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2019年4月に作成された記事

学級づくりは、クラスの人間関係力を高めるとよい、どうすればよいか

 私は、学級づくりは人間関係力アップが全てだと考えている。
 人と人がうまくやっていける力である。
 最近、この人間関係力が乏しい子どもによく出会う。
 人間関係力の低下の一番の原因は「友だちの良さが見えない、見つけられない」という点にあると、私はとらえている。
 甘やかされて育ってきたせいもあるのであろう、自己中心的で、友だちの気にいらない部分ばかりが目に入ってくるのである。だから、文句や不満が出てくる。
 子どもたちの良い所をどんどん見つけて、返してあげると、人間関係が良くなり、子どもたちの自尊感情が育つはずである。
 そのための方法に、ハッピーレターという今村裕氏の実践がある。
 友だちに、良い所や好きな所を手紙に書いて届けてあげるという実践である。
 ポイントは、もらった人には必ず返信しなければならないということである。
 つまり、書けば書くほど、返事がくる。自分だけ手紙が届かないということがない。ここがこの実践の優れた所である。
 ハッピーレターは、子どもたちが綴って持って帰らせる。子どもたちは宝物のように持って帰る。もちろん教師が一応、目を通しておくことは必要である。
 この実践には、おまけがつく。教師にもハッピーレターを書く子どもが出てくる。教師も幸せになる。
 さらに翌日、保護者からもお手紙が届く。子どもたちが家で弾んでハッピーレターを見せるからである。
 例えばつぎのような、ハッピーレターを用意しておく。
「ハッピーレター例 (小学校2年生)」
 心はウキウキ ハッピーレター
(     )さんへ
 あなたのいいところ、すきなところは、
 (例) いつ見ても、にこにこしているね。
(     )より 
 簡単な実践であるが、効果は計り知れないものがある。 
 犯罪や自殺者、いじめの原因の一つに自尊感情の欠如があげられる。自分で自分のことが好きになれないのである。
 自分のことが好きになれば、自分を大切にするし、友だちも大切にするようになってくる。
 自尊感情を育てることを、学級経営や人間関係づくりの基礎として考えたい。
(古川光弘:1962年生まれ、兵庫県公立小学校教頭。「教材・授業開発研究所」MLを主宰。サークルやまびこ所属)

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小学校高学年では「さりげなくほめる」というフォローが有効な場合がある

 子どもたちが望ましい行動をしたとき、多くの教師はほめる。
 ただし、高学年の子どもの場合は見極めが必要である。特に女子の場合は慎重になったほうがいい。
 高学年になると、他の子どもたちから自分がどのように見られているのか、とても気になってくる。
 みんなの前で、ほめることが、その子にとってマイナスになる可能性もあるからである。
 ある日、歌っている時に、なかなか口を開かないA子が、いつもより大きな口を開いて歌っていたので、私は、
「今日は、いつもよりも大きな口を開けて、歌っている人を発見しました」
「それはA子さんです。先生はとてもうれしく感じました」
 A子は笑顔を見せずに座っていました。しかし、私はいいことをしたという気持ちでいっぱいだった。
 次の日、さりげなくA子に目をやると、とても暗い表情だった。明らかに前日の私のフォローが間違っていたようだった。
 後日、国語で話し合いをしていた時、A子がとてもいい発言をした。その後の休み時間に
「今日の発表、とても良かったね」
 と、さらっとA子に伝えると、ニコッと笑いながら、うなずいてくれた。
 このようなことを考えると、A子の場合は、個人的にさりげなくほめたほうが、効果的だったことが分かる。
 A子との出会いを通して、人それぞれ関わり方があるということを学んだ。
 ほめかたにも様々なアプローチがあるということも教えてもらった。
 つまり、子どもたち一人ひとりを、もっとよく見ていくことの大切さを知らされた。
 全体の場でほめるだけでなく、さりげないほめ言葉をかけるというフォローが有効な場合があるということを忘れないようにしていきたい。
(岡本雅弘:岡山県倉敷市立小学校教師)

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子どもの問題行動の支援を進めようとするときに、大切なこととは何か

 子どもの問題行動には、子ども特有の心理や事情があり、家族の抱かえる課題や友人関係などの影響が加わることで、問題の背景は複雑になり、対応に困難さを増していきます。
 子どもの問題行動の初期の支援に立ったとき、どのような視点からとらえたら良いのでしょうか?
 現れている子どもの問題行動は、子どもなりに解決しようとした手段であり「なぜこの行動が必要だったのか」という視点が大切です。
 善悪の物差しだけで判断することなく、視点の転換を柔軟に行うことによって、問題の意味するところや、誰に対する訴えなのか、がみえてくることがあり、それが解決につながることがあります。
 子どもの問題行動が起きたときには、
(1)事実関係を確認する
(2)子ども本人および周囲の関係者からの聴き取りにより問題の背景を把握する
(3)背景を踏まえた指導と支援の方針を決定する
 非行臨床では、この子はどんな子なのか、どうしてこんな行動を繰り返すのか、家庭の状況はどうか、友人関係はどうか、など複数の観点から問題を統合的に理解しようとするものです。
 そして、見立てによる理解に基づいて、具体的な指導や支援を行っていくことになります。
 このようなときこそ、子どもと関わる専門家として、腕の見せどころになります。
 しかし、残念なことに、これまでの自らの経験だけで判断したり、情報不足のまま先入観によって対応してしまうことがあります。
 このような対応には、大きなリスクが伴うことに注意が必要です。
 保護者の協力が得られないまま、子どもの指導を続ける状況では、解決の道はほど遠いと言えます。
 問題を改善するためには、保護者と力を合わせて連携することが必須となります。
 保護者と連携するときに大切なことは、保護者が子育てに対する不安、いら立ちや怒り、後悔や自責、被害者意識などを感じているときは、その内容を具体的に確認していくことです。
 そして、保護者のこれまでの苦労をねぎらい、子育てに対する不安や戸惑いの感情を受けとめることが、支援のはじまりとなります。
 保護者と一緒に悩みながら対応していくことが大切で、その積み重ねにより、相互の信頼関係が生まれて連携がスムーズに進んでいきます。
 このような連携のプロセスの中で、保護者のそれまでのしつけを修正していくことが問題の解決に結びついたりします。
 また、指導の難しい子どもに対して、保護者との話し合いを重ねることで教師とのつながりが強まったりします。
 保護者を通じて教師の意向が伝わったりすることで、子どもが変化する場合があります。
 子どもの問題行動の初期の支援では、保護者と連携した共同作業による問題への取り組みを、ぜひ心がけていただきたいと思います。
(石橋昭良:文教大学教授、元警視庁少年育成課副参事(心理職)、臨床心理士)

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教師がストレスで悩んだとき、相談先の見つけ方と、どのような人が名医か

