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2018年7月に作成された記事

学級に荒れを生む叱り方と、荒れない叱り方とは

「〇〇さん、そんな授業態度でいいと思っているの。何度言ったら分かるの。どうしてそんなことばかりするのか言ってごらん」
 私は4年前、授業に遅れてくる、授業中に立ち歩く、おしゃべりをする一人の5年生に毎日こんな叱り方をしていた。
 クラスを何とかよくしようと思って叱るのだが、子どもたちとの関係が日を追うごとにうまくいかなくなっていった。
 あげくのはてに、この一人の子になびいていく子が出てくる始末だった。
 そして、学級は荒れていったのである。私は「なぜ」と悩み、苦しみ、元気をなくすと、本当にすべてうまくいかなくなった。
 教室にいることが恐くなり、45分間の授業がとても長く感じた。
 こんなクラスの状態の中でも、精一杯に頑張っている子どもたちがいるのを感じ、クラスを少しでも立ち直らせなければと、自分自身に叱咤激励の毎日だった。
 11月になって、となりのクラスの担任から紹介してもらった向山氏の本を読んで、次のような失敗をしていることがわかった。
(1)
集団の秩序を優先せず、はじめに個人に優しくしすぎた
 今の学校に転任してきたばかりで、子どもたちに嫌われたくなかったので、子どもが授業に遅れてきたとき、優しく対応していた。
 このとき「遅れてはいけません。次は遅れないと約束できるのなら、座りなさい」と、厳しく対応しておく必要があった。
(2)
授業をつぶして、だらだらと叱った
 はじめに優しくしたばかりに、どんどんアドバルーンを上げられ、指導しきれなくなり、ヒステリックに叱った。叱るために授業の時間が減っていった。
 学力の保障を怠った長い叱り方は何の役にも立たなかった。
 授業中のおしゃべりだけを叱り、立ち直りのチャンスを与えることも大事な叱り方だった。
(3)
集団の中で叱らず、集団を味方にできなかった
 廊下に出して、注意を繰り返した。それでも、言うことを聞かなかったときは、ヒステリックに声を出して叱った。
 クラス全体の雰囲気が悪くなるのを感じたし、この一人の子の反抗はエスカレートしていくばかりであった。
 問題行動をした子どもを孤立させることが、素直にさせる一番の方策であった。
 冷静に行動の是非を問うことが問題行動をやめさせる早道である。
 感情的になり、知的に語ることもなかった私こそが集団を統率できなかったのである。
 叱り方の原則である、
 確認という叱り方。ほんの少しのからかいも許さない叱り方。集団を味方につける叱り方など、原則をはずさないように修業を積んでいきたい。
(
山本美薫:大阪府公立小学校教師) 


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保護者から学校で子どものしつけをしっかりしてほしいと電話があった、どう対応すればよいか

 保護者から学校もしっかりしつけをしてくれないと困ると電話があった。
 保護者の話を十分に聞き、訴えの真意がどこにあるかを把握する必要がある。
 しつけは、学校と保護者双方が押しつけあっていては、子どもの生き方を不幸にするだけである。
 まずは、学級通信で「子どもたちが安心して勉強できるように、学習習慣や基本的な学級生活の指導も十分にしていきます」との趣旨を保護者に連絡するようにする。
 しつけについて、保護者に再認識していただくために、PTAの会や合同懇談会等で、校長がつぎのような視点から共通理解を図りたい。
(1)
しつけは、学校生活および社会にとって望ましいと認められる行為である。
(2)
しつけは、個人の生き方と社会を豊かなものにするうえで、不可欠な基本要件である。
(3)
しつけは、単なる行為のかたちや、指導の繰り返しに終始するものではない。個々の動機づけや家庭教育にも裏づけされた自発性と主体性によることが大切である。
(4)
しつけは、社会の風習や常識に根ざすものであり、親の子育て観や家庭のあり方ともかかわる。学校教育での計画的な指導とも呼応させ、子どもの発達や状況に合わせた習慣形成を図る必要がある。
(5)
しつけは、日常生活での健康・安全、家族や友人との好ましい人間関係などについては、各家庭での身のつけ方が学校生活のあり方にも少なからず影響する。
 教師の間で確認したい、しつけとは
 子どもたちが、自己実現していく視点、子どもの基本的学習習慣の欠如などから、つぎの指導の徹底をはかり、保護者にも理解を求めたい。
(1)
時間にかかわる習慣
 授業の始めと終わりにけじめをつける。休み時間を守って遊ぶ。決められた時間内で教室移動する。約束の時間を守る。など
(2)
物や環境の習慣
 自他の持ち物を大切にする。後片づけや公共物の扱いを適切に行う。教科書を丁寧に扱う。教室などの学校環境の美化に努める。整理整頓の習慣をつける。など
(3)
集団生活の習慣
 朝や帰りにあいさつをする。場に応じて敬語や丁寧語などの言葉づかいができる。グループ活動で協力し合う。相手の話を聴く習慣がある。など
(4)
健康や安全の習慣
 本を読んだり文字を書いたりする姿勢。手洗いや歯磨きの習慣。睡眠や食事など日々の健康管理。災害時の安全への意識や避難の行動。など
(5)
学習技能の習慣
 ノートの取り方。丁寧な記録の仕方。授業中の挙手の仕方。発表の仕方。話し方・聞き方。など
(
有村久春:1948年生まれ、東京都公立学校教員・小学校長・岐阜大学教授を経て東京聖栄大学教授。専門は生徒指導論、カウンセリング、特別活動論
)

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授業中の私語をしのぐ方法はいくらでもある、どのようにすればよいのでしょうか

 授業中、席が離れているやんちゃくん二人が、おしゃべりを始めた。
 しばらく様子を見て、通常通りの授業をしていたが、おしゃべりが止まらない。
「静かにしなさい。勉強している人のじゃまになります」と、私は、いきなり注意をした。
 その後、意地になったやんちゃくんたちのおしゃべりは、私の顔を見ながら当てつけのように続き、授業終了のチャイムが鳴るまで止まらなかった。
 授業のじゃまではなく、私のじゃまをしたい彼らは、最後は「いえー」「おー」など、意味のないことばを叫んでいた。
 子どもが指示を受け入れないのは、この方法だけではだめだということを教えてくれているのである。
 今まで、私には、こんなことはなかった。そこで、冷静に次のように授業を振り返った。 
(1)
おしゃべりが始まったとき、どんな状態だったか。
 私の指示通りに授業に参加していたのに、私はそれを認めていなかった。
(2)
おしゃべりのきっかけは、何だったか。
 やんちゃくんが、ノートに書いているときに、赤色のペンが出なくなって「書かれへん」と授業から意識が赤色ペンに移り、いらいらしていた。
(3)
おしゃべりが始まったとき、私は何をしたか。
 私は何もしていない。見て見ぬふりをした。
(4)
私の反応に、彼らはどう動いたか。
 いきなり注意されて「何でオレばっかり」といらだちと反発を感じたのだろう。
 全員の前で注意されると、たとえ自分が悪かったにしても、素直にあやまるどころか、教師を恨むことが多く、人間関係がこじれるもとになる。
(5)
彼らの対応に、私はどう反応したか。
 いきなり注意し、おしゃべりを見て見ぬふりをした。
 その程度のことが我慢できない子どもが授業を受けているという意識がなかった。
 教師の対応に対する暴言も、無視するだけが方法ではない。「嫌な気分です」「無礼です」と短く、嫌悪感を表現することも大事である。
(6)
他の方法はなかったのか。
「何かあったの」と聞いて、私が予備の赤ペンを黙って机に置いていたら、状況は変わったのではないか。
 教師が教室の前で立ったままでいるから、大声を出して叱ることになるのである。
 全員にワークシートや板書を写すように指示して、机間指導に入るようにする。
 一人ひとりの様子を見ながら、ぐるっと歩いているだけで、おしゃべりしていた子どもがあわてて作業を始めることが多い。教師が近づいていくことが、無言の指導になる。
 後ろを向いておしゃべりしている子どもと目を合わせてにっこりほほえんで通り過ぎるだけでも、前を向くことだってある。何も大きな声を出すだけが指導ではない。
 しかし、ときには「口を閉じて」と厳しく言うことも必要だ。
(7)
今までの授業で、私語が少ないときは、どんなときか。
 すべての子どもが熱中できる授業をしているとき。
 大切なことは、子どもの態度が悪くならない授業をすることである。
 教師がだらだらと長い説明をするから、訳がわからなくなった子どもたちはおしゃべりを始める。
 多くは「先生の説明、わかんない」「授業がたいくつだ」という意思表示なのである。
 態度が悪くなる子どもは、ある意味、教師の授業のまずさのバロメーターなのだ。
 子どもたちのおしゃべりが止まらず「静かにしなさい」「前を向きなさい」と、大声で言わなくてはならないような授業は、教師の力量が低いと言われても仕方がないのである。
 教師の指示や説明で
「一時一事の指示を心がける」「ことばを削る」「容易なことばを使う」「できたことは褒める」
なども大切だ。
 教師の指示や説明がわかりやすくなると「説明します」「話をします」と言うだけで、きちんとした姿勢で前を向くようになる。
 授業で信頼関係をつくるのが先決。
 この先生の授業はよくわかる。この先生の授業は楽しい。自分もできるようになる。そう感じたら、どんな子どもも素直になる。いろんな指導はそれからでもいい。
 力のない女教師は授業で信頼されることに尽きる。
 いい授業ができるよう努力を続ける。これがなければ真の解決の道はない。この努力が嫌なら、教師を辞めるしかない。
 その成果が表れるまでに、莫大な時間がかかる。そこで、事態を冷静に分析し、有効な対症療法を考え、ひどい状態にならないように対処を続けることも必要だ。
(
向井ひとみ:兵庫県公立中学校教師)
(
山岡智子:京都市立中学校教師
)

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子どもたちに「ユーモアのあるスピーチ」の指導をするには、どのようにすればよいでしょうか

