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教師が技を磨くことによって、よい授業ができ、子どもや保護者に信頼されるには、どのようにすればよいか

1 本物の技を身につけるには
 本物の技というものは、生半可な努力で身につくものではない。
 何の世界でもプロといわれる人は、普通の人には見えないものがプロには見える。
 技を体得するには工夫しながら経験を積み重ねることである。
「予想をもって仕事をし、仕事をした後は記録し、反省を加え、次の予想をたてる」といった工夫の積み重ねが大切だ。
 その日ぐらしでは、何年たっても技は向上しない。
「何とかしなくてはならない」という、切羽詰まった場に自分の身を置き、挑戦することが大事だ。
 新しいものを追い求めるだけでなく、ふと立ち止まって、斎藤喜博や東井義雄などの技をあらいなおしてみることも必要かもしれない。
 成長のもとは、いい技を身につけたいという意欲の強さである。
 新しいものに挑戦しなければ技を磨くことはできない。
 努力と挑戦を継続できるかが問題である。
 技を磨くには、「この発問が有効かどうか確かめてみよう」といった、「めあて」を持って授業を行ってみるとよい。
2 授業の技を磨くには
 研究的な授業を実際にやってみるに限る。
 何かを工夫してみるとか、試すために研究的な授業を行ってみなければ腕は上がらない。わたしは年30回くらい行っている。
 ただ授業をやるのではなく、小さなことでよいから、何か一つ研究的にやってみることだ。
 例えば、今日は「この発問が有効かどうか、確かめてみよう」と考え、その発問を慎重にやってみる。うまく反応すれば自分の理論や技になる。
 逆に、子どもが反応せず、授業にならないこともある。こんなとき「どこが、どのように悪いのか」よく反省し、記録をとっておく。
 自分の授業の記録をとらない人が多い。これでは反省もできないし、前向きに考えることもできない。授業がうまいなあと思う人は記録もうまい。
3 子どもや保護者との信頼関係を築く
 教師は子どもや保護者から心服される知識・技術・人間性をそなえなければならない。
 授業の技というのは、究極的には、その人の人間性であり人間力である。
 単なるテクニックではない。小手先で子どもを動かすものでもない。心眼ともいえるものをそなえた人でなくては、技を持っているとはいえない。
 信頼関係をとりもどすには「やさしさと厳しさの使い分け」をすることだ。
 ふだんはやさしさが必要だし、子どもをかわいがらなければならない。
 しかし、時には、厳しく叱り正さなければならない。
 最も大切なことは、教師が身をもってことばや態度で示さなければならない。
 軽いことばをちゃらちゃら使わないことだ。
 教師のしていることを見て、まねて子どもが育ってくると、保護者が教師を信頼するようになる。
 これが一番早い信頼関係のつくり方である。
 子どもが心から教師を信頼するようになったとき、保護者も教師を信頼するようになるのである。
 人間性を磨き、子どもや保護者との信頼関係を持とうではないか。
4 教材に強くなり、内容に精通した教師になること
 多くの教師は、教科書の内容をきっちりつかんでいない。
 教科書を最低20回くらい読む。すると、そこで教えなければならない内容が鮮明になる。
 これを単元単位でやることだ。単元の中心になることや、最も面白いことが見えてくる。
 教科書の順序にとらわれることはない。「最も面白いところから切り込む」ことだ。これが導入の技である。
 子どもの学習意欲も高まりやすいので効果的である。
 面白いところから切り込めば、子どもが次は「何が食べたいか」教えてくれる。教えてくれた内容へ進めば、子どもの意欲も下がることはない。
 教科書の中に書き込んだり、紙に書いてはりつけて折りこんだりする。これは付け加えたい内容である。ごれで、教科書は教師のものになるのである。
5 私が常に心がけていること
 具体的にほめること。子どもはほめられた方向へ育つ。ほめ言葉は植物にとっての太陽のようなものである。
6 今の教師に足りないもの
 教師の仕事の中心は、授業を通して子どもに学力をつけ、モラルを育て、学級づくりをしていくことである。
(1)
知性:教材が決定的に弱い