 教師がストレスで悩み、相談したとき、どのような人が名医なのでしょうか。
 名医とは、自分の今抱かえているストレス内容を話した後、あー本当にこの人に話してよかったと思える人である。
 これから、この人と話し合うことによって、何か解決の見通しが立ちそうだと、まず思えることである。
 具体的な条件はつぎの3つである。
(1)相性がよいこと
 相性がよいと、気を使わなくてすむ。ストレスで疲れ果てているわけだから、無用な気を使わずにすみ、安心して話せる人が名医である。
(2)こちらが答えやすいことから、質問してくれる人
 初対面であるにもかかわらず、こちらの心理を無視して、能率優先で質問してくる人はよくない。
 いくつか解決したい複数のストレスがある場合、まず、こちらが聞いてほしい順番から質問してくる人は名医である。
 こちらが一番困っていることをわかってくれることにつながる。
(3)物事を常識的に、はっきりと言ってくれる人。こちらの細かな質問に対しても丁寧に納得するまで説明してくれる人。自分の意見を述べてくれる人。
 以上の3つを兼ね備えている人を自分の名医と考える。
 ここでいう名医とは、精神科医に限らず、ストレスを解決するための援助者すべてを含む。
 ストレスの内容は次の6つに分類できる。
(1)自分自身の健康上の問題
 具体的には、不眠、頭痛、肩こり、腰痛、食欲低下、めまい、耳鳴りなどの体調不良。
(2)家庭内での問題
 例えば、夫婦のストレス、子どもの問題行動(非行、ひきこもり、不登校、家庭内暴力など)
(3)職場内での人間関係
 職場の空気になじめない、同僚教師とのストレス(相性が合わない、いじめられるなど)、管理職とのあつれき(不仲、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなども含む)
(4)授業や生活指導に対する悩み
(5)教師としての適性についての悩み
 仕事が自分の思い通りに展開しなくなったとき、人は悩み、苦しむ。
 そのとき、信頼できる先輩、同僚、管理職などに恵まれている場合は、自分自信を取り戻すことができ、成長する。
 だが、そうでない場合は、自分の能力のなさを嘆き、落ち込み、自信をなくし、仕事がまったく手につかなくなってしまう。
(6)保護者との対応で生じるストレス
 保護者とうまくコミュニケーションがとれない場合、保護者自身に常識的なやりとりができない原因として、知的障害、精神障害、人格障害などがある場合など。
 そういう保護者に対しては慎重に言葉を選ばねばならず、教師のストレスは増していく。
 以上6つのうち、どのストレスが一番自分にとってつらいのかによって相談窓口を探し、決める。
 具体的な相談窓口は、どのようなところがあるのでしょうか。
 一般的には、教育センター、教育学部のある大学の教育相談室、専門的相談にのってくれる臨床教育実践センターなど専門機関を有している大学。
 相談内容によっては、信頼できる先輩や管理職の援助で解決できる場合もあります。
 また、弁護士、学校メンタルヘルスに精通した精神科医のいるクリニック、病院がよいこともある。
 一番確実なのは、信頼できる大人が関与している、質のよい口コミによる情報である。
 インターネット情報や情報誌による内容は本当に正しい情報かどうかはわからない。
 また、日常生活において何かストレスを意識した場合、最初に相談する相手は、自分に身近にいる同僚なり管理職に相談する場合が多いが、私見であるが、スクールカウンセラーが相談窓口となってほしい。
 どうしても口コミが得られないときは、機械的な情報を頼りにこつこつと探すしかないだろう。
(岡田 謙:医師(精神保健医)。教師と児童の精神疾患治療で有名な関東中央病院の部長を務め、東京都医師会学校精神保健検討委員会委員。平成18年から「くじらホスピタル」の初代院長に就任)

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小学校高学年の学級経営で勘違いしていることはありませんか?

 高学年の子どもにとって、教師はもはや圧倒的な存在ではありません。
 子どもたちは教師を1人の人間として、冷静に観察しています。
 高学年の担任として大切なことは
(1)教師の統率権を意識する
 子どもの考えを大切にする姿勢は必要ですが、何かトラブルが起きた時に、解決を子どもに任せっきりにしておくと、教師は「頼りない存在」と認識されてしまいます。
 そうならないように、例えば、何か起き、子どもたちが教師にどうすればよいか聞きにきたときは、
「なぜそうなったか、事実を確かめさせてね」
「その上で、先生に何ができるか、しっかり考えます」
と、子どもたちの頼りになる教師の役割を果たすようにするとよい。
 また、生活面や学習面の指導についても、時には有無を言わさないくらいの迫力を見せなければ「うまく、ごまかせば、言いなりになる教師」と思われてしまいます。
 教師の威厳が失われれば、一気に崩壊に向かってしまうのが高学年です。
(2)子どものメンツを大切にする
 高学年の子どもは、メンツにこだわる傾向があります。
 頭では理解していても、特に友だちの見ている前で、自分の非を素直に認めることができません。
 そうした思春期特有の子どもの精神状態を考慮しながら、慎重に対応しなくてはなりません。
 一度、人間関係が壊れると、修復が困難になってしまいます。
 高学年の場合、一人の子どもとの人間関係のもつれが、他の子どもたちとの関係にまでひびき、学級経営に支障をきたす危険さえあります。
(3)必要以上の厳しい指導は、静かな学級崩壊を招く
 教師の威厳や統率権を守るために、必要以上に厳しい指導をする教師がいます。
 あまりにも強圧的な指導を続けると、表向きは素直に指導に従っているようにみえても、教師と子どもとの距離は離れていきます。
 そして、まったく教師の指導を無視する「静かな学級崩壊」が始まります。
 高学年になると、ある程度「大人の事情」も理解できます。時には、子どもたちに、本音の部分を見せることも必要です。   
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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学級通信で保護者とよい関係をつくるには、どうすればよいか

 保護者が参加する行事は早めにしらせるようにします。
 最近は共働きの家庭が増えています。間際になってからの休暇の申請はしづらいものです。早めに伝え、計画的に休暇が取れるようにします。
 大事なことは強調して伝えるようにします。
 保護者は授業参観でしか授業の様子を知ることができません。
 学級通信に授業記録を載せることで、授業での子どもの様子を伝えることができます。
 子どもたちの様子を臨場感を持たせて伝えるには、子どもたちがしゃべったことをそのまま書くとよい。
 出来事の説明をしながら、その途中に子どもたちが話したことを書いていきます。教師と友だちとのやりとりを書いていくと、さらに臨場感が出てきます。
 子どもたちの写真を載せると、忙しい保護者でも、数秒で見ることができます。子どもたちの写真にほっとする保護者もいるでしょう。
 写真を載せる場合、事前に校長と保護者に許可を取っておきます。
 学級通信にも保護者から感想をいただいたら、担任との関係もよくなっていくでしょう。
 学級通信に感想記入欄を設けたり、感想記入カードを配ると、保護者も感想を書きやすくなり、関心も高まります。
 保護者から感想をいただいたら、お礼の返事を書きます。
 いただいた感想は、前もって学級通信に掲載することを伝えておきます。その際、名前は出さないこと、文字の訂正をすることもあることを伝えます。
 実際に掲載する場合は、事前に連絡帳などで、掲載してもよいか確かめます。
 感動するエピソードは、子どもたちにも保護者にも喜んでもらえます。
 明るく希望に満ちた感動話を子どもたちに語り聞かせ、学級通信で紹介します。
 時には子育ての情報を載せる。
 ちょっとした失敗談と、それをどのように乗り越えていったかを紹介しましょう。
 保護者の参考になると同時に、同じ悩みを抱かえる親として、親しみを覚えてくれると思います。
(山中伸之:1958年生まれ。栃木県公立小・中学校教師。実感道徳研究会会長 日本群読教育の会常任委員)

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授業も学級経営もたいへんなことばかり、うまくいかないと感じたらどうすればよいのでしょか

