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2019年8月に作成された記事

教材研究は三度の下ごしらえをすると、深みのある授業ができる

 教師にとって授業は生命線です。
 その授業の教材研究が楽しくなれば、授業に挑む気持ちも変わりますし、教師としての生活がとっても楽しいものになります。
 日々の授業は正直、しんどいこともたくさんあるし、上手くいかないほうが多いのですが、悲壮感を抱くのではなく、楽しんでしまえということです。
 何でも「やり過ぎる」と「面白さ」が見えてきます。一つの教材をとことん分析してみます。
 例えば、国語の教材研究です。「大造じいさんとガン」の教材研究をします。
 まず、教材文を三つ用意します。
 コピーするときは、周りに余白ができるようにコピーします。
 教科書は見開きB4なので、コピー機のA3モードで取れば余白ができます。
 三つの教材文は次のように使います。
(1)自分の思ったことをどんどん書き込んでいく
(2)指導事項に関わる部分に線を引きながら書き込んでいく
(3)子どもたちが初めて物語と出会ったときの感想文の中から、これというものを書き込んでいく
 勝負をする単元は、このように下ごしらえを三回します。
 そして、授業にかけるものを絞り込んでいく。
 教材によって絞り込む三つは変わります。
 このように観点を変えて教材にアプローチをしておくから、授業に深みが出るのです。
 教師の授業をする際のオーラも変わってきます。
 たくさん切り込んでおいて、どんどん捨てるからこそ、深みのある授業ができるのです。
(森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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問題を起こした子どもの保護者から話を聴くとき、どのようにすれば保護者と連携することができるか

 まず、子育てに対するねぎらいの言葉から始めて、保護者の語る話に全神経を集中して、最後までしっかりと聞き、話を受け入れていくことが大切です。
 不安や不信、親の怒りや困っている感情など全ての思いを聞き取ろうとする心構えが求められます。
 このとき、保護者の言い分を十分に聞かないまま、学校が説明し説得しようとすると、保護者に聴いてもらえなかった不満が残ったり、不信感が生じて、非協力的となり、問題がこじれてしまうこともあります。
 このような状況に陥ると、いくら正しい内容を伝えても、受け入れてもらえないことになります。
 保護者との関係が悪化する背景をみると、保護者の話を傾聴し、受容する姿勢に欠いていることが原因となっている場合が少なくありません。
 保護者と連携するには、初期において、保護者の心情を理解し、子どものことで悩んでいれば、解決に協力し、今後も気にかけていくことを伝えながら、信頼関係をつくっていくことがポイントとなります。
 保護者への問題行動の事実関係の説明はどのようにすればよいのでしょうか。
 今回の件に関連した学校やクラスの状況を説明した後に、その子の問題を説明するという流れが、保護者の正確な理解につながっていきます。
 つまり、全体から個人へという流れで説明するとよい。
 気をつけたいことは、保護者の語る内容を「事実と意見」に分けて話を整理するようにします。
 例えば「AくんがBくんの教科書を破いた」のは周囲の子どもも見ていた事実ですが、それが「いじめによるもの」と保護者が判断していることは意見になります。
 多くの語りは、事実と意見が混在したものであることに注意が必要です。二つを整理しながら聴くことが求められます。
 保護者の発言内容に教師の感情が揺れ動き、中立的な立場をもち続けることが難しくなります。
 どうすれば冷静さを保てるかというと、
(1)感情が揺れ動くのは当たり前という心構えをもつ。
(2)もう一人の自分が感じ取るモニタリングを行う。
ことが手だてとなります。
 保護者が学校に期待している対応を確認することは、保護者の心情の理解に役立ちます。
 しかし、保護者が期待する対応が現実には難しいと判断した場合は、
(1)そうすることが、周囲の子どもたちから特別視される。
(2)反発を招く可能性がある。
ことを保護者に伝えながら、学校が集団生活の場であることに、目を向けてもらう必要があります。
 保護者と話がこじれてきたときには、例えば、その場で即答せずに「この話は、いったんお預かりして、検討した上で連絡します」と、クールダウンすることもスキルの一つです。
 日頃は、教師と子どもとは「教える-教えられる」の関係ですが、教師と保護者とは、子どもの成長を「見守る-指導する」という同じ土俵にいる大人同士の関係にあります。
 保護者と連携するには、教師の教える姿勢はいったん封印し、子どもの問題解決という同じ目標をもっていることを確認しながら、保護者への支援を進めていくことが大切です。 
(石橋昭良:警視庁少年警察部門心理職を経て文教大学教授。臨床心理士)

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教師が子どもや保護者の信頼を得るには、自分なりの語りの技を身につけなければならない

 教師は話すことを商売としていると言ってよい職業ですから、もっとも重要なのは話し方の技能ということになるでしょう。
 授業における発問や指示は話し方の技能が前提となります。
 生徒指導において、子どもたちを指導したり説得したりするのも話し方の技能が前提になります。
 学級で連絡したり説明したりするのも話し方の技能が必要です。
 保護者会で学級の様子を報告したり、職員室の先生に相談したりするのも同様です。
 話し方の技能というと、わかりやすい話、明快な話、おもしろい話など、いわゆる話術のことと考えられています。
 しかし、あまりにもなめらかな話は、ときに嫌味に聞こえる場合があります。
 なめらかに話をする営業マンというのは、確かに一定の成果をあげます。
 しかし、トップに立つような営業マンは決して、ただ、なめらかに商品の宣伝ができる人ではなく、実感のこもった世間話のできる人であったり、たどたどしい口調ながらも、消費者に寄り添って自分の迷いや見解を誠実に語る人であったりすることが多いそうです。
 やはり、人間は感情をもっていますから、話のうまさよりも、共通の察し合う関係をいかにつくれるかにかかっているのだといえそうです。
 あまりにもウケをねらった話は誠実さを欠いた印象を与えることもあります。
 教師の話し方の技能にも同じことが言えます。ただ、なめらかで、うまく話すことが子どもたちや保護者に伝わる話し方ではない、ということは意識したほうが良いでしょう。
 少々たどたどしくても、その教師独自の語りこそ聴きたいと思っているのです。
 学級の最初の学級懇談会で保護者が、どんな先生か評価するのは人間性です。
 なめらかに話をする先生は有能な印象を与えるかもしれませんが、どこか冷たい、裏があるのではないかというイメージを与えがちです。
 保護者たちは、その先生がどれだけ誠実に一生懸命やってくれそうな先生かということを見ています。
 それは、教師がしゃべった話の内容より、その先生の表情や仕草、迷いやものの見方や考え方などの総合的な印象、つまりは、その先生の独自の語り方によって判断されているのです。
 例えば、保護者の一つ一つの質問に対して質問者の方を向いて話したとか、目線を合わせながらも、他の保護者への気づかいがあったとか、教師が自分の言いたいことだけ言って保護者の話を聞かない態度とか、といったものを見ているのです。
 保護者会で一人ひとりの保護者と対話を成立させられる教師は、間違いなく子ども相手でも同じことをしてくれるはずです。
 わが子をあずけるにたる、信頼を寄せられる教師か否かは、そうした印象によって判断されるわけです。
 教師はまず何より、子どもや保護者を前に対話を成立させられるような自分独自の語りを身につけなくてはならないのです。
(堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

