教科書を教えることの本当の意味とは何か
教科書を教えるとは、一体どうすることなのか。
教科書の中には、基礎・基本と言われるものが必ず書かれている。キーワードというものが、各ページに必ずいくつかある。
教科書を教えるとは「基礎・基本とキーワード」をきちんと教えることである。
「教える」ということは、つめ込むことではない。子どもの思考体制のなかにきちんと位置づけることである。
ということは、子どもが、その内容が面白いと思い、調べたり、考えたりして自分のものにすることである。
つまり「教える」ということは、子どもが「基礎・基本とキーワード」を「追究したい」「調べたい」といったものに転化することである。
具体例を示そう。教科書につぎの文があった。
「1972(明治5)年、日本で初めて鉄道が開通して、これまで半日かかった東京・横浜間を53分で走りました」
わずか2行の分である。
子どもたちは、さし絵を見て、どんな蒸気機関車だったかはわかる。
この文を読み、絵を見て、つぎのような「はてな?」を引き出すことである。
(1)53分かかったというが、距離はどのくらいなのか
(2)時速何キロメートルで走ったのか
(3)駅はいくつあったのか
(4)何を運んだのか、人だけでなく運ぶような物があったのか
(5)どんなルートを走ったのか
(6)1日何便くらい走っていたのか
(7)料金はどのくらいだったのか
(8)誰でも乗れたのか
(9)造るのにどのくらいのお金と時間・日数がかかったのか
(10)日本に鉄道を造る技術があったのか
(11)文明開化と、どんな関係があったのか
これだけ引き出すことができれば、超Aのクラスと言えるのだが。
これらのことを調べることは、補充・発展学習になる。
しかし、このことを調べることによって、はじめて教科書の文や絵の本当の意味をつかむことになるのである。
教科書を教えるには、行間に書かれていることをつかみ、表現されていない大切な内容を把握しなければならない。
長さ29キロの鉄道を53分で走った。時速40キロをこえていたというから、当時の人々の驚きがわかる。
しかも、29キロの3分の1は、海を盛り土して走ったというのだから、これまた驚くべきことで、当時、土地が足りなかったのかと思ってしまう。
海を盛り土して鉄道を造ったのは反対運動がはげしく、土地を売ってくれなかったためである。
それに、政府が大急ぎで鉄道を造ろうとしたため、反対者を十分に説得する時間的ゆとりもなかったのである。
明治2年には、全国の113か所で一揆があり、このままでは明治政府は倒れるのではないかという状況であった。
日本国民には「明治政府は、江戸幕府とは違うぞ」ということを思い知らすには、鉄道が一番よいと考えたのは大隈重信と伊藤博文であった。二人は反対派を説得し、イギリスの協力を得て、鉄道敷設を始めた。
とにかく、人々の反対をのりこえて、太鼓の合図で東京の新橋駅を列車が出発したのである。
当時の金にして880億円(国の歳入の3分の1)という巨額の金を投じて、とにかく完成したのである。
この列車は予想通り「日本人に驚きと衝撃を与えた」のである。国民は文明開化とは何かということを、鉄道の開通で理解し、政府への反対運動が減ったのである。
明治政府は次々と改革の手を打つことができたのである。
教科書では、わずか二行しか書かれていないことを、このあたりまで発展させれば十分ではないだろうか。
子どもたちが、こういった「はてな?」を引き出して追究すれば、私も、子どもたちも「教科書ってすばらしい。短い文の中にすごい内容がある」ということを発見していくのである。
私は、教科書の著者でありながら、教科書の本当の意味、使い方をこのときまで知らなかったのである。
教科書の使い方などというものは、誰も教えてくれなかった。だから自分で工夫するしかなかった。
今の教科書でも、このように内容が圧縮されて記述されているところがある。それを見つけることである。
「教科書を教える」ということは、こういうことを言うのである。
(有田和正:1935-2014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)
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