 子どもたちは、わかりやすい話やためになる話が好きですが、やっぱり聞いていて楽しくなるユーモアのある話が一番好きです。
 聞き手が楽しくなるスピーチになるように、まず話題を工夫します。
 子どもたちにウケがいいのは、自分のちょっとした秘密やこれまでの失敗に関する話です。
 そこで、いくつかのテーマを提示します。たとえば、
(1)
忘れてしまいたい大失敗
(2)
ちょっと恥ずかしい私の秘密
(3)
こんなバカなことをしちゃいました
 このような話題でスピーチをすると、とても楽しいスピーチになります。
 話している本人がおもしろいと思って話しているので、自然と表情が豊かになります。
 聞き手に楽しんでもらいたいという気持ちからか、いつものスピーチよりも身振り手振りも大きくなります。
 こういう話題だと、子どもたちは、間違いなくウケます。いくつかの中から、自分が話せそうなことを選ばせます。
 スピーチを考えるときに、一つだけ注意しておくことがあります。それは、特定の人を話題にしたり、下品な内容に走らないことです。
 自分が楽しいだけでなく、みんなが楽しむための約束を、全員でしっかりと確認したほうがよいでしょう。
 また、教室では、なかなか知りえない子どもの一面を知るきっかけになることもあります。
 ユーモアのあるスピーチを指導するには
1 ねらい
 どのようなスピーチが聞き手も楽しめる話題や話し方なのか、子どもたちが理解するようになります。
2 やり方
(1)
ユーモアのあるスピーチになりそうなテーマを提示する。
(2)
テーマの中から、自分にできそうなものを選び、スピーチを考える。
(3)
みんなの前でスピーチをする。
(4)
終わった後には、振り返りを書くようにします。
3 留意点
(1)
話す時間を決めておく
 みんなに楽しんでほしいと思うあまり、ウケるまで話を続ける子どもが出てきます。
 そういう子どものスピーチは、ほとんどがダラダラと長くなります。
 事前に時間を決めておき、時間が来たらベルを鳴らすなどのルールを決めておくとよいでしょう。
(2)
聞き手のリアクション
 ユーモアのあるスピーチは、聞き手のリアクションによって、盛り上がり方が変わってきます。
 友だちのスピーチを盛り上げるために
「そんなバカ(あほ)な」「そんなわけないやろ」「それ、いいね」
 などの「合いの手」を聞き手が入れてあげるのが効果的です。
 最初に教師がやってみせると、子どもたちはコツをつかんでタイミングよく行うようになります。
(3)
大人に言いたいことをテーマにする
「大人に言いたいこと」「親に言いたいけど、言えないこと」というテーマも、教室が盛り上がります。
 ユーモアのあるスピーチが終わったら、多くの子どもたちが「また次もやりたい」「次はスピーチコンテストにして、一番おもしろい人を選びたい」などのリクエストが必ず出てきます。
(
菊池省三:1959年生まれ、 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞
)

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掃除のやり直しを拒否した子どもを、どう指導すればよいのでしょうか

 清掃点検でチェックされた箇所のやり直しを指示したが「ちゃんとやったのに」などと文句を言い「やりたくない」と拒否した。
 掃除のやり直しを拒否する行為は、教師に対する反抗など、さまざまなレースが考えられる。
 やる気のなさを指摘し、叱るだけでは子どもの反抗的な態度をあおるばかりである。「ダメじゃないか」と責めても自己否定をされたように受け止めて、気づかせたい掃除の意義を考えなくなってしまう。
 どう指導すればよいのでしょうか。
 単に言うことを聞かないととらえるのではなく、教師に対する一つの意思表示だと捉え、清掃活動の意義を認識させるきっかけとする。
 きれいな教室はみんな気持ちがいいものである。清掃のように、見えないところで、人の役に立っていて、人と人がつながっているという、掃除活動の意義に気づかせたい。
 そこで「先生に言いづらいことを、勇気を持って言えたね」とほめると、文句を言っていた子どもはきょとんとした。
 その後「やりたくない理由はなにかな」と聞いたところ「めんどくさいから」と答えた。
「点検が厳しすぎるのかい。点検者はきみに何か恨みでもあるのかな」と話すと「そういうことではないと思う」と言った。
「そうか、きっと点検者もきれいな教室にしたいから、あえて厳しい点検にしているんだね。きれいな教室は気持ちがいいからね」
「みんなもそうだと思う。人の役に立てるっていいものだよね」
「やり直しはもう一度、みんなの役に立てるチャンスをもらったことになるんだよ」
と話すと、やり直しが始まった。
 あるいは、ほかの方法を考えると、
 やり直しを指摘された掃除班全員に対して
「せっかくやったのにね。精一杯やったことが認められないのは悔しいよね」
「この中で、精一杯やった、これ以上はできないと言う人は手をあげてくれないかな」
と聞くと、だれも手が挙がらなかった。
「おや、へんだな。中途半端だとおもっているのかな」
「では、もう一度、これ以上できないというくらい綺麗にやって、すっきりしてみよう」
と誘った。
 点検者にどうダメだったのかを聞いたうえで、班員全員と共にやり直しを行った。
(
萩原  啓:北海道公立中学校教師
)

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クラスがざわつき騒然となってしまったら、気迫をもって指示すればよい、どのようにすれば静かにできるのでしょうか

 クラスがざわつき騒然となってしまったら、注意しても効果はない。怒鳴れば、そのときは一瞬静かになる。でも、そう何度も使えない。
 怒鳴る、大声をはりあげる。注意、説教といった押しの指導は火に油を注ぐだけだ。
 腕力がなくても「何としてでも、静かにさせる」という気迫さえあれば、淡々と話す言葉からも、その気迫は生徒に伝わっていく。そのポイントは
(1)
注意するのではなく、静かにさせるという気迫をもつ。
(2)
怒鳴るのではなく、淡々と話す。
(3)
生徒に当事者意識をもたせる。
 クラスがざわつき騒然となったとき、騒然となる原因を作った生徒を何とかしようとしてはいけない。
 最初にすべきことは、クラスの多くの生徒を授業に引きずり込むことです。
 言葉は短く、淡々とクラス全体に指示をすればよい。授業に引き込む、15秒のつかみができれば、騒然となっても慌てることはない。
 例えば、つぎのような場面を考えてみる。
 落ち着いた雰囲気で授業が始まったとき、教室のドアがガラッと開いて、やんちゃ集団がおしゃべりしながら教室に入って来た。授業中であろうと関係ない。
 彼らの行動に全生徒の関心がいってしまって、一瞬にして教室の空気が乱れた。生徒たちも落ち着かない状態になる。
「よー、坂井さん」と、私を挑発する。ここで私がカチンときちら負け。こんな時は注意しない。
 しかし、無視して授業を進めたら、ますます彼らは授業の妨げになる行為をする。
「はい、Kくん」と、笑顔で返事をする。
 やんちゃくんがちょっかいをかけてくるのは、かまってもらいたいという気持ちの表れである。だから、返事をして彼らの気持ちを受け止める。そうすれば彼らの気持ちも落ち着く。
 そして、すぐに次の指示を全体に出す。
「教科書の189ページを開きなさい」と、テンションを上げて一気に声を発する。授業に引きずり込むという気迫をテンションの高さに表すのだ。
 やんちゃたちに向けられた他の生徒の意識を授業に戻すために、誰もができる簡単な作業指示を全体に出す。
 生徒の「開きました」の声が聞こえれば、よしである。
 その声にあわせて、次の指示を出す。
「〇〇を読んだら座ります。全員起立」と、起立させることで、読まざるを得ない状況をつくる。
 やんちゃたち以外の生徒は、全員起立して読み始めた。
 それでもなお、やんちゃたちは、席に座ったまま、おしゃべりを続けている。この場面では、やんちゃたちと勝負をしない。
 彼らに、立って音読をさせるということを、徹底させることができないのなら、勝負はしない。勝負は勝てるときにするのだ。
 全員が座ったと同時に、次の指示を出す。
「隣の人と交代読みをします。点で交代します。はい、どうぞ」
 この指示には、やんちゃたちも従わざるを得ない。彼らの反発の対象は教師である。
 同級生には友好的な態度をとる。隣の人が困る状況を作ってしまうことを彼らは好まない。
 やんちゃたちにも「自分も読まなければならない」という当事者意識をもたせるのだ。この指示で、彼らも隣の人と交代読みを始めた。
 読み終えた彼らは、その後、さきほどまでの態度が嘘のように、他の生徒とともに授業に参加した。
 資料の読み取りで、気がついたことをノートに書くよう指示すると、我先にとノートを見せに来た。大きな丸をつけるとガッツポーズをして喜んだ。
(
坂井ふき子:岩手県公立中学校教師。TOSS中学日高見代表
)

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遠足でバスが事故を起こし、子どもが入院するなど、危機的な事件、事故、災害が起こった場合、どう対処すればよいのでしょうか

 ある小学校で4年生がバスで遠足に行く途中で、運悪く踏み切りで電車と衝突してしまったのです。
 電車がいち早く危険を察知し、遠くからスピードを落としていたため、大惨事にはいたりませんでしたが、バスの運転手と数人の子どもがケガをして入院しました。
 その事故は、テレビのニュースで報道されたため、学校には、子どもの安否を気遣う保護者などから電話が殺到しました。
 この危機を学校はどのように対処したのでしょうか。
 「何が起こったのか」「自分の子どもはどこにいるのか」と、興奮してやってくる保護者などを緊急危機対策室(図書室)に入ってもらい、随時、状況を説明したり、入院した子どもの病院名を伝えました。カウンセラーも配置しました。
 これと、平行して、マスコミ関係者の部屋を用意して、全ての報道関係者を校長が対応しました。
 校長は、わかっている限りの正確な情報をマスコミに伝達することにより、誤解を招くことを防いだのです。これによって、マスコミの報道に煽られることはありませんでした。
 校内にいる他の子どもたちは、担任が情報を伝え、通常どおりの授業が行われました。
 しかし、事故でケガをした子どものきょうだいや友だちが動揺しているようであれば、希望者にはカエンセラーが待機している部屋に行ってもよいという対策がとられました。
 このような重大な事件や事故、災害が起こった時は、関係者や周囲の人々が混乱しパニックを引き起こす可能性が高い。
 危機発生後、迅速かつ冷静、的確に対応することが必要になります。
 危機的な事件、事故、災害が起こった後、精神的な衝撃を受けたため、眠れないとか、いつも不安感にさいなまれるとか、思い出すと恐怖感がよみがえるなど、日常生活に影響が出てくる場合があります。
 この対応として、事件発生の翌日にスクールカウンセラーが各教室に出向き、2030分程度の、危機後の介入説明的カウンセリングを行います。
 事件、事故の状況や経過の説明をした後、それによって精神的影響を受けたり、生活に何らかの変化が現れてくることが多々あることを説明します。
 もしも、そうなった場合にはどうすればよいのかについて話をします。そして、希望者にはグループカウンセリングも行う旨を呼びかけます。
 また、場合によっては、担任や保護者の希望で、子どもをグループカウンセリングに参加させることもあります。
(
新福知子:東京都台東区教育研究所、千葉県スクールカウンセリングを経てCPI危機予防研究所代表
)

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初任者の共通する授業の特徴と、どのようすれば授業の改善ができるのでしょうか?