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子どもを叱るとき、教師が心がけるべき大事なポイントとは

 叱るということは、子どもたちの心の安定と安全の保障とならなければならないのです。
 そのため、教師は感情に流されないようにしなければなりません。
「この子は絶対によくなる」という思いを持ち続けていきたいものです。
1 「許す心」で叱る
「絶対に許さないぞ」という思いで叱ると、どうしても感情的になります。そうなってしまうと、子どもの心に響くことはありません。
「この子は必ずよくなる」という思いをもって子どもに接していきたい。
2 自分の指導不足だったことを認める心で叱る
 教師が「ちゃんと教えただろうが!」と語気を荒くして叱るときがあります。
 しかし、子どもの失敗の裏には、教師の「自分の指導不足があったかも」という内省の心が必要ではないでしょうか。
 教師の「ちゃんと指導していました」という言い訳ほど空しいものはない、と以前、先輩に教えてもらったことが、今でも私の心に残っています。
3 叱る場面を決めておく
 教師が自分の感情で叱ったときに、子どもが「なぜ、叱られるのだろう」と納得できないことがあります。 
 そこで、どのようなときに叱るかを子どもたちに宣言をしておくようにします。
(1)心の安定
 優しさを忘れた時(いじめや差別を許さない)
(2)安全の確保
 命を大切にしない時   
(3)前向きの姿勢
 努力をしない時
4 叱るタイミングと場所は細心の配慮を
 叱る時「直ちにその場で」が原則ですが、子どもによっては、その状況によって、場所を変えるなどの配慮をしないといけないことがあります。
5 みんなの前でなく、一対一で叱る
 「恥をかかされた」という、子どもの自尊心をつぶさないようにします。
 そこで、子どもと一対一で誠意をもって話を聞き、必要に応じて叱るくらいのゆとりをもちたいものです。
6 事実を確認し、事実だけを叱る
「おまえというやつはどうしようもないな」などと、子どもの人格を否定することにならないよう、先入観だけで叱らず、きちんと事実を確認し、叱ることが大切です。
7 心に染み入る温かい言葉を考えて叱る
「あなたらしくなかったね」「もうしないと信じていたんだけど」というように、子どもの存在を認める言葉を入れて叱るようにします。
8 叱るべき時に、叱ることをためらわない
 その子どもとの人間関係が壊れることを恐れて叱ることを避けてしまうことがあります。
 しかし「人には温かく、規則には厳しく」をモットーにして、叱る場合には、毅然とした態度で臨むことが大切です。
9 公平な態度で相手の言い分も聞いて叱る
 気難しい子や成績の良い子は叱りにくいと聞いたことがあります。これでは、他の子どもにとっては教師不信につながっていくものです。
 子どもの言い分を、心を静めて聞き、受けとめてあげることが大事です。そして、事実に基づいて反省させるように叱るようにします。
10 過去にこじつけないで、将来のために叱る
「あの時も同じことをしたな」というように、いつまでも過去にこじつけて叱ることのないようにしたいものです。
 これから、どうしたらよいかという将来につながる言葉かけをしていきたいものです。
(椙田崇晴:1959年福岡県生まれ、山口県公立小学校長。特別活動の実践に取り組む)

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保護者からの要求に、どのような場合、弁護士に介入を求めるとよいか

 保護者からのクレームも多種多様で、リスクの程度も様々である。しかし、すべてを弁護士に相談するというわけにもいきません。
 要求内容が多すぎたり、暴言や暴行等の不当な手段を用いたりされるなど、学校が毅然とした対応をとることができず、リスクも大きいと判断される場合には、早い段階で、学校法務に精通した弁護士に相談して介入してもらうよう、積極的に考えるべきです。
 弁護士に相談して対応することにより、窓口が弁護士となり、学校側が時間を作る必要がなくなって、その分を本来の業務に充てることができるようになります。
 また、学校側が弁護士を付けることにより、相手の保護者側も弁護士に依頼する可能性が生じます。
 過剰な要求をする保護者は、往々にして感情的になっているものです。
 弁護士が介在することにより、感情論からは離れて、法律等に則した冷静な話し合いが可能となります。
(弁護士法人 飛翔法律事務所著:大阪市)

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教育は人間味が大切、子どもたちに教師の個性をアピールして仲よくなろう

 教師が子どもたちに教えるということは、ロボットが行うのではなく、人間対人間のつきあいです。
 教師が、その人ならではの個性を発揮することが大切です。
 すると、子どもたちは「ぼくたちの先生は、こんな人なんだ」と、教師の勉強以外の一面を知ることができ、教師に親しみを持つことができます。
 子どもたちは「私たちの先生はね、〇〇なんだよ」と教師の話をあちこちでします。
 それは、子ども同士でも、それぞれの個性発揮を出しあえる雰囲気づくりの第一歩となります。子どもたち同士の人間関係を深めることもできます。
 私は、次のように、得意なことを積極的に子どもの前で披露したり、好きなことをおおげさにアピールします。
(1)自分ことを話す 
 子どもの頃のこと、家族のこと、失敗したこと、趣味などを話すようにします。
 子どもたちも、どんどん自分のことを話してくれるようになります。
(2)得意なものを披露
 得意なものがある教師は、子どもたちに、これでもかというくらい披露しましょう。
 イラストが得意な教師は、いっぱいイラストを描きましょう。 
 私は、子どもと初めて対面するときに、いきなり体操の前方倒立回転とびをします。そして、最後に、私のギターでみんなと歌を歌います。卒業生に出会うと、よくこの話になります。
(3)おおげさに「好き」をアピールする
 好きなことを、ちょっとおおげさに言うだけで、子どもたちは食いついてきます。
 私は、ネコが好きです。「3度の飯よりネコが好きだ」と、強烈にアピールしていきます。
 ネコが描かれているグッズを子どもたちが持っていた場合は、おおげさに食いつきます。
 逆に、嫌いなものを強烈にアピールするものおもしろいです。
 好き嫌いだけでなく、他のことでもちょっと大げさにすると、子どもたちは食いついてきます。
(4)服装
 服装でも個性を発揮することができます。
 最近は、おもしろいイラストがプリントされているTシャツがよく売られています。
 そういったおもしろい服を着て子どもたちの前に立てば、それだけで、子どもたちは話かけてきます。
 私は、Tシャツの上にチャック付きのジャージを着ています。
「君たちに、いいものを見せてあげよう」と言って、チャックを下ろして、Tシャツを見せます。何も言わずに下ろすなど、やり方次第で、盛り上がります。
 方言が言える、グルメ、雑学を多く知っている、楽しい遊びを多く知っている、など、自分の個性を発揮するものがあれば、どんどん子どもの前でアピールするべきです。
 普通に生活していて「指がやわらかい」など、何の役に立たないことでも、子どもたちと仲よくなることができます。
(飯村友和:1977年千葉県生まれ、千葉県公立小学校教師。教育サークル「明日の学級づくりを語る会」代表)

