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内容のない授業の技術は無力である、いい授業をする教師は、いい教材・内容と技術をミックスして持っている

 ある温泉に行った。帰りのバスの中で、ガイドが言った。
「この温泉は、若返りの効果があります」
「まず、1回入った方は手を挙げてください。その方は10歳若返っています。周りの方は、手を挙げている人をよく見てください」
 バスの中は大にぎわいになった。うれしそうにしている人、うらやましそうにしている人、みんなしゃべっている。
「では、2回入った方は手を挙げてください。ハイ、20人くらいですね。この方は20歳若返っています。さっきの方より輝いています」と言った。
 ワッと大笑いし、もう子どものように大さわぎである。
 そこで、私が言った「ハイ! 私は3回入りました」と。
 すると、ガイドは言った「ハイ、3回入ると、もとにもどります」
 バスの中は大にぎわいになり、みんな大笑いで、温泉より笑いの効果の方が大きいと思った。これぞプロの技術である。
 このガイドこそ「対応の技術」の保持者である。こういう人を「プロのバスガイド」というのである。
 客の心理をたくみにつかみ、大いに喜ばせておいて、それをみごとにひっくり返す。この技術があるからこそ「内容」が生きるのである。
 授業の技術も全く同じである。
 子どもに教えるべき基礎的な内容をきっちり把握している。そして、子どもに学力をつけてやりたいという「愛情」をたっぷりと持っている。
 いくら内容を持ち、子どもに対する愛情があっても、それを、子どもにおもしろく伝える「技術」、有効に伝える「技術」を持っていなければ、伝わらない。
 となれば、内容や愛情がないのと同じである。
 板書にしても、美しく、おもしろく、子どもが理解しやすい板書をすれば、子どもは板書を見ただけで理解する。「見るな」と言っても見て理解してしまう。
 これが「板書の技術」である。ただ、黒板に書けばよいというものではないのである。子どもを引き付けなければ意味がない。
「発問や指示」にしても、的確に子どもに伝えられるものを「発問や指示の技術」という。
 資料の活用にしても、資料をどう収集し、子どもが飛びつくような資料に加工し、子どもが「あっ!」と驚くような提示をすれば、資料のねらいが確実に子どもに伝わる。
 これが「資料の作成技術」であり「資料の活用技術」である。
 話術・表情・ゼスチャーなども、すべて確かな内容とマッチしたときに生きる技術である。
 技術だけが独り歩きすることはあり得ない。いい授業をする教師は、いい教材・内容と技術をミックスして持っているのである。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
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