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2019年10月に作成された記事

教師は見た目や雰囲気がとても大切、子どもに嫌いと感じさせるところがありませんか

 教師は見た目、雰囲気が大切です。これはかなり重要なポイントになっているようです。
 人間が、好き嫌いの判断するのは理屈ではなく、イメージ・印象によって決定される要素が大きいと思われます。
「人は見た目が9割」という本が話題になっているように、見た目で好き嫌いを判断されてしまうことは、あるんだろうなと思っています。
 授業をする者にとって、このことは大変重要です。
 なぜなら、勉強を好きにさせようと思っても、生徒が先生嫌いと先入観で「食わず嫌い」の状態で拒否されてしまっては、授業の面白さを追求しても効果は半減してしまうからです。
「話せばわかる」とは「話し合える土俵に上がってこそ」成立するもので、生理的に嫌いと感じられてしまうような状況では土俵にすら上がれない可能性があるのです。
 それには、第一印象で「いかに引き付けるか」という工夫が重要になってきます。
 私は「見た目」といっても、それは服装などのビジュアル的な部分に限らず、その人そのものが持つ雰囲気によって、相手に与える印象が好き嫌いに大きく関与しているのだろうと思っています。
 ですから、教師は第一印象やイメージで生徒の心を「つかむ」ことができるキャラクター作りをすることも非常に重要なのです。
 生徒たちに受け入れられやすいキャラクターというものは、大きく分けて「親しみやすさ」と「プロ意識」という2つの要素で構成されていると考えています。
 この両方がバランスよく高まっていればスムーズに生徒たちに受け入れられていくことでしょう。
 仮に「親しみやすさ」ばかりが先行すれば「なめられる」という結果になり、「プロ意識」ばかり先行すれば近寄り難い存在として心の壁を作られてしまうことでしょう。
 生徒に接するとき「心にゆとりを持つ」ことは「親しみやすさ」を高めるうえで非常に重要です。
 ゆとりのない教師の姿を見た生徒は、あなたに相談や会話をしたいと思うでしょうか。間違いなく近寄りがたいという先入観を持ってしまうことでしょう。
 具体的に教師が何をすればよいかというと、笑顔を絶やさない、生徒との会話を楽しむ、ユーモアを交えた会話をする、ことなどがあります。
 それ以上に大切なことは、自分の都合による感情を出さないことです。忙しい時や不愉快な出来事があっても、不機嫌な素振りは絶対に見せないように私はしていました。
「ゆとりある自分」を演出すると、意外と本当に落ち着いたりするものです。
 そのような状態で生徒と接することが生徒との関係性を構築するうえでとても重要なことのなではないでしょうか。
 常に心にゆとりを持つということは、何か突発的にトラブルが生じた際に冷静に判断し解決することにもつながっているのです。
 人にものごとを伝えるとき、相手に伝わる情報の内で話の内容そのものが占める割合はたったの7%だそうです。
 人は相手の行動や姿、声など目に見える様子から多くの情報を読み取ってコミュニケーションをしています。
 何だか自分は生徒から避けられている、人気がないと思うなら、その原因はもしかすると、表情や立ち振る舞い、口調、目線、服装などのちょっとした部分にあるかもしれません。
 先生が授業をするときの表情や声は、授業をより魅力的に引き立てて、生徒の印象に残りやすいものです。大変重要な役割を占めています。
イメージ向上のためのチェックポイントは
(1)笑顔で接することは得意ですか?
(2)相手の話に興味を持って聞いていますか?
(3)はっきりとあいさつを交わしていますか?
(4)相手に関心を持って接していますか?
(5)清潔感のある服装をしていますか?
(6)自分の話・意見ばかりを通していませかん?
(7)言葉つかいは明瞭ですか?
(8)行動・立ち振る舞いは節度のあるものですか?
以上をチェックして、鏡の前で自分を観察してみてください。
 自分の目で見て「恥ずかしい、イメージが良くないな」と思うようなら、まずそこから改善していきましょう。
 あなたから見て、あなた自身は「プロ」に見えますか?
 あなたから見て、あなた自身は「親しみやすい」ですか?
(諸葛正弥:東京生まれ 「T’s skill教師塾」代表として、カウンセリング・コーチング講座もコラボレートした形式で教員対象研修を開催している)

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イチャモンのプロがいて解決できない場合、どうすればよいか

 私は、全国各地からいろんなイチャモンの事例を集めていますが、95%はなんとかなるケースと思います。
 しかし、どうにもならないケースがあるのもたしかです。初めから対決姿勢で言ってくるものもあります。バックに指南役がいるのではないか、と思うケースもあります。
 ごくまれに、イチャモンのプロもいます。いわゆるそのスジの方です。
 私の住んでいるアパートの郵便受けにチラシが入っていました。内容は、
「教育相談、学校、友人関係」「あなたに代わって、あなたのしたいこと、してあげます」「〇〇〇仕置き人」
「匿名で、正確実行、相手に知られず、納期迅速、一週間以内」
と書いてありました。
 こういうプロの世界もあります。1000件あって1件あるかないかのごくまれなケースです。
 私の知り得た情報では、ある学校で、とある先生が謀略的なビラを校区中にまかれて、辞めざるをえない状態に追い込まれた、ということがありました。
 こうしたまったく身に覚えのない謀略ビラなど、背後にプロの存在が感じられたときには、絶対に手を出さないで下さい。手を出すと大変なことになります。
 そこは徹底的にプロに任せるしかありません。それは顧問弁護士です。市町村の顧問弁護士に頼まないと、大変なことになります。
(小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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中学生がやる気を出すきっかけになる働きかけには、どのようなものがあるでしょうか

 中学生はとてつもない可能性を秘めています。その可能性を引き出すのが教師です。
 私は、生徒を毎日激励してきました。
 私は、良い考え方を毎日、生徒に伝えたいと思いました。
 私は、すべての生徒に幸せな人生を歩んでほしいと思っています。
 そのための私の方法は、
1 朝の会・帰りの会での語り
2 生徒の日記へのコメント
3 学級通信の記事と学級日誌へのコメント
です。
 朝の会や帰りの会での教師の語りをシーンと生徒は聞いています。しかし、はじめから静かに聞いているわけではありませんでした。
 学級通信を読むときも生徒はシーンと聞いています。これも、はじめからこのような姿勢ではありませんでした。急にこのようになったわけではないのです。
 生徒が耳を傾けてくれる関係を作るのに多くの時間を費やしました。
 例えば、生徒の日記へのコメントは、ラブレターだと思って毎日書き続けました。だから、生徒もそのつもりで私の考えを大事に受け止めるようになりました。
 学級通信も1日も欠かさず毎日書き続けました。掃除も毎日生徒と一緒に行いました。
 毎日、生徒たちを激励し続け、良い考え方をシャワーのように浴びせてきました。
 それは、砂に水をかけて、花を育てるような、果てしない作業に思えました。
「この子たちは本当に変わるのだろうか」「こんなことをしても生徒には何も伝わらないのではないか」「私が行っていることは無駄なことではないだろうか」
 このような思いに毎日襲われ、あきらめそうになることが何度もありました。
「やっても無駄と思っている生徒たち」に言い続けた言葉をいくつか紹介します。
「僕はいつも『ダメでもともと』だと思っています。大切なことは次のことを忘れぬことです」
「何もせずにいるのは、チャレンジしないままでいるということです」
「一生懸命やって、それでも失敗してしまうことがある。でも、いいんじゃないかな、と思っています」
「やれるだけのことをやって、結果がでなかったら改善していくこと。少しでも工夫して、良いものを目指していくだけです」
「悩まない人間は成長しないから、悩みや不安とは上手につき合っていくしかありません」
「悩みを1人で抱かえないこと。先生に話してください。家族にも話してみてください」
「僕には、悩みや不安を取り除くことはできませんが、一緒に考えていくことはできます」
 どんなに荒れている中学生でも必ず変わることができるのです。どんな手のかかる中学生でもやる気になれるのです。
 そんな生徒たちとの関係作りが、やる気に満ちた学級を作っていくことも実感できました。
「学級担任である僕があきらめたら、生徒がやる気になるはずがない」と自分に言い聞かせてきました。
 生徒たちに、かけ続けた言葉のほとんどが、実は自分への激励の言葉だったようにも思います。
 言葉には魂があると言われます。教師は例外なく、言霊(ことだま)を発することができる力を持った教師になる可能性があると思います。
(垣内秀明:1965年長野県生まれ、長野県公立中学校教師。教育サークルTOSS中学信州代表)

