみたら、どうかな?」と、望ましい行動をうながすことが必要です。
 子どもはあまり抵抗を感じずに、教師の指示を受け入れ、自ら行動する意欲も高まるからです。
 指示は極力短くして要点だけを述べ、子どもからの発問をうながします。質問させることで、子どもは教師の指示を深く理解し、自発的に取り組む姿勢が生まれます。
(6)
選択肢を示して子どもに決めさせる
 教師は活動の意義や全体像を子どもに説明し、選択肢を示して、子どもに決めさせます。子どもが活動内容に興味を持ち、やってみようという気持ちを引き出すことが教師の役割です。
 こうして「自分で決めた」ことは責任をもってやり遂げる体験を積み重ねることで自信になり、教師への信頼感にもつながります。
(7)
日常活動におもしろさを示して、子どものやる気を引き出す
 そうじや給食活動などの当番活動は同じことのくり返しで、飽きマンネリになりがちです。
 単調になりがちな係活動や当番活動に対して、子どもが楽しく感じる要素を教師が工夫してプラスすることで、やってみようという活動意欲が高まります。
 
「やったら楽しかった」「みんなが喜んでくれた」と感じられるような評価活動を定期的に組み込みます。
 活動の目標を明確にして、期間を決めてポイントや賞を与えたりして、子どもの活動を認めて、やる気を引き出します。
(8)
教師に対する暴言は、冷静さを失わず自分の感情をコントロールする方法を身につけておく
 子どもの暴言に、教師は怒りの感情が出てしまい冷静に対処できないことがあります。
 教師は、冷静さを失わないように、自分の感情をコントロールする方法を身につけておく必要があります。
 例えば「今のひと言、へこんだなー」「これ以上は冷静に話せそうにないね。休み時間に相談室で話そう」と、その場でのやり取りを終了させ、場所と時間を変えて冷静に仕切りなおします。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)


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ふれあいとルールで学級を成立させるには、どうすればよいのでしょうか

 ふれあいとルールで学級を集団として成立させるにはどうすればよいのでしょうか。
 学級を集団として成立させるための骨子は、
(1)
集団内にふれあいのある人間関係を確立する
(2)
子どもたちの行動の基盤となる共通のルールが確立する
という、二点が互いに矛盾することなく成立することです。
 指導重視型の教師は、学習指導と生徒指導にルールを定め、子どもたちの行動を統制しようとします。
 そのようにして作られたルールは、子どもたちへの援助とうまく溶け合わず、子どもたちに不満が蓄積され、学級内にふれあいのある人間関係が形成されないのです。
 子ども同士がつながることや、その過程で学級がまとまるのを援助する、自己確立重視型の教師は、子どもの自己の確立が促進される形でルールを形成しようとします。
 例えば、話の聞き方や話し方、互いの人権を尊重することなど、人が社会生活を送るうえで必要な基本的なマナーです。
 このマナーがあって初めて、子どもたちは自分の話を聞いてもらえる、人からバカにされないと感じ、自ら他の子どもたちと関わろうとするようになるのです。
 つまり、学級のルールが学級内のふれあいのある人間関係の形成を支えているわけです。そして、このルールも子どもたちの考え方が取り入れられて成立していることが多いのです。
 このルールをもとに学習指導と生徒指導も行っていくわけですから、指導と援助のバランスがよいのです。
 子どもたちも教師にやらされているという感じがなく、主体的に学級生活をおくるようになるのです。
 学級集団の形成も、始めは親しい二人組の形成をめざし、学級内に孤立する子どもがでないように努めます。
 それが達成されたとき、二人組の相手をいろいろと変えていき、学級が子どもたちの人間関係で網の目のように結ばれているようにしていくのです。
 そのうえで、小集団での活動を実施し、それがうまくいくようになったら、中集団、そして学級全体集団へと徐々に拡大していくわけです。傷つくことを恐れる子どもたちの心情に無理のない展開です。
 学級集団は子どもたちの個々のつながりを通して、一つにまとまっていくのです。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)


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保護者に「協力してあげよう」という気持ちになってもらえるにはどうすればよいか