 授業も学級経営もたいへんなことばかり。何よりも大切なのは、困ったときに相談できる相手がいるということです。
 同僚教師は、現場をよく知っているので具体的な相談ができます。
 前任校の教師、サークルやセミナーで出会う他校の教師なら、技術やネタなどのアドバイスももらえるでしょう。
 また、趣味の合う人や家族、友だちからは、教師とは違う視点で助言してもらえるかもしれません。
 相談できる人がいることが、何よりなのです。相談できる相手を持つと、前進できます。
 私はクラスがまとまらないとき、先輩教師によく相談します。
 そのとき言われたのは「教師としての力」が足りないということです。
 それは、教師らしく生きる、生き方が試されているということなのでしょう。
 私は、失敗して、くよくよしても元気に学校に行く教師は、教師力があると思います。
 教師はみんな失敗しながら成長しています。
 失敗する教師は、失敗する子どもの気持ちがわかります。くよくよする教師は、授業や学級経営を振り返ることができます。
 そして、それでも元気でいる教師が、子どもたちは大好きです。その姿から子どもたちは学ぶのです。
 私は、教師力は「共感する力、振り返る力、リセットする力」だと考えています。
 できないと悩む子どもの気持ちを理解して、その子どもに寄り添う。それは教師にとって大切な力です。
 やんちゃな子は、どんな気持ちでいるのでしょうか。きっと何かうまくいかないことがあって、その気持ちをわかってほしいのです。
 どんな言葉をかければ、その子の気持ちに寄り添えるか。できないことで悩む教師であればこそ、わかるはずです。子どもの気持ちに共感できてこそ、次の一手がうてるのです。
 うまくいかなかったことを、くよくよしながらも振り返り、何がうまくいかないのかを整理する視点が必要です。例えば、
「授業の目標はどれだけの子が達成したか」「授業の時間配分は適切だったか」「気になるあの子は授業に参加できたか」
 など、振り返る視点をはっきりさせると、つぎの授業に具体的に活かすことができます。
 教師になって15年の中堅教師になった私も、悩んで、くよくよする日々です。
 くよくよしているだけでは教師を続けることはできません。どこかで「リセット」して気持ちを切り替えることが、一番大切な力です。
 さっと切り替えられるワザを、ぜひ身につけてください。
(桔梗友行:1977年宮城県生まれ、兵庫県公立小学校教師。ユニット授業や学び合いに取り組む。「学び合うin神戸」主宰)

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クラスの子どもたちのコミュニケーションを高める授業

教師:「朝、学校に来たら、みんなに何て言いますか?」
子ども:「おはようございます!」
教師:「そう、挨拶だね。なぜ挨拶をするのかな?」
 菊池省三先生の問いかけに、5年1組の子どもたちは、さっそくノートに向かいます。
 子どもたちは、3つ理由を考えたら先生に持っていきます。○をもらったら、その理由を黒板に書き込んでいきます。次のように板書していきます。
<言われたほうも言ったほうもいい気持ちになれるから>
<1日、友だちと仲良くなれる気がするから>
<「がんばるぞ」という気持ちになれるから>
<教室の雰囲気がよくなる>
 黒板に書かれた理由を見ながら、菊池先生が問いかけます。
教師:「みんながあげてくれた理由を3つに分けたいんだけど、どうやって分けようか?」
 子どもたちは、少し考え込みながら、みんなで導き出した答えは、「自分」「相手」「みんな」の3つ。
教師:「そうだね、挨拶のよさは、この3つの視点から考えることができるね」
教師:「それじゃあ、『おはようございます』以外に、『自分』『相手』『みんな』がプラスになれる言葉を考えてみよう」
 次々と子どもたちが菊池先生にノートを見せに行き、今度は後ろの黒板に次のように記入していきます。
<ありがとう>
<どういたしまして>
<どうぞ>
<元気?>
<お願いします>
<すごいね!>
<ごめんなさい>
<大丈夫だよ!>
<一緒にしようよ>
<あきらめないで>
<1人じゃないよ!>
<がんばるぞーっ!>
 魅力あふれる言葉がいくつも並び、みるみる黒板はいっぱいになってしまいました。
 子どもたちが書き終わった後、菊池先生が空いているスペースに「5年1組にあふれさせたい言葉」と大きく書き込みました。それを見た子どもたちはニッコリ。
 授業の締めくくりは、みんなの前で感想の発表です。
教師:「挨拶をすると、みんながいろんな思いで聞いてくれることがわかりました」
教師:「これからも自分の考えた言葉をいっぱい使って、気持ちいい1日を過ごしたいと思います」
 クラス全員がはきはきと発表している姿に驚かされました。
「みんなの前で発表するのが苦手な子もたくさんいますが、普段そういう機会が少ないんですね。ですから、1人で何分も話すのではなく、一言で終わるような短い時間で、しかもクラス全員が発表するところからスタートしていきます」
「もちろん、クラスの中で、みんなの発言を認め合える人間関係を作ることが大前提ですけれどね」と菊池先生。
「子どもたちの言葉をいかに引き出すか。教師にとっても親にとっても、とても大切なことです」と力を込めます。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

 

 

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教師は自分を演じなければプロとしてやっていけない、どうすればよいか

 私が小学校に勤めていたとき、新任の若い女の教師が4年生の担任になった。
 言葉遣いや身のこなし方など魅力的なセンスをもっていた。
 ところが、どうしたことか子どもから嫌われ、多くの保護者から「うちの子どもの担任をやめて」と言われるようになった。
 髪の毛が抜けるくらい悩み、放課後、3階の教室のベランダから飛び降りようとしたこともあった。
 幸い、同じ学年の教師に止められて大事にはいたらなかったが。結局、1学期の終わり頃から教室に入れなくなって、そのまま退職してしまった。
 周りにいた私たちは、オロオロするばかりで、どこからどのように話しかけてよいのか迷って、適切なアドバイスができないまま状況が悪化してしまった。
 彼女は、なぜそのようになったのか、私なりに次のように分析をしてみた。
(1)表情が硬く、子どもと一緒に笑ったりくやしがったりすることがなかった。
(2)声が小さく、平板なので、聞いている子どもたちも話の内容に興味や関心がもてないようで、私語が多かった。
(3)感情的になることが多く、子どもたちは何で怒られているのかが、わからない時があった。
(4)子どもを評価したり、ほめたりすることが非常に少なかった。
(5)子どもの話を聞かず、命令調の言葉や指示的な言葉が多かった。
 これらのことは、彼女が気がつくように何回も話した。当然分かってくれていると思っていた。
 しかし、学級のスタイルや子どもたちとの関係ができ上がってしまうと、なかなか崩せないのが学校現場である。
 彼女自身が納得したところは直そうと努力したことは強く感じられるが、やろうとすればするほど、子どもとの関係は「あり地獄」のような状況に陥ってしまったのである。
 私が自分の経験をふまえながら、大切にしていることは教師の「演技力」である。
 私の先輩教師は
「教師はどんな状況でも、どんな子どもたちの前でも、自分を演じなければプロとして生きていけない」
「教師は、役者、医者、易者、芸者、忍者、学者を演じなければならない」
と、教えてくれた。
 教師は次のような演技をすることで、自分を変え、子どもたちとの関係を組み替えることをしたい。例えば、発声について次に述べる。
 私は、子どもたちが気持ちよく身体に染みこませていけるような発声を絶えず研究している。
 体育館の壁に円を描いた的に目がけて発生する。発声を磨くと言葉にメリハリが生まれる。間を取り、歯切れよく発生すると、子どもたちの心に響く声が出せるようになる。
 声量と声質を使い分けられるようにしておくことが大切である。
 例えば「大小・強弱・長短」「明るい・元気・やさしい・厳しい・渋い」
 これらを使い分けるように教師としての技を磨いておくとよいであろう。
 そのお手本として落語が参考になる。一人で何人もの話し方を使い分け、巧みに表現し、聞き手の客を引き寄せている。寄席に通うことを勧めたい。
(志賀廣夫:元埼玉県公立小学校、愛知教育大学教師)

 

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授業開始のチャイムがなっても席に着かずに遊んでいる子どもがいるとき、どう指導すればよいか