 初任者がまず悩むのは、教科書をどのように教えたらいいのだろうか。どのように授業を始めたらいいのだろうか。発問はどうするのか。子どもたちのノート指導はどうするか。戸惑うばかりで、時間ばかりが過ぎてしまう。
 初任者が次のような状態で授業ができるようになれば、まずは合格点をあげることができる。
(1)
子どもたちの顔を見ながら授業をしている。
(2)
きちんと、はっきりした声で、子どもたちに話をしている。
(3)
机間指導ができている。
 この状態をまず授業で作りあげることが最初の関門である。このことは簡単ではない。
 授業づくりに慣れてきたら、次に考えることは「導入でのひきつけ」である。どうするか。次のことぐらいはできるようにする。
(1)
復習問題を出す。
(2)
いきなり写真を出して「何の写真でしょうか?」と問う。
(3)
「物」を出して、それを子どもたちに見せる。
 特に「物」は大切である。授業への興味・関心が膨らむ。授業づくりには欠かせない。
(4)
音読から入る。
 日常の授業で教材研究はどうすればよいのでしょうか。
 例えば、国語の「大造じいさんとガン」の教材研究は
1 教科書を読む
 最低2回は読むようにしたい。場面分け(教科書では4場面に分けてある)が必要である。
2 指導書で確認する
(1)
単元目標を確認する
 場面の移り変わりに気をつけて、中心人物の行動や心情の変化を読む。
(2)
指導したい具体的な目標
 単元目標を確認できたら、自分なりに「指導したいこと」に落とし込んでいくが必要である。自分なりの指導イメージが「具体的な目標」である。
 例えば、大造じいさんの残雪に対する気持ちの変化を読み取る。
(3)
1時間ごとの指導
 最初は指導書を参考にしていけばいい。
 実際の授業の流れは「始め-中-まとめ」、どんな「発問」「活動」をさせようかと、とメモ書きし、イメージができればよい。
 ほとんどの初任者の授業を見ていると、共通する特徴は教師が授業の8~9割をおしゃべりする授業である。
 それをなくすためには、教師が子どもたちに発する言葉を「説明・発問・指示」に区別するところから始まる。
 たとえば、「説明」で、勉強することを分かりやすく伝え「発問」で子どもたちの思考に働きかけ「指示」で子どもたちの行動に働きかけるのである。
 教師のおしゃへりを、せめて5割に収めていく必要がある。そのためには
(1)
ノートに書かせる。
(2)
発言させる。
(3)
話し合いをさせる。
(4)
作業や身体を使う活動をさせる。
 初任者の授業はほとんどが「挙手発言」型の授業になっている。いつもよく挙手する3,4人の子どもたちに指名をして、先に進んでいく授業である。
 だから、最大の問題はほとんどの子どもが傍観者になることである。「挙手発言」型の授業は、かなりかたよった進め方と言わざるをえない。では、どうすればよいのでしょうか。
 授業は子どもたち「全員参加」をどのように組み込んでいけるかにかかっている。その基本型は
(1)
学習課題を確認する。
(2)
学習する課題について説明する。
(3)
発問して、子どもたちが考える。
(4)
子どもたち一人ひとりが答えのよう予想をノートに書く。
(5)
ペアで話し合う。
(6)
発表する。
(7)
教師がまとめる。 
 初任者は授業技量というのはすぐには身につかないものである。子どもたちの学力が身についているのか気になる。学力をつけるためには「基礎・基本」を毎日くり返し練習させるとよい。
 例えば、
(1)
国語の授業:漢字タイム(5~10)、音読タイム(5分)、本時(30)
(2)
算数の授業:前時の復習(5分)、本時(35)、本時の復習タイム(5分)
 このような分割法の授業を積み重ねを毎回することによって、きちんとした基礎的な学力を保障していくことになる。
(
野中信行:1947年生まれ、元横浜市立公立小学校教師、学級組織論を研究、実践を私家版で発行した。全国各地で教師向けの講座やセミナーを行っている)

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教師が身につけておきたい、子どもたちの「話し合う力」の指導ポイントとは

 子どもたちの話し合いに必要な指導のポイントとして、私は次の3点をあげたいと思います。
1 全員参加を保障する
 話し合いが始まると、どうしても一部の子どもたちが活躍するという現象がおきてしまいます。
 数名だけが活発に発言をして、残りの多くの子どもが聞き役になり、次第に手遊びを始める、という現象です。
 このような状態が出てこないようにするために、次のような指導を行います。
(1)
自分の考えや意見をノートに書かせておく
 話し合う前に個人作業として書かせておきます。
(2)
ノートにびっしりと書かせる
「箇条書きで、たくさんかきなさい」と指示を出します。
 ノートは話し合いに参加するための作戦基地です。
 準備をしっかりとさせておく指導が、話し合いを充実させるのです。
2「見える化」を心がける
 話ことばは消えていきます。書き言葉との大きな違いです。
 子どもたちのメモ力が十分でない時期は、教師が出された意見を板書するようにします。つまり「見える化」を心がけるのです。
 このときのポイントは、発言された意見の流れがわかるように、横書きにすることです。どの意見に、どのような意見が継がれたのかがわかるようにするのです。
 この「見える化」を行うことで、言いっ放しで終わる話し合いではなく、かみ合った話し合いが成立するようになります。
 子どもたちには「〇〇さんは、・・・・・と言いましたね。でも、私は・・・・・・・・・・」という「相手の意見を引用する」という技術を教えます。
3 新たな発見や気づきを促す
 話し合いをさせた後は、必ず振り返りを行います。
ポイントは
(1)
うまくいったところと、その理由
(2)
うまくいかなかったところと、その理由
を出させる、ということです。
「相手の意見を予想していたことがよかったです。なぜかというと・・・・・・」
「お互いの意見を否定しないで、いいところを認め合うようにしたらいいです。その理由は・・・・・・」
といった発言を引き出したいものです。
 話し合いをそのままにしておくと、子どもたちは、発言した回数や勝ち負けだけに目が向いてしまいます。
 それでは、話し合いの技術も伸びず、話し合うことの価値にも気づきません。
 話し合うことは、その場にいる全員が参加し、みんなで創り上げていくものであり、繰り返し体験することで、その力が身についてくることを実感させたいものです。
(
菊池省三:1959年生まれ、 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞
)


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生徒から暴力を受けたのに保護者から訴えられ裁判になった、どう教師は対応したか

 教師になる前に会社員だった私にとって、上司への報告はどんな小さなことでも、短く報告することの大切さは、身にしみていた。
 何かあったとき、最終的な責任を負うのは、やはり上司であったからだ。
 この「たった一言の短い報告こそが、職場でのコミュニケーションをつくり、一緒に仕事をする中で信頼関係をもたらす」のである。
 私は幸いなことに校長や同僚教師との人間関係で悩むことがあまりなかった。
 教師になりたくて、やっと教師になったのに、辞めたくなるような事件がおきた。
 私が中学3年生の担任をしているとき、2学期の期末テストの前に事件が起きた。
「ペンチを返しなさい」と、ペンチでいたずらをしていた男子生徒2名に注意した。その言葉に2名の生徒は逆切れした。
 私の持っていた教科書の入っていたカゴを蹴り飛ばした。そして、いきなり私に掴みかかった。私は手を出したらこちらの非となると考え、手出しは何もしなかった。
 その後、直ちに警察に通報し、被害届けを警察署に提出した。すぐに診断書を取り、公務災害の手続きを取った。幸い、校長も学年団も教育長も私を助けてくださった。
 事情説明の保護者会では、該当生徒の仲間内の保護者が次々と学校を非難した。しかし、学校側の措置を応援して下さる保護者の声の方が大きかった。
 そんなとき、組合活動に熱心な教師は「子どもの気持ちを考えていない措置だ」と被害届を出した私を非難した。組合員の私に、組合は何も手助けしてくれなかった。
 該当生徒の保護者は、事件直後、教員委員会を訪れた。学校を非難し、謝罪の言葉や子どもの非を認める言葉は一切なかったそうだ。
 教育長は「わしに任せとけ」と私に言って、保護者の訴えを一蹴された。
 保護者から事件の依頼を受けた弁護士が来校された。
 弁護士は「今回のケースは、生徒側の全面謝罪しかない。しかし、保護者は学校側の責任を追及する考えであり、とてもお受けできないと考えている」と、話しされた。
 すると、保護者の態度が豹変した。謝罪なしで判決を迎えることは不利と考え、家庭裁判所での判決の前に何とか、私へ謝罪をしたいと申し入れをしてきた。
 私は申し出を断った。弁護士経由で送られてきた手紙は、開封せずに弁護士あてにお返しをした。
 結局、鑑別所送致、試験観察処分となった。処分が決まり学校へ復帰すプログラムが組まれた。
 まず、最初に私への謝罪である。私は両親、管理職、教育委員会、生活指導の立ち合いを求めた。私は謝罪だけお聞きし、許すとも許さないとも答えなかった。
 冬休み中に半日、登校させ、校長を中心に訓話や授業、作業をした。今後、どう生活していくのかと作文や誓約書などを見せてもらった。
 保護者との今後の方向性についての話は校長にまかせた。
 誓約書には「ちゃんと授業に出ます」保護者も「出させます」と書かれていた。
 しかし、やがてポツポツと授業を空けた。授業中にいないときは所在確認をした。欠課時数を正確に記録し、保護者に伝えていただいた。
 授業に出席している生徒の小テストなどは記録に残し、授業を受けていれば点数が取れる事実を示し「授業が悪い」と言わせないようにした。
 その生徒だけに必要な連絡でも「学級全体」に話をした。私が連絡したことの証拠を残すためだ。
 教師が言っても、生徒が「そんなん知らん」、保護者が「子どもは聞いていない」といった学校の対応への苦情が何度もある。
 知っていても、自分に都合が悪くなれば「知らなかった」という生徒の言い訳を封じるためだ。
「うちの子にだけ意地悪している」という言いがかりをつけられないためでもあった。
 教師からの配布物を欠かしたことはなかった。プリントの隅に私が生徒の名前を書き、隣の子に机の中に入れてもらった。これも確かに渡したという証拠を残すためだ。
 仕事なのだから、理不尽なことがあっても、我慢しなければならないときもある。それも給料のうちだ。
 しかし、何でも我慢する必要はない。卑下することもないし、自分だけを責める必要もない。
 ただひたすら、風をよける方法を考え、実行すればいいのだ。
 支えてくれる同僚や仲間や管理職と、現場で培った先輩教師の知恵をお借りすれば、必ず乗り越えることができる。神様は乗り越えられない試練を与えない。道は必ず開かれる。
((
向井ひとみ:兵庫県公立中学校教師
)