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授業中、そわそわして落ち着かず、集中力に欠けるクラスは、どう指導すればよいか

 教師の目を盗んで好き勝手なことができる環境をつくっていることが問題です。
 授業に参加しなくても、おとなしくさえしていれば、叱られることも困ることもない授業に教師がしていまっているということです。
 クラス全員が授業に集中するように、子どもたちの考えを書かせたり、突然、指名して発表させたり、ぼうっとしている子どもに声をかけたりと、様々な指導の工夫が必要です。
 いつノートチェックが入るか分からない、となれば、子どもは嫌でも授業に参加せざるをえなくなり、教室が心地よい緊張感に包まれます。
 世の中はテンポが速くなっています。授業の組み立てを短時間のユニットを組む工夫をすることで、集中力が持続する授業づくりに努めましょう。
 例えば、導入の10分間は計算や漢字のゲーム、次の15分は教師の発問を考える、その次の10分間は意見の交流タイム、最後の10分間はドリルで練習、といった具合に。
 教師の目を盗んで、こっそり勝手ことをやっている子どもを、個別に集中して叱ってはいけません。
 その子は運悪く見つかっただけで、他にも授業に集中できてない子はたくさんいたはずです。叱られた子にすれば「何でオレだけ?」と、反抗したくなります。
 何度も注意したくなる子もいます。何度も叱ることが続くと「あの子はダメな子」というレッテルが貼られる危険があります。
 そうならないように「隣の子はできているか、お互いに確認してね」と、子ども同士で気をつけ合うような指導法を取り入れ、教師の直接指導を少なくする工夫が必要です。です。
 何となく教室の雰囲気がだらけてきたなと感じたら、一斉に教師の方を向かせたり、思い切って授業を中断してしまいましょう。
 クラスの雰囲気を変えたうえで授業を再開した方が集中して学習することができます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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保護者からのクレームに、教師目線に立って教師が少しでも傷つかないような対応をするにはどうすればよいのでしょうか

 近年の世の中の風潮は、教師に対して厳しすぎると言えるでしょう。教師も人間で傷つくということが分かっていないかのようです。
 教師は、たった一つの心ない言葉で寝込むほどのショックを受けるのです。心ない言動に学校は無防備です。
「これ以上、事を荒立てないように、とりあえず謝ってください」と、穏便に済ますようにと促す管理職が多いのも事実です。
「どうせ言っても、相手の心に届かないから」と話し合いを避け、先手を打って謝る教師も増えています。
 当たり前のように学校現場で繰り広げられている光景ですが、正常な対応でしょうか。
 保護者との関係を悪化させず、なおかつ教師の尊厳を保つ方法があるはずです。
 私は、その方法は「教職員間の役割分担」と「シナリオ」だと考えています。
 教師一人では対応が難しくても、教職員間で役割分担をきちんと行い、保護者の特徴や言動の中身を見極めたうえで、話し合いをする前に簡単なシナリオを作成すれば、ある程度の着地点に落とし込めると考えています。
 教師を打ち負かすことにより、自の存在を証明したいという欲求を持っている保護者がいます。
 これまでも何かあるたびに「先生を訴えますよ」と脅し、担任や校長が謝罪に追い込む保護者がいます。
 例えば、次のような例について考えます。
 保護者が予告もなしに校長室に入るなり
「うちの子が掃除をやっているのに、掃除をしていないと担任が注意した。もし謝罪がなければ、訴える」
 と、クレームをつけました。
 今度の新しい校長は担任を呼び共に頭を下げて解決はせず、担任と児童指導主任を呼ぶと、教職員間で役割分担をし、話し合いをするように指示した。
 その子は掃除をさぼっていたが、自分がしらを切り通せば親が何とかするということを学んでいました。
 何人かの子どもの証言を得て、さぼっていたと限定することも可能ですが、不毛な時間を費やすだけです。
「名前が挙がるには、それ相応の理由がある」ということを何とか理解してもらわなければなりません。
 そのためには、どちらの肩を持たない調整役の名演が求められます。時には担任を責めますが、時に保護者の姿勢も正すという役です。
 また、似たような事例で何度も顔を出さないように、スクールカウンセラーにもお願いするのも一つの方法です。
 教職員間で役割分担は、舵取り役:今までの経緯を知っている学年主任、調整役:児童指導主任、冷静な主張役:担任、第三者:スクールカウンセラー
 シナリオのポイントは、
(1)一方的に保護者が悪いと結論付けないで、喧嘩両成敗のスタンスを基本とする。
(2)さり気なく釘を刺しながら、保護者を持ち上げることも忘れない。
(3)話し合いを、子ども成長という方向にもっていく。
(4)話をすり替えようとしたら、舵取り役が元にもどす。
(5)担任を矢面に立たせない。
(6)校長が効果的に登場する。
(齋藤 浩:神奈川県公立小学校教師。日本国語教育学会員、保護者対応に詳しい)

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遊べない教師は子どもに反発され、学級崩壊を起こす恐れがある、遊び心を持ち子どもと同調し共鳴する力が教師に必要である

 私は教職経験も長くなり、その間、たくさんの教師を見てきました。
 その結果、これだけは言えるなということは「遊べない教師は、だめだな」ということです。
「遊ぶときには、とことん遊べる教師が良い教師になる」と言ったほうが良いかもしれません。
 遊べるということは、物事の楽しみ方を知っているということです。
 遊べるということは、どんな人とも、どんな場所でも、おもしろさを発見し、心から楽しむことができる、ということです。
 このことが、教室で生かされる、ということです。
 子どもは、おもしろいことが大好きです。遊びの中で人間関係の機微を学びます。
 子どもたちと毎日接しているのに、教師が日常生活の中に楽しみを見い出せないと、子どもたちがかわいそうです。
 一緒に笑ってくれる教師、子どもたちのいたずらを叱りながらも、そのおもしろさに共感してくれる教師、ときには、ボケて、ツッコミを入れてくれる教師、そういう教師こそが、子どもたちを育てていくのだろうと思います。
 遊べるということは、相手に共鳴し、合わせる能力が高いということです。一緒に遊んでいる仲間と楽しむ、その場を楽しめることです。
 授業力が高いとか指導力があるとかいったこととは、別の能力なのだと思います。
 学級崩壊を起こす教師、子どもに反発される教師を見ていると、子どもたちと同調し共鳴する力が低いことが実感されます。
 教師が発していることが1つだけで、子どもたちの発していることに対して共鳴できない。そういう教師は、子どもたちとミニケーションが成立しないのです。
 教師が子どもたちとの、いろいろな場面で、即座に同調し、共鳴する力がなによりも必要なのではないでしょうか。教師が子どもと接するときは、こうした判断の連続です。
 学級崩壊を頻繁に起こす教師、子どもたちとのコミニケーションが下手な教師というのは、実はこれができないのです。
 気の合わない人、知らない人とも遊んでみる、そこに楽しみを見つけてみるというのが、同調し、共鳴する力をける近道であるように思います。
(堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