 新任教師のころは、はじめは子どもオンリーで保護者のことはあまり考えていません。
 それは仕方がないことですが、子どもを育てるためには、やはり保護者との協力や連携は欠かせません。だからこそ、保護者とは、いい出会いをしたいものです。
 始業式は、子どもにとってもいいスタートを切りたいときですが、同時に保護者も「今度の担任は誰だろう?」「今度の担任は、当たり、はずれ?」と気になっています。
 若い教師だと「若い先生は頼りないのでは」と思っていることも確かです。
 そこで、どうするか?
 始業式での保護者との出会いは、まず連絡帳です。慣れた保護者なら「どうぞ、よろしくお願いいたします」ぐらいは連絡帳に書いてきます。
 そのときに、担任が「みました」のハンコ一つで返すと、保護者は「今度の担任はダメ」とらく印を押してしまいます。
 そこで、ハンコだけでなく、担任からも「こちらこそ、ぞうぞよろしくお願いします」と書けば一応及第点はもらえるでしょう。
 さらにもうひと言
「連絡帳ありがとうございました。私もがんばりますので、今後ともどうかご協力のほどよろしくお願いします。何かありましたら、何でもお教えてください」
というように書くと「今度の先生はていねいだ。協力してあげよう」という気持ちになってもらえるものです。
 全保護者の連絡帳にひと言書けば、効果はもっとあがります。
 私はいつも始業式の日には、必ず全員の連絡帳にひと言書いていました。
「始業式の日のいつ書くの、そんな時間はあるの?」と聞かれそうですが、私は、教科書を配ったあと、子どもたちに名前を書かせてから、しばらくの間、教科書を自由に読ませていました。
 このわずかな時間に全員の連絡帳にひと言入れました。
 私は自分の顔のハンコ(絵と吹き出しスペースの入ったもの)を持っていましたので、それを押して、吹き出しに「担任の仲島です。よろしくお願いします」と書いておくだけでした。
 翌日は、ほぼ全員の保護者から「こちらこそ、よろしくお願いします」と返事が戻っていました。
 たかが、ひと言の出会いですが、のちのち大きく影響が出てきます。変な言い方ですが、保護者を味方につけると、学級づくりは、まずうまくいきます。
(仲島正教 1956年生まれ 小学校教師を兵庫県で21年間勤務。指導主事を5年間勤務。年48歳で退職。2005年より教育サポーターとして、若手教師対象に、授業づくり・学級づくり・子ども理解等のセミナーを開いている。若手教師応援セミナー「元気塾PLUS」代表)

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授業が荒れ、教師の指示を黙って無視する生徒がいるとき、どう授業すればよいか

 授業妨害はしないが、教師の指示を黙って無視する生徒がいる。
 新年度、最初の授業、教室に入ると机の並びがガタガタで横がそろっていない。靴を机の横に置いている生徒が3分の1程度いる。きちんとやることを面倒くさがる、けだるい雰囲気が感じられた。
 2人組みの音読するため、机の横の生徒とペアを組むように指示したのに、勝手に前後で組んでいるペアがあった。
 授業妨害はしないが「面倒なことや嫌なことを指示されたら、無視する」というものだった。授業は荒れ、教師のささいな指示が全員には通らなかった。
 授業が荒れているので、誰もができる問題と、授業の原理・原則に戻り授業を展開するようにした。
 その生徒たちが乗ってきた授業がある。
1 誰もができる問題
 
「ことわざを覚えよう」という、受験対策の次のような穴埋めプリントの答えを黒板に書かせる授業だった。
「次の(   )にあてはまる言葉を書きなさい」
(1)
犬も歩けば / (   )にあたる。
(2)
おぼれる者は / (   )をもつかむ。
(3)
臭いものに / (   )をする。
(4)
猿も / (   )から落ちる。
(5)
(20) 以下、省略
 黒板に1~20番まで番号を書いておいた。
 しばらくして「自分なりに終わった人は前に出て1つ書きます。どれでもいいです」と指示した。
2 空白禁止の原則と変化のある繰り返し
 早くできた生徒は、黒板に書きにいける。
 できなかったところは、黒板を見て写せる。
 書き終わった生徒は、ことわざを音読させる。
教師「ついて読みます」「犬も歩けば棒にあたる」
生徒「犬も歩けば棒にあたる」
教師「おぼれる者は、わらをもつかむ」
生徒「おぼれる者は、わらをもつかむ」
教師「今度は、私が前半、みんなが後半」「犬も歩けば」
生徒「棒にあたる」
教師「逆。みんなが前半」
生徒「犬も歩けば」
教師「棒にあたる」
教師「全員で」
教師・生徒「犬も歩けば棒にあたる」
こうやって、プリントを完成させる生徒を待ちながら何回も音読する。
3 激励の原則
 書きに出る生徒が少ない場合があります。
 そんなときは、黒板に書きに行くのを躊躇している生徒の肩の後ろからふれて「○○くん、△△番どうぞ」と言って、軽く背中を押してあげる。

 
「えー、先生これであってる?」などと、いいながらも、冷めたように見える生徒、おとなしい女子も前に出て書く。
 黒板が全部埋まったら、書いた生徒に読ませる。そして○をつける。
4 ペア活動で巻き込む
 ほぼ全員が書き終わったら。
教師「横の生徒と問題を出し合いなさい」「Aくんが『犬もあるけば』と言ったら、横のBさんが『棒にあたる』と後半を言うのです」
 ペア活動なら、横の生徒にうながされ、やらざるをえない。問題を出し合うので、覚えているかどうかの確認にもなる。
5 緊張場面を作る
 最後に
教師「私が前半をばらばらの順番に言うので、みんなは後半を言います」「おぼれる者は」
生徒「わらおもつかむ」
教師「猿も」
生徒「教師から落ちる」
も効果がある。
6 授業「指示、活動、評価、確認」のサイクルで授業を組み立てる
 教師の話を聞いてノートを取る授業が一般的である。指示を無視する生徒もいる。
 しかし、授業の原則を意識し、このサイクルでパーツを組み立てると、生徒は動くようになった。
 生徒の感想も「国語の授業は生徒参加型でいい」「授業がてきぱきしていて、わかりやすかった」とあった。
(
伊藤和子:1965年生まれ、山口県公立中学校教師)