 授業開始のチャイムがなっても席に着かずに遊んでいる子どもは、どこの学級にもいるものです。そんな時に次のような「指導」をします。以外と子どもたちにはききます。
 5分ほど席につかないで遊んでいた子どもを指名して、
「1週間にみんなは30時間ほど授業を受けます。1時間の授業で5分無駄になると、1週間でどのくらいの時間が無駄になりますか」
と問いい、黒板に計算させます。
子どもは黒板に、5分×30=150分、と板書します。
「みんなはこの1年間で35週ほど授業を受けます。1週間で150分無駄になると、1年間でどのくらいの時間が無駄になりますか。」と問い、黒板に計算させます。
子どもは黒板に、150分×35=5250分、と板書します。
「5分無駄にすると、1年間で5250分無駄になるわけです。授業117時間分です」
「1年間の体育の時間が105時間ですから、たった5分無駄にしていけば、体育を1年間できなくなるのと同じことになってしまうのです」
 ここまでさせると子どもたちは、たった5分ザワツイていただけで、1年間では、(自分たちが一番好きな)体育の総時数以上の時間が無駄になることを感じとります。
 この指導は効果が高いです。「けじめをつけよう!」という理念の固まりみたいな言葉より、数字を出す話のほうが、はるかに効果があるのです。
 もちろん授業がおもしろければ、子どもたちは授業を待つようになるので、このような指導もいらないのですが・・・。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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教師と子どもが危機的関係にならないよう、教師が日常すべきこととは

1 子どもと共に遊び、語り合う教師
 子どもについての理解を深め、子ども一人ひとりの興味や関心、悩みや不安、考え方や行動の特徴を把握するために、子どもたちと日常から触れ合いを深めることが大切である。
 教師が子どもたちと遊んだり、雑談できる機会を作るように心がけたい。
 そのとき、教師が1人の人間として心を開いて語りかけると、子どもも心を開いてくる。
 また、教師は、子どもの話を真剣になって聞くように努め、途中で口をはさんだり、説教しないようにしたい。
 触れ合いを通して、子どもたちは少しずつ心を開いてきて、話しかけたり、相談するようになるものである。
 教師が子どもたちの良さや可能性を伸ばすように努めると、子どもは教師に期待されていると感じ、期待に応えようと行動し、問題を起こすことは少ない。
2 教師が生き方のサンプルを示す
 教師として、社会の一般常識をしっかりと身に付けて行動し、教師が1人の人間として真摯に生きていく姿を子どもに示すように努めたい。
 そのためには、教師が教養を深めるように努める。
 そして、教師は服装や言葉遣い、行動等に常に注意を払うようにする。
 さらに、子ども一人ひとりを1人の人間として尊重する姿勢を忘れない。
 子どもの意見もよく聞き、その考えが子どもの生き方に深く影響していることを理解して接するようにしたい。
「だめ」「間違い」と教師がすぐに発言を否定するようなことは、やめたいものである。
3 子ども一人ひとりの居場所をつくる
 子ども一人ひとりの存在を大切にし、子ども自身が存在感を抱くようにしなければならない。
 子ども自身が学級に必要とされていると意識したとき、学級への所属感が高まり、自分の居場所が学級内にできるのである。
 子どもたち一人ひとりが役割を分担し、遂行することにより、自己存在感を抱くようになる。また、友だちの役割遂行に協力することにより、学級の一員としての連帯感を高めることになる。
4 失敗を生かす力を培う
 人生は、ある意味では失敗を乗り切っていく過程でもあると言える。
 教師は、子どもが失敗しそうな時、すぐ手を出してしまう傾向が強いが、適度な失敗も必要である。
 子どもが失敗した時、別の方法を考えることが大切なことを教え、子どもと一緒になって解決する姿勢が大切なのである。
(荻野一郎:元東京都公立中学校長)

 

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思春期の子どもの子育てに悩む親たちの救いになることとは

 あんなに素直だったわが子が思春期に、急激に変わってしまうことに戸惑ってしまう親たち。
 子どもたちは思春期に何が起きているのでしょう。子どものSOSってどうすればわかるでしょうか。
 全国各地の教育カフェに集まった母親たちから子育ての悩みが率直に語られました。
「28歳になる娘がいる。小学校までは『いい子』だったが、その後はずーと悩みっぱなし。自信がないようで、家でストレスを発散するので、地雷を踏むような感じです」
「中学3年の息子が3学期から不登校の学校へ。学校へ行っても授業がうけられない。出席をとってもらって帰るだけ。不安を聞いてもあまり語らないので、結局、私が誘導してしまう感じ。どう対応したらよいかわかりません」
 思春期は自立の時期といわれています。自我を確立してひとりあるきできることが求められます。
 しかし、今の子どもは、生活の自立は後回しにされて、学校の体制に乗り遅れないように追い立てられるのです。
「中学生と高校生の子どもがいるが、進路の話をすると火に油。自己肯定感を高めるって、どういうことなんですか」
 思春期の子どもたちは「嫌いな自分」「学校や親が評価している自分」と向き合えない自分に苦しんでいるのではないでしょうか。
 親たちだって同じような出口のない現状に苦しんでいるのです。
 村上康彦(「母親の孤独から回復する」講談社の著者)氏は、わが子からの虐待に追い込まれている母親たちの回復支援に最も有力な解毒剤は「グループの連帯性である」と述べています。
「孤独だと思っていたが、自分だけではなかった」
「孤立の中で、自分のものとしては引き受けることができていなかった出来事が、グループを媒介とすることで引き受けられる」
「他の人が語り、仲間が『聴いて受けとめる』ことが『私も話してよい、話してだいじょうぶだ』という安心感を与えてくれる」
「つながりの安心感を内面化することが回復の仕上げである」
「安心感の獲得と、自分の過去とつながることは、自分自身とのつなぎ直しのことでもある」
 他者から受けとめてもらうことから生れるつながり合う安心感は、虐待に追い込まれた親たちだけではなく、不登校の子どもを持つ親でも、引きこもりの子を持つ親にも、思春期の子育てに悩む親にも大切な意味を持っているのでしょう。
 話し合う中で受けとめてもらえたという、つながり合う安心感を力にして、子どもとの新しい関係を見つけ出し、創り上げていくでしょう。
(村上士郎:大東文化大学名誉教授)

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小学校低学年の子どもたちの指導のポイントとは

 低学年の子どもは、かわいらしくて、人懐っこく愛嬌があります。
 ささいな失敗や荒っぽい行動も、少々のことは許すことができてしまいます。
 しかし、そのままにしておいては、いけません。
 子どもは無邪気な「天使」ではありません。
 特に、低学年のうちは「ならぬことは、ならぬ」と、ことあるごとに、しっかり指導しなければなりません。
「何が悪くて、何がよいのか」という善し悪しの区別がつかなくなった子どもは「悪魔」に豹変してしまいます。
 低学年の子どもの指導は、手をかけすぎないようにします。
 低学年の子どもは、何をするにも時間がかかり、まどろっこしく感じてしまうことも多く、口を出してしまいそうになります。
 しかし、大人が子どもに口や手をかけすぎることは、子どもの成長のチャンスを奪うことになります。
 非効率で時間がかかるのが低学年の子どもであると考えて、じっくりと構えて、見守ることが必要です。
 低学年の子どもを「押さえつけて指導する」のは危険です。
 子どもたちの、ささいなことにも、目くじらを立て、押さえつけて指導し続けることは危険です。
 やがて、子どもたちは「また、何か、おこごと言っているよ」「へっちゃらだ」と、必ず指導に従わなくなってしまいます。
 力で押さえようとすれば、どんどん強い力が必要になり、歯止めがきかなくなります。
 低学年の子どもが教師を軽んじ始めると、制御不能の騒乱状態になってしまいます。
 いざという時の厳しい指導が、クラスを安定させます。
 低学年の子どもほど、ささいな言動をどんどんほめることで、よい行いがクラス全体に広がっていきます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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授業で、子どもの意欲を喚起させる、おもしろい発問をつくる心構えや視点とは