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教師の言葉かけ一つで、子どもたちは成長もし、つぶしてしまうこともある、どう話せばよいか

 教師の仕事の大半は話すことではないでしょうか。しかし、どれだけその大切さを自覚しているでしょうか。
 教師の言葉かけ一つで、子どもたちは成長もしますが、つぶしてしまうこともあります。
 例えば、掃除をまじめにやらない子どもを注意することがあります。
 感情をむき出しで注意をしてはいませんか。くどくどとしつこいくらいに注意していませんか、とげのある言葉で注意をしていませんか。
 子どもたちは、自分のしていることが、いけないことだとわかっています。頭ごなしに注意すると「今度は気をつけよう」という自省の心が生まれてこないでしょう。
 かえって「なんだ、この先生は!」という反発の心が芽生えてくるのではないでしょうか。
 まず、子どもの話を聞きましょう。それから、静かに子どもの心に響くような注意をしたいものですね。
 子どもが自ら問うようにしなければ、子どもたちは同じような失敗を繰り返します。
 よい言葉には、二つの大事なことがあります。
 その一つは「責任のある言葉」です。
 例えば、授業中におしゃべりをしている子どもがいて、教師が「静かにしなさい」と注意したとき、静かにさせる方法を示すか、静かになるのを待つべきだと思います。
 静かにならないまま授業が進められることはありませんか。言葉に責任を持たなければならないと思います。
 もう一つは、子どもへの「愛情のある言葉」ではないでしょうか。
 うわべはやさしい、ていねいな言葉であっても、どことなく冷たい感じを受けることがあります。
 子どもたちは、この先生は私たちを好きではないと直感的に感じるのではないでしょうか。
「よく聞く子どもは、よい子ども」と言われます。
 話すことと同じように聞くことが大切なのです。教師がよい聞き手でありたいように、子どもたちにもよい聞き手であってもらいたいものです。
 聞くことの大切さの他に大切なことは「子どもたちに伝わる」話し方です。そのためには、
(1)
声の大きさ
(2)
話のスピード
(3)
はっきりとした言葉で話す
(4)
具体的に話す
 子どもたちに話をするときは、できるだけ具体的に話をしたいと思います。
 言葉だけでなく、図で示してもよいでしょう。
 子どもたちに話が伝わったかを確認するには「わかった人」と問うのではなく「よくわからなかった人?」と問うようにするとよいでしょう。
(5)
端的に話す
 教師の話はだらだらと長いものです。どんなにすばらしい話でも効果は半減します。聞いているうちにピントがぼけてしまいます。
(6)
一時に一事を話す
 あれもこれもと話すと、子どもたちには伝わらない。
 話すことを分けます。分けることが、わかることに通じます。一つのことについて話すようにします。
(
奥平厚洋:元千葉県公立小学校教師
)

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保護者から服装や髪形、持ち物など生活指導へのクレームが来たら、どうすればよいでしょうか

 服装や髪形、そして持ち物など、生活指導についての保護者からのクレームはあとをたちません。
 保護者から「服装や髪形は個人の自由ですよね!」と言われたら、どうすればよいでしょうか。
 生活指導についての保護者からのクレームは、教師が一人で対応してはいけません。
 学校全体に関わることですから、生活指導主任や学年主任に必ず報告して指示を仰ぎ、すぐに回答することは避けましょう。
 学校は集団生活を学び基礎学力を身につける場です。「個人の自由」がすべてまかり通って良いわけがありません。
 保護者からのクレームに、何でもかんでも恐れ入る必要はありません。丁重に、しかし堂々と「学校の目的は」「集団生活とは」と、教師としての論を示しましょう。
 持論を堂々と伝えることで、他の子どもの生活指導にも一貫性ができます。
 それでも、直す気がないのであれば、それは仕方ありません。教師は、堂々と意見を述べたのです。「正しいことは正しい」と見解を示すことが大切です。
 以前「願掛けのミサンガを外したくない」と、申し出た子どもがいました。親も同じ意見です。
 その子のことには触れず「必要のない物を学校に持ち込まない」ことを学年集会で子どもたちに話し、ほとんどの子を納得させました。
 周りの子の様子を見てか、その子は次の日からミサンガを外して登校するようになりました。
 きまりを守る雰囲気をしっかり固めておけば、子どもは、なかなか逆らうのは難しいものです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる
)

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授業中、子どもが騒ぎ出したとき、どうすればよいかわからない場合、その対処法とは?

 子どもたちの騒ぎの元を冷静に分析して、つぎのように対処する
 子どもの側に問題があるとき
(1)
乱暴な子などが学級をかきまわす
 教師の言動や子どもたちの応答をきっかけに、笑ったり批判したり、動き回るなどして騒ぎの原因をつくる。
(
対応)ふだんから、乱暴な子どもなどへの働きかけを行い、学校での生活の仕方やルールを理解させる。あおり行為に、安易に乗らないよう、周りの子どもたちへも指導を強める。
(2)
学級の特定の子どもに対して異常な反応を示す
 特に、弱者、障害のある子に対して、その失敗や不出来をあざけたりして騒ぎのもとをつくる。
(
対応)学級がいじめ集団の状態なので、道徳や学級活動、給食時、朝の会・帰りの会などで「思いやりの心」を訴え、育てていく。
(3)
心身障害をもつ子が騒ぎを起こす 
 自閉症の子どもが騒ぐ、身体障害の子どもが思うようにならなくて暴れるなどしてクラスが騒然となる。
(
対応)心身に障害を持つ子どもがクラスにいる場合、健常児に支援のあり方をきちんと説明する。例えば、状態に応じて手を貸す、援助をしないなどを理解するように話をする。
 教師の側に問題があるとき
(1)
教師の指導力が弱いことから騒ぎ出す
 教師の声が小さくて教室内に指示が行き渡らないとか、授業の流れからすぐに脱線して別の話題に移る癖があるなど、教師個人の力量不足が原因となって騒ぐ。
(
対応)騒ぎ出す元を作っているのが自分であることがはっきり分かった場合は、自己研修に努めるほかはない。
(2)
教材研究や授業準備が足りないために騒ぎ出す
 子どもにきちんと納得させる説明ができない。指導書にたより過ぎて授業しているうちに分からなくなった。準備していた教具が不足していた、などから騒ぐ。
(
対応)万全の教材研究、準備をしたうえで授業に臨む。
(3)
事態の収拾の仕方が悪いため騒ぎが大きくなる
 騒ぎに勝る大声で静めようとする、カッとなって怒る、どうしたらよいか分からなくなる、などにより騒ぎが大きくなる。 
(
対応)教師がまず落ち着き動揺しない。わざと小さな声で話し出す。あえて騒ぎたいだけ騒がせたうえ、沈静するのを待つ。
 騒がしくなったときに、静かにするルールを子どもたちと話し合って作る。例えば、何かの合図でパッと静かさを取り戻す、メリハリのある学級づくりをする。 
 授業内容に関する騒ぎなら認める。
 教材、教具に問題があるとき
 事前の準備のときに、不備、不足をチェックする。
(
佐藤信彦:元宮城教育大学附属小学校教頭・宮城県公立中学校長・仙台市立中学校校長
)

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クレーマーに対応するコツは何か

 私ども苦情の対応をしてきた者から言うと、一部の保護者は、わがままと非常識をとても感じます。クレーマーに匹敵するものだと思います。
 ただ、コミュニケーションが上手ではないため、どんな言い方をしたらいいか分からないため、自分の有利な話にもっていくことにも原因があります。
 それから、何らかの不満をイチャモンによって表現していることが考えられます。
 苦情を受ける側と言う側の双方がアマチュアだということです。ここに非常に大きな問題があるのではないかと思います。
 苦情を受けている教師は、苦情脳というものが発達しておりません。
 苦情脳とは、どんな苦情でも相手の立場で聞ける裏読みをする思考法で、一つの方向性を導き出す時にすごく大事なんです。
 保護者が言おうとしていることをすべて聴くことが非常に大事なことです。
 なぜなら、すべてを聞いてしまうと、相手は武器がなくなったのと同じです。だから言わせてしまうということなんです。
 相手の話を途中で折るなんてことはとんでもないことで「まだ、ありませんか、他にもありませんか」と言って、聴きつづけます。
 保護者の意見に時間をかけて、すべて聞いていくと、相手の本音が見えます。
 その本音が見えたときに、素早く、そちらにチェンジして、本心を聴いていくことによって、収まると思います。
 その姿勢や考え方を鍛えなきゃダメだということです。
(
関根眞一:1950年埼玉県生まれ、苦情・クレーム対応アドバイザー。百貨店に34年間在職し、お客様相談室長を経て、メデュケーション()代表取締役。新新学校保護者関係研究会委員) 


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友だちや担任に暴力を振るう、わがままでいうことを聞かない子どものために、他の教師の力をかりる屈辱に耐えた