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3学期、1年間の仕上げと振り返りをどのようにするとよいのでしょうか

 1年間の仕上げと振り返りはどのようにするとよいのでしょうか。
 学級の成長を振り返るだけでは、自分の努力や成長は確認できず「個人の自覚」がうながせない。成長を確認させ、自分のよさに気づかせるとよい。
 重点は「あなたは、こんなところで自分らしさを出しているね」と、お互いに言い合わせたり、それを教師が言うことで、係や当番活動などで表現される自分らしさに気づかせます。
 係や当番などで子どもが自分らしさを表現していた場面を、さりげない会話などで一対一で教師が伝え、子どもに自覚させる。同様に、仲間同士でアドバイスし合わせる。
 独自性に気づかせ、お互いの独自性を認めたうえでの協調をめざす。
 学級で協力した出来事を記録した掲示物や振り返りシートなどを見て、一人ひとりの役割と努力を発見し合う。
「自分はこれでがんばった」「学級の中の一人ひとりがすばらしい」という思いを残させたい。
 結果だけでなく、一人ひとりが挑戦してきた姿を浮き彫りになる具体的な資料を使い、自分の努力を実感させる。
 自分の成長の陰に家族や仲間の支えがあったと気づくことは、自分の存在の価値に気づくことでもある。支えてくれた人に感謝させる。
 卒業学年だけでなく、それぞれの学年修了の記念に文集を作る。学級会で話し合って内容を決め、仕事を分担して進めたい。
 別れ際に、感謝や励ましの言葉を述べながら握手をするのは「忘れないでね」のメッセージ。
「きっと覚えてくれる」と確信できたら安心して離れられ、新しいところでもがんばる勇気がわく。
教師が
「今まで言えなかった感謝の言葉」
「別れた後にも心に残るようなひとこと」
「新しいクラスでもがんばるぞ、いうファイトがわいてくるようなひと言」
を書いてあげましょうと言って、子どもたち一人ひとりが相手に対する別れのメッセージを紙に書いて贈り合うとよい。
(
河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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つまらない授業でも、子どもたちを乗せてしまうには、どのような方法があるのでしょうか

 「子どもたちを授業に乗せる一番のコツは?」と聞かれれば、私は迷わず「テンポを上げることです」と答えます。
 今どきの子どもたちは、テンポのないものが苦手です。普通のたいくつな授業のテンポを上げて、子どもたちを無理やり乗せてしまいましょう。
 テレビのバラエティ番組を見ても、芸人さんたちは、ものすごい勢いでしゃべり続けています。子どもたちは、教師の話すスピートはかなり遅く感じているに違いありません。
「お笑い」は勢いが大事です。テンポよく話を盛り上げていくと、笑いが起こりやすくなります。
 授業も同じです。テンポを上げれば、子どもたちは乗ってきます。つまらない内容でも、勢いだけで子どもたちを乗せてしまうことができるのです。
 授業のテンポを上げるためには「教師の話すスピードを速くする」とよい。
 私は意識して早口にしています。子どもも早口にした方がいい。早口は、子どもたちの集中力を高めます。
 話すスピードと分かりやすさは、あまり関係がないようです。私は授業中に次々と指示を出して、子どもたちを動かしています。
 指示をきちんと聞いて、子どもが早く動けばほめる。早く動かなければ叱る。目標タイムを設定して、やり直す。ここれをくり返して鍛えると、子どもたちは動きます。 
 今どきの子どもたちは、説明を聞くのが嫌いです。1分間も説明が続くと子どもたちは聞いていません。「説明を短くする」とよい。
 では、どうするか?「説明を短く分ける」とよいと思います。たとえば、
教師「今から俳句について学習します。俳句。はい」
子ども「俳句」(全員)
教師「俳句は、5、7、5の音でできています。5、7、5。はい」
子ども「5、7、5」(全員)
 早口で声を揃えて言えると、気持ちがいいです。クラスに一体感をもたらします。声出しは学級づくりにも有効です。
 クラス全員でやると、サボる子がでてきます。教師はそれを見逃さないことが大切です。そして、許されないことが大切です。これは、声出しに限らず、全てに共通したことですね。
 座り続けることが苦手な子がいます。そこで立ったり、座らせたりという「小さな」活動を入れるのです。数秒で、しかも手軽にくり返して行える活動をたくさん入れるのです。
 たとえば、
「全員、起立。○○と10回言ったら座りなさい」
「出来たら立つ」
「全員起立。言えたら座る。出来ていたら座る」
 子どもたちを動かしながら話をすると、子どもたちは集中して話を聞いてくれるはずです。
 たとえば、体を動かす○×クイズで、子どもたちに答えさせるのも、楽しいです。
 たとえば、理科の実験で
「アルカリ性の水溶液は、赤色リトマス紙を青色に変える」
「○か、×か?」
「せーの、ドン」の合図で、子どもたちは○×のポーズを出します。
「正解は、・・・・・・○」と、もったいぶって正解を発表すると、子どもたちから歓声があがります。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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子どもたちとの関係がうまくいかない、クラスがまとまらないとき、どうすればよいでしょうか