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生徒が指導に従わず激しく反発することがある、トラブルを恐れ見逃すと学級は荒れる、どうすればよいか

 生徒が見逃すわけにはいかない悪さをしたら、教師は叱ります。しかし、生徒が指導に従わず激しく反発し、対教師暴力や大騒ぎになることがあります。
 そうなると、教師は指導をためらうようになり、生徒の暴力的な言動を背景に、やがて無法がまかり通ってしまいます。どうすればよいのでしょうか。
 ダメなことはダメだと教職員が一致して指導できるようにするためには、学校としての「考え方」を確立する必要があります。
「トラブルが起きても構わない」という考え方を、事前に学校全体で確認することが必要です。
 教師が「当然のこと」を注意したとき、生徒が指導に従わず激しく反発し、対教師暴力が起きたり、大騒動になってもやむを得ないということを学校全体で確認しておくのです。
「当然のこと」というのは、授業妨害や他の生徒への嫌がらせ行為や暴力などです。それを許したら学校として成り立たないという行為です。
 ほとんどの生徒や保護者が「先生が怒って注意するのは当然です」と納得できるものでなければなりません。
 それと、実際にトラブルが起きたときに、どのように援助体制をとるか、事前に綿密に打ち合わせをし、確立しておく必要があります。
 このような「考え方」や援助体制も、生徒指導主事が中心になって提案しなければなりません。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

 

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カウンセリングを学ぶと、あなたの人生が変わります

 カウンセリングを学ぶと、あなたの人生が変わります。
 深く自分を見つめて本当の自分を見つけ、自分らしい生き方ができるようになっていくのです。
 人間として教師として成長すれば、もう怖いものはありません。
 管理職の評価は気にならず、同僚教師に足を引っ張られてもへっちゃらです。保護者にバッシングを受けても耐えていけます。
 カウンセリングを学ぶことによって、最初に起こる表面的な変化は、相手の気持ちに寄り添いながら話をていねいに聴けるようになることです。
 すると「あの先生は、お説教が多かったのに、私の話を親身に聴いてくれるようになった」と感じるようになるでしょう。
 カウンセリング学習で最も重要なポイントは
1 本気で人生を生きる
2 深く自分を見つめること
3 深く交流し合うこと
です。
 これができなければ、他の人と深い心の交流を行うことはできません。
 不登校やいじめなどの問題の予防や解決のためにカウンセリングを学ぶ人も多いと思います。
 カウンセリングの技法を学ぶことによって、背景にある哲学を学んで、自分自身の哲学にしていくことです。
 カウンセリング学習の核になるのは、エンカウンターやワークショップなどで、自分を深く見つめて、仲間で深く交流し合う体験を積んでいくことです。
 自己成長するためには、カウンセラーになる者自身が自己を深く見つめること、深く交流し合うことが何よりも大事なトレーニングで、そこに最も多くの時間とエネルギーをさきます。
 教育は人格形成の営みです。そうであれば、まず教師自身が、自らの自己形成、自己成長に取り組んでいかなくてはなりません。
 教師自身が人間として成長していく。自分を高めていく。より深みのある人格をめざしていくのです。
 私がこれまで出会った多くの先生方のなかには「これは、ほんものの教師だ」と思える方がいました。
 そんな本物の教師には共通する要素があります。それは、教科の教え方や生徒指導のスキルにとどまらず、自己成長に真剣に取り組んでおられるということです。
 自分自身を深く見つめ、人間的に成長することに真剣に取り組んでいるのです。
「よい教師の条件」は、二つあると思います。
1 生き方のモデルになっている
 子どもや保護者、同僚の教師から見ても「こんな人間になれたらいいな」という生き方のモデルになっていること。
2 人間的な魅力や深みがある
 人生の苦難にぶつかったとき「あの先生に相談したい」と思ってもらえるような人間的な魅力や深みがあることです。
「この人だったら、本気で受けとめてくれる」という希望を持たせることができる人です。
私は、教師のカウンセリングを専門にしています。
 先生方の悩みはさまざまです。学級経営がうまくいかない。落ち着かない子どもたちが増えた。保護者からクレームがくる。これに先生方自身の人生の悩みも加わります。
 このように深い悩みを抱かえた同僚教師が「この先生ならきっとわかってくれる。相談してみよう」と思える人間としての深み、温かみ、人格の器を感じることができる人にあなたはなれているかどうか。
 同僚教師に胸を開いて相談してもらえる教師になれているか否かが、問われるのです。
(諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

 

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学校で、どうしても苦手だと思う子どもに、あなたはどのように接していますか

 授業中、勝手に変なことで盛り上がって、私の方を向かず、話を聞いてくれない子どもは苦手です。
 そういう子どもは「かまってちゃん」が多いので、うまくかかわったりとか、フレンドリーにしていると
「あ、この先生は心を開いていいんだな」
と思われて、その子のおかげで授業がやりやすくなったということはあります。
 テストで、採点基準を設けて記述問題を採点して答案を返却すると、
「なんで、これがダメなんだ。こういう見方もあるから1点足して」
と言って、すっごく食い下がってくる子どもが苦手です。勉強熱心で評価してあげたくはあるんですけれど。
 子どもの中でも、とくに大変な子は、私が一人でいい方向に向けていくことができないので、他の先生方との連携や相談が必要になります。
 私にとってはコントロールするのが大変な子でも、別の先生に話を聞くと、
「あの子は単純だよ、こうやればいいんだよ」と教えてくれたりすることがある。
 先生によって、子どもと関係を築きにくい子どもも、他の先生方と話し合うと、けっこううまくいくかなと思っています。
 同じやり方一辺倒では難しいので、何か工夫をしないといけないような子は中にいます。
 部活動の顧問をしていると、教室の中で見ている子どもの顔とは違う顔が見られる。
 子どもも教師によって、見えてくる顔とか雰囲気は変わってくるので、いろいろな視点から子どもを多角的に見れば、苦手に思うことは少なくなるのではないかという気がします。
 教師が子どもの態度をうかがうようでは、子どもも教師をうかがうんだろうなと思う。 あえて問題視していないふりをすると、子どももしおらしくなってくることがある。
「困った子は、困っている子」と言うじゃないですか。普通に接する中で、何かその子が訴えかけることがあれば、それに対応すればいいのかなって気もします。
 子どもの話を聞いて受容するだけでは、子どもが甘えてしまうと思う。毅然と指導もしなければならない。ただ、その受容と突き放しのバランスがいちばん難しいと思っています。
 子どもたちに、ルールがあるところに自分が参加しているという感覚を持ってもらいたいと思っています。
 だったら、自分でそのルールの中で、できることをやっていくとか、ルールを作るとか、主体性を持たせたいなと常々思います。
 苦手な生徒と感じてしまうのは、私の常識と違うのかなと思います。接しやすいと思っている生徒は、大人になったら、私と同じような大人になるのかもしれないなと思いました。
 いろいろな子どもたちの性格や興味を、できるだけ把握しようと努力し、近づくところは近づいて、けじめをつけさせるところはつけさせる、というバランスが大事ということでしょうか。
(先生始めました編集委員会)

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少しでも満足のいく授業をするための、授業づくりの基礎基本とは