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同僚教師や管理職の気になる言動は、どう対応すればよいのでしょうか

 同僚教師の中には、失礼な言葉遣いや態度で接してくる人がいます。
 例えば、子どもが向上すれば「わたしには、力量がある」と自慢する教師や、子どもにトラブルがあると保護者や他の教師のせいにして責任転嫁する不遜な態度の教師がいます。
 管理職の中にも、見下すような言葉遣いや失礼な態度で接する人がいます。
 相手に失礼な態度をとられると、こちらも感情的になって、ぞんざいな言葉や態度で返したくなります。
 しかし、もし、相手と同じような態度で応戦したとすれば、相手と同じ土俵の上に立つ失礼な人間ということになります。
 気分を害する態度をとってくる相手には、気持ちのうえで常に相手の上に立たなくてなりません。
「あなたの攻撃など、こたえてないよ」と、平然と受け流さなくてはなりません。周囲で見ている人たちも「あの人はさすがだ」という目で見るようになるはずです。
 周囲の教師の信頼を得、あなたがいつも笑顔で充実した仕事をすることこそが、失礼な態度をとる人にとって最大の反省材料になるはずです。
 気分を害する言葉や態度をとられたら「このような人に、感情を乱されるのは損」と考えて、軽く受け流すようにしましょう。
 同僚教師との張り合いや対立などは、自分の不徳の致すところと、自分を鍛える機会にしましょう。
 誰かの言動に、逐一、心を揺り動かされるのは、自分を苦しめるだけ。受け流して平常心を保つことに努めよう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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子どもたちの国語力を高めるには、どうすればよいか

 国語の授業でありがちなこととして、この授業では読み取りはできたけれど、次に同様の課題に出会ったときに、それを解決する力が付いていないということが多くあります。
 国語の授業では、追及する内容の獲得には目が向くものの、追求する方法の獲得には関心が薄いため、子どもの自力解決の力が弱い、という課題があります。
 したがって、「課題解決するには、どう考えたらいいのか」を子ども自身が「分かって、使える」ことが、国語力を高めることにつながります。
 そのためには、対象のどんなところに目を付けるのか、どんな点から対象を見るのかという視点と、どう考えたら課題を解決できるのかという考え方、すなわち「見方・考え方」を身に付けさせる授業を行うことが必要です。
「見方・考え方」を設定したら、次に問題となるのは、どうしたら、それが身に付くかということです。
「見方・考え方」を自在に働かせるには、「見方・考え方」を育てつつ働かせて、身に付けていくことが必要になる。 
 そのための授業展開には、つぎの7つの原則があります。
1 主体的な学びのために「何を目指すのかをはっきりさせる」
 何ができるようになりたいのか、分かるようになりたいのかをはっきりさせる。
2 主体的な学びのために「学習過程・見通しを示す」
 学習課題がはっきりしたら、学習過程を示し「見方、考え方」を示すことで課題解決がスムーズになる。
3 主体的な学びのために「個人で取り組む機会を設ける」
 示された「見方、考え方」を使って、子どもが一人でじっくり取り組むことが「見方、考え方」を手に入れるための土台となる。
4 対話的な学びのために「対話のはたらきを使い分ける」
 ねらいに応じた対話のはたらき(相手への支援、考えを出しやすく・深め・広げる、試行錯誤)を使い分け、何に気を付けて行うのかを対話の前に示すことが「見方、考え方」の育ちに役立つ。
5 深い学びのために「推敲・精査する」
 自分の考えを推敲・精査する時間をとることで、学習内容の質が上がり「見方、考え方」の定着につながる。
6 深い学びのために「3つのポイントで振り返る」
 ペアになって「学習内容」「見方、考え方」「クラスの友だちとの学び」を振り返ることが学習内容の定着につながる。
7 深い学びのために「活用のために呼びかけを繰り返す」
 授業で子どもたちが身に付けてきた「見方、考え方」を教師が子どもに意識化させ、別の場面で使うことによって、その子のものとして、しっかりと定着していきます。
(小林康宏:長野県公立小中学校教師、長野県教育委員会指導主事を経て和歌山信愛大学教授。東京書籍小学校国語教科書編集委員)

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保護者からの感情的な苦情電話の対応の心得とは

 保護者の顔が見えない電話での対応は、いつも以上に話し方に注意しなくてはなりません。
 電話で話すときは、表情や仕草から相手の気持ちをつかみ取ることができません。
 たとえ相手に見えなくても、相手を非難する気持ちや迷惑な気持ちは声に表れるものです。相手の気持ちを理解しようとする姿勢で対応しましょう。
 特に苦情の電話では、感情的になっていることがあります。
 そのときは「聞き役に徹する」ことです。
 感情的になっている相手に反論したり、説き伏せたりしようとすると、感情を逆撫でして、解決できる問題が、こじれて大問題に発展する恐れがあります。
 相手を受け入れる気持ちで話を聞くことで、相手が落ち着くのを待つことです。
 苦情の電話がかかってきたときは、焦らず慌てず対応するのが効果的です。
 電話でも、あいさつは重要な役割を果たします。必ず「いつも、お世話になっております」の一言を忘れないようにしましょう。
 この一言が相手に親近感を与え、冷静さを取り戻させるきっかけにもなります。
 忙しいからといって、早めに話を終わらせようとしてはいけません。「伝えきれなかった」「聴いてくれなかった」と、後の関係に悪い影響を残しかねません。
 相手が十分に満足するまで付き合う姿勢を見せましょう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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教師が中年になっても教師という仕事を通して自分の人生を充実させるには