 子どもたちとの関係がうまくいかない、クラスがまとまらずバラバラになってしまう、といった嘆きを教師からよく聞くようになりました。
 教師の子ども対応の仕方が少しずつズレるために、教師の思いや意図が子どもに伝わらず、子どもたちから反発され、クラスが荒れてしてしまう、といったケースが多いのです。
 子どもと良好な人間関係を形成するためには「教師の人間的な魅力」を子どもに伝えることが第一歩となることが調査結果でわかりました。どのようにすればよいのでしょうか。
1 子どもに親しみを感じてもらう
 担任が替わると「どんな先生だろう」と、子どもたちは教師を観察します。
 子どもたちとの関係づくりの第一歩は、親しみを感じてもらうことです。教師の表情や声のトーン、身ぶり、手ぶりなどが教師の印象を決定づけます。
 たとえば、笑顔で接する。子どもたちの話をおもしろがって聞く。いまできていることをほめる。といったように、おだやかな表情で接し、子どもたちに親近感や受容感をもたせることが大切です。
 子どもたちは、教師の表情や感情に敏感に反応します。教師が「感動した」「うれしい」「楽しい」と率直に表現してみましょう。
 教師がプラスの感情を全身で表現するとクラス全体の雰囲気がなごみ、自然と笑顔があふれます。子どもの笑顔が多いと、子どもとの関係は良好であるといえます。
 子どもと話すことを楽しむ
 子どもと話す時間をつくり(例:2時間目の休憩時間や放課後)、教師が子どもとの会話を楽しむことが大切です。声かけが特定の子どもやグループばかりにならないように配慮します。
 子どもたちの話題に興味を持ち、話しかけることで、教師が子どもたちのことを知り、理解する。
 逆に、子どもたちにとっては、教師の人間的な魅力に気づき、親しみを感じる機会となります。
3 教師の思いや経験などを率直に話し、自己開示する
 教師がいつも「○○してはいけない」「○○すべきだ」と「正しさ」ばかりを強調すると、子どもは堅苦しさを感じ、常に行動を評価されている気分になります。
 子どもと話をするとき、教師という役割を脇におき、ひとりの人間として、自分の思いや感情、失敗して何を学んだかなどを伝えましょう。
 教師が、自分たちと同じ失敗や挫折を経験してきたことが、子どもたちに伝わります。その結果、子どもたちは教師に人間的な親近感をもつようになり、子どもと良好な関係を築くことにつながります。
 子どもを指導するときにも「先生は○○だと思う」と、意見を率直に話すと、子どもは指導を受け入れやすくなります。
 教師の方から子どもの名前を呼んであいさつをする
 今の子どもは他者から拒否されることを過剰に心配しています。あいさつは人と人が関わるきっかけになります。
 そこで、教師の方から子どもたちにあいさつをし、変化に気づいたらひと言、加えてみましょう。「あなたのことを気にかけている」というメッセージが伝わり、子どもたちは安心して教師との関係がつくれます。
 たとえ、子どもから返事がなくても、毎日続けることが大切で、積み重ねが信頼関係の基盤となっていきます。
 子どものがんばりを認める
 子どもは自分の存在を教師に認められたいと思っています。
 その子なりに、頑張ったプロセスや小さなことでも成果を見逃さず「見ていたよ」「知っているよ」と、具体的に一人ひとりの子どもに、さりげなくほめ言葉をかけます。
 教師がどう感じたかを「わたしメッセージ」で伝えます。教師が感情を率直に表現すると、子どもたちとの心の距離が縮まります。
 会話を楽しみ、ユーモアを大切にする
 授業中の規律など、けじめをつけることは大切です。しかし、教師がいつでもまじめな態度で接していると、クラスが堅苦しい雰囲気になってしまいます。
 そこで、子どもと他愛のない会話を楽しみ、ユーモアを織り交ぜて、適度にメリハリをつけます。
 ユーモアは、教師がひとりの人間として「私はあなたを攻撃しませんよ」というメッセージでもあります。
 子どもたちは教師に親近感をもつようになり、教師と子どものあいだに良好な関係をつくることができます。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭・教育相談員を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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親から学習指導への不満が出たら、どのような対応をすればいいのでしょうか

 勉強は親の重要な関心事です。子どもが学校の勉強を理解しているかどうかは、親にとって関心が高いものです。
 テストの点数が悪かったり、家で子どもが「勉強がわからない」と言うのを聞いたりして「どのような指導をしているのか」と、クレームを言ってくる親がいます。
 どのような対応をすればいいのでしょうか。
 このようなクレームを言ってくる親は、テストの点数にショックを受けたり、子どもが「わからない」という言葉に感情的になったりしていることが多い。
 ただ謝るだけでは、親に「頼りない」と感じさせることになります。
「どこがわからないのか、明日、本人に聞いて対応します」と、「対応する」という姿勢を明確に伝えることで、親に安心感を与えるようにします。
 冷静に「どの教科の、どこがわからないのか」を子どもから聞いて、対策を考えます。
 より具体的な対処を考えていることを伝えることで、親を安心させましょう。
 たとえば、九九がネックになっているのであれば、親から連絡があった翌日から、九九を覚えさせたり、筆算のやり方を理解していなければ、授業で確認したりと、その子に応じた対処をします。
 さらにこんなやり方もあります。テストで間違ったところを、再度、○が付くまで考えさせたり教えたりして、すべて○がついた状態にします。
 あるいは、授業の中で全員で復習する方法もあります。「しっかり対処している」ことがわかるようにすることが大切です。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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私は授業している教師がどの程度の技量があるか数分で分かる