 少しでも満足のいく授業をするためには、日々の授業を振り返り、半歩バージョッンアップした自分で、次の日、授業をする。この繰り返ししかありません。
 授業経験をただの出来事で終わらせないために必要なのは「意識」です。「意識」して授業をすることで、やがて「授業の習慣」を生みます。
 少しでも満足のいく授業づくりの基礎基本とは
1 子どもを大事にする
 授業づくりの大前提は「子どもを大事にする」ということです。
 授業技術は大切ですが、まず「子どもありき」です。子どもを大事にする意識を持ちたいものです。
 授業の技術は「子どもをうまく生かすもの」「よりよく理解させるもの」「子どもが楽しく取り組めるようにする」ものです。
2 授業での教師の第一声を意識する
 授業の第一声は重要です。もし「では授業を始めます」であったとしたら、慣れっこになって、子どものセンサーの針はふれません。
 教師が「この中に入っているものを見たらきっと驚くはずです」と言えば、全員の視線が先生に注がれるはずです。
「これは何と読みますか」と漢字から入るなど、第一声を本時の活動に合わせて無意識に言葉を選んでいる状態になれるように、日々の修業は続きます。
3 授業は笑顔で
 教師の表情は授業をする上で大切です。やはり「笑顔」の先生でなければなりません。「笑顔でない」ことが子どもの心に不安や苦痛を与えているのなら不幸なことです。
4 教師の言葉は知的で温かく
 教師のつかう言葉は、子どもの学習環境になります。教師は知的な言葉や温かい言葉のつかい手でなければなりません。
 立ち振る舞い、言動、服装など全てが子どもたちに見られていると考えて、子どもの前に立ちたいものです。
5 子どもたちが発言しやすい学習環境をつくる
 子どもたちが「発言しやすい」ような学習環境を毎時間つくり出すよう、様々な観点からの指導が必要です。
 授業の導入時には「全員が答えられるような課題」から入ります。「手を挙げやすい課題」から始めましょう。
 たとえば「それでは前回の復習です。この作品の作者は誰でしょう」といった答が確定している課題を投げかけます。
 授業の展開での話し合いは、結論だけでも言えるようにする。
 そのために、賛成か反対か一言でもよいから、ノートに自分の意見を書かせるようにします。次に理由を友だちの話を聞いてからでもよいから書かせます。
 ペアで話し合わせる場合「話したくなるような場面」で振るのが一番効果的です。
6 さまざまな言葉がけを意図的にする
 授業で、子どもたちが「発表する」「聞く」「書く」には、教師の様々な「言葉がけ」をしていくことになります。授業の醍醐味とも言えます。たとえば
「これだけ手が挙がれば、参加者の多い授業だ。いいなあ」
「まだ、手があがりませんね。ではまず、お隣同士話しなさい」
「わからない人、手を挙げなさい。はい、わかる人、手を挙げなさい」
「今、手を挙げている人は挑戦者だなあ」
「次に先生は何を聞くと思いますか?」
「レベルの高いことをきくぞ。かかってきなさい」
「もう、ノートを開けて書き出している人がいる」
7 授業が快適である
 授業がゆったりとしていて、どの子どもたちも快適に授業を受けていることが大切です。
 そのためには、教師がアンテナを張り巡らせていること、何のために授業をしているのかを、きちんと確認しながら授業することで実現していくものなのです。
8 授業中、教師がちょっと立ち止まり、子どもの様子を観察する
 教師が授業中、ちょっと立ち止まる習慣をつけることで、教師の視界は広がります。
「言おうとして言えなかった子どもがいる」「全体的に反応がない」「指示がとおっていないのか」
など、ちょっと我慢して子どもたちの様子を観察してみることで、わかることがあります。
 たとえば、一人の子の発言を他の子と一緒に聞き侵ってみる。発言後のクラス全体の反応を感じる。それから教師が動き話し出すなど。
9 豊かな発想が出る授業
 豊かな発想が出る授業にしたいものです。そうすれば授業は盛り上がります。
 そのためには、教師が様々な布石を打って、子どもたちが「柔らかい心」を持つことが必要になります。
 たとえば「言葉にこだわり辞書引きする」「極端を認める」「自分を出せる・聞いてくれる雰囲気をつくる」「ノートに自分の意見を書く」など、様々な布石と発問から豊かな発想が生み出されます。
(森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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勉強ギライが治る英語の勉強法とは

 英語の学習のポイントは、モードチェンジのおもしろさです。
「ファンタスティク」とか「オフコース」「リアリィ?」などをドンドン入れて、英語で話していると日本語では味わえない、頭や体のモードにチェンジしますし、雰囲気が盛り上がってきます。
 英語の嫌いな人って、ほとんどは単語を覚えるのが嫌いな人じゃないでしょうか。
 でも、英語の基本は単語力です。これがなければ何も始まらない。
 単語を知らないと、英語を楽しめません。単語を覚えてしまうと、ストレスが非常に減るんですね。
 単語は、記憶力の良し悪しは考えないで、とにかく覚えるしかないというのが結論です。
 単語をたくさん、どんどん覚えていく方が、効率がいいのです。一日に5個や10個ずつ着実に覚えたつもりでも、1か月後には忘れていますから。
 忘れても、それ以上に覚える。人の頭は、どうせ穴のあいたバケツみたいなものだから、忘れた分の以上にまた覚える、というのをくり返す。
 単語の暗記は、卓球でひたすら素振りをするようなもの。これがないと、体が動くようにならない。
 単語をマスターしたら、ストレスのない英語の世界が開けてきますよ。
 英語の学習で身につける必要があるのが、単語力と構文力です。
 構文の違いにつまずく人も多いですね。でも、やっているとパズルを解くようで快感があるんですよ。
 構文をやるときは、まず中心になる主語や動詞を見つける。それ以外の関係代名詞などは全部カッコに入れてしまう。
 すると、全部の単語はわからなくても、おおよその意味が見えてきます。
 そういう練習をしていると、英語的な語順がわかってくるのです。
 たとえば、日本語の単語で「~は」と「~である」の語順はすぐわかるでしょう。こういうのが英語でも身についてくるのです。
 英語の勉強の仕方としては、まず訳を読んでおく。それから英文を音読するのがいいと思いますね。
 意味がわかって英文を読むと、落ち着いて読めるのです。イメージができているところに言葉が張りついていくので、言葉が定着しやすい。
 さらに、日本語の意味がわかっていると、英語ではこう表現するのかという、英語らしさを味わえる。
 日本語で訳された本を読んでから、英語の本を読む。英語というものを楽しめるはずです。
(齋藤 孝:1960年静岡県生まれ、明治大学教授。「身体感覚を取り戻す」で新潮学芸賞を受賞。専門は教育学、身体論)

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保護者のクレームに学校が過剰防衛に走らせる事態を増幅させています

 ある小学校で、宿題の出し方について、ある保護者は「宿題が多すぎる」といってきました。しかし、別の保護者からは「少ない」というクレームが寄せられました。
 対応に苦慮した学校は「なんとかしなければ」との思いから、学校全体で、
「毎日、算数と国語のプリントを一枚ずつと音読を加え、それを全教職員が守ること」
という決まりをつくりました。
 宿題は学年ごとでも、クラスごとでも本来は、自由に子どもの学習課題とのかかわりで決めるべきものです。
 しかし「統一した方針を決めて、保護者に対する説明責任を果たすことが必要」という論理が優先されてしまいました。
 小学校や幼稚園などでは、子どもが帰宅した後、担任が毎日のように保護者宅に電話をかけて
「今日、学校で、お宅のお子さんが〇〇くんとケンカをしましたが、その後、仲直りをしました」とか、
「ひざのすり傷は、昼食後の休憩中に運動場で転んでついたものです。すぐに保健室で見てもらって手当をしてあります」
といった内容の「ご報告」を繰り返している姿があちこちで見受けられます。
「何も、そんなことまでいちいちと」とか
「そんなことは、自分の子どもに聞けよ」
と思われるかもしれませんが、もしこの「適宜のご報告」をしなかったために
「連絡がないのは、どういうことだ!」
と苦情を言われたり、トラブルに発展したりすることが往々にしてあるからです。
 もちろん別の家庭からは逆に
「子どものコトでいちいち電話をするな!」
と拒絶されることもあります。
 教師や学校にとってしんどいのは、保護者からのクレームの持ち込まれ方も関係しています。
 たとえば、担任の指導方法に対するクレームが、ある日、突然に校長に持ち込まれたり、教育委員会に直接に伝えられたりしますし、議員や弁護士関係者がいきなり出てくることさえあります。
 こういうことが繰り返されることによって、教師全体が萎縮し、過剰防衛に走らせる事態を増幅させています。
(小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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教師に反抗的、暴力的な態度をとる子どもが学級にいるとき、どう指導すればよいか