 調べる時間がないという。時間は自分で工夫してつくるのである。今できることは今やること。これにつきる。始めからきちんと方針を決めて仕事をする。
(2)
モラル
 大半の校長は「何しろ、挨拶一つできない、教師としての最低限のモラルさえ身につけていない教師が多い」となげく。
 ある若い教師が、突然連絡もなしに学校を訪ねてきた。「授業を見せてくれ」という。
 四時間参観して、お礼もいわずに帰っていった。礼状もなかった。
 常識を疑うような人に時々出会う。教師の人間教育をやり直さなければならないのかと思う。
(3)
スマイル
 私は、スマイルのある表情をするように努力している。
 だから子どもたちの前に立つと自然にスマイルができるようになったと思っている。
 しかし、飛行機の客室乗務員にはかなわない。教師はサービス業である。客室乗務員に負けないスマイルを身につけたいものだ。
 ある客室乗務員は疲れたりすると笑顔が少なくなるので香水をハンカチにしみこませておいて、においをかぐことで元気になり笑顔もつくれるようです。
 教師に足りないのはスマイルである。話をしても、授業をしてもニコリともしない。まるで能面のようである。
「ニコニコしていたら、子どもにバカにされる」と、ある中学校の教師がいいかえしてきた。
 それで、私は「ニコニコしなくても、すでにバカにされていますよ。今日見た授業でもそう見えましたよ」といったら、ムッとした顔をしていた。
「授業は楽しいものだよ」ということを教師は表情でしめさなくてはならない。
 スマイルは教師の義務だと私は考えている。これは技というより、人間性といった方がよいだろう。ネクラからネアカに。これも教師の義務であると考えている。
 せめて子どもの前だけでもスマイルを絶やさないようにしたいものである。わたしが見た名人や有能な教師はみんな笑顔がすてきである。
 スマイルのある教師の授業は、やわらかく、暖かく、子どもたちものびのびと学習している。
 表情は練習で変わる。わたしがやっている方法は、机の上に常に鏡を置いて、時々表情を見る。電話するときどんな表情で話しているか、メモすると同時に見ている。
 スマイルのないときは、言葉もきつくなっている。これではいけないと反省し、急に笑顔をつくってみると、何と言葉が変わってくる。
 鏡の大きさは10cmで足がついている。毎日、何度となく自分の表情を見ているうちに、自分の表情のクセがわかる。そして、ふだんどんな顔で話しているかわかるので、反省の材料になる。
7 見ることも技しだい
 授業を見るのも「その人の実力のほど」にしか見えないのである。ある人には見えて、ある人には見えない。そのことに気づいていない人が多い。
8 言葉づかい
 名人といわれる人たちは、声は適度の大きさで話し、適度の大きさで笑う。どことなく品がある。
 教師に大切なのは品のよさである。教師がいつも笑顔で、大きな元気な声で、やさしく話しかければ、子どもたちはちゃんと応えるものだ。
9 教材のよしあしが授業の死命を制する
 つぎの教材を使えば、よい授業である。
 教材の面白さである。間口は狭く奥行きの深い教材である。今も昔も、教材がよいと子どもが熱中する。
(1)
固定観念をひっくり返す教材
 例:「大井川に橋をかけなかったのは、幕府の政策であった」(子どもたちの考え)に対して、「橋ができたら生活に困る人たちが橋をかけさせなかったのだ」という考えを提示した。
(2)
意表をつく教材
(3)
新鮮な出会いをさせる教材
(4)
思考のあいまいさをつく教材
(5)
事実を確かに見させる教材
10
よい授業には技術も必要
 教材がよいだけでよい授業ができるかというと、技術も必要である。
 技術の中でも大切なのは「発問・指示」である。
 発問のしかたによって授業は全くかわったものになる。
「発問・指示が鮮明である」ということがよい授業の大切な条件である。
 よい授業には、「わかりやすくて、問題をはらんだ資料が提示されている」ということである。
 資料収集、作成、提示がものをいう。「見せたいものは、なるべく見せるな」といわれている。授業の上手な人は、さり気なく、周到に準備して提示している。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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