 小規模校の田舎の小学校に転勤して、二年生を担任しました。学級崩壊の言葉が聞こえてくると、二年前のあの頃が思い出されます。
 けっしてベストではなかったけれど、まあまあだったので、いままでのやり方で二年生の学級をまとめていこうと考えました。
 十月をすぎるころから、クラスの一人の男の子がいうことをきかなくなりました。自分の思い通りにならなかったら、平気で友だちを殴ったり、けったりしてしまう。
 その子があまりにも、わがままを押し通そうとするので、学級づくりに「わがままはダメ」を取り入れました。それが彼の心をキレさせたのでしょう。
 それまでは、授業中、私が彼のいうことをかきかなかったり、彼をあててやらなかったりすると、むくれたり「先生はおれのこと嫌いなんや」などといっていた、たぐいでした。
 しかし、自分の思いが通らなくと、いきなり担任の私に向かって暴力をふるってくるのです。私は、自分がいたらなかったのだと、軌道修正をしてみましたがだめでした。
 一月になると授業が終わったとたん、私に向かって殴る、ける、髪の毛を引っぱる、などの行動にでてきました。
 校長から「けっして、あんたからは、やりかえしはしないように」と言われました。
 まだ二年生だったから、二~三回の通院ですんだのだと思います。でも、殴られた耳の聴力は悪いままです。
 今日こそは彼にやさしくしてやらねばと思って学校に行くのですが、暴力を受けるともうダメでした。
 暴力は毎日でした。まわりの教師がたまりかねて、当番を決めてはいってくれることになってからは、授業は少しゆとりをもってできるようになりました。
 彼が暴力を振るってきたら、彼を別室にひきずりこんで、さとしたからです。
 でも、二十年以上の経験があるのに、他の教師の力を借りないと、やっていけないなんて、屈辱でした。
 私が、自分の経験から「やり方を固定してしまった」ことが、子どもたちの実情にあっていなかったんではないかと思えます。
 彼は「愛を求めているんだ」ってことは、わかってはいたんですが、私の言葉かけや、一緒に遊んでやることに、不足しているものがあったのでしょう。
 私は当時、家庭の問題をかかえていて、ゆとりなんてありませんでした。
 その後、同僚教師がさそってくれた外部の生活指導研究会に参加させてもらって、自分のやり方の「かたさ」がわかってきました。
 二年目になって、やっと私の心の傷もじょじょに回復に向かっています。
 子どもたちに「あなたのことが大好きなんだよ」っていうメッセージをいつも教師の身体や心から発することが、学級づくりの基本だということを再確認しました。
 子どもたちを笑わせてあげることも大事な学級づくりの一つのようです。子どもたちは、よく笑わせてくれる先生を心まちにしているようです。
(
大阪府公立小学校女性教師
)

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困ったときには、同僚教師や管理職に相談し助けてもらおう、そのためにはどうすればよいでしょう

 教師の世界は、さまざまな人間の寄り合い世帯である。多様な才能の主がいる。
 たとえば、コンピューターに向かっておれば、それだけで満足する人、部活動の指導にすぐれた人、生徒指導に成果をみせる人など、さまざまな人がいる。
 学校という職場は、十人十色である。さまざまな人に接して、それぞれのよさを知り、それを身につけ、人間性を豊かにしていこうではないか。
 また、同僚教師や管理職に相談し、助けてもらうとよい。そのための処方箋は
(1)
短所よりも長所で
 人間はだれでも長所と短所をもっている。長所が即短所という場合もある。
 まず、同僚教師や管理職の長所を先に認めていこう。そうすると、同僚教師や管理職のことが好きになる。精神的にも安定する。
(2)
自分から先にあいさつを
 あいさつは「私は、あなたに敵意をもっていませんよ」という意味がある。
 そう考えると「おはよう」のひと言は、私はあなたに敵意をもっていませんから、なかよくしましょうね、という意味である。
 そうであるなら、まず自分から先に声をかけたいものです。
(3)
心をゆるして相談できる人を持つ
 利害関係を超えて、同じ教職にある者として教育観に共鳴できる人を同志として持ちたい。
 そのような、心をゆるして相談できる同志の教師がいると精神的にゆとりがもてる。
(4)
同僚教師に助けてもらう
 どんな教師でも、若い時の失敗経験を生かして今日がある。だから若い教師は失敗をおそれるなと言いたい。
 子どもの心をつかみきれず、苦悩することがある。教師であれば経験することである。
 ところが、恥を知られたくないとの思いから、だれにも相談せずに問題を隠そうとする教師がいる。
 隠しきれなくなった時には、手もつけられない状態になってしまう。最もまずいやり方である。
 そうならないために、ぜひとも同僚教師に相談し、助けてもらおう。
 例えば、教師と子どもたちの間にズレができたら、どうすればよいのでしょうか。
 教師と子どもたちとの間にすきま風が吹き始めると、よそよそしくなる。
 そんなとき、熱心に授業をすればするほど心理的ズレが大きくなる。授業は言葉のやりとりか中心になるものだから。
 そこで、授業のことやイヤなことは、すべて忘れて、子どもと一緒に遊び、運動するのがよい。
 そうすれば、言葉でなく身体のコミュニケーションが可能になってくる。子どもたちが「先生、なかなかやるじゃない」と思ったら成功の第一歩である。
 その時、同僚教師が「〇〇先生は、すごいねえ。子どもと一緒になって遊んでくれる先生なんて、今どきめずらしいんだぞ」と、子どもたちに言ってもらって、同僚教師に助けてもらおう。
(5)
管理職とコミュニケーションを図って信頼関係を
 ふだんから、管理職とコミュニケーションを図って、信頼関係を構築しておくとよい。
 学校には保護者からさまざまな声がよせられる。それに対応するのが、主として管理職である。
 その時、ふだんから管理職とのコミュニケーションで信頼関係ができていると、管理職は理解してくれていて、守ってもらうことができる。
(
倉田侃司:1938年広島生まれ、広島大学附属小学校教師を経て広島文教女子大学教授、広島経済大学教授を歴任した
)

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教師の仕事のすごさとは、どのようなことなのでしょうか

 私はすごく単純だから、やる気のなかった子がやる気になったり「先生、分かった!」と言って、一生懸命、学習に取り組んで、表情がすっごくよくなったりするでしょう。
 そういう、ちょっとした子どもたちの変化を見ると、私の疲れが吹き飛んでしまう。
 教師がその子のことを、とてもよく考えているんだ、ということがその子にわかったとき、その子は変わります。
 子どもが変わると保護者も変わります。学校に振り向いてもくれなかった保護者が、いろんな会に参加してくれるようになったりすることがある。それがすごくうれしい。
 私は教師になりさえすれば、子どもたちを支配できるんだと思っていました。
 しかし、子どもは私に反抗し、子どもと取っ組み合いになって、私は便所に入って泣いた。子どもが可愛いなんて思わなかった。
 私が自然体で子どもに接することができなかったことへの、痛烈な子どもたちのアピールだったんだと思います。
 子どもたちは屈折していたりして、素顔が見えてくるまでに時間がかかりますからね。
 あのころ、私は「ここで辞めたら、何のために教師になったのか分からなくなる」と意地で続けました。
 問題行動をする子どもと関わらせてもらうなかで私は、成長させてもらったし、人間好きにさせてもらったっんだと思いますね。今では、本心から子どもがかわいいと思いますね。
 私が初めて四年生の担任になったとき、ある子どもとどうしても気持ちが通じなかった。どう接してよいか、やり方も分からないし、その子と接するたびに悲しくなって、泣きながら自転車に乗って帰ったこともありました。
 私は子どもにプラスの影響を与えられないと思うと、辛いし、辞めたほうがいいのかなあと思ったりしました。
 でも、子どもって変わるんですよ。全然やる気のなかった子どもが、何度か話をしているうちに「先生、私、実行委員やってみる」と言い出して、どんどん変わっていく。
「私との関わりで変わってくれたのかもしれない」と思うと、ものすごくうれしい。教師という仕事はすばらしいと思ってしまいます。
 この前、教え子が手紙をくれたんです。その子はあまり勉強ができなかったんですけれど、今、うどん屋で働いていて、仕事はきついわけ。
「でも先生、私はね、先生のクラスだったときのことを思い出すと、頑張れる」と書いてあるの。ジワーッと心にきました。
 教師の仕事は、その子の人生に決定的な影響を及ぼすことがある。子どもは大人と違って純粋ですから、これが教師の仕事のすごさですよ。
(
松下光志: 別冊宝島編集長
)

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学級が荒れ出し学級崩壊したとき、授業はどう改善すればよいのでしょうか

 学級崩壊はどこでも、どんな教師でも起こりうる時代です。
 荒れ出したら元にもどすのは、至難の業です。荒れた子どもたちとやっていかなければならない。工夫をしなければ教師自身、持ちこたえられません。
 まず、荒れていても授業はしていかなくてはならない。授業を改善することを考えましょう。
 基本の考え方は、子どもをひまにさせないということです。
(1)
テンポのある授業にしましょう
 子どもとうまくいかない授業はテンポが悪いのです。変にまのびしたり、滞ったりしています。
 退屈な授業を聞いていられなくて暴れるのなら、どんどん進めて退屈するひまを与えない方が良いでしょう。
 崩れかかっている子どもたちには、テンポは最も必要なことだと思います。
 荒れている学級は、どんどん教師の予定通りに進めていくのです。
 テンポよくどんどん進めてしまうと、よけいなことをしている時間が減ります。すると授業が成立しているように見えます。
 もちろん、間をとることは大切なことです。じっくり考えさせる授業は良い授業です。しかし、じっくりと考えることのできない状態になっているのですからね。
(2)
楽しい、面白い授業
 楽しい、面白い授業のために、いろいろな準備をして授業を行います。
 子どもたちとの関係をどう修復するかと悩むよりも、いかにして面白い授業にするかに力をそそぐようにします。人間関係が一度うまくいかなくなったら、そっとしておくしかないのです。
 子どもたちは、切り替えが速いから「楽しいな、おもしろそうだな」と思ったらのってきます。そうすれば、学級崩壊していても授業が成立します。
 絵本を読むと、よほどのことでもない限り、その間は教師の話を聞いています。子どもに合う絵本をいつも用意していれば、その読み聞かせをする数分間だけは、子どもたちは黙って聞いてくれます。教師の心の安定上良いことです。
 漢字の学習は、漢字のビンゴとか画数のゲームなど、ゲーム感覚でできるものを入れると、そういうことだけは高学年の子どもたちものってきます。
 こういうものは、ネタで良いのです。おもしろい学習のネタがたくさん本になっていますから、そこから取り入れると良いでしょう。(例:中村健一著、中條佳記著等)
 荒れてしまったら、緊急避難という感覚でネタを使ってみるのが良いと思います。
(3)
活動を中心とした授業
 子どもが話を聞いてくれないのだったら、話さなくても授業の大半が進むような工夫をするべきですね。
 そのためには、協同学習のような子どもたちだけで、できる活動を授業に入れることが良いでしょう。
 音読も活動です。五分間全員で音読していたら、私語やがさがさしにくいものです。
 ワークシートを使った一人学習を主体にしていけば、その間は、けっこう静かに学習します。
 つまり、子どもたちに活動させれば、荒れた時間ではなくなるので学級崩壊でも授業が成立するということです。
 そういうふうに、授業を工夫していけば良いのです。関係修復よりも、私は授業の改善を大切にすべきだと思っています。
(
多賀一郎:1955年生まれ、神戸大学附属小学校を経て私立小学校教師。退職後は追手門学院小学校講師、専門は国語教育。在職中に日本私立小学校連盟国語部全国委員長歴任。親塾・教師塾等で保護者・教師教育の手助けをし、全国で講演
)