 教師が注意すると、敵意をあらわにする子どもがいます。
 教師の言うことをまるで無視するかのような態度をとって、叱られるのを逃げてしまうのです。
 このような子どもには、叱るのをためらいがちになりますが、そういうわけにもいきません。どう指導すればよいのでしょうか。
「叱ることから逃げないで、冷静に対処することを心がけ、学級集団の力で子どもの成長を促す」ようにします。指導のポイントは、
1 叱ることから、逃げない
 反抗されるから、教師が叱らないでいると「なぜ、あの子だけ叱らないの?」と、学級の他の子どもたちが不満を持つようになります。
 また、教師に反抗するような子どもは、教師に反抗することで、自分の存在感を誇示していきます。
「教師など恐くない。教師より上だ」と、周囲の子どもを引き入れていきます。
 叱ることを放置しておくと、多くの子どもたちとの信頼を失い、教師対子どもという構造が学級に生まれてしまいます。
 反抗的な子どもほど、教師の言動を観察しています。
 他の子を叱ったり、全体に注意を喚起したりする時は、「おれのこと?」と思わせるくらい、常に反抗的な子どもを意識して指導します。
 私は反抗的な子どもを指導するときは、他の子が見ていないところで行い、最後に「みんなと楽しくやろう。みんな待っている」と伝えるようにしました。
「あなたが好きだから叱る」「あなたのために叱る」という、叱るという行為の根本に必要な心を込めて私は叱りました。徐々にその心は、子どもに通じていくと思います。
2 教師は、子どもの上に立ち、冷静に接する
 このタイプの子どもは、叱れば叱るほど、挑発的な態度をとります。
 教師が感情的になるのを楽しんでいるかのように「何で悪いの?」という態度をとります。
 このような時こそ、あくまで冷静に接することが大切です。
 子どもの挑発にのって、教師が感情的な姿を見せれば、子どもと対等な関係になってしまいます。
 穏やかな口調の中にも、毅然とした態度で話をするように心がけましょう。
3 学級集団の力で反抗的な子どもを育てる
 反抗的な子どもがもっとも恐れているのが、仲間が自分から離れていくことです。
 教師に反抗的な子どもがいる学級こそ、学級の他の子どもたちと教師との関係を密にしておく必要があります。
 多くの子どもたちが教師を信頼し、素直に反省することができる学級集団に育てることが大切です。
 私が注意すると、反抗的な態度をとるとき、私は
「Aくん、間違ってるよね。みんな」
「先生の言っていることは正しいよね」
と、学級の子どもたちを味方につけながら指導をしました。
 学級が教師を中心に動き、叱られることで成長する学級集団の中では、むやみに教師に反抗することはできません。
 前向きで素直な学級集団の中でこそ、このような子どもは成長することができるのです。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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勉強して成績が上がるための技とコツとは、どのようなものでしょうか

 勉強をやっても成績があがらないという人がよくいますが、それはやり方に問題がある場合が多いと私は思います。
 勉強のコツと技を押さえておけば、勉強の効率はかなりアップするでしょう。
 本は、本という物として見ないで、人との出会いとしてとらえる。そう考えるだけで、ずいぶん変わってきます。
 私は参考書に対して、その本を書いた著者につきあっている感覚でやっていました。
 著者があたかも肉声で教えてくれているという感じが全面に出ているものを探すのがいいですね。
 すると、本で勉強するという無機質な感じが薄らいできます。
 有名な予備校の先生の本などは「もし、この先生に家庭教師してもらったなら、すごく高いよな」と思って読むと、さらにやる気が出ますね。 
 問題集は自分には効く、というものを探しあてると、すごく楽しくなります。作った人の感覚が自分に合うかどうかという相性があるのです。
 学力をアップさせる基本は、とにかく問題を解くこと。どれだけ勉強ができるようになるかは、解いた問題の量なのです。
 参考書と問題集を兼ね備えたような解答が充実している問題集がいい。
 解答は、どうしてそういう答えになっているのか、丁寧に解説してあるのが理想的な問題集です。
 問題集の勉強のやり方は、すぐに解けた問題はやらなくていい。できなかった問題は印をつけておいて、できるようになるまで何度でもやります。
 わからない問題は、あまり長く考えずに解答をすぐ見て、理解して記憶し、もう一度やる。
 しばらくして、同じ問題をやると、答えを忘れて解けないときは、また答を見る。
 そうやって、できない問題ができるまでくり返します。
 できなかった問題をできるようにしなければ学力は決してあがりません。
 予習をすると、すごく勉強の効率がアップします。授業中、わからずジーッと聞かされると苦痛を感じる。それが予習で少しでもわかっていると全然違う。
 試験勉強は、ほとんどが暗記です。記憶力は向上するものです。
 単語なら、0から100語を覚えるまでは大変ですが、1000語覚えた人が1100語目を覚えるのは簡単です。覚えるコツがわかるようになる。
 だから暗記が苦手という人も、きっとアップするという強い自信を持つべきです。
 舞台役者さんたちは、1000行のセリフを間違えずに言いますよね。彼らは勉強が苦手だったという人が多い。そこに暗記のヒントが見えてきます。
 それは声を出すということ。これが効果的なんですね。役者さんも、セリフを声に出して読むのが暗記のコツになっているのです。
 次に書くこと。メモを取ることが記憶させる基本です。メモを取ると、頭の整理がついて情報の吸収能力がグンと上がります。
 色の記憶というのはバカにできない。間違った問題の解答は赤で、教科書に線を引く。ノートも色を使って書くと、重要なポイントがひと目でわかる。
 図で覚えると、理解度が深まって頭にスンナリと入ってくる。図は記憶に残るものです。
(齋藤 孝:1960年静岡県生まれ、明治大学教授。「身体感覚を取り戻す」で新潮学芸賞を受賞。専門は教育学、身体論)

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子どもたちが教師の話や説明を聞きたくなるようにするには、どうすればよいか

 授業をするとき、授業の進め方、課題や解決の方法、答や学習の成果など、子どもたちに話をし、説明しなければなりません。
 教師の話や説明に、子どもたちが興味関心を持ち、聞きたくなるようにするには、どのようにすればよいのでしょうか。
1 本音で語れ
 子どもの心に、説明を強く印象づけたい場合、あっと驚く本音で話し始めることで、子どもの興味関心を高め、その後の説明を聞かせてみよう。
 この方法を多用すると、子どもが教師の話を楽しみに待つようになる。
 飾らない話しぶりに好感が持てるし、本音の真意が何であるのかが楽しみであるからだ。
「では、話します」と言うだけで、子どもたちが期待に満ちた顔で教師の話を聞くようになる。
 こうしたことを繰り返すことによって、子どもたちの聞く態度を育てることができる。
 教師の話をがまんして聞かせることだけでは、子どもたちの聞く態度は決してよくならないのだ。
2「たとえ」を使う
 あっと驚く「たとえ」を使うと、子どもたちの心に驚きや感動を与える。例えば、
「学級はすいかと同じだ。熟れてくるほど、中身の種が育ってくる」
「計算力とラーメンは同じだ。速くできても、まずかったでは意味がない」
 よく練っておかないと、こうしたたとえは、決まると格好がいいが、子どもたちに通じないと逆効果である。
 そして、普段から「〇〇と〇〇は似ていないかな?」と考えることが大事だ。
 こうした「たとえ」を使った説明はインパクトが強い。だから子どもたちの記憶にいつまでも残ることになる。
 インパクトのある「たとえ」は、子どもの内面に浸透して、子どもが自分を律する際のルーツとなるのである。
3 注意事項が複数の場合は、頭文字で話す
 注意事項が複数になってしまう場合は、その言葉の頭文字を取って話す。
 通常、子どもへの説明は、一時に一事を短く話すことが原則。しかし、複数の内容を説明しなければならないことが多い。
 そこで、頭文字で印象づけ、その後、詳しく説明する方法が効果的なのだ。例えば、
 特別教室への移動するときの注意事項を説明するときの頭文字は、「あくま」で。
 「あ」歩いて、「く」口を閉じて、「ま」間に合うように。
 頭文字は、合言葉になる。教師がいないときも、子どもたちが互いに声を掛け合える集団へと育つのだ。
4 当たり前と思われている事柄を問いかける
 子どもたちが「当たり前だよ」と考えているような事柄を説明するときは、問いかけた後に説明をするようにする。例えば
「なぜ、ハンカチやちり紙を持ってくる必要があるんだろう?」
 当たり前を問い直してみると、子どもたちは「あらためて聞かれると、わからないなあ」と自覚することができ、その後の説明に耳を傾けるようになる。
5 子どもたちのテンションが低いときは、活動を取り入れる
 テンションが低いことが多い月曜日など、説明を聞けるような状態にないときは、まず活動をさせてから説明をする。
 例えば、朝なら「おはようございます」と言わせるだけでもよい。座って行う活動が続いたのなら「立ちなさい」と言うのもよい。
 なにか活動を取り入れて、空気を変えてから、次の説明をするようにする。
 活動は二回繰り返すとよい。一度目の活動に必ず「ダメ出し」をして、レベルアップを要求する。こうしておいてから、説明する。
 教師の話を子どもたちが聞いていないとき、のっけから「静かにしなさい」と怒鳴って静かにさせると、教室の雰囲気は急激に冷えていく。
 そこで、活動をさせる。活動にダメだしをすることで集中力を高める。しかし、二回目以降は、改善された点をほめるようにする。それによって空気をあたためることができる。
6 教えない
 子どもたちの意欲を高めたいときの手法の一つが「教えない」こと。
 本来与えられるべき情報を、制限したり、与えなかったりすると、子どもは知りたいという意欲を高めるようになる。
(山田洋一:1969年北海道札幌生まれ、私立幼稚園に勤務後、北海道公立小学校教師。「北の教育文化フェスティバル」代表、「お笑い教師同盟」副代表、「実感道徳研究会」副代表)