 若い教師の授業を見ると、教師がやみくもに「発問」を繰り返し、子どもたちは「ちんぷんかんぷん」という場面があります。
 教師の発問には「ねらい」「意図」「方向性」などが問われます。
 にもかかわらず、それらがない発問が繰り返されてしまうと、子どもたちの思考を著しく混乱させるばかりとなってしまいます。
 逆に、何の感動もなく、無味乾燥な発問を繰り返す授業に出くわすことがあります。たとえば、
「ここからわかることはなんですか?」
「筆者は、どんな気持ちでしょうか?」
「どうして、こうなるのですか?」
といった発問です。
 平板なトーンの発問を繰り返して聞くと、子どもたちは「またか!」という思いに支配されてしまいます。
 大方の子どもたちは「もう、うんざり」とばかりの表情で思考を停止させ、だんまりを決め込むことでしょう。
 それが、1時間の授業だけでなく、次の授業も、その次の授業も、同じように繰り返されたら、子どもたちはすっかり意欲を失い、ひたすら「忍耐」を覚えることになってしまいます。
 こんなとき、教師は子どもたちの無反応に腹を立てて「授業に意欲がない」とばかりに、子どもたちに責任を被せてしまうこともあります。
 発問で失敗する原因で考えられることは、
(1)発問が子どもたちの興味をそそるものではなく、子どもたちが自ら考えることを放棄するものになっている。
(2)発問そのものが、子どもたちの実態と「ズレ」ているために、意欲が湧かなかったり、発問に真実味がなかったりする。
(3)子どもたちにとって、発問のことばが難しく、発問の内容を十分に理解できない。
 こうした発問の問題点を振り返って、分析してみる必要があります。
「おもしろい発問」づくりは、次の視点をもとにつくりましょう。
 マニュアル化した発問では「おもしろい発問」は成立しません。
 教師自身が発問を工夫してこそ、おもしろい発問はつくられます。
(1)その発問は、教師にとっても「おもしろい発問」ですか。
(2)授業の目標に照らし、どんな順序でどんな発問をしたらよいですか。
(3)子どもの実態と教材にどんなズレがありますか。
(4)発問に入れ込むべき要素が考えられていますか。
(5)どんなことばを使えば子どもたちにわかりやすいですか。
「おもしろい発問」は、様々な条件を慎重に吟味して、はじめて成立します。
 まずは、自分で作った発問が「教師にとっても、子どもにとっても、おもしろい発問か」を考えることから始めます。
 常に、子どもたちの存在を忘れないで作ることが大切です。
 教師は発問にこだわらなくてはなりません。講義式の授業では、子どもたちが主体的で対話的な深い学びを実現することができない。
 教師は発問によって、子どもたちの学習意欲を引き出し、主体的な学び合いをつくりながら、確かな学力を身に付けさせることをめざしています。
 効果的な発問によって、学びが動機づけられた子どもたちは、自ら解を求めて学習するようになります。
 授業の中で成果が見えるようになれば、成功感・成就感が喚起され、よりいっそう学びを深めることができます。
 だからこそ、発問づくりは重要なのです。
「こう聞いたら、このように反応するかなぁ」
「こう問えば、きっとこう答えてくるだろう」
など、子どもたちの実態に応じて発問は変化します。
 子どもたちが意欲的に取り組むための発問の技術を身に付ける必要があります。
(大畑利則:1952年生まれ、元静岡県公立小学校校長)

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学級崩壊しないようにするには、崩壊学級の特徴をださないことだ、どうすればよいか

 私の学級も、いつ学級崩壊という現実になってもおかしくないと思っている。私は学級崩壊が怖い。だから学級崩壊しない学級づくりを全力で行っている。
 最近、気をつけているのが、崩壊学級の特徴をださないことだ。
 数々の崩壊学級を見てきた。それらの学級には共通した点が多くあることに気がついた。その特徴さえ出さなければ、学級崩壊をある程度防げるということだ。例えば
(1)教室が汚い
 崩壊学級では、多くのゴミ、プリントなどが散乱している。
 汚れた教室だと、子どもたちは汚すことを躊躇しない。ゴミは捨て放題である。あっという間に教室は荒れていく。
 だから、私が掃除をする。整理整頓する。教師がそこまでしてでも、崩壊学級の特徴は絶対に出してはいけない。
(2)子どもたちの動きが遅い
 崩壊学級の子どもたちは、動きが遅い。給食の準備だけでも30分かかる。帰りの会を始めるのにも10分以上かかる。
 だから、私は時間にうるさい。いろいろなことに目標タイムを設定し、キッチンタイマーで時間を管理している。
 目標タイムさえ設定できれば、子どもたちはがんばるものだ。
 私のクラスでは給食準備は10分以内。帰りの会前にランドセルを片付ける時間は2分以内。それが当たり前になっている。
 動きの素早いクラスは崩壊しない。スピード感を大切にしよう。
(3)ゲームが成り立たない
 崩壊学級では、教師の指示が通らない。子どもたちはルールを守らない。ゲームが成り立つはずがない。
 だから、私のクラスでは、どんどんゲームをする。そして、教師の指示に従うこと、ルールを守ることを教えているのだ。
 私はゲームが大好きである。授業の最初に、合間に、最後に時間を見つけてはクラスみんなでゲームを楽しんでいる。
 楽しんでゲームをすれば、子どもたちの仲が良くなる。ゲームは子どもたち同士を、つなげる。
 ゲームが成り立つのは、学級が崩壊していない証拠である。どんどんクラスでゲームをしよう。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

 

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4月に、百人一首で、クラスを盛り上げ、まとめる

 百人一首は小学校・中学校・高校でも必ず役に立つため、教え子やその親から感謝される。
 できれば、4月中に始めたい教材である。これ一つで、クラスは盛り上がり、まとまるからである。
 子どもに国語力をつけさせるための有力な方法の一つに、名文をたくさん読ませることがある。
 百人一首などは、名文ばかりである。教材としてのすばらしさは、あらためて言うまでもない。
 学校でやる時は、時間が約10分でできる五色百人一首(1色が20枚)であれば、1日のうちのどこか、すき間の時間に行うことができる。
 教室での試合は、ペアになって実施する。教室の座席をもとに、試合を行うのであるが、教室が騒然となるほど盛り上がる。
 勝った子どもは上位グループへと進み、負けた子どもは下位グループへと進む。
 負けたら、1つ下の机へ移動する。勝ったら、1つ上の机へ移動する。しばらくして、チャンピオン席を逆転させると、気分転換になり、大興奮で盛り上がる。
 小学校高学年になると、異性を意識するが、自然と手も触れながら、男女の仲も良くなっていく。クラスの雰囲気も、和気あいあいとして楽しい。
 子どもたちには、100首を印刷した用紙を配布し、毎日少しずつ覚えてくるようにしている。
 東京教育技術研究所の五色百人一首は、取り札の裏に上の句が書いてある。一首終わった後、次の句に移る前に、裏返して覚えることができる。
 試合になると、みんな勝ちたいために、裏返して確認している。こうやって自然と覚えていく。
 覚えれば、やりたくなるのが本能で、子どもたちは百人一首を楽しみにしている。
 私のクラスでは、毎日、百人一首コールが起きる。
(古川光弘:1962年生まれ、兵庫県公立小学校教頭。「教材・授業開発研究所」MLを主宰。サークルやまびこ所属)