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授業中に教師の注意に子どもが劇高したとき、どうすればよいか

 まず落ち着かせる言葉で、いったん「停戦」に持ち込む。それから事態収拾を図るとよい。
 例えば、次のような場合は、
 授業中、教師の注意に対して興奮し、目をむき、机をけり、こちらへ立ち向かってきた。
 私はハッシとにらんで「席に着け!」と、一喝した。
 すると、気勢をそがれて、動きが止まり、席に座った。
「今は授業中だぞ! 立ち歩いて注意されても無視。あげくに冷やかし、ヤジとは、一体どういうことだ」
 座って向こうを向いたまま「ウルセー」と、言ったが、声に力がない。自分にやましさを感じるからだろう。
 私も、口の利き方などを深追いしなかった。言わずもがなの言葉で刺激した後ろめたさがあったからである。
 しばらくの沈黙の後、双方とも冷めて、最悪の事態は避け得た。
 その後、冷静になってから、話し合い和解した。
 他の場面でツッパリにつかみかかられたときも「席に着きなさい!」と、ふりほどいて、おさまった。
「席に着きなさい!」は、子どもには、人格非難でない、受容できる指示なのかもしれない。
 その他の対処法、
 注意してもいうことを聞かず、さらに追い込むと反抗的な態度を取りそうなときは、その場はそのままにし、後に間をおして指導するようにする。
 よくない対処法、
 怒りにかられて、つい侮辱、脅し、泣き言を付け加えて注意したりすると、それによって、火に油を注ぎ、対立を一気に頂点にまで上がりつめてしまう。
 子どもが反抗するような事態を招かないようにするには、子どもと教師の人間関係づくりが第一である。
 そのためには、共感的な子ども理解、認め励ます声かけ、長所が発揮できる出番づくり、学ぶ喜びがわく授業、学習用具の忘れ物対策などを配慮したい。
 また、保護者との良好な関係、他の教師との連携の約束などがあると、たいへん心強い。
(
毛利 豊:1956年生まれ、富山県公立中学校教師。日本群読教育の会副会長。全国生活指導研究協議会全国委員。科学的「読み」の授業研究会会員)

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今の自分のストレス状況を客観的に知り、対処するにはどうればよいか

 ストレスを上手にコントロールするためには、まず大切なのはストレスに気づくことです。
こんなサインを発していませんか
(1)
欠勤・遅刻・早退がめだつ
(2)
身体の調子が悪いという訴えが頻繁になった
(3)
よく眠れないと訴える
(4)
服装がだらしなくなった
(5)
些細なことで、怒りっぽくなった
(6)
終始、何かを考え、セカセカ、イライラしている
(7)
消費が多くなり、借金をするようになった
これに、当てはまる項目が、ご自分にあったでしょうか。周囲の方にあったでしょうか?
人間というのは、よくできていて、完全にへばってしまう前に、ストレスサインがでます。
人によってストレスサインはいろいろです。例えば、
(1)
身体に出る
高血圧、神経性(狭心症・頻尿・皮膚炎)、胃腸の不調、食欲不振、喘息、眼精疲労、肩こり、疲れやすさなど
(2)
心に出る
不安障害、強迫神経症、不眠、慢性疲労、怒りっぽさ、イライラなど
(3)
嗜癖(このんでするくせ)・行動に出る
たばこ・酒・コーヒーなどの量が増える、パチンコや買い物が増える、集中困難、不適応行動など
(4)
認知・行動障害
 ミスが多い、ぼんやりしている、同じことをくり返し考える、誤答が増える、考え方の偏りが大きくなる、一つうまくいかないと次もダメだと思い込む、決断できないなど
 このようなことがあれば要注意と自覚して、睡眠や休養をとって過ごすようにします。
 まずは一日でいいですから、溜まった仕事などをいったん棚上げして、休養をとることが大切です。
 自分の状況を客観的に知るためにストレスチェックを利用することはいいことだと思います。ウェブでも公開されており、すぐに自分の状態の目安がわかるようになっているものもあります(例:「心の健康チェックシート」srq-d
 ストレスを自覚したら、比較的元気なうちは「発散」を心がけます。人によってまちまちですが、多少余裕があるうちに効果があるとされているものは、
(1)
信頼できる人に相談する
(2)
それを人に話し、わかってもらう
(3)
友人に助言を求めたり、助けてもらう
(4)
人から問題解決の手がかりを求める
(5)
気分転換のため、軽い運動をする
(6)
見通しを得るために、しばらく離れてみる
(7)
それをやり終えたとき、自分に何かほうびをあげる
(8)
「それはあまり心配するものではない」と決める
(9)
自分の不快な気分や怒りを人に知ってもらう
(10)
いろいろ考え、その状況の見方や自分の考え方を変えてみる
(11)
新しいことに取り組む前に、見通しや計画を立ててみる
(12)
仕事が多すぎたり、忙しすぎたりすれば、そのことを人に伝える
以上の項目について、自分をふりかえって「そうである=1点」「そうでない=0」としたとき、合計6点以下の人は、効果的な対処行動がうまくいかないと言われています。
 ストレス対処法は、そのときの本人のキャパシティや状態によって、何がよいか変わりますから、あくまで目安にしてくださいね。
 ダウンしかかっていても「逃げたことになるから」といって、睡眠や休養をとらない方がいます。
 本当にへばってしまっているならば、とにかく一時避難をして、睡眠や休養をとることが大切です。
 余裕がなくなり、ストレス発散できないとき、何をおいても、ぐっすりと眠ることです。心身の健康は、質のよい睡眠からつくられます。
 ストレスで、まずいかなと感じたら、ぐっすり眠ることがメンタルヘルス維持のポイントです。質のよい睡眠が、最大の予防であり治療であると言っても過言ではありません。
眠れているかの、大ざっぱな目安は
(1)
寝つきが悪い(1時間以上、寝つけない)
(2)
夜中に何度も目が覚める
(3)
朝早くに目が覚めて、その後、眠れない
(4)
寝た気がしない(時間的には寝ている、本人に「寝たな」という実感がない)
1つでも当てはまり、2週間以上つらい思いをしているようでしたら、早めに近くの心療内科、精神科、メンタルクリニック等の受診を考えましょう。早めの受診が、こじらせないポイントです。
 メンタルヘルス対策で難しいのが、自分が今どれだけストレスにやられやすいかを知り、その段階に応じた対処法をとることです。
 チェックシートをおこなったり、メンタルヘルス相談、健康相談などを活用したりして、客観的に自分の状態を知り、今の状況に合った対処法をとってください。
(
井上麻紀: 臨床心理士。公立学校共済組合近畿中央病院メンタルヘルスケア・センター主任心理療法士。学校教職員の専門病院で、教員に特化したメンタルヘルスケアや職場復帰支援している
)

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何かと文句をつける保護者にどう対応すればよいか

 保護者の中に「文句の多い」といわれる人がいる。
 ひと言文句を言わないと、気の済まない人なのであろう。我慢できない人である。
 こうした人は、学校や担任に何かと文句をつけてくる。
 自分の意見と相手の意見を合わせて、一致点をみつけて手を打つことを知らないのだろう。自説を押しつけないと、気の済まない保護者である。
 わが子本位、わたし中心で文句をつけられては、担任は閉口する。
 保護者のAさんは、素直にものを言うのはいいが、いささか度が過ぎているようだ。文句ばかり言う人と職員室の話題になっている。一例をあげると、
 二泊三日の自然教室の実施を説明すると、Aさんは「うちの子は参加させたくない」と担任に申し出た。理由は「子どもの安全が確保されていないようだから」と。
 Bさんに、安全確保について詳しく説明すれば「うちの子は、ホテル以外は宿泊したことがないので」と渋り「学校は計画を中止せよ」と言って帰っていくのである。
 つまり、学校のすることには文句をつけてみたいのである。
 参加したくないのであれば、欠席でもいいがと担任が言えば「わが子だけが行かないのでは、子どものためによくない。全員を不参加にできないか」と、言い出す始末。
 これでは、できない相談というものではないか。
 こうなると、学校の教育活動をまもれない。校長・教頭の出番である。
 校長がAさんを呼んだ。そして、学校の教育計画とは何か、自然教室の意義と現在までの経過等を、わかりやすく説明したのである。
 さらに、Aさんがわが子を参加させたくない理由は、何であるかもたずねた。
 計画に文句をつけてみたいだけのようであった。交渉の過程のどこかで、手を打つことも知らない人のようである。
「多くの子どもたちが楽しみにしている行事を、中止することは全く考えてない」と、校長が力強く述べて、Aさんの子どもの自然教室の不参加問題は妥結した。
 それにしても、なんと時間を食ったことか。
 保護者のBさんは、わが子の担任について、自分の意に沿わないことは、連絡帳や電話であれもこれもと言ってくる。
 そして、担任が答えきれないことについては、教頭に電話を入れてくる。その対応に3,40分はかかる。
 今回は「授業中の担任の指名に偏りがある。改めよ」と、文句と注文と苦情である。
 教頭はひとまず「事実を確認するから」と回答した。事実を確かめてみたが、そうしたことはなさそうである。
 そこで、校長に経過を報告し、了承を得てからBさんに、そうしたことはなさそうであると連絡した。
 Bさんは「うちの子が、そう言っているだけではない。ほかの親も、気にしている」と言う。これでまた、騒ぎが広がるかと、教頭と担任がうんざりした。
 教頭から報告を受けた校長は、Bさんに事実を見てもらうことが、今後のためにいいと判断。学級公開日を1週間設けるようにした。
 Bさんの文句は事実無根のものであると、Bさんに納得してもらうこと、また、Bさんに同調しがちな親の分断も図ろうとしたのである。
 具体的な場を設け、文句を言わない方がいいのだと、感じてもらうことは、解決の策の一つである。
 ただし、こうした策をとると、またまた文句を発生させることもあるが、この事例では成功した。
 こうした機会を設けることで、保護者たちのなかの良識派がBさん厳しい視線を向け始めた。保護者たちを巻き込んだ策も、状況によっては考えられる。
(飯田 稔:1933年生まれ。千葉大学附属小学校に28年勤務、同校副校長を経て、千葉県浦安市立浦安小学校校長。千葉経済大学短期大学部名誉教授。学校現場の実践に根ざしたアドバイスには説得力がある)