 現在の教師という仕事が厳しい状況にあります。教師が教育実践をするとき、次のような環境の変化を感じています。
(1)一人ひとりの子どもに対応する難しさと、集団に対する教育の難しさ
(2)保護者の多様で強い要求やクレーム
(3)地域社会のモラルの低下と対応の難しさ
 学校教育のストレスが高まり、教師の心の健康の悪化は、一教師の問題ではありません。すべての教師たちが抱かえている問題であり、現在の教師が社会的に置かれている環境に起因する面があると思います。 
 悪戦苦闘する学校現場での仕事のなかで、教師が中年になっても、自分の人生を充実させ、喜びを見出せる境地になるには、どのようにすればよいのでしょうか。
 現状に満足することなく、さらによりよい実践を求めるようにします。
 学校現場の変化にもかかわらず、今の自分のやり方、教師としての自分に強くこだわるのではなく、目の前の子どもたちに一番いいやり方に柔軟に変えていくようにします。
1 一つの成功経験に固執せず、逆の立場のやり方にも、なじんでおき、子どもに対応する幅を広げておく
 新しいものを取り入れる姿勢をもち、学ぶ謙虚さを失わないようにする。
 対応が難しいと感じたときは、新たな知識や技術を習得するための学習や研修を本格的に行う必要がある。
2 教える立場だけでなく、学ぶ側の子どもを意識する。 
3 自分が前面にでる役割だけでなく、人をサポートする役割を経験し、その意義を学んで、いろいろな役割の中に、それぞれ意義があることを知る。
4 仕事の役割をもふくむ大きな人格を形成できるような人間関係、趣味を持つ。生き方を自由に語り合う仲間を形成しておく。
 友人、趣味の仲間、本音で熱く語れる教師仲間、尊敬でき指導してくれる先輩や恩師を持つ。
5 これでいいという自己満足的な発想から、与えられた条件のなかで、マイベストでよりよい実践をしようという姿勢を持つ。 
 「私はこれでいい」「悪いのは、すべて相手」というような頑固な、融通のきかない教師が形成されてしまわないようにする。
 教師という仕事を通して自分の人生を充実させていきたい。
 大きな変化の時代に生きるには、固い強い意志や信念と、それを具現化するための、柔軟な考え方、教育技術、人間関係能力が必要だと思います。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教授。15年間公立学校教諭・教育相談員を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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学級経営で何より大切なのは「人を育てる」視点を教師がもつこと

 マイナスからスタートすることもある学級に対して、教師はどのように1年間の見通しをもって臨めばよいのでしょうか。
 私は、担任が自分の得意分野を生かした学級経営をしていくことが大切だと考えています。専門性をより発揮できる強みがあるからです。
 そして、学級経営で何より大切なのは「子どもを育てる」のではなく、「人を育てる」視点を教師がもつことだと思っています。
 担当した学年で学ぶべき知識や身につけるべき技能を教えることは、担任にとってもちろん大切なことです。 でも、それだけでは「子ども」を育てることに留まってしまいます。
 本当に大切なのは、知識や技能の先にある「社会に必要な人」を育てる意識をもつことではないでしょうか。
 公けの場ではよりよい社会を実現するため、さまざまな人と協力し合うことが求められます。
 自分らしさを発揮し、望ましい社会を築き上げてこと。「大人になる」とは、それができる人になるということです。
 私たち教師は、子どもの未来を見すえた意識をもつことが大切なのです。
「人を育てる」源になるのは、コミュニケーション力です。
 そして、コミュニケーション力を支えるのが「言葉」の力です。
 一人ひとりが豊かな言葉を獲得し、自分を表現する。
 友だちとの学び合いを通してさまざまな意見や考えを知り、相手を理解する。
 この積み重ねが自信をもたらし、自分と同じように相手の存在も大切に思う信頼感を育み、温かい学級を生み出していくことを、私は実践を通して確信しています。
 具体的には、私は何よりも、子どもたちが自己肯定感をもてるようにすることから始めます。
 子どもたちの「どうせ自分なんて」というマイナスの気持ちを「自分だからこそ」というプラスに転化していくのです。
 大切なのは、子どもの行為を価値づけ(意味づけ)してほめることです。
 例えば、話し手のほうに体を向けて、笑顔で聴いていた子どもに対して、聴く姿勢という行為に加え
「話し手が話しやすいように聴いていた〇〇さんは、思いやりがあふれ出ていますね」
と、行為の価値づけ(意味づけ)をしてほめるのです。
 ほめられた本人も「思いやりをもって聴いていた」という意識がないので「えっ?」という表情になります。
 この、小さな驚きは「自分がこんなことでほめられるなんて思わなかった」という喜びにつながっていきます。
 価値づけ(意味づけ)をすることで、ほめられた本人はもちろん、他の子どもたちも「よいこと」の本質を学ぶことができます。
 そうは言っても、問題を起こす子や目立たない子のよいところを探すのは難しいと思われる教師も多いでしょう。
 そんなときは、子どもの非言語の部分も見てください。
 例えば、目に見えやすい「話す」だけではなく、非言語の「聴く」ことにも注意を向ければ、子どもたちをほめる視点が増えてくるはずです。
 もっと広く、話す、聴く行為だけでなく、話したり聴いたりする意欲や工夫、相手に対する思いやりも大切です。
 このような視点を教師が持てば、学習や活動のほとんどの場面で、具体的に子どもをほめることができると思います。
 まずは、教師が子ども一人ひとりとつながること。ていねいに張りめぐらされた糸は、後に織りなされる子どもたちの横糸の土台となるのです。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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保護者に指導力不足と指摘され、担任や管理職に苦情が来たとき、どうすればよいか

 苦情を保護者が言ってくるときは、冷静さを欠いていることもあります。
 苦情を額面どおり受け取り、その一つ一つに回答していくと「言い訳がましい」「学校が防御している」という不快感を保護者が持ちます。
 また「保護者が自分の子どもの実態をさておいて、勝手なことばかり言っている」と、いう気持ちを学校側が持っていると、その言動の端々から「話しても解決してくれない」というあきらめや怒りを保護者に抱かせてしまいます。
 保護者のいう教師の指導力不足の多くは
1 学級の子どもを掌握できない
2 学級の問題を解決できない
3 授業が子どもたちの実態とずれていて、子どもたちが授業についてこないで、勝手なことをしている
ことが多いようです。
 東京都民が教師に期待する(平成15年教育に関する意識調査)ことは
1 子どもの興味・関心を引き出す授業ができること
2 子どもを適切に評価して、伸ばしてくれること
となっています。
 保護者か様々なニーズを出してくると思いますが、共通していることは
「わが子がかわいい、何とかしてほしい」という一言に尽きると言えます。
 この保護者の心情を理解し、解決に向けて正対して対応する姿勢を見せることが、その後の保護者との信頼関係の構築に生きてきます。
1 直接、担任に苦情があったとき
 担任へ苦情がくるということは、担任への期待が大きいことを意味します。
 この担任なら、真摯に受けとめ、解決に向けて何かしてくれるであろうという期待が保護者にあります。
 直接、面談をし、じっくり話を聞き、何をどうしてほしいか聞く。
 聞いた内容を管理職に相談し、早い時期に今後の対応の方向性を保護者に伝えます。
 できれば、いつでも学級を公開して、保護者が見て、実態を理解してもらう場を設定することが効果的です。
 学級の実態や課題を共有することで学校がすべきこと、家庭がすべきことを互いに確認できることにもつながります。
2 管理職に相談に行った時は
 担任に話しても解決が困難であると判断した場合には、保護者は管理職に相談します。
 管理職は、保護者と担任との信頼関係が構築されていないという前提のもとで面談することが大切です。
 ゆえに、この時点での担任を擁護する発言は逆効果となります。
 管理職がリーダーシップを発揮して、調査をし、教師側に非の部分があれば、事情はさておき、学校組織として非に対してどのように対応し、解決に向けて取り組むかを具体的に説明し、保護者に「見える」形で対応していきます。
3 担任の指導力不足の課題を的確にみつめる
 担任の指導力不足の訴え内容を、管理職は的確に吟味する必要があります。例えば
1 従来の子ども観、指導観等から脱却できないために生じたものか
2 指導のスキルを身につけていないために生じた問題か
3 性格的な要因から生じた問題か
4 自己の課題を課題として受け止めているか
5 管理職等の指導を柔軟に受け容れ、改善できるか
という観点から検討し、学校の指導・支援体制の確立、指導の経過、指導による変容等を細かに記録し、教育委員会との連携のもとに、教師のリカレント教育を実施していくことがもとめられています。
(川崎知己:東京都公立中学校教師、三鷹市教育委員会指導課長を経て東京都公立中学校校長)