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勉強ギライが治る国語の勉強法とは

 勉強が社会で役立つかというと問えば、国語は社会で使い続けるので、国語は確実に役立つと断言できます。
 国語の能力が高いと、仕事の効率もいいし、仕事の幅も広くなる。国語は最も勉強する意味のある教科と言えます。
 ふだん「この人は、頭がいいね」と言われる、その頭の良さは、国語力によるものと私は思っています。
 具体的に言うと、頭の良さとは、国語で問われる「文脈力」によるものです。
 国語でよく「これはどういう意味でしょう」という問いがあります。
 それは「前後の文章から考えて、どういう意味に推測できますか?」という意味である場合がほとんどです。
 それは「どんな背景があるのかな」とか「こう物事を進めたいんだろう」と、推測する力、それが文脈力です。
 前後のヒントから、結論や相手の考えが早く正確に理解できる文脈力のある人は、仕事ができるものです。
 国語は勉強の仕方がわからないと言われています。また、答が絶対的でなく、あいまいなものであるとされています。
 しかし、国語力が高く、成績がいい人にとっては、答えはひとつなのです。
 国語の問題は、出題者との対話とも言えます。
「出題者が、課題文をどう読んでほしいか」を理解するのが、国語ができるということなのです。
 つまり、出題者が「この文章は、こういう読み方をしろ」と言っているわけで、その意図を正しくくみ取ることができれば正解になります。
 国語力をつけるには主観的に読むだけではダメです。出題者の考えをつかんで文章を読む。これは、思考を客観的にする作業なのです。
 文脈力を問う問題を解くコツは、途中ちょっと飛ばしてもいいから、最後までまず読む。
 1回読んでわかるものは問題にしません。3回くらいザーッと通して読んでみると「ああ、そうだったのか」と見えてくるものです。
 多くの問題は、傍線部の近くにヒントがあります。その付近を重点的に調べる。キーワードと思われるものに丸をつけて、囲みながら読む。
 何文字以内という設問なら、このあたりが大事だなというワードを四角で囲むのです。
 そうやって問題を解く練習をする。国語も問題を多くこなしていけば、できるようになります。
 国語は意外と問題を解くことがなおざりにされがちな教科です。
 国語の勉強の仕方がわからないと言っている人は、たくさん問題を解くことです。高校入試やセンター試験の過去問は最大の宝庫です。使わないのはもったいない。
(齋藤 孝:1960年静岡県生まれ、明治大学教授。「身体感覚を取り戻す」で新潮学芸賞を受賞。専門は教育学、身体論)

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子どもたちが聴き合い、つながり、学び合う学習は、具体的にどうすればできるか

 子どもたちが、学び合う学びとは、子どもたちが「聴き合い」、子どもたちと子どもたちや教師を「つなぐ」ことができる学習である。どのようにすれば、それが可能になるのでしょうか。
1 聴き合う
 聴くというのは,学ぶことの基本です。
「聴く」ことができるためには、学ぶことを、子どもたち一人ひとりが「自分の学び」として意識しているということが大切である。
「自分の学び」だから,人の話を聴こうとするのである。
2 何をつなぐのか
 具体的には,何と何をつなぐのか。
(1)子どもたちの「考え」と「考え」をつなぐ。
(2)子どもたちの「考え」と,教材をつなぐ。
  教材のねらいや,追求しているものを軸にしていく。
(3)子どもと子どもをつなぐ
  子どもの考えだけでなく,体験などもつなぐ。
  子どもたちの生活の中で、子どもと子どもをつなぐ。
(4)子どもたちと教師のつながり
  子ども同士をつなぐ前に,子どもたちと教師とつながる。
3 つなぎを可能にする条件
(1)教材解釈
  教材解釈を深めれば、子どもたち一人ひとりの学び,読みを聴きとることができる。
  教材解釈をすればするほど,教えたいと思うが、教師の教えたいことと,子どもの学びにずれが生じ、教室の空気が重くなる。
  そうならないように、教材解釈をしっかりした上で,教師はそれを出さずに,子どもの学びに反応できるようにする。
(2)子どもの考えから出発する学びに転換する
  高度な解釈のできるすごい授業からの脱却し、教師が教えないで,子ども任せにしているのではなく、子どもたち一人ひとりの理解に対応するようにする。
  子どもの読みが,どこから来ているのかを認識して,子どもたちにかえしてやる。
(3)個人学習で、子どもたち一人ひとりの考えを引き出す
  子どもたち一人ひとり、個別対応することが大切である。書くことを重視する。
  子どもたちに、いきなり一人でやれと言っても,やれない。教師が個人学習のやり方を丁寧に指導してあげる。
(4)子どもたちに連続発言への意欲をもたせる
 話せる雰囲気作りが大事である。抵抗感が薄れ、子どもたちが仲間意識が持てるようにする。
(5)聴き合える子どもたちを育てる
  受動的に聞くのではない。反応を返したり,自分の意見と似ている,似ていないなどを考える。
 聴くということが学ぶことだと実感させる。
(6)教師が子どもの発言をよく聴く
  教師が,子どもたちの聴き方の見本になる。
  子どもの発言を,教科書,仲間,自己の関係から認識する。
(7)教師がつながりを感じ取れる
  子どもたちを意識していると,つながりが見えてくる。
4 学び合う教室での子どもたちの様子
  子どもの学びから出発し,子ども同士の考え方を丁寧につなぐことで,子どもたちは次のような考えを持つ。
(1)共感「ああ,そうなんだ」
(2)比較「へぇ~。そういう考え方もあるのか」
(3)疑問「それじゃあ,これはどうなんだ?」
(4)結びつけ「ぼくの考えと,つながるな~」
(5)葛藤「じゃあ,これとこれは。どっちもいいな~。どうしよう」
(6)追求「わからない。もっと調べたい」
(7)発見(感動)「そーだったのか! わかった!」
5 学び合いの段階
 学び合いを進めるためには、つぎのような段階がある。
第一段階 
1 子どもたちに、聴く意欲を作る
(1)教師が、魅力的な語りをする
  子どもたちが,聴くことは楽しいと実感する。
(2)教師が、聴く態度を手本で示す
  教師がまず,聴き方の見本を示し、子どもたちの聴く態度を育成する。
(3)子どもたちの聴く態度で、よいところを褒める。
(4)しっかりと聴くことで、子どもたちが伸びることを実感させる。
2 安心して話せる雰囲気作り
(1)発問を子どもたちが答えやすいものにする
  目の前の子どもたちにあった発問をする。
 子どもたちの育ちに合わせた発問をする。
  答えやすい発問に、子どもたちが答えることで,話そうとする気持ちがわいてくる。
(2)話せる子と、話せない子を教師が把握する
第二段階 
1 聴き方を磨く
(1)何かを発見する聴き方
 自分の考えと似ていると共感したり、自分の考えと違うと比較したりするようにする。
(2)顔の見える机の並び方
コの字型に机を並べる。
  なぜコの字型にするのか,子どもたちと話し合って考える。
前向き,班の形など、状況によって使い分ける。
(3)反応しながら話を聴く
  まずは,教師が「うなずく」などの見本を見せる。
反応しながら聴いている子どもをほめる。
2 話す意欲と話し方を高める
(1)どの子どもも話す
思ったことや感想の発表など,どの子も話せる内容で話をする。
(2)不必要な学習話型は使わない
「いいですか」「どうですか」など,最初は使ってもだんだんと減らしていく。
(3)自分の言葉で相手に分かる話し方をする
一言発言や,オウム返しから始めて,自分の言葉で語れるようにする。
第3段階 子どもの考えから出発する授業
1 聴き手に向かって話をする話し方に
(1)誰に向かって語るのかを考える
(2)教師の机を子ども用の机にして,子どもと一緒の目線に降りる。
2 個人学習の取り組みをする
(1)自分の力で読めるように,学び方を教える。
(2)自分の読みを,ノートに書けるようにする。
(3)書いたことの発表会にならないようにする。
3 連続発言
(1)子ども同士で発言をつなぐ意識をもたせる。
(2)教師が話すのではなく,子どもたちが話すことを重視する。
(3)子どもたちが話せることを,教師も,子どもも実感する。
(4)前の人の話につなげて発言する意識を持つ。
第4段階 話題からそれない話し合いと、かかわり合って発言できる
(1)仲間発言
共感する。
(2)対立発言
  比較する。小さな違いから学ぶ。
(3)応援発言
付け足し。手助け。
(石井順治:1943年生まれ、「国語教育を学ぶ会」の事務局長・会長を歴任、三重県の小中学校の校長を努め、退職後は、各地の学校を訪問し佐藤学氏と授業の共同研究を行うとともに、「東海国語教育を学ぶ会」の顧問を務めている)