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若い教師がプロの教師にふさわしい力と教師の心をつかむには、どうすればよいか

 教師になれば、年齢や指導力に関係なくプロの教師として振るまうことができる。
 だとすれば、プロの教師にふさわしい力量を自ら求めて身につけなければ、自分に自信が持てず、子どもたちに対して申しわけない。
 若い教師が教師の心をつかむには、どうすればよいか
1 朝の会、帰りの会
 朝の会は「一日のさわやかな出会いをつくる」ためにある。誕生日を祝えば、それだけでさわやかな出会いが生まれる。
 帰りの会は「明日も学校へ行きたいな」と、子どもに思わせるためである。「よかったこと、うれしかったこと」を発表すれば、学級の雰囲気が明るくなる。
2 叱ることを恐れるな
 人を差別したりバカにしたりすることは絶対に許さないという姿勢が担任には必要なのです。中途半端な叱り方はいけません。本気できびしく叱ります。
 長く叱らない。後に残さない。罪を憎んで人を憎まずの精神で臨みましょう。
3 ほめる
 ほめるのは技術ではありません。技術でほめてはダメ。子どもは教師が本気でほめているかどうか、見抜きます。
 おせじ、おだてではなく、ほめずにいられないようになりたいですね。
 教師が何もせずにいて「ほめるところがない」というのはプロの教師ではありません。
 教師は、ほめる場を用意するのです。例えば
「Aくん、ぞうきんを持って、先生と一緒に机の上をふいていこうね」
 こうすれば、仕事をしたAくんをほめることができますね。
「今日は、Aくんがぞうきんで机をていねいにふいてくれましたよ」
 これでわかるように、仕掛けたのは教師ですね。しかし、実行したのは子どもです。子どもは自分でやったんだと思っています。みんなに紹介されたので、うれしさと、自信を持つようになるはずです。
4 保護者との関係を密に
 子どもを理解しようと思えば、保護者を理解しなければならない。保護者の子育ての方法は子どもに反映すると思われるからである。
 教師の方が保護者に近づいていかなければならない。
(1)
参観日に自分の教育観を
 授業参観の後に懇談会がセットされているので、教師はわが教育観を述べて保護者に理解と協力をお願いすることになる。次の三点でよいだろう。
)めざす子ども像
)学級の子どもの実態
)指導の方法や手順など
 注意すべきことは、子どもの具体的な事実をもって話すようにする。子どもの実態を前面に出して自分の教育観を述べていく。
 そうすれば、保護者は、この先生はわが子を大事に思ってくれている、と受けとめる。
 見ず知らずの教師と保護者が、子どもをよくしていこうという点で、理解と協力の関係に立つことができるのである。
(2)
家庭訪問
)子どもの長所を聞く
 私は、家庭訪問は保護者に会って「子どもの長所を具体的に教えてもらう」ため、と考えている。
 つまり、インタビューする人に徹すればよい。保護者が「とりたてた長所はありません」と言っても、ねばり強く聞いていくと話してくれる。
 子どものことを話題にして保護者と教師が楽しくなっていくのである。
)健康と性格を聞く
「〇〇くんの健康や性格の問題で、担任として知っておいた方がよいと思われることがあれば、教えてください」と聞く。秘密は守らなければならない。
)保護者の願い
 保護者がわが子に何を願っているかを聞く。
(3)
学級通信で報告・連絡・相談(ほうれんそう)
 教師の思いを広く全員に伝える手段として、学級通信はますます重要になってきた。
)発刊
 計画的に発刊するようにする。
)読んで楽しくなる内容を
 子どもの生活をよく知らなければニュースが書けず学級通信を出せない。ニユースは明るく楽しいものでありたい。
)子どもたちの作品も
 全文を教師が書かなくてよい。子どもの作品を含む学級通信にすると、内容に変化が出てくる。ただし、どの子にも掲載の機会があるように配慮したい。
)学級の歴史として冊子に
 学年末にこれを冊子にまとめ、表紙をつけると、これが学級の歴史となる。
 表紙の文字やイラストをどうするかは個人にまかせると、ユニークな作品になる。
 子どもたちが自らの学びを自己評価できる具体物にもなる。
5 報告・連絡・相談(ほうれんそ)で人間関係づくりを
 子どもに何かあったときは、同僚の先生や保護者、教頭とよく報告・連絡・相談して、一人で決めないようにします。
 学校の外で研修が終わった時などは必ず管理職に報告しておきたいですね。
 報告・連絡・相談は、とても大事なことです。
6 教師の心をつかむ
 初任者は研修期間をどう過ごすかで、その後の教師生活が左右されるといっても過言ではない。
 その学びは、指導教師等から実践的な「教師の心」をつかむことであると私は考えている。
 学校では思いもよらないことが起きる。それに対応できるマニュアルを求めても、それは無理というもの。だったらどうするか。
「教師は一人ひとりの子どものためにある」
という原点に立ち返り、一つ一つ自分で判断して問題に臨む以外に方法はあるまい。
 その原点を、私はあえて「教師の心」として表現したのである。
(
倉田侃司:1938年広島生まれ、広島大学附属小学校教師を経て広島文教女子大学教授、広島経済大学教授を歴任した
)

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私はこうして学級崩壊をなくした

(1)全く授業にならない
 学級崩壊して誰も持ち手のない6年生のクラスを私は引き継ぎました。担任してみると、全く授業にならないのです。授業中おしゃべりが多くて、ほとんどの子が聞いていないのです。
 授業中に平気で立ち歩く子、教室の廊下側の壁の下にある通気口の戸から出入りする子までいます。口笛を吹いたり、紙飛行機を飛ばす子、わざと机を鉛筆でカタカタたたく子もいるのです。
 なかには、机に両足を上げ、ふんぞり返っている子もいます。「授業中だから、普通に座りなさい」といっても「うるせー」と言って、いっこうにやめようとしません。黒板に「死ね」「バカ」と大きく書いてあることもありました。

 このように授業がまともにできず、いじめや暴力などで指導困難に陥っている崩壊した学級ですが、1年間でなんとかしなければならないのです。
 まったく自信はありませんでした。誰も持ち手がなかったので、仕方なく担任せざるをえなかったのです。
 ところが幸いに、子どもたちは、数カ月の取り組みで、ぐんぐん変わっていったのです。それは、専科の先生方との一致した取り組みや、保護者のみなさんの全面的な協力があったからです。
 私が「文化としての教育」の重要さを体験したのは、そのときでした。いじめや暴力をなくしていく取り組みとともに、毎日の授業の中で「文化としての学び」がなかったら、あのようには変わっていかなかったのではないかと思います。
(2)静かに穏やかに話す
 夜、苦労して作成した学級通信を、私の目の前で、一瞬にしてビリビリ破られる場面を見ることは、耐えがたいことでした。

 体育のときは、ほんとうに大変でした。体育着を持っていても、上だけ着替えて、ズボンを取り替えない子がいるのです。その子たちが着替えて、並ぶまでに10分もかかるような状態でした。子どもたちの様子を見ていると、イライラするが、やさしく冷静に対応していきました。
「授業中、人が話しているときに、おしゃべりをしたり、音をたてたりするのは、いけないんじゃない? 相手の話を聞いてあげるということは、その人を大事にするということだよ。人をお互いに大事にし合おうね!」

「机にわざと傷をつけるのはよくないよ。これは、工場で働くおじさんたちが作ってくださったんだよ。ほら、机の角を見て、全部まるみを帯びているでしょ。ここには、けがをしないようにという、働く人たちのやさしさがこめられているんだ。ものを大事にしようね」

「今日のこの学級通信は、先生が昨夜、眠いのをがまんして作ったものなんです。それをビリビリ破られるというのは、とても悲しいです」

 新学期が始まってから1週間は、できるだけ穏やかに話していました。なぜなら、指導には、強弱が必要だからです。
 静かに語ることが続くことによって、必要なときの強調(強い指導)が意味を持つからです。いつもどなったりしていては、必要なときの指導が、子どもたちの心にしみ込んでいきにくいからです。
(3)見て見ぬふりの生活
 学級の中では友だちを蹴る、殴るといったことが、日常的に行われていました。子どもたちは心の中では、ひどいなあと思いながらも、表面では強い子に同調せざるを得ないほど、荒れの状況が進んでいました。