 私は、目の前にいる教師がどの程度の技量があるかを、10分ほど話せば分かる。
 授業の場面なら3分もあれば、教師の技量の見当はつく。どこで見極めるか。
 たとえば、表情である。技量ある教師は、表情が豊かなのだ。
 子どもと視線が合うと、その瞬間に、表情が変化する。そのような教師は技量が高い。
 そして、基本の表情に戻ったときには、そこに安定して「相手を大切にする」という基調がある。
 その基調となる表情には「子どもたちが好きでたまらない」という感情が見て取れる。
 また「教壇に立つことが楽しくてしかたがない」との表情も、基調としてほしい。
 新任の教師で、教師の技量が乏しくても、これがあるのなら、間違いなく教師として着実に伸びていく。
 教育技術で賞をもらい続け続けるスーパーな教師から聞いた話がある。
 
「9種類の笑顔を使っていますよ」
 
「子どもを一度も叱ったことないけどね。子どもはしっかりしていきます」
と言う。
 この話を聞いて、教師ならおよその見当がつかなければいけない。
 自分に何種類の笑顔があるか自己評価をし、9種類を考えてみるのが普通だろう。
 力量のある教師は、9種類の笑顔を当然のことと思うはずである。
 もちろん、教師として必要な力量は、他にもいろいろとある。
 教師は、子どもや保護者と向き合ったときに、もっと現実的なところで悩む。
 どの教師も同じような問題を経験し、その中からスキルを身に付けていくのである。
(
小林正幸:1957年群馬県生まれ、東京都港区教育センター教育相談員、東京都立教育研究所相談部研究主事等を経て東京学芸大学教授。不登校を始め学校不適応、ソーシャルスキル教育、教育相談、教育技術を研究)

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保護者ができないことをしてくれる教師は、保護者が味方をしてくれる

 保護者が味方をしてくれる教師はどのようなことをしている教師なのでしょうか。
1 友だちをつくってくれる教師
 家庭で解決できないことの一つに、子ども同士の人間関係がある。
 親がどんなに努力しても、子どもの友だちを代わりにつくってあげることはできない。
 私はクラスの子どもたちに次のような遊びの方針を伝えた。
(1)
学校は勉強する所でもあり、友だちとうまくつきあうことを勉強する所でもあります。
 ですから、友だちが「仲間に入れて」と言ったら、必ず「いいよ」と言ってください。
(2)
仲間と協力して遊ぶ力をつけるために、1週間に2日、みんなで遊びます。もちろん先生も一緒に遊びます。
(3)
みんなで遊ぶ種目は、みんなが一人ひとりやりたい遊びを順番にやっていきます。一学期のあいだは、遊びのリーダーは先生がやります。
 個人面談や家庭訪問、保護者会でも担任は保護者に「クラスの友だち関係については・・・・」とか「Aさんは、今Bさんと・・・・」といったことを具体的に伝えてあげます。
 友だち関係がうまくいかずトラブルをおこす子どももいます。
 友だち同士、うまい関係をつくれる教師は、間違いなく保護者から信頼され、味方になってくれます。
2 子どものためになる話をしてくれる教師
 わが子を先生が成長させてくれたと実感できると、保護者は間違いなく、よい教師だと思い信頼してくれる。
 子どもは、先生から教えてもらった、子どものためになる、おもしろくてわかりやすい、役に立つ話を、家に帰って親に自慢げに話すのが大好きだ。
 誰だって、おもしろい話を聞けば、他の人に伝えたくなる。
 このような話をいっぱい持っていて、子どもたちに話ができるようになればよいのだが。
3 困っている時に、すぐに手をうってくれる教師
 保護者が先生を頼って相談に来る、また苦情を言いに来るというのは、よほどのことである。
 よほどの困っていることでなければ、ふつうの保護者は担任を頼ってこない。
 こんな一大事な時にこそ、すぐに手を打ってくれれば、さすが先生と思い、保護者は必ず味方をしてくれる。
 だからこそ、保護者からのお願いには、何をおいても、すぐにやるのが一番なのだ。
4 よい習慣づくりをしてくれた教師
 たとえば、家庭学習をさせることに苦労している保護者から
「先生になって、毎日、根気よく宿題をする習慣をつくってくれました。あれだけ身に付きにくかった家庭学習が、みちがえるように、この一年でできるようになりました。本当に感謝しています」
と、連絡がありました。
 読書する習慣、勉強する習慣などを育てると、保護者から感謝され味方してもらえる。
5 連絡帳によいことを書いてあげる教師
 連絡帳は悪いことをしたら書くというイメージが強い。
 よくなったことや、頑張っていること、その日に特別よいことをしてくれたこと、を家に連絡するほうが、保護者に喜ばれ信頼される。
 子どもを伸ばすことにもつながる場合が多い。付箋紙に一言でもいいから書いて、連絡帳にはるのもよい。
(
大場寿子:1961年静岡県生まれ、東京都公立小学校校長)