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保護者からの苦情対応の具体的なポイントとは

 あなたは保護者から、つぎのような脅しに似た文句を言われた経験はないだろうか。
「うちの子が言っていることが絶対正しい」
「担任を変えろ」
「子どものけがの治療代を払え」
「学校を訴える」
「慰謝料を払え」
「子どもに土下座をして謝れ」
「校長を出せ」
 そのとき、どんな対応をするのだろう。
 保護者の苦情を「聞くことすら嫌だ」と思う教師は多い。こうした教師の初期対応は、相手に対する思いやりがなく、自ら問題をこじらせてしまう。
 相手の言っていることが嫌だ、他の人に相談するのは恥ずかしいなどと考え、相手を押し返そうとする。
 それも態度や言葉による圧力で対抗する。その結果、保護者の逆鱗に触れてしまう。次には保護者は知識をつけて強硬な態度で対抗してくることになる。
 これらの教師は責められると弱い、対応能力が乏しい。そのくせ管理職に報告するときは、真実を曲げ自分を被害者にしたり、言葉の強弱のつけ方で自分を正当化するのがうまい。
 保護者からの苦情において、トラブルを未然に防ぐためには、まず教師の受け入れる姿勢を変えなければならない。
 教師が姿勢を変えることによって、多く問題の解決が図れる。
 管理職は、保護者からの苦情を最初に受ける教師に、対応の仕方を教えておくべきだ。
 つまり、保護者の話が無理だとわかっていても黙って聴くこと。自分では判断せず「ご提案はお預かりして、校長や教頭に相談してみます」と、その場では伝えることである。
 もちろん、実現は困難だとわかっているのだから、軽い予防線をはるようにする。例えば
「たいへん貴重なご提案をいただきありがとうございます。さっそく会議に諮れるように提案をしてみます。少しお時間をください。」
「しかし、会議で検討しても実現できるかどうかという問題も出ます。なぜなら、学校では年度当初に、〇〇という考えのもとで計画的に決定されていますから、変更はとてもむずかしいと思います」
「その点だけはご承知ください。でも貴重なご意見です。ありがとうございます」
というふうに。
 苦情対処のポイントは、言わずにいられない保護者の気持ちの「落としどころ」が見つかるかどうかである。
 苦情では、一つの問題に対して複数の回答を想定しておかねばならない。
 複数の回答を想定しておけば、その問題に当てはめて応用することができる。
 苦情対応の世界では、一度提案してもお客から拒否されることはいくらでもある。当然、次の手を考え準備しておく。
 それが拒否されたとしても、さらに次の手まで考えておけばよいだけのことだ。
 どんな説明で保護者を納得させるか、話術が必要となる。保護者に「仕方がない」と思わせる会話力だ。
 保護者に我を張らせない話術を持つことは大事である。
 我を張らせない話術には、先を読む推測力とそれを完成させる会話力が必要になる。
 つまり、会話で相手の心を和ませるのだから、相手の心理を読む冷静さと、会話の「間」のよさが求められる。
 保護者の顔色を見ながら笑顔で話し、保護者の顔が少しでもゆるんだ瞬間に
「〇〇くんは、おとなしいけど、芯が強いからなぁ。これからが楽しみだ」
などと、目をあわさずにつぶやく技を持てたらすばらしい。
 保護者は、教師の一言のつぶやきでほっとするのではないだろうか。親心とはそんなものである。
 苦情対応の世界では、問題解決のために、場の設定は絶対に欠くことのできない大道具である。
 保護者も、校長室の隣の応接室などへ通されたら、軽々しい発言はつつしみ、いい加減なことは言えないし、悪態もつけなくなるだろう。
 また、保護者が座ったら、まずお茶を出すべきである。出されるお茶の役割は一呼吸置いたり、目をそらしたりするのに最適な小道具なのである。
(関根眞一:1950年埼玉県生まれ、苦情・クレーム対応アドバイザー。百貨店に34年間在職し、お客様相談室長を経て、メデュケーション(株)代表取締役。新学校保護者関係研究会委員) 

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教師受難のむずかしい時代を生き抜いていくために必要な教師の能力とは何か

 今のようなむずかしい時代に教師生活を長く続けていくためには「弱音を吐く能力」「助けを求める能力」が必要不可欠なものとなりつつあります。
 弱音を吐き、助けを求めることは、教師受難の時代を生き抜いていくための能力の一つなのです。
 助けられ上手な教師は
(1)困っていることを解決するために、同僚や管理職からの助言や援助を求める。
(2)自分が困っているときには、話を聞いてくれる人がほしいと思う。
(3)困っていることを解決するために、自分と一緒に対処してくれる教師を探す。
(4)自分の周りの人に助けられながら、うまくやっていきたいと思う。
 男女別でみると、女性のほうが男性に比べ、助けを求めることへの抵抗が少ないようです。
 助けられ下手な教師は
(1)よほどのことがない限り、人に相談することがない。
(2)なにごとも、同僚や管理職に頼らず、自分で解決したい。
(3)同僚や管理職の助言は、あまり役に立たないと思っている。
(4)援助を求めたら、人はわずらわしく感じるのではないかと、思っている。
(5)自分が困っているとき、同僚や管理職は、そっとしておいてほしい。
 助けられ下手な教師の特徴は、
(1)自尊心の高すぎる人
 経験的にも能力的にも「自分はできる」という自負のある先生が学級経営や保護者対応に行き詰ったとき、プライドが邪魔をして助けを求められないのです。
(2)自尊心の低すぎる人です。
 学級崩壊に陥っている。保護者から攻撃を受けたというとき、これ以上自分のダメなところを見せたら、人から見放されるという怖さがあって相談ができないのです。
 大切なのは、勇気をもって自分の苦しみを打ち明けることです。助けを求めれば、救われるチャンスも得られるのです。
「そうは言っても、助けを求められる人、いないんですよね」と、言う教師は多い。
 でも、ほんとうにいませんか? あなたの周りにほんとうに一人もいないでしょうか。
 実は、同じようなことで悩んでいる教師は、結構いるものです。
 幅広く目を向けて、安心して相談できる相手を見つけましょう。
 周りを広く見渡して、味方になってくれそうな教師を探す習慣をつけること。
 これが、あなたがこの先も教師を続けていくための、大きな助けとなるのです。
(諸富祥彦:1963年生まれ、明治大学教授。専門は臨床心理学、カウンセリング心理学。悩める教師を支える会代表。現場教師の作戦参謀としてアドバイスを教師に与えている)

