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叱れない教師を生徒はどう思っているのか、なぜ生徒を叱れないのか

 叱らない教師が増えてきているという。なぜ叱らないのか。
 生徒は教師をよく見ていて、教師のホンネを指摘してしまう。
 生徒たちは叱らない教師を次のように言う。
「叱れば、なんだかんだと、生徒とやり合うことになるでしょう。時にはケンカのようになることだってあるからね。それが面倒なんですよ」
「こわいんですよ。生徒をこわがっている。教師が文句を言うと、こっちだって反発しますからね。だから、見ても知らないふりして行ってしまう。あわれなものですよ。そんなふうだから、生徒にバカにされる」
「逃げているんですね。相手にしないんですからね。それならこっちだって相手にしない。そんな先生、いてもいなくても同じですからね」
 教師が生徒を叱るときの意図を考えると、
(1)
教師が自分がよいと思っている生徒のイメージに生徒を近づけていきたい。
(2)
もっと露骨に言えば、教師は自分自身の思うように生徒をぎゅうじっていきたいために、生徒たちの言動を矯正しようする。
 だからこそ、教師は自分自身の思いに十分な目を向けなければならない。
 叱れないとは、そういうことを考えていない、それだけの情熱がない、叱ることに自信がない、ということなのか。
 それは自信の問題ではなく、自己保身の問題ではないか。生徒に愛情を持っていないということではないのか。
 つまり、教師としての自分は、生徒をどのようにしたいのか。どんな生徒になってもらいたいのか。
 しかも、それはその生徒にとってムリな要求ではないのか。生徒のしたい方向、なりたい方向とちがうのではないか。
 こんなことを十分考えていないことからくる問題ではないのか。
 叱れないとは、叱り方のうまいとか、へたとかという技術のことではない。
 教師自身が、人間というものをどう見るか、生徒の立場や「めんつ」をどう感じ考えるか、生徒の感情をどれだけ共感できるかという、共感の能力とも言うべき問題でもある。
 叱り方とは、技術論ではなく、愛情論である。
 叱り方は、生徒の「よく」なってもらいたいと祈る教師の心の問題でもある。
(
関根正明:1931年生まれ、小・中学校教師、指導主事、東京都公立中学校校長、大学助教授を経て、元山形大学講師)

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