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教師は人好きで、子どもとエンジョイでき、気さくで、打てば響き、覇気がなければならない

 教師の性格に問題があると、よかれと思ってしたことでも、子どもを傷つけ、子どもに恨まれることにしかならない。しかし、当人は気づいていない。
 教師は人に接する職業であるから「人好き」でなくては勤まらない。教師は子ども、保護者、同僚、管理職、地域の人々などとの接触が日常の仕事の大半を占めているから「人嫌い」の教師にとっては教職が苦行になってしまう。
 では、どういう教師が「人好き」の教師なのか。「自分を受け入れている教師」である。
 たとえば、男らしくない自分を嫌悪している教師は、クラスのなよなよした男の子はとかく無視しがちになる。自分を見る思いをするからである。
 もし自分を受け入れているならば、自分と同じような男の子を見ると励ましてやりたくなるものである。
 子どもに接する教師は自分の中の子ども心を許容し、それをエンジョイできるのでなければならない。
 教師は、自分が教師であることをエンジョイしなければならない。
 自分は教師になるべきではなかったとか、自分は教師にしか向かない人間であるとか、こういう自己否定的な態度では、子どもを受け入れ、子どもとともに人生を過ごす喜びにならない。
 教師は、きさくでなければならない。子どもたちが気楽に「先生!」と寄って来やすい人柄でなければならない。
 どういう教師がきさくな教師か。人に対して構えが少ない教師である。
 構えるのは、人から攻撃されるのがこわいからである。自分の生地をまるだしにすると、人になめられる不安があるからである。
 つぎのような人たちは構えが強い。笑顔を見せない、冗談が通じない、タテマエしか出てこない、強がりを言う、人の欠点ばかりあげつらう、知らないことを聞かれたとき「知らない」と素直に言えない。
 状況に適した行動をとるという柔軟さを身につけることが「構え」をとる一つの方法である。
 そのためには、幼少期のしつけを自ら打ち破り、自分で自分の行動のあり方を変容させなければならない。この作業を自己分析という。親からの心理的乳離れである。
 教師がきさくになるための第二の方法は「教師」という役割から抜け出してもよい状況のときに抜け出す勇気をもつことである。
 教師という型にはまった人間になって、本当の自分、ユニークな自分、ホンネの自分を出さないで、世の中をわたる癖がいつのまにかついてしまっていることがある。
 あの人はきれいごとしか言わない。タテマエ主義と映る。だから心の触れ合いがもてない。
 しかし、教師は、必要な瞬間にはホンネの自分を打ち出す勇気がなければならない。
 不安があっても危険をおかす勇気をもつ。子どもたちが信用する教師というのは、そういう教師である。
 教師の仕事は、子どもの行動の良し悪しを明らかにし、これを教え導くことにその本筋がある。
 そのためには、枝葉を切り落として、本質に迫る知力と気力が必要である。毅然とした態度が求められるのである。
 打てば響く教師でなければならない。打てば響く教師とはどんな教師か。子どもたちと同じような感情体験をもっている教師である。
 子どもの頃、先生に好かれなかった教師は、教師と折り合いの悪い子の気持ちがよくわかる。
 今まで順調に人生を過ごしてきた教師は、おそまきながら、人並みの世間を知るのがよい。せめて間接体験をたくさん積むとよい。
 つまり、さまざまな人生体験を経てきた人たちと積極的につき合う、今の自分の環境とちがった状況に身を置く、さまざまな問題生徒とじっくりつき合ってその心情を教えてもらう、さまざまな異なる世界の本を読むことである。
 教師は人生をエンジョイすることが望まれる。人生に憎悪があっては人生を楽しめない。結果の良し悪し、成功・不成功を問題にする生き方では人生を楽しむ余裕がない。
 人生を生きるとは、時の流れの瞬間瞬間を味わうことである。瞬間を味わって生きる姿勢が教師にとって大切な資質ではないか。
 教師は覇気、ガッツがあること。
「子どもになめられて授業ができない」など相談にやって来る教師で、スポーツのできる人に出会ったことがない。
 こういう人の特徴は青年らしさがないことである。私は処方箋の一つとして、攻撃性を外向化できるスポーツをすすめている。
 水泳とかのように単独プレイより、剣道とか野球とか、相手に攻撃性をぶっつけるスポーツをすすめることにしている。
 スポーツにおける攻撃性は、憎悪のない攻撃性である。ゆえにスポーツマンの教師であれと、私はいいたいのである。
 人間はやさしさや、愛だけでは生きていけない。そういう母性のほかに父性つまり粉砕精神を必要とする。今日の教師にはこれが欠けているように思う。
(
國分康孝:1930年大阪府生まれ、 東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長などを歴任し、日本教育カウンセラー協会会長。構成的グループエンカウンターを開発した)