 仲間はずれにされたり、これ以上痛い目にあわないように、自分のほんとうの気持ちを圧し殺して、びくびくしながら生活しているのが、男の子たちの正直な実態でした。ボス的な子どもたちに対して、批判するなどということは、まったくできませんでした。
 見て見ぬふりをしながら、生活していく以外に方法が見い出せなかったのだと思います。正義など、通るようなクラスではなくなっていたのです。問題を話し合うことさえ、不可能な状態だったのです。
 毎日なにかが起こり、一日が終わると、心身の疲労がとっとでてくる感じでした。
 これで、ほんとうに1年間、担任としてやっていけるのだろうか。そんな思いと不安がつのる毎日でした。なんとか授業ができる状態にしなくてはいけないと強く思うものの、具体的にどうすればよいのか、展望がなかなかつかめないのです。
(4)教室中に響きわたる叱責の声
 私は、本格的な指導をする具体的な場面を持ちました。指導には、具体的な場面が必要だからです。
 新学期が始まって1週間ほどした4月13日のことです。給食当番の子が、給食をくばっている最中でした。まだ「いただきます」もしていないのに、ボス的な存在だった子が、急に食べ始めたのです。
 私も「これは許せない」という思いから、教室中に響きわたるような、かなり厳しい口調で「ちょっと、待てー。一体こういうことが許されていいのか」と言って、語り始めました。
 子どもたちも、私の声と真剣な表情に驚いたようでした。それまでは、勝手にしゃべっていたり、手いじりたり、後ろを向いたりしている子たちもいましたが、さすがに全員の子が、微動だにしないで、黙って真剣な表情で聞いていました。もちろん、ふてくされた態度も全くみられませんでした。
「いただきますもしないうちに、勝手に食べ始める。何もしていないのに、いじめたり、蹴ったりする。『死ね、バカ』などと、人を傷つける言葉を平気でいう。大事なものをどんどん破壊する。授業中でも立ち歩く」
「これでどうして学級といえるだろうか。人間は、単なる群れではないぞ。集団だぞ。一定の規律があるだろう」
「そこが、他の動物とちがうところだ。しかし、このメチャクチャな状態は、群れとあまり変わらないじゃないか」
「まわりの人だって、全く責任がないわけじゃないぞ。いじめられている人がいても、注意する人がいない」
「それだけでなく、こわいからといって、ほんとうは嫌なんだけど、ペコペコしながら『強いもの』についていく。それでほんとうの友だちと言えるだろうか」
「今日の、今の、この瞬間から、先生は、一切の『暴力』『いじめ』『人を傷つける悪口』『自分自身をダメにする自分勝手』を絶対に許さない」
「このようなことが完全になくなり、誰もが安心して楽しく生活・学習できる学級にするため、あらゆる努力をする。・・・・・」
 私の語りが、いくらか子どもたちの子どもの中に浸透した様子でした。

(5)実践には度胸が必要-うまくいかなかった経験は必ず生きる
 私はこれまで、何度か荒れた子どもたちを担任する機会がありましたが、その中で得たことの一つは、度胸がついたということです。実践においては重要な意味をもつものです。
 私の場合も、荒れた学級を担当した経験がなければ、おそらく途中でどうにもならなくなってしまったのではないかと思っています。
 子どもに同じことを言ったとしても、教師の眼差しや顔の表情などの微妙な違いによって彼らの受け取り方はかなり違ってくるものです。
 度胸は実践が困難なときであっても、なんとかなるさという思いにさせてくれます。余裕を生むのです。焦りを緩和し、必要以上のストレスを防いでもくれます。
 冷静に判断することが可能になり、管理主義的な対応を避けることができるのです。このような姿勢は子どもとの信頼関係をつくっていくうえで不可欠です。
 学級が荒れた場合は「なんとかなるさ」という思いになれるかどうかは、かなり重要なことです。荒れをくぐり抜けることで、度胸はつくられていきます。
 一回や二回「荒れ」て、どうしようもなくなったとしても、長い教師生活から見れば、決して無駄なことではないのです。必ず生きて働くものです。
 人間の心理は複雑です。教育という仕事が毎回毎回うまくいくなどと考えること自体が、そもそも無理なことです。できないからと言って、落胆ばかりする必要はないように思います。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師を経て北海道教育大副学長(釧路校担当)、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)


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いじめられた時、最後に頼れるのは自分自身である、どうすればいじめを克服することができるのでしょうか

 いじめはなくならない。いじめを克服できるのは、いじめを受けた本人である。
 子どもたちは、いじめを受けることを想定して、いかにしていじめを克服するかを具体的に考え、すぐに実行できるようにしなければならない。
 もちろん、周りの保護者や教師等が支援する体制は必要である。
 いじめはなくならないので、子どもたち一人ひとりがいじめ対処法を身につけておくべきである。
 いじめの進行段階に合わせた対処・防衛法は、
1 初期段階「いちいち相手にしない」
 からかいや冷やかし、仲間外れ、陰口といったものが多い。
 それらの言動に、嫌な顔をしたり、落ち込んだりするなどの反応をすれは、いじめっ子たちの思うつぼであり、面白がっていじめがエスカレートすることになる。
 ここは平静を装ってでも、全く動じないそぶりで受け流し、相手にしない。
「あいつらは自分とは全く別の低俗な人間だ。いじめをして喜ぶなんて本当にかわいそうな連中だ」と第三者のように客観的に考え、マイペースで学校生活を続けていく。
 するといじめっ子たちは、効果が見られないことで面白みがなくなり、しばらくするとあきらめる可能性は高くなる。
2 第二段階「相手に反撃する」
 しかし、いじめが終わらず、服従や金品要求を迫られることも考えられる。
 一度、いじめっ子に屈服してしまうと、ずるずると続いてしまうことになる。
 最初に、はっきりと拒否する勇気が必要だ。断って脅されたら、それはれっきとした「恐喝未遂」の犯罪である。暴力を振るわれたのなら、これも刑法に触れる犯罪である。
 対抗手段として
(1)
この時のやりとり(言動)を録音するか、すぐに詳しくノートに書き残しておき、いざという時に学校や警察へ届ける証拠資料とするのがよい。
(2)
さらに強い反撃方法として、信頼できる親友がいるならば、教室内など目撃者が多い場所を選んで、一緒にいじめる相手と対峙し「いじめをやめろ!」ときっぱり言い返すことも効果的である。
 いじめっ子に対して皆で圧力を与えるような冷やかな雰囲気が教室内に醸成され、いじめ防止につながる公算は高い。
3 第三段階「大人の助けを借りる」
 残念ながら勇気をふり絞って反撃しても、懲りない根っからのいじめっ子や問題児がいる。また、どうしても反撃ができない子どももいる。
 その時は、大人の助けを借りるしかない。
(1)
学校の教師
 大人に助けを求める場合、一番信頼でき、いじめを解決してくれそうな先生に相談すべきである。例えば、担任、部活動顧問、養護教諭、生徒指導担当教師などである。
(2)
保護者
 保護者はわが子を守ろうとするあまり、子どもが望まないような強硬手段に出ることも考えられ、加害者側との関係をこじらせ、親子とも修復が不可能になる事態も起こりうる。
 学校に適切な対処や指導ができず、解決のめどが立たず、いじめが再発する可能性が高い場合は、被害者本人がつぶれてしまう恐れがある。
 そういった状況の時は、保護者同意の上で、相手を訴えるか、警察に犯罪の被害届を出してほしい。
4 第4段階「警察等の外部機関に依頼する」
 生命が脅かされるような行為をともなういじめは重大犯罪であり、学校で扱いきれる案件ではない。
 身を守ることを最優先に考え、直ちに学校へ通告するだけでなく、警察等の外部機関に依頼し、加害者を逮捕してもらうべきである。
 いじめの被害者は、上記の克服法などを自分の置かれた状況にマッチするように柔軟にアレンジしてほしい。一番効果的な方法は一人ひとり異なっているからである。
 世の中は情報が洪水のように押し寄せ、何が正しいかわかりにくい不安定な社会だからこそ、最後に頼れるのは自分自身である。
 そのためにも、判断力がつき始める小学生くらいから、少しずつ心身を鍛え、教養を身につけるよう日々地道に努力し、自立して社会を生き抜くことができる人間になってもらいたい。
(
和田慎市:1954年静岡県生まれ、東北大学卒、元宮城県・静岡県公立高校教師、教頭。日本体育大学講師。講演会等で教師、保護者をサポートしている
)

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今の保護者は人の話を聞けなくなっている

 今、保護者は人の話を聞けなくなっている。授業参観の時に後で保護者たちのうるさいこと。ベチャベチャしゃべって。クラスの男の子が「うるさい!」って怒鳴ったんで、授業している教師が笑ってしまった。
 保護者はわが子の話を聞かないんです。しかも、保護者は話を聞いているつもりなんです。
 子どもに聞くと「お母さんは、話を聞いてくれないの」と言うんだけれど、お母さんは「子どもとは対話はしている」と言う。
 だけど、実は子どもがちょっと何か言うと「あなたは、こうで、こうで、こうなんでしょう」と話を横取りしてしまう。
 子どもは、まただと思って、話すことをやめてしまうし、母親は子どもが納得したんだと思い込むのです。
 保護者は努力をしないけれど、言いたいことは言う。学校に対する苦情は昔じゃ考えられないくらい、バンバン言います。
 この前、小学校高学年の子どもが集団万引きしたんですよ。そしたら、その中の一人の保護者が、学校に抗議に来たんです。
「ウチの子はそんな子じゃない。友だちにそそのかされた。学校側が子どもに対する具体的な指導の方針をきちんと示さないかぎり、二度と子どもを学校に出さない」
と言って、実際、子どもを学校に来させないんですよ。
 別の学校では、学校で子どもがいじめられたらしい。ついては、学校が善処しなかったら、裁判を起こすという保護者もいました。
 担任とよく話し合えば、誤解だっとか、自分も見直さなければいけない点があるとか、見えてくるはずなんですけど、そうしないで、バーッと感情をぶつけてきて、直接、校長や教育委員会に言ったりする。
 今の保護者は、感情のままにという解決の仕方です。「子どもの話だけでなく、先生にも話を聞いてみよう」ということにはならない。
 自分の子どもを信じたいというのは、親なら当たり前でしょうけれど、一旦、冷静になって判断するということがなくなりました。
 そういう風にパーッと言ってくる親のまわりには「学校に言うべきよ」と応援する親がいるんですよ。
 逆に、まともに考えている保護者はものが言えない雰囲気がある。以前だったら「そうは言っても、ウチの子もこうだから」となだめ役になってくれる親がいたんですが、今は少なくなりました。
 精神的なゆとりのなさと、時間的な大変さの忙しさの中で、教師は日々保護者との対応、子どもとの対応の中で精神的な疲れがドーッと来ています。
(
松下光志: 別冊宝島編集長
)

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