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大変な子どもたちがいる学級が荒れないようにする授業づくり、学級づくりとは

 今、子どもたちが荒れたり、学級崩壊をするクラスが多くなっています。
 どのクラスも崩壊してもおかしくない状況になっているように思うのです。
 そうしたとき、教師は「なんとかしよう」と強権的な手段に出ることがあります。
 しかし、子どもたちは「自分の思いを聴いてもらえない」と思っているのですから、逆効果にしかなりません。
 そんなときのヒントになる実践を紹介します。例えば、次の詩を取り上げます。
「一ばん、みじかい抒情詩」
「なみだは」
「にんげんのつくることのできる」
「一ばん小さな」
「海です」
 この詩で、子どもたちを変える授業の工夫をつぎのように行います。
(1)最後の「海です」のところを「水たまりです」と変えて提示します。
(2)題名から「一ばん小さな」までの4行は、模造紙に書いておく。
(3)最後の1行は「水たまりです」と「海です」の2枚用意する。模造紙に書いて磁石で貼れるようにする。
(4)最初に「水たまり」を提示したときに、子どもたちは「アレ?」と思って「おかしいよ!」「ちがうじゃん!」といろいろ言ってくるから、
「おかしくないよ」と言って、水たまりから、考えられるイメージを言わせていくようにする。
(5)「水たまり」だと、「きたない」「小さい」「すごく浅い」などと出てくるはず。
(6)それと比較させるように、「水たまり」を入れ替えて「海です」を提示して、海のイメージを考えさせる。
(7)「きれい」「青い」「魚がいる」「広い」「深い」「大きい」などと出てくるはず。
(8)出てきた海のイメージの中で「なみだ」とつながるものを考えさせる。
(9)その後、海となみだをつなげてイメージを広げていくようにする。
 子どもが「思いを聴いてもらえていない」と思っていたり、教え込むだけの授業をしていたりすると、子どもの不満が高まり、授業が成立しなくなったり、学級崩壊につながる可能性があります。
 そのような状況になると、子どもたちは授業の中で「いちゃもん」をつけたくて仕方がなくなります。何かしら文句を言って、授業の邪魔をするのです。いわば「私的ないちゃもん」です。
 荒れたクラスであったとしても、大変な子どもたちをいかに引き入れるかを考えることが大切なのです。
「私的ないちゃもん」を「水たまりです」という言葉を使うことによって、
「おかしいよ!」「間違っているんじゃない」などという、
「公的ないちゃもん」に位置付けてあげることが、授業の邪魔をする子どもたちを引き入れる大きなポイントなのです。
 そうして授業の中に引き入れていきながら「水たまりじゃいけないの?」とわざと開きなおり、
「水たまりだと、どんなイメージ?」と問いかけることで授業にのめり込ませていくことができるのです。
 子どもの実態を考えながら「いちゃもん」に対するアプローチを考え、学習課題に向わせていく。
 これは「授業づくり」と「学級づくり」の両方を視野に入れた「学級マネジメント」といってはよいのではないでしょうか。
(増田修治:1958年埼玉県生まれ、埼玉県公立小学校教師(28年間)、白梅学園大学教授。「ユーモア詩」を通じた学級づくりを進めた。2002年にNHKにんげんドキュメント「詩が踊る教室」放映。小学校教師を対象にした研修に力を注ぐ)  

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学級づくりは4,5月の教師と子どもの関係づくりがポイント

 現代の子どもたちは、教師が指示や指導をしても、従順に受け入れようとする傾向が著しく低下しました。
 最初は、静かに教師の指示に従っていたとしても、徐々にそのような傾向がなくなり、反発や不服従的な行動や態度が見られるようになってきます。
 学級づくりは「教師と子どもたち一人ひとりとの二者関係の形成」がスタートです。
 対人関係の持ち方に、独特の傾向をもつ現代の子どもたちには、教師からの適切な働きかけが不可欠なのです。
 現代の子どもたちは、教師との人間関係を、友だち関係の延長線上、私的な二者関係のレベルから捉える傾向があります。
 したがって、学級の中での子どもたちの行動の傾向は、教師に対しても向けられるのです。
 教師と子どもたち一人ひとりとの親和的な二者関係が形成されていない中で、教師と児童という役割関係を前面に出しすぎると、子どもたちは抵抗感を持ってしまうのです。
 学級集団づくりの第一歩が、教師と一人ひとりの子どもとの二者関係づくりです。この関係づくりがうまくいくと、子どもたちは精神的にも安定し、子ども同士の関係づくりも促進されるのです。
 二者関係は新学級で出会ったはじめの2か月がとても重要です。の仕方は次のようにします。
 4,5月の段階で、子どもたちに教師の人間的魅力を感じてもらえるかが、キーになります。それがうまくいくと、子どもたちは自ら教師に心を開いてくるのです。
 教師の人間的魅力とは、教師に対する親近感や、先生は自分を受け入れてくれるという受容感があります。
 同じようなもので、教師といると楽しい気分になれるという明朗生もあります。
 さらに、教師に対する好意や信頼感、ある種のあこがれなどもあります。
 そして、教師の専門性にもとづく教え方のうまさ、熱意などの熟練性も含まれます。
 小学生はこれらの教師の人間的魅力を、混ざり合って感じるのです。
 そして教師の人間的魅力にひかれ、教師との二者関係の形成を望み、関係が形づくられていくのです。
 したがって、どんなに教育技術の高い教師でも、親しみや受容感、楽しさがないと、現代の子どもたちはその教師の教え方がうまいとは感じないので、注意が必要です。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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4月から始める学級崩壊しないクラスづくりとは

 新学期がスタートする4月には、教師の誰もが自分のクラスが学級崩壊するとは思ってもいません。
 しかし、現在では、どのクラスも崩壊する危険性をはらんでいます。
 担任のリーダー意識の希薄さが崩壊を招きます。
 日常の些細な指導から逃げておきながら、学級が乱れはじめて「やめなさい」「言うことをききなさい」と目をつりあげて言ったところで「今さら何を言っているの」となってしまいます。
 教師は、子どもを指導する立場にあります。担任はクラスのリーダーなのです。教えるべきことは教えなければなりません。それが人を育てる者の責任です。
 子どもは、リーダーだと認める人の言葉には素直に耳を傾けます。
 反対に、教師にリーダー意識が希薄だと、子どもは教師をリーダーと認めることはなく、教師の発した言葉を軽く受け流すようになります。
 これが、学級崩壊の原因になることは間違いありません。
 前年度のクラスでうまくいった方法も、今年度のクラスではまったく通用しないということがよくあります。
 教師が「ねらい」を達成するためには、方法をたくさん持つことです。
 選択肢が広がり、より効果的な方法でねらいに迫ることが可能になります。
 学級づくりでも授業づくりでも、多くの実践の知識をもつことで、子どもの実態や場の状況に応じて対応することができます。
 特に若いうちは、特定の団体や人物の実践に固執せず、さまざまなところから幅広く学んで多くの実践を知り、多様な教育論や主張に触れることが必要です。
 自分とは考え方や方法が異なることこそ、大切にする必要があります。そこから学ぶことが視野を広げ、力量を高めるのです。
 表面的な技術を真似するだけでは、クラスは荒れます。
 実際に子どもを指導するためには、子どもの実態に応じた方法であることはもちろん、自分に合った方法で行うことが必要です。
 完全に崩壊してしまってからでは、立て直しは非常に難しくなりますから、崩壊の前兆を見逃さず、早い段階で手を打たなければなりません。
 例えば、授業に真剣に参加しない、平気で忘れ物をする、宿題を怠る、学校のきまりを破る、時間にルーズになる、掃除を真剣にしない・・・・・。
 そのような子どもが増えてきたら、クラスの統率が乱れている証拠です。すぐに対応しましょう。
 クラスに落ち着きがなくなると、悪いところばかりに目がいきがちです。「当たり前」にできていることにも目を向けるようにしましょう。
 統率がとれていないと、子どもとの関係がしっくりいかなくなってきます。
 子どもたちが教師を敬遠するようになり、指導を受け入れなくなります。
「しっくりこないな」と感じたら、子どもと触れ合う機会を増やすようにしましょう。
 休み時間に一緒に身体を動かしたり、会話を交わしたり、教師から子どもに近づく努力が必要です。
 一緒に遊び、話をするうちに、互いに知らなかった一面に気付き、親しみを感じるようになります。
 授業に集中できない子が増えてきたと感じたら、努めて子どもを引き付ける授業づくりの工夫をしなくてはなりません。
 子どもの興味・関心を引く題材や教材を準備して、子どもが意欲的に参加できる楽しい授業を行います。
 その中で、話を聞く態度や授業を受ける姿勢、挙手の仕方や発言のきまりといった授業規律を丁寧に指導して、教師の指示通りに活動できるようにしていきます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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保護者からの苦情対応はどうすればよいか、弁護士から学校や教師へのアドバイス