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私は様々な指導技術を身に付けてきた、その方法とは

 私が本に書いているのは、目の前の子どもたちに試して、ヒットした実感のあるものだけである。
 現場人である我々教師には、理屈は不要だ。
 例えば、水泳指導である。25mを泳ぎ切った時の子どもの笑顔は最高だ。
 しかし、私は若いとき、子どもを25m泳がせる指導技術をもっていなかった。
 私は子どもの笑顔を見るのが大好きだ。だから教師になったと言ってよい。
 しかし、子どもの笑顔を見たいのに見ることができない。こんなつらいことはない。
 だから、一生懸命に勉強した。本屋に行って、水泳指導の本があれば、片っ端から買って読んだ。そして、本から学んだことを子どもたちに試した。
 その方法を使って子どもが泳げるようになれば、その指導法を取り入れた。子どもが泳げるようにならなければ、その方法は使わなくなった。
 我々教師にとって、目の前の子どもの事実が全てだからだ。
 これをくり返すことで、私なりの水泳の指導法をつくりあげていった。
 おかげで、毎年多くの子を、初めて25m泳ぐことが出来るようにし、多くの子どもたちの笑顔を見ることに成功している。
 様々な本を読んでいると、それぞれに理屈が違っていることに気がついた。
 私には、目の前の子どもの事実だけが頼りだった。
 これは、水泳の指導だけに限らない。
 若い私は、多くの本を読んだ。教育雑誌だけで毎月20誌以上を買っていたこともある。
 それらの本から学んだことを、どんどん子どもたちに試した。
 そして、効果のあった指導法を取り入れ、効果のなかった指導法を捨てていった。
 私はこうやって様々な指導技術を身に付けてきたのだ。
 ある若い教師から、こんな質問を受けた。
「授業に班学習を多く取り入れている。それなのに、班学習をすると、いつもパニックになる子どもがいる。どう対応すればよいか?」
 私の答は、単純明快。「班学習をやめたらいい」である。
 班学習をしたら、必ずパニックを起こす子どもがいるのである。目の前の子どもに合っていないのに班学習にこだわる理由が分からない。
 私は、その子が良くなった方法を続けて使う。悪くなった方法は使うのを止めることにしている。
 もちろん、そのためには「子どもを見る目」が必要なのは言うまでもない。
 私にとって必要なのは理屈ではない。目の前の子どもたちの事実が全てなのだ。
 私は目の前の子どもの事実からしか学ばない。それは若いころも、今も変わらない。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

 

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学級に違和感を抱き、落ち着かないなと感じたとき、どのように学級づくりをすればよいか

 新しい学級を担任したとき、教師はまず何をおいても子どもたちとの間に縦糸を張らなくてはならない。
「先生ときみたちは立場が違うんだよ」「先生はきみたちを守る責任をもっているんだよ」「きみたちは先生に指導される立場なんだよ」
 こうした縦関係をしっかりと構築しなければならない。
 これを怠り、教師と子どもがフラットな関係を築くことこそが理想だなどと考える教師は、子どもたちの前に立つ資格がないと言えるだろう。
 しかし、現在、この縦糸を張るだけでは学級経営は成り立たない。
 生徒指導のベテラン教師や、子どもたちになめられないようにと怒鳴るタイプの教師が、学級崩壊を起こしたり、子どもたちに反発されたりすることが多くなっているのが何よりの証拠である。
 現在、教師は縦糸を張ると同じくらいの重きを置いて、子どもたちに横糸を張らせる手立てをとることが求められる時代になっている。
「子どもたちがわからなくなった」「学級担任をもつ自信がなくなった」と、嘆くベテラン教師は、この発想がないからうまくいかないのだ。
 教師は縦糸を張ると同時に、手を換え、品を換えて横糸を張らせる手立てをとらなければならない。
 子どもたちに他人とつながる経験を与え、つながる喜びを意図的に体験させなければならない。
 学校行事はもちろん、授業、特別活動においても、この発想を片時も忘れてはならない。繰り返し、繰り返し行うことによって、その効果が発揮される指導である。
 3か月、半年、1年と長いスパンで見たとき、その効果には計りしれないものがある。
 多くの教師はせっかちであるために、その効果を実感するまで続けられない現状がある。
 横糸が太くなっていくことによって、教師と子どもの間の縦糸が隠れていくが、決してなくならない。
 しかも、子どもたちの横糸は、教師には想像できないような様々な彩りを示し始め、学級全体の彩りを形成していく。
 その彩りは、あくまで教師と子どもたちとの間に張られた縦糸によって、一つに織られていくのである。
 教師は学級の実態に違和感を抱いたとき、落ち着かないと感じたとき、縦糸の強化に向い、説教に向かいがちである。
 しかし「子どもたちの関係性を深める活動が必要なのかもしれない」という視点を浮かべる必要がある。
(堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

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子どもの行儀の悪さを、すべて学校の責任に転嫁する保護者に、どう対応すればよいのでしょうか

 整理整頓ができない、時間を守ることができない、あいさつができないなど、本来、家庭で身につけておかなくてはならないことを、学校任せにし、責任を転嫁する保護者がいて、困ることがあります。
 保護者の要請だからと、すべてを引き受けてはいけません。保護者としての責任感を身につけてもらうことが、子どものためになります。
 そのような保護者には、どのように対応すればよいのでしょうか。
1 保護者に協力を求める姿勢で啓発する
 あまりにも身勝手な苦情や要請に「それは、親の責任でしょ」と嫌みの一つも言いたくなります。
 しかし、感情をあらわにして保護者とぶつかるのは得策ではありません。
 一歩引いて「力不足でした。ご家庭でも、ご協力をお願いします」と、家庭でも保護者の指導が必要なことを暗に伝えるようにします。
2 学校での取り組みを伝える
 学校での生活指導の取り組みを、学年通信や学級通信、保護者会などで、どんどん伝えるようにします。
 すると、保護者は家庭の教育力の必要性について考えざるを得ませんから、ほとんどの保護者が、協力的になってきます。
 もし、しつけは学校の責任と考えている保護者がいたとしても、日頃から、家庭教育について、学校や担任の考え方を伝え、それが他の保護者の理解を得ていれば、苦情を言ってくることはなくなります。
3 その場は我慢し、保護者をほめて協力する意識を高めてもらう
 学校の指導が悪いと苦情を言ってきた保護者に、教師がいくら正論を掲げても、このような保護者に理解してもらうことは、まず無理です。
 とにかく我慢して、相手の話を聞き流しましょう。
 勝負は日頃の保護者との接し方です。
「Aさんが、きちんとあいさつができるのは、ご家庭での指導が行き届いているからですね」
と、保護者のプライドをくすぐりながら、家庭教育の必要性に気づいてもらいます。
 このように、保護者を協力的に変えていくことが、もっとも効果的な方法です。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方研究会」を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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私は新人のとき国語の授業の教え方がわからなかったが、努力して楽しくて力のつく学習法にいきついた

 私は新採用のとき、小学校2年生を担任しました。
 今のような指導教師がついた懇切丁寧な指導は一切ありませんでした。
 何とか1日の授業が終わるとほっとしたものでした。余裕など全くありません。
 放課後になると、同じ学年の教室をのぞいて、どんな掲示物をどのように貼ったらいいのか真似をしていました。
 そして、子どもたちと休み時間ごとに外に出て遊んで、子どもたちの気持ちをつかもうとしました。
 毎日の授業を、どうやって教えたらよいか本当に困っていました。
 同じ学年の先生に聞いたり、学年主任の先生に聞いたりしていましたが、間に合いませんので、教科書の指導書を頼りにし、それをみながら進めました。
 一番困ったのは国語の授業です。国語の教科書を見て、何を教えたらよいのか本当に困りました。読めばわかるお話ばかりでした。
 こんな簡単な物語文や説明文は、一回読めばわかるじゃないかと本当に思いました。
 ですから、国語の授業が退屈で仕方ありませんでした。10時間扱いと書いてあっても、すぐ終わってしまうのです。
 きっと、わかる子やできる子どもだけを相手に、進めていたのでしょう。
 校内の研究授業の機会に、40歳代の先生の説明文の授業を参観したのですが、私の国語の授業とは雲泥での差でびっくりしました。
 授業は発問応答方式で進めていたのですが、そのあまりにも鮮やかな展開に、すっかり魅了されていました。
 一字一句を大事にする国語の授業ってこういうのかと、初めてわかったような気になりました。とてもすてきな国語の授業でした。
 その先生の国語の授業は、全員の子どもに、今日勉強する教科書の範囲を読ませ、読めない子どもには一人ひとり教えていました。
 そして、発問応答方式で、教えなければならない内容と言語事項について、きちんとわからせていったのです。
 黒板に書く文字も美しく、見とれました。
 中でも圧巻だったのは、授業時間の最後の方で
「〇〇は・・・・・・です」
と黒板に書いたのです。
 教科書の文章と違うので、私はその先生が間違えたと思い、はっとしました。
 すると、子どもが
「先生、そこは『〇〇も』と書いてあります」
と指摘したのです。
 すると、先生は
「そう、よく読んでいましたね」
「ここは『も』ですね。『は』とは違います」
「どういう違いがあるからしらね」
と進めたのです。
 すると、子どもたちが何人も手を挙げて、要点に触れる答えを言っていたのです。
 一字の扱いで、文章の意味を的確につかみ、イメージが広がったのです。
 この先生は、この「も」を意識させるために、わざと「は」と書いたのです。
 授業は退屈するどころか、後ろで見ていた私も、その先生の発問ごとに、はらはらどきどきしたり、うなずいたり、納得しながら過ごしました。
 あっという間の授業時間でした。これなら子どもも、学習に満足感をもつだろうと思いました。
 そうだ、こういう授業を私もしたいと痛切に思いました。
 こういうすごい授業を毎日受けている子どもと、私のお粗末な授業を受けている子どもでは、1年間ですごい差がつくなと、その申し訳なさに身震いしました。
 それから、私は一念発起して国語の研究会に参加し、教えてくれる師を求めて勉強を続けました。
 そして、楽しくて力のつく国語学習法として、翻作法にいきついたのでした。
(注記)
 翻作とは、なんらかの作品をもとにして、それをなぞったり変えたりしながら、自分なりの表現をすることです。
 翻作法とは、翻作表現活動を取り入れた学習支援の方法です。
 翻作法の第一の利点は、学習活動を意欲的で積極的なものにする点です。
 翻作法では、原作にした作品の理解を確かなものにしたり、その作品の内容や表現方法を学んだり、自分自身の表現力を高めたりすることができます。
 それは、より広い視野から見ると、文化の継承と創造に参加することになります。
 翻作法には「表現活動を通した精読の方法」という特徴もあります。翻作法は、言葉の力を豊かにする、楽しくて実りある学習方法です。
(卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002年)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたっている)