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若い教師が信頼され魅力的な教師になるには、どうすればよいか

 多くの教師は、社会常識を誰からも教わることなく、いきなり「先生」としての立場に身を置くことになる。
 それが十年も続くと、限られた学校という世界だけで世の中をとらえ、価値判断のすべてとなる。
 教師は社会勉強が求められる。世間では人に挨拶するのは当然である。挨拶をあまりしない教師がいる。生徒は口にださないが「生徒に『挨拶しろ』と言う、あの先生こそ、挨拶しなければならないのに」と心の中で思っている。
 人に挨拶をしないというのは「あなたに忠誠を誓わない」というシグナルである。組織内は死を意味する。
 社会常識は名刺の出し方、部屋に入る順番、上座下座などいろいろある。それを教師にしっかり教えてくれる制度はない。歳を取っても非常識の見本のような教師もいる。
 非常識に気づいて行いを改められた人は、確実に一歩成長したといえる。
 私はある人から「やる気と本気の違い、わかりますか?」と質問された。私は答えられなかった。その人は
「やる気には、見返りを期待を期待する心があるのですよ。それが本気となると、見返りを期待するという心が消えて、使命感に変わっているのですよ」
「本気の人の前に立つと、その迫力に圧倒されます」
 果して私は、これまで「本気」になったことがあるのだろうか。使命感があるのかを考えた。私の本気度がまだまだ甘いことに気づかされた。
 仕事を通じて人は成長する。どれぐらい夢中になれるのか、どれくらい情熱を傾けられるのか、現実を生きていく中で少しずつ人は育まれていく。
 泥臭い人生の中にだけ「やりがい」という輝く原石が転がっている。好奇心を失うことなく充実した人生を実現したい。
 自らの強烈な願望と実現しようとする強固な意志が人生を成功へと導く。
 日々、突発的にいろんなことが起きる。それらを冷静に判断しながら、優先順位を誤らぬよう課題の解決をはかっていくことが大切である。
 課題を解決しようとするときは、事実を確認し、メモを取って残しておくとよい。
 課題を解決する場合、組織で動くのが基本である。これを怠ると大きなミスにつながるし、ミスをしても誰も助けてくれない。
 しつこいぐらいに同僚や管理職に報告・連絡・相談(報連相)をし続けることが求められる。そこから信頼が生まれる。逆にそうしなければ信頼は得られないということだ。
 信頼は日常の行いの積み重ねから生まれる。誰に対しても誠実な姿勢を貫くことが大切である。あなたが信頼されるか、されないかは、関係者の人々の総意で、決まっていく。
 仕事で成功する近道は、自分の得手は何かということに早く気づき、それをさらに伸ばすことである。興味関心のあるテーマについて、本を読んだり、人から話を聞いたりして高質な情報を手に入れるよう努めよう。
 それを十年ぐらい継続する中で、少しずつ自分自身の適性が形成されてくる。あなただけのスペシャルな力を身につけよう。
 自分自身の日常の行動や意識を改革するためには、気づいたことをメモに取り、その日のうちにまとめて振り返り、実践を積み重ねないといけない。
 分ったと出来るは全然違う。出来るまで何度も何度も振り返りながら、実践を繰り返すしかない。
 毎日の振り返りと実践の繰りかえしが「出来る」状態にまで自らを高める唯一の方法である。
 仕事を通じて学び、自己の成長が実感できるようとことん取り組み、魅力ある教師になろう。
(
江口宗茂:1959年兵庫県生まれ、学習塾を20数年、組織運営を経て、教育コンサルティング業務会社設立、2011年~2016年私学の中・高等学校の学校長歴任の後、教育コンサルティング業務再開)

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荒れた学年の担任になり、生徒の暴走を止められず休職に追い込まれた

 私(教職経験十数年)は中学一年生の担任になりました。この生徒たちは小学校二年生で、すでに学級崩壊になっていました。
 万引きや喫煙、いじめなどの問題行動で指導がたいへん難しいという、小学校からの申し送りとともに入学してきました。
 それを収めるために、小学校では屈強な男性教師が担任になって、忘れ物をしたら班ごとに連帯責任で校庭を走らせるなど、かなり強い指導をしていました。
 抑圧された小学校を経て、中学校でたががはずれ暴走させてしまったのです。
 生徒同士のトラブルが頻繁に起こり、すぐに学校を飛び出して家に帰ろうとしたりしました。
 それは授業中も休み時間も変わりがありませんでした。何時間も机にふせる子、何かにおびえロッカーから出てこない子、カッターを握って、他の生徒を追いかける生徒もいて、このままでは誰かがケガをするという危機感を持ちました。
 今まで見たことのないような行動でした。
 陰で、周りの生徒の気持ちを逆立てているボス的な生徒、授業をワザと荒らしている節も見られます。
 目に見える問題行動のほとんどは男の子で、女の子の多くも、人間不信、学校不信、自己肯定感の低さが根っこにありました。
 