 弁護士として学校関係者から相談を受けるたび、先生方が「誰のために何をしたいと考えているのか」という疑問を禁じえません。
 また、明らかにダメなものには、はっきりとダメだと言えばいい、そうすればもっと楽になるのに、どうしてしないのかとも思います。
 また、法律的に白黒の判断がよく分からない場合、真っ白なところと真っ黒なところをまず知ってください。それが分かるだけでも、楽になるのではないでしょうか。
 そう見ていると、先生は線引きが非常に下手だと思うのです。
 この保護者はクレーマーなのか、それとも訴えを聞くことで、幸せにつながる大事な宝物をもってきてくれている保護者か、という判断が、学校や教師ができていない、しようとしていないということです。
 保護者からの苦情を、目の前にいる子どもへの教育的配慮として、学校はどうするべきなのか、を考えることだと思います。
 つまり、子どもの成長、学習の保障という部分から見て、その保護者の訴えが正当か正当でないかということです。
 常にこの発想に立って学校は対応するべきです。
 この発想がしっかりとできていて、それをきっちり説明できれば、ほとんどの場合はうまくいきます。
 ただし、これが通用しない少数の保護者もいます。そういう人たちへの危機管理を意識して学校経営を考えなくてはいけないと思います。
 先生はすぐ保護者をクレーマーにしようとします。その理由は、保身や対人関係スキル不足が大きいのではないかと思います。
 もう少しちゃんと対応すればいいものが、出てくる保護者をクレーマーだと言うのは「私には、もう扱えません」と告白しているも同然だということです。
 ダメなことはダメだと言うことは「是々非々」を判断して実行するということです。
 この「是々非々」の線を、教師や管理職も含めて、実行に移すという「術(すべ)」が必要なのです。
 目の前に起こっていることが是か非か分からなくては困ります。
 その線が分かったとしても、判断に従って行動する際に、障壁や支障が出てくる場合もありますので、そこをどう具体的に対応していくかを含めて「術(すべ)」がなくてはなりません。
 最前線に立つ現場の先生方が、トラブルの際に孤立しないで教育活動を遂行できないといけません。
 そこでは、誰かに支えてもらうことが必要な場面が出てきます。校長や教頭の役割の重要性に焦点があたります。
 同時に、クレーマーのような人たちに対して、まっとうな要望の出し方がどういうものかを理解してもらう視点も必要なのかとも思います。
 また、人がそれぞれ寄って成り立つ人間社会では、うまく関係をとっていくには、相手のことを考えないとけないという根本的な視点、また学校は子どもたちに何をすべきかという視点も必要だと思います。
(三木憲明:大阪弁護士会)

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黄金の3日間における学級開きは、どのようにすればよいか

 教師は1年で結果をださなくてはならない。その鍵を握るのが「黄金の3日間」である。「黄金の3日間」こそ、教師の仕事開きとも言える。
 この3日間は、少々の腕白坊主も耳をこちらに傾ける。この3日間で、担任は気概をもって、クラスを統率しなければならない。どうすればよいのでしょうか。
1 インパクトのある自己紹介をせよ
 学級開きで、子どもの最大の関心事は「今年の担任は、どんな先生だろうか」ということである。
 最初の出会いが重要である。教師の自己紹介で、どれだけ子どもの心をつかめるかが重要である。
 子どもの固定観念を破壊するくらい、教師自らが、逆転現象を起こすような自己紹介をすることが大事である。
2 明確な方針を示す
 学級開きのときは、学級の子どもたちは「群れ」の状態である。
「空白」の時間をつくると、子どもたちは自分勝手な行動をするようになり、学級集団は崩れていく。
 学級の統率者である担任ができるだけ早く「方針」を示す必要がある。例えば
「みんなに身につけてほしいのは「けじめ」です」
「同じ教室で集団生活をしていくためには「けじめ」が必要です。一人ひとりが勝手な行動をしていては、学級生活は成り立ちません」
「次に、先生が絶対に許せないのは『いじめ』です」
「先生は差別を絶対に許しません。差別はする方も、される方も人間をだめにするからです」
「先生は、みんなのお父さん、お母さんから、みんなを1年間預かりました。誰か1人だけ楽しくても、先生の責任は果たせません」
「先生は全員が楽しく過ごせるようにしたいと思います」
3 子どもが動ける「しくみ」と「システム」をつくる
 方針が示されても、何をどうすればいいのか分からなければ、子どもは動くことができない。
 子どもが動けるようにするためには「しくみ」と「システム」をつくりあげることである。例えば、
「みんなが学級生活を送っていくためには、3種類の仕事を役割分担していく必要があります」
「1つ目は、掃除や給食当番など、毎日のように繰り返される仕事で、何人かで分担する仕事です」
「2つ目は、黒板係や掲示係など、必要に応じて、みんなで分担しないといけない仕事です」
「3つ目は、レクレーション係や新聞係など、みんなが楽しく学級生活を送れるようにするために、自分たちで工夫しながら取り組んでいく仕事です」
「自分たちの力で、自分たちの学級生活をつくっていきましょう」
4 アドバルーンはたたく
 この黄金の3日間は、教師と子どもたちとの主導権の取り合いなのである。子どもたちからのアドバルーンは、たたかないといけない。
 例えば「鉛筆を出しなさい」という指示を出したとき「先生、シャーペンでもいい?」と言ってくる子が必ずいる。
 実は、これが担任としての勝負の始まりなのである。1年間を左右する極めて重要な場面である。
「今、質問した人、立ちなさい」
「質問は、手をあげて、きちんと立って行いなさい」
「もう一度、言ってごらん」
「シャーペンを使ってもいいですか」
「先生は何と言いましたか。鉛筆を出しなさいと言いました」
「シャーペンについては、また考えます。今は鉛筆を出しなさい。無い人は貸してあげるので取りに来なさい」
 このように毅然と対応するのである。若い先生は何でも許してしまう傾向にある。
 これができないから、ルールがなくなり、クラスが崩れるのである。
 教師がクラスを統率すれば、子どもたちの表情はみるみる穏やかになる。
 可愛がることは、後からいくらでもできる。
 クラスが崩れてしまえば、後から立て直すことは至難の業なのである。
 最初の3日間は大切にしないといけない。
 子どもたちに好かれよう、楽しい先生と思ってもらおうと、見栄のために、ゲームなどで3日間が終わってしまうと、とんでもないことになる。
 最初の3日間は、クラスが動くシステムをつくり上げる大切な時間なのである。
5 授業のシステムを確立する
 授業はフラッシュカード等を使って全員がそろうのを待つ。
 全員がそろったところであいさつをして、例えば
「今日の日付けを4/9と書きなさい」
「次に、今から学習するページP3と問題番号1と書きなさい」
「書けたら立ちなさい」
「きちんと書けているか、隣どうしで確認し合いなさい」
「合格した人は座りなさい」
 大切なことは、子どもたちのノートを必ず全員、何らかの方法で確認することである。
3日間ともノートをきちんと確認する。
 落ち着かないクラスを担任したときは、次のような10分間パーツ教材で授業を組み立てる。 
(1)10分前後で完結するか、区切りをつけることができる教材
(2)シンプルかつ単純明快な教材
(3)必ず全員が取り組むことができる教材
(4)授業のねらいに沿う教材
 この条件を満たす教材を、45分の授業の中に、ねらいに迫るような形で効果的に配置する。
 何も難しいことはない。たったこれだけのことだが、子どもたちを引きつけ、子どもたちの集中力を飛躍的に高めることができるのである。
 ただ、10分間教材は、子どもたちが落ち着いて学習に取り組むための手段であるということだけは強調しておきたい。
(小田光治:長崎県公立小学校教師)
(古川光弘:兵庫県公立小学校教師)