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教師の言葉や話し方でクラスは変わる

1 子どもの言葉を聞き逃さないで、気づける教師になる
 毎日の生活の中で、子どもたちの投げかけてくる言葉やつぶやきから、たとえば友だちや家で何かあったなと気づけるようになりたいと私は思っています。
 私は、子どもたちの話やつぶやきを聞き逃さないようメモしています。
2 話や指示は短く話す
 ダラダラと話さず、結論をシンプルに伝えるようにします。
 指示は瞬間的にイメージできる言葉で端的に話します。
 子どもたちの空気を読み、瞬時に判断して、話します。
 子どもたちに良い話をするときは、先に「先生、今からほめたいんだけど」と先にほめることを宣告します。
 予告されれば、教室の空気がサッと柔らかくなり、子どもたちは気分よく話を聞けます。クラスがガチャガチャしているときや、何度も注意される場面が続いているときなどに特に効果的です。
3マンネリを防ぐ
 授業のマンネリ、教室での決まりきった対応は、子どもが予測できます。
 子どもたちに「やっぱり」と思わせていないでしょうか。「やっぱり」の積み重ねは教室の空気の弛緩を生みます。
「え? こんなお題で書くの」といった、「え?」を増やしていくことで、子どもたちの授業への意識が高まるのです。
4 話題つくり
 日頃から、出かけたとき、テレビを見ているときなど、何を見聞しても「これを子どもに話すならこう・・・・・」と考えます。
 こうすれば何でもネタ集めになります。趣味みたいなもので楽しくやっています。話し方の間なども考えてメモすることで、自分の経験値を一つあげることになるのです。  
5 子どもに「ありがとう」と言う
 生きていくうえで効果を実感する魔法の言葉に「ありがとう」があります。
 何度注意してもきかない。そんな状態で注意しても解決しません。そこで登場するのが「ありがとう」です。
 注意する代わりに、例えば、朝あいさつしてくれて「ありがとう」と言うのです。
「ありがとう」を言おうとすることが「その子の良さ」を探すことにつながるのです。
 ほんの些細なことでもいいから、何かその子の良いところはないか、という「子どもの見方」につながるのです。
(森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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不器用で教師として劣等感を持つ人間が「顔つきと言葉」で演じる教師へ変身した

 私は、不器用で軟弱で、教師としてかなりの劣等感を持つ人間であった。
 私は貧相な顔立ちが嫌で、嫌でしかたがありませんでした。
 痩せこけて「先生」と呼ばれるには威厳がないなと、自分でもつらい思いをしていました。
 そんな人間がいきなり学校現場の荒海に投げ出された。
 どうやって学校現場で溺死せず泳ぎきるか、大きなハードルでした。
 あるとき、小さな町の小劇場で観た役者の演技に私はハッとするものを感じたのです。
「あの役者は、決して見栄えのしない人間だ。でも、なんだか卑屈になっていない」
「あの晴れ晴れとした演技はなんだ」
「あの、みんなの目と耳と心を引きつける迫力はなんだろう!」
 私は、自分がプロの教師でありながら、何も変わろうとしていない、何も演じていない自分に気づかされたのです。
「自分の顔つきと、言葉を変える」は、それからの私の生涯を通しての課題となったのです。 
 そんなとき、ある先輩教師が
「前田先生、目つき、顔つきというように、顔に生気が漂っている教師に出会うと、子どもたちからも信頼されて、尊敬されるようになるね」
と話してくれたのです。
 私は「顔つき」という言葉にハッとしました。顔立ちではなくて「顔つき」です。ふだんから顔に劣等感を持っていた私には、とても新鮮に思えたのです。
「顔つき」ということは、喜怒哀楽をしっかりと表すといえば、わかりやすい。
 私は、学生時代から「教師は喜怒哀楽をあまり露わにしてはいけない」と思ってきた。
 小中学校の教師のヒステリックな表情で「これだけ言っているのに、なぜやらないのだ!」と激怒している顔を思い出すのです。
 教師のヒステリックさはなくしたいものです。
 そうではなく、教師が「子どもを人間に育てること」に立ち向っていく中で
「いけないことはいけない」と叱り、
「うれしいことは、子どもたちと一緒になって喜び」
「悲しいことには、心を共有してくれる」
 教師の存在こそ、誠実な人間としての「先輩」の営みだなと思えてきました。
「真剣になって怒る、本気になって楽しむ、一緒になって喜ぶ」
 そういう教師としての「色をしっかり演じる」ことのできる存在感のある教師になりたいものだ。
 私は「教師の信念や情熱をだす武器は『顔つきと言葉』だ」、教師の実践力を支えるものだと思い続けてきました。
(前田勝洋:1942年生まれ、元愛知県公立小学校校長。学び合う教師を常に意識して小中学校を学校行脚)

