学級づくりに役立つ「終わりの会」とは
私が敬愛してやまない小西健次郎の「終わりの会」を次に紹介する。
「終わりの会」は3つのコーナーで構成されています。
1 みんなからみんなへ
遊びのことなど、子どもの間の問題が話し合われます。
2 みんなから先生へ
「今日の算数がわかりにくかった」「大声で叱りすぎた」「先生が、みんなバラバラにしていた便所のスリッパをそろえてくださった」
といった内容が出て、担任がハラハラ・ドキドキするコーナーだ。
3 先生からみんなへ
担任が子どもの話し合いの感想を述べたり、1日を振り返りながら感心した子どもの姿などを語る。
これら3つのコーナーは学級づくりをするうえで、どれも欠かせないものである。
「時間がかかるからムリ」と、あきらめないでほしい。
初期の段階では多少時間がかかるかもしれない。どうしても時間がかかりそうなときは
「この問題は少しややこしい。大切な問題があるように思うから、一度、くわしく文章にして来てくれないか」
子どもたちは家に帰ってから、よく思い出してじっくり考え、表現する。
「終わりの会」は回を重ねるごとに進化していく。
個別に訴えたい事柄については「終わりの会」で発言するより、まず気づいたその時その場で、相手にていねいに伝えることが大事だと指導すれば、子どもはそのように努める。
さらに、子どもが人権感覚を磨き合っていくにつれて
「ああ、こんなことは言ってはダメだ。やってはダメだ。相手を傷つけてしまう」
と、行為のなかで考え、抑止力を働かせる。
学校の中で日々生じる大小のトラブル。それが放置されたままであれば、優れた学級形成が望めない。
あきらめと不満が増殖する学級は、いじめの温床だ。
「その日のことは、その日のうちに」
これが大原則だ。そのために発信する場として「終わりの会」の大切さを、いま一度見直すべきだ。
子どもが伝えたいことや、訴えたいことが発言できる機会があること。これが正義が通る「学級世論づくり」への第一歩である。
当然ながら、良質な学級世論は一朝一夕にでき上がるものではない。時間はかかる。
「時間をかける」と思い直せばよいこと。地道に取り組みを進めていくうちに、必ずや取り組みは「実践」へと結実していく。
そのプロセスこそが貴重な教育実践でもある。
もちろん、他愛もない雑談も、休み時間の遊びも、子どもの内面発信の大切な機会だ。
とくに、遊び時間は肉体的発散の絶好の場でもあり、教師も子どもといっしょになって汗を流す機会なのだが。
子どもが内面を発信できる場と機会。これは、教師にとっては子ども理解のために貴重である。
しかし、子どもの発信機会は、やはり授業だろう。
教師ばかりが発信や発問をつづけて、子どもはつねに受信や即答を強いられる伝統的授業パターン。これの克服も急務といわねばならない。
(園田雅春:1948年京都市生まれ、大阪府高槻市立小学校教師、大阪教育大学教授を経て大阪成蹊大学教授。専門は教育方法学)
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