「どうせ言ってもわかってもらえない」そんな声は女の子からよく出ました。
 保護者会や家庭訪問で状況を報告するとともに、協力をお願いしました。私は朝7時には教室にいて、登校してきた生徒たちと雑談をしました。
 しかし、もう何をやってみても空回り、状況はどんどん悪くなる一方で、職員室での他の教師の視線も冷たく、批判的に感じられました。
「うるせー」「死ね」「帰れ」そんな怒号の中で、私は担任をしている自分の存在理由がわからなくなりました。
 今思えば、もうその頃には私の精神状態がかなり参っていたのだと思います。
 今日は何が起こるのか、誰が爆発するのかと、気持ちが休まる時がなくなり、常に動悸がして、不眠と食欲不振に苦しむようになりました。
 朝、起きられず、勇気を振りしぼって起き上がると、吐き気と頭痛におそわれました。
 家族の朝食は夫が作り出勤するという状態が一カ月ほど続き、このままでは家庭も仕事も共倒れになると思い、休職を決めました。
 数年を経て、やっとそのときのことを話せる勇気がもてるようになり、当時の自分を認められるようになりました。
 生徒同士、教師と生徒とのちょっとした歯車の噛みあわせのズレで、さまざまなことが起こりうるのだと思いました。
 私の、初期の子どもの状態の見きわめの不十分さから、生徒の実態に合わせた学級指導ができなかったという事実を謙虚に受けとめたいと思います。
 復職後、転勤して、私の前にはもう違う子どもたちがいます。
 同じ苦しみを味わう子どもたちが出ないように努力していくこと、そして、私の経験を話していくことが、今の私にできることだと割り切って、今は充実した毎日を送っています。
(
岩手県(匿名)中学校教師)
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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私は子どもたちから敵だと見られていた六年生の学級の担任になった

 六年の担任が発表され、私は鉛を抱かえたような春休みでした。考えたってしょうがないんだから、まず楽しもうとスキーにゴルフに映画にと遊びまわりました。
 私が小学校六年生の担任になると、A男が「お前が担任か」と言いました。なげやりな第一声でした。
 子どもたちは五年生の時に「お前なんか教室から出ていけ」と、担任を拒否し、子どもたちが授業をエスケープするなど、荒れていました。
 私は、その担任をフォローする立場にあって、何度か中心的な役割のA男たちと衝突してきたことで、彼らには敵だと見られていました。
 同じ六年生を担任する教師と子どもの指導方針を次のように決めました。
(1)
行動に表出する子どもたちの思いを読み取る
(2)
教師の「常識」を問い直そう
(3)
甘やかさずに、ていねいに
(4)
子どもたちと共に創る授業
 始業式でまっすぐに並ぶようにという私の指示も「なんだ、この人」と無視でした。かつて私にこのような反応を見せた子どもはいません。
 のどがカーッと渇き、体が異常を訴えてきました。自分が拒否され、目の前は真っ暗でした。
 授業に三分と集中のできない子どもたちに、今までの授業では通りません。それでも、たまに一瞬、静かになる時がくるのです。そんな時がチャンス。一時間の授業のエキスを短い言葉で早口にしゃべります。
 そして、どの時間も一枚のプリントを準備します。黒板に書いたことなどを書かせ、それを必ず提出させて朱を入れて返します。授業中に会話が出来ない分、一人ひとりにノートで語りかけていました。
 どんなきっかけで。子どもたちが意欲を持つかわからない。私はその時が来るのを信じて待って授業を続けた。
 二学期から、学年の教師集団の協力で、算数を複数の教師が教えるティーム・ティーチング制にした。
 クラス単位ではなく、学年で習熟度別に子どもを三つのクラスに分け、それぞれの進路に合った授業をするのである。
 習熟度別の授業を学級通信で子どもたちの反応を保護者に伝えた。
「Bコース(中級)に行ってもなんとなくわからなくて、Aコース(初級)に行って、説明を聞いてよくわかった」
「Aコースでやった。楽勝、すぐできた」
「Cコースのプリントは、むずかしかった」
 いつも授業中、問題を起こすB男は、ノートをとる習慣がなかった。ティーム・ティーチングによる習熟度授業に興味があったのかノートをとるようになった。
 ある時、全校集会で順番に並んでいないC子に戻るように言いました。かたくなに動こうとしないC子に重ねて言うと、外に飛び出してしまいました。
 三階の窓から飛び降りようとしました。私は何かあると直感しました。
 それから、クラスを他の教師に頼み、二人きりの時を過ごしました。何時間も無言でしたが、誰かがそばにいることが大事だと思いました。
 給食も二人で食べた頃、ポツンとしゃべりだしました。四年の頃から死にたかったと。
 理由は、通学班で小さい子の面倒をみさせられ、その他にも責任がのしかかり、いい子でいることでした。
 二学期も終わりに近づくにしたがって、わかろうと努力している人がいるということがC子の心をやわらかくしていったように思いました。
 卒業式の式次第にのっていないのに、卒業式で「樹里先生、ありがとうございました」と、クラスの子どもたちは言って「未来へ」という歌をプレゼントしてくれ、子どもたちは巣立っていきました。
(樹里輝代:1950年生まれ、元小学校教師)
(
「学級崩壊 かわる教師、かえる教室 小学校高学年「自立と共同の物語を織る」久田敏彦編著 フォーラム・A 2000年」)


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