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子どもや保護者とトラブルが起きたとき、どうすればよいか

 子どもや保護者とトラブルが起きたとき、自分一人では対応するのが難しいときが多い。
 トラブルが起きたとき、必ず学年主任や生徒指導主事に相談して、対応するようにしましょう。
 そのためにも、教師間の日頃の人間関係を良好に保ち、授業や生徒指導の情報を交流するように、進んで話かけるように心がけましょう。
 トラブルが起きたとき、日頃から良好な人間関係を築いておくことが、どれだけ心強いことなのか、痛いほど分かるようになります。
 トラブルが生じたとき、チームで対応することができる体制をつくっておくことが大切です。
 チームで対応すると、複数の教師で役割分担して対応できます。
 例えば、事実確認や子どもの様子を報告する役割、話し合いを進める役割、対応策を決定する役割など、役割を分担することで、冷静に対応することが可能になります。
 相手を受け入れる余裕もでき、落ち着いて話し合いに応じたり、自信をもって対応することができます。
 学校全体で支えることで、相手に誠意を伝えることもできます。
 また、チームで対応することで、相手との向き合い方や、相手との距離のとり方などの対応の基本を他の教師から学ぶこともでき、自分の力量アップにもつなげることができます。
 チームの中でこそ、教師は育つことができるのです。
 トラブルがあったとき「自分の力量不足だと思われたくない」と、隠そうとするのは、最も危険な考え方です。
 自分一人の力ではどうにもならなくなり、他の教師に相談したときには、手がつけられないほど事態が悪化してしまったという話も、よく耳にします。
 何かトラブルが起きたら、早く相談して、軽微なうちにチームで対応するようにしましょう。決して遠慮することはありません。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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学級づくりに役立つ「終わりの会」とは

 私が敬愛してやまない小西健次郎の「終わりの会」を次に紹介する。
「終わりの会」は3つのコーナーで構成されています。
1 みんなからみんなへ
 遊びのことなど、子どもの間の問題が話し合われます。
2 みんなから先生へ
「今日の算数がわかりにくかった」「大声で叱りすぎた」「先生が、みんなバラバラにしていた便所のスリッパをそろえてくださった」
といった内容が出て、担任がハラハラ・ドキドキするコーナーだ。
3 先生からみんなへ
 担任が子どもの話し合いの感想を述べたり、1日を振り返りながら感心した子どもの姿などを語る。
 これら3つのコーナーは学級づくりをするうえで、どれも欠かせないものである。
「時間がかかるからムリ」と、あきらめないでほしい。
 初期の段階では多少時間がかかるかもしれない。どうしても時間がかかりそうなときは
「この問題は少しややこしい。大切な問題があるように思うから、一度、くわしく文章にして来てくれないか」
 子どもたちは家に帰ってから、よく思い出してじっくり考え、表現する。
「終わりの会」は回を重ねるごとに進化していく。
 個別に訴えたい事柄については「終わりの会」で発言するより、まず気づいたその時その場で、相手にていねいに伝えることが大事だと指導すれば、子どもはそのように努める。
 さらに、子どもが人権感覚を磨き合っていくにつれて
「ああ、こんなことは言ってはダメだ。やってはダメだ。相手を傷つけてしまう」
と、行為のなかで考え、抑止力を働かせる。
 学校の中で日々生じる大小のトラブル。それが放置されたままであれば、優れた学級形成が望めない。
 あきらめと不満が増殖する学級は、いじめの温床だ。
「その日のことは、その日のうちに」
 これが大原則だ。そのために発信する場として「終わりの会」の大切さを、いま一度見直すべきだ。
 子どもが伝えたいことや、訴えたいことが発言できる機会があること。これが正義が通る「学級世論づくり」への第一歩である。
 当然ながら、良質な学級世論は一朝一夕にでき上がるものではない。時間はかかる。
「時間をかける」と思い直せばよいこと。地道に取り組みを進めていくうちに、必ずや取り組みは「実践」へと結実していく。
 そのプロセスこそが貴重な教育実践でもある。
 もちろん、他愛もない雑談も、休み時間の遊びも、子どもの内面発信の大切な機会だ。
 とくに、遊び時間は肉体的発散の絶好の場でもあり、教師も子どもといっしょになって汗を流す機会なのだが。
 子どもが内面を発信できる場と機会。これは、教師にとっては子ども理解のために貴重である。
 しかし、子どもの発信機会は、やはり授業だろう。
 教師ばかりが発信や発問をつづけて、子どもはつねに受信や即答を強いられる伝統的授業パターン。これの克服も急務といわねばならない。
(園田雅春:1948年京都市生まれ、大阪府高槻市立小学校教師、大阪教育大学教授を経て大阪成蹊大学教授。専門は教育方法学)

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授業をゲーム化して子どもを乗せるにはどうすればよいか

 子どもたちがゲームにひきつけられるのは、ゲームには次のようないくつもの人をひきつける要素があるからです。ゲームの要素を教育で活用できるとよい。
1 一人ひとりが主人公
 自分がやりたいときにできて、自分が操作する、自分が主人公だからゲームにひきつけられるのです。
 子どもたち一人ひとりが主人公として、学びを進めていくことで、子どもたちのやる気を高めていくことができる。 
2 すかさず評価する
 ゲームは操作すれば、次の瞬間に操作の成功や失敗が明確になります。
 成果がすぐに分かることに、子どもたちはひきつけられるのです。
 授業で子どもたちに指示を出して動かすことは多い。子どもたちが出来たことに対して、すかさずほめ・認めながら授業を進めていく。
3 みんなの前で認め・ほめる
 またゲームをやりたいと意欲を高めるのが、例えばゴールをすると楽しい気持ちになる音楽と花火があがるなどの演出があるからです。
 できたことを認められると、さらなるやる気を生みます。
 子どもたちができたことをほめる。認めて価値づけていくと、子どもたちの大きな自信になります。
4 自分の立場の明確化
 ゲームは、キャラクターの特徴を自分の思い通りに設定することができます。
 授業で、私たち教師は多くの発問を子どもたちに投げかけます。
 子どもたちが、教師の発問に対して、AかBか立場をはっきりさせ、考えを持つことは、自分自身を表現したことになります。また授業に参加することになります。
 たとえ答が違っていても「なぜだろう」と考え、考えを深めるきっかけになり、学びの意欲づけになります。
5 スモールステップで目標設定
 ゲームは目標設定が巧みになされています。自分のレベルと同じくらいか、少し高めに設定されています。それで、子どもたちをゲームにひきつけるのです。
 子どもたちの実態に合わせたスモールステップで目標を設定することで、意欲が高まります。
6 振り返りの容易化
 ゲームは、力や能力を「ステージ」などの言葉で表すことで、友だちとも共通の尺度で話題にすることができます。
 レベルが上がる喜びを感じ、高みをめざして取り組もうという意欲につながります。
 子どもたちの言動を数値化することで振り返りが容易になり、成長を実感しやすくなります。
(友田 真:1984年広島県生まれ、広島県公立小学校教師。徹底反復研究会)

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教師は保護者と、今を共に生きる仲間として本気で付き合おう