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新任教師でもうまくいく授業づくりの基本とは

 授業は学力形成の場であると同時に、友だち関係や規律を学ぶ場であると意識しましょう。
 授業には、忍耐力、協調性、集中力、勇気といった人として大切な力の形成に関わっています。
 授業が教師力の本丸です。
 子どもにとって、学校生活の約7割の時間が授業です。
 授業の楽しさは、子どもが「分かった」「できた」「がんばった」という、自信を得ることです。
 良い授業には「子どもに考えさせ、苦労させ、解決させる」というところがあります。
 勉強が大好きという子どもは、そういるものではありません。
 授業のとりかかりは気分が乗らなくても、子どもが夢中になる授業であれば、子どもは自分から進んで学習に取り組むようになっていきます。
 そして、知らず知らずのうちに「勉強は自分でやるもの。能動的にやるから楽しい」と、感覚的に覚えていきます。それは自律の基礎を育んでいるのです。
 若い教師には、子どもたちが話を聞いてくれない悩みがあります。
 教師の話し方に原因があるかもしれません。
「間」のない話し方は、子どもたちは飽きやすく、頭の回転をストップさせます。
「ここは聞いてほしいな!」と思う部分の前に「間」(5秒以上)を取ってみてください。
 子どもは「次は何を話すのだろう」と思わず身を乗り出すくらい「間」を取ってみてください。
 授業の際、自分の話し方を録音してみましょう。再生してみると、大きな改善点が見つかります。
 子どもが間違いを恐れない、上手な教師の聞き方だと、子どもたちは活発に発言します。
 大発見は、すべてたくさんの失敗から生まれています。間違いや失敗があるからこそ、人は成長するのです。
 教室は間違うところ、たくさん間違えると賢くなる、ということを教えてあげましょう。
 教師はやさしい表情で、子どもが「発表してよかった」と思えるように受け止めてあげましょう。
 授業は何と言っても、開始5分間が重要です。子どもが学習する姿勢になれば、その後の学習もスムーズになります。
 チャイムと同時に授業を始めます。教師が待たないと分かると、子どもも早く準備をするようになります。
 それは自分が困るからです。待っている子どもからの不満もなくなります。
 授業の始めに行う「オープニングテスト」が有効です。前時の復習テストをするのです。
 授業の最後の5分間は「ノートまとめ」が効果的です。自分の言葉で、絵や図を用いてまとめさせるのです。
 学習したことが整理でき、自分の学習を振り返ることができます。
 板書は、学びの足跡になります。
 授業終了時に黒板を見て「こんな勉強をしたんだなあ」と、子ども自身が振り返ることができるよう、黒板1枚で板書案を具体的に考えて日々の授業に取り組んでみましょう。
 黒板に書く内容は、教科書のまとめなど「ノートに写させる事柄」と、話し合いの際に出された意見や理由といった「ノートに写さなくてもよい事柄」に分かれます。
 写す、写さないは、授業のルールとして4月中に決めておきましょう。
 板書の文字の大きさは小学校低学年は10cm、中学年は8cm、高学年は6cmの大きさで書くといいとされています。
 チョークの色は、白や黄色はよく見え、この2色を中心に板書案を考えましょう。
 発言力をつけさせるために、教師の発問について、自分の考えをノートに書かせます。書けた人は発表するようにします。
 こうすると、どの子も無理なく発表することができます。
 授業に緊張感がなければ子どもたちはだれます。
 いつ、当てられるか分からない空気は、子どもたちの気持ちを引き締めます。
 例えば「この意見に賛成ですか? 反対ですか? この列、起立して答えなさい」というだけでも、緊張感を与えることになります。
 始めから終わりまで、目一杯緊張した状態で行うのは、子どもたちにとっても、教師にとっても、しんどいものがあります。
 そんなときは、ユーモアを加えて小さな笑いを入れると、楽しく集中できます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

 

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子どもに「先生嫌い」と言われたとき、どうコミニケーションをとればよいですか

 子どもが教師を嫌いというのは二次感情です。一次感情は私を見守って、支えてというリクエストです。
 子どもが「嫌い」と言ったら、何をしてほしいと願っているのかを考えるようにしましょう。
 女子と男子では「嫌い」の意味合いが異なります。女子は注目してほしいというリクエスト、男子は敵対するという宣言です。
 人は関わりを持つと、大きく分けて「好き」「普通」「嫌い」の3つの感情をもつようになります。
 好きと嫌いには、共通している思いがあります。それは「認められたい」です。つまり、相手に振り向いてほしいのです。
 私自身、出会ったばかりの4月、心当たりがないのに「先生、嫌い」と言われたことがあります。
 彼女の様子を見ていくと、友だちとの関係がうまくいかなかったり、前の担任との違いによる戸惑いがあったりしました。
 それに気づいてほしい、というサインが「嫌い」という言葉になったのです。
 男子は不満があっても、いつまでも根にもちません。
 しかし、誤解や不満が積もり、それが限界に達すると、嫌いという感情に変わります。
 積もり積もった感情ですから、慎重に対処したほうがいい。そんな時は「嫌いにさせてごめん」と謝ります。
 良好なコミュニケーションを築くには、教師から声をかけることです。女子は量、男子は質を意識します。
 小学校高学年の女子は、話しかけるとそっけない態度をとりますが、多くの場合、それは周囲へのポーズです。だからといって、教師が声をかけないでいると、相手にしてもらえないと不安になります。
 女子への声かけは、時間よりも回数で、こまめに声をかけるようにします。
 特別なことを話題にすると友だちの目が気になりますが、立ち話で日常の話題なら気兼ねなくできます。5秒もあれば十分です。
 男子は教師に話しかけることは稀です。男子は男子と一緒にいるほうが楽しく、安心できるからです。
 男子への声かけは、教師と話をしたという満足感が大事になります。そのポイントは、男子にとって重要な話題を一つに絞ることです。
 そのためには、男子が気になっていること、気にしてほしいことを事前に下調べをし「把握」しておきます。
(城ケ﨑滋雄:1957年鹿児島県生まれ、千葉県公立小学校教師、教育委員会、不登校対策教員として不登校児童と関わる。荒れた学級の立て直し、小学校教師として教育情報雑誌「OF」等で情報発信している)

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