 教師は、保護者に誤解されたり、真意が伝わらなかったり、不信感を抱かれたりすることは避けられないことです。
 しかし、失敗を回避することばかり考えていたら何もできません。失敗から学ぶことも大切です。
 私は、若かりし頃、初めて担任した保護者懇談会で「とにかくいいところをほめればいい」と思い込んで「〇〇さんは、とても素晴らしいですね。」をくり返していました。
 ある保護者が「先生、私は子どもがどうしたら伸びるかを知りたいのです」と言われ、絶句してしまいました。
 教育は、How toではなく「誠意」「本当の気持ち」が大切です。
 口先だけでなく、表情や声のトーン、抑揚、態度など、非言語的なものが相手に伝わります。心のありようが出てしまうものです。少しのおごりも必ず態度に出てしまうものです。
 私は、迅速、丁寧、誠意を心がけています。
 保護者の方とはいえ、やっぱり大事な人生を分かち合う人です。本気でつきあうと本気の関係が返ってきます。子どもたちの成長に代えがたい糧にもなるものです。つぎのような例があります。
 私が30歳くらいの頃、中学校2年生の担任になりました。
 そこにA子がいました。教師に対する暴言、授業エスケープ、いじめなど、あらゆることをして、1年生の2月から登校しなくなりました。
 家庭訪問すると、金髪で眉毛はなく「もう二度と来るな」と言われ、その後、何度、家庭訪問をしても「帰れ、帰れ」と罵声を浴びせられ顔を見ることはできませんでした。
 しかし、私はA子の姿がSOSを発信しているのだと受け取れました。人として無視できなかった。
 ある日、相変わらず家庭訪問していた私に、父親が
「先生、わが子のことは、そっとしておいてください。先生はまだお若く、経験もあまりおありでないようですから」
 私は、本音で次のように答えました。
「確かに、私は経験が少ないです。でも、それは関係ありません」
「A子さんは孤独なんです。荒れるからと、みんなが怖がって距離をとっているから、いつまでたっても孤独なんです」
「結果は、どうなるかわかりません。でも、今が最悪です。これ以上悪くなることはありません。どうか家庭訪問を続けさせてください」
 私の姿をじっと見つめていた母親は、
「お父さん、先生の言うとおりですよ。今まで何をしてもだめだったんだもの」
「先生に任せてみましょうよ。今より悪くなることはないんだから」
 父親は、そのとき初めて私に頭を下げて「先生にお任せします。よろしくお願いします」と言ってくださいました。
 その後も、しばらくの間、私の家庭訪問に荒れ狂うA子でした。
 A子に「もう来るな」と言われた私は「いいや、毎日来る」と言い放ち、A子に「絶対来るな」と言い返された私は、
「それでも、毎日来る、何と言われても来る、私はあなたから目を離しはしない」と叫んだとき、ようやくA子の罵声が止まりました。
 小さな間があって、A子は「・・・・・来るなよぉ」と小さな声で言いました。
 その後も、毎日、自宅へ帰る途中、A子の家に寄り、私はA子とだんだん関係を紡いでいきました。
 その後、A子が卒業してからも、ご両親は私に信頼と親愛の情を寄せてくれました。                                                                        
(堀川真理:1963年生まれ、新潟市公立中学校教師。学校心理士、カウンセラー。カウンセリング・ワークショップ「サイコドラマ新潟」主宰) 

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なぜ、クラスが荒れるのかその原因とは、どうすればよいか

 荒れているクラスの教師は、問題が起こる度に「それは子どもが悪い」と子どものせいにします。否定された子どもは心を開かず、不信感を持ち、態度・顔つきに出ます。
 落ち着いているクラスの教師は、問題が起こると、まずは自分の指導を振り返り、子どもにかける言葉をかえてみます。子どもが教師に認められたと「プラスに解釈」するような言葉に変えてみるとよい。
 優し過ぎる教師のクラスは荒れます。
 子どもに甘いのです。子どもはそれを見抜き、あれもこれもと要求するようになります。「甘さ」を訂正しても「何で、さっきはいいと言ったじゃない」と納得しません。
 そこで、子どもの要望の発言を繰り返して受けとめ、気づかせます。「それで?」と問いかけ「次は・・・」と行動を改めるように話かけます。
 例えば、授業が始まったとたん「トイレに行っていいですか?」と言ってきたときは、
「授業が始まったばかりだけど、トイレに行きたいんだね?」
「次は、休み時間にトイレに行ってね」
 子どもに一言、釘を刺したわけです。「今までの先生とは違うぞ」と教師の変化を感じます。
 厳し過ぎる教師のクラスは、子どもを抑圧するので、荒れにつながります。
「自分のやり方は正しい」と確信しているので「先生の言う通りにやりなさい」と子どもたちを従わせようとします。
「悪いのは子ども」と思っているので、「いつも怒ってばかり」と反発心が募ります。
 厳し過ぎる教師は自分が言う通りにすれば、うまくいくことを知っているので結論だけを子どもに伝えようとします。子どもが反発するのは、言葉が足りないからです。
 厳しさの中に説明を加えて、そのことの効果を示すと、子どもは先が見えるので、子どもたちは指導を受け入れます。
 自分のやり方にこだわる教師のクラスは、荒れ始めます。
 子どものペースに合わせて臨機応変に対応する教師のクラスは、安定した日々を過ごすことができます。
 子どもたちが新しい教師のやり方に納得できるかどうかの基準は、これまでの子どもたちの経験です。納得できれば受け入れ、そうでなければ不満となります。今までのやり方と新しいやり方を試していくとよい。
 クラスの荒れのもとになっているストレスを抑えようとしてはいけません。それよりも、上手にガス抜きをさせることが肝心です。
 それには、子どもの行為の良い場面だけに注目します。そうすると子どもは徐々にストレスへの処し方がわかり、自分で自分の行動をコントロールできるようになります。
「笑う門には福来る」ということわざがあります。
 そこで、子どもたちが毎日登校する楽しみを提供してみます。私のクラスでは毎朝、リレーとカルタを行っています。
 リレーは、メンバーをある期間固定して行います。順位よりも記録の伸びに注目させます。成長に目を向けさせ、新記録が出ると、仲間と喜び合い笑顔が出ます。出ないときは、仲間と対策を考えます。
 カルタは二人一組で対戦し、勝つと上の班に昇格し、負けると下の班に降格します。勝つ秘訣は、反応の良さとカルタを覚えることです。
 カルタの勝利は個人の喜びですが、相手をしてくれた友だちに感謝する気持ちが芽生えます。負けると悔しいのですが「次回の対戦者はAくんか、彼には負けないぞ」と友だちに関心を持つことができます。
 真剣勝負だから、子どもたちは燃え、楽しさを味わい、みんなで共有することができるのです。
 なお「楽しむ」には条件があります。「ルールが簡単「準備・片づけが簡単」「結果が次回へのモチベーションになる」の3つです。
(城ケ﨑滋雄:1957年鹿児島県生まれ、千葉県公立小学校教師、教育委員会、不登校対策教員として不登校児童と関わる。荒れた学級の立て直し、小学校教師として教育情報雑誌「OF」等で情報発信している)

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