 

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授業中、わざとふざけたことを言ったり、揚げ足をとって、授業を妨害する子どもに、どのように対応すればよいでしょうか

 授業中、教師の問いかけや友だちとの意見交流で、わざとふざけたことを言って、授業を台無しにする子どもがいます。
 また、教師の発言の揚げ足をとって、授業を妨害する子どももいます。
 このような行為は、授業の雰囲気を壊し、他の子に迷惑となります。どうすればよいのでしょうか。このような子どもには、
「真剣に相手をせず、軽く受け流して、授業の雰囲気を守ることに専念する」
とよいと思います。指導のポイントは
(1)授業のペースを乱さない
 子どもが授業の流れを壊す発言をした場合、大切なのは、授業のペースを乱さない
ことです。
 そのために、子どものふざけた言葉に「真剣に取り合わない」ことです。
 幼い子どもを母親がなだめるように「軽くたしなめて、受け流す」くらいの「余裕」で応じましょう。
(2)他の子をバカにしたり、迷惑になる態度には厳しく
 他の子をバカにしたり、周りに迷惑になるような態度をとった場合は、軽く受け流して終わってはいけません。
「今の言葉をもう一度言ってみよ」と、毅然とした態度で叱りましょう。
 教師の毅然とした態度ほど、子どもにこたえるものはありません。
 ほとんどの場合、これだけでOKです。反省が見られたら、あとは何事もなかったかのように授業を続けましょう。
(3)教師が「無視した」と受け取られないようにする
 教師が子どもを軽く受け流す対応の仕方は、冷たくあしらわれ、無視されたと受け取られるかもしれません。そうならないように、
「耳が日曜日」「また遊んであげるから」
など、たまにはユーモアで返す余裕も見せなくてはなりません。四角四面な叱り方をするだけでは、到底聞き入れてはくれないものです。
(4)周りの子どもたちに問う
「今の行動が、立派だと思う人?」と、他の子どもたちに問うようにします。
 当人の言動が周りの子どもたちにとっては、迷惑になると知れば、授業をかき回す発言をしなくなるものです。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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職員室のルポ、教師の実態とはどのようなものか

 学校に電話をかけると応対が失礼なことがある。
 教師は電話の対応の仕方を教わらない。サービス業のように電話対応で顧客を失うことがないから、サービスのサの字もない。
「はい、はい、誰ですか」と日頃の偉そうな口調そのままのときがある。
 学校には隠蔽する体質がひそんでいる。
 学校で起きた諸問題を教育委員会に報告するとき、問題のレベルが学校によって違うから、その程度の問題は問題でないと勝手に判断してしまう恐れがある。
 校長も管理能力を教育委員会から測られているため、負の遺産をかばおうとすることがある。
 教師は定年になるまでに現場を離れたいと願うのであれば、教頭など管理職になるか、教育委員会に入ることである。
 しかし「定年まで子どもと関わりたい」という教師が多い。
 だが、その教師の仕事ぶりや人間性を評価されれば、管理職や指導主事に推薦され選考を受けることとなる。
「なんであの教師が? 次は自分だと思ったのに」と思う教師は肩書が欲しいのかも。
 体育の教師は、早朝に学校に来て、最後に帰り、上下関係に耐えてきた教師が多い。 先輩教師を敬い、後輩の面倒をしっかり見る。
 体育教師は、円滑な学校運営の立役者で、生徒の規律も体育教師の力量によることが多い。
 教師の基本は授業で商売している。授業をしっかりしていれば、子どもたちはついてくる。
 なめられている教師は、授業をおろそかにしているか、明らかに力量が足りない。
 授業の中身の充実は、知識の向上と、考え方、生き方、道徳心、自分を律する心など様々な視点で成長できる。
 ときには、手のつけられないような子どもがいる。ある信頼されているベテラン教師は、
「勉強が苦手でしかたがない子どもに強要しても、子どもがかわいそうなだけ。教室に居場所をつくることが我々教師の仕事」
という。
 その子のやり場のない心境を察知し、気持ちよく通学させるのが教師の仕事である。
 卒業式や転勤の際に、花束や寄せ書きをもらい「先生のおかげです」と、子どもや保護者から感謝される教師がいる。
「お礼を言われても。これで給料をもらっているんだから」
と、純粋な気持ちの教師がいる。
 時間を惜しまず、子どもたちに親身になる。こんな教師がまだまだいる。捨てたもんじゃない。
(非常勤太郎:昭和40年代東京近郊生まれ、塾の教室長、私立高校教師、その後臨時的任用教師として公立学校、特別支援学校等のチーフを任される)

 

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教師が子どもとつながり、信頼されるには、どのようすればよいか

 教師をやっている以上、子どもへの語りは実に重要だ。
 教師の失敗談、小さい頃の思い出話、怖い話、人生論などを、子どもに語ることは、子どもの心に宝を残すことになる。
 しかし、すべての教師が、語りが得意ということはない。
 語りたいことはあるのだが、どんな風に語ったらよいのか悩む教師が多い。
 もちろん、苦手だからと、語ることをできるだけ避ける、という手もある。
 しかし、メッセージのない教師は、子どもとつながることも、信頼もされないだろう。
「何を考えているのか分からない教師」は、子どもには理解しにくいのだ。
 もし、自分の話術に自信がなければ、絵本の読み聞かせをするとよい。
 そこで、教師が伝えたい内容と合致した絵本を選び、子どもたちに語る代わりに、読んで聞かせることにする。
 例えば、予定より早く授業が進み、時間が余ったとき、
教師「絵本を読みます」
教師「今日の絵本は、落語を題材にした『じゅげむ』です」
教師「じゅげむ、じゅげむ、五劫のすれ切れ、・・・・・」
何度も「じゅげむ、じゅげむ」が出てくるので、途中からは
教師「さん、ハイ」と言って、子どもたちと一緒に言うようにする。
 教師が絵本を読み終えた頃には、
子ども「先生、覚えたい」「五劫のすれ切れまでは言える」と、子どもたちは言う。
子ども「先生は言えるの?」という質問が出たので、
教師「言ってみようか。先生のは速いよ。それに、一回も息継ぎをしないからね」
と、宣言してから、すらすらと「じゅげむ」を暗唱してしまう。
子ども「先生、すごい!」「どうやって覚えたの?」と感嘆の声があがる。
 次の日から、私は「じゅげむ先生」と呼ばれるようになった。
(山田洋一:1969年北海道札幌生まれ、私立幼稚園に勤務後、北海道公立小学校教師。教育研究サークル「北の教育文化フェスティバル」を主幹し、柔軟な発想と多彩な企画力による活動が注目されている)

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教師が実践力を向上させるためには、何が必要なのでしょうか

 新任1年目の私は散々な学級経営をしてしまいました。
 大学時代の私は、家庭教師や塾の講師を務め、自信を持っていました。小学校の先生なんて楽勝な仕事だと思っていました。
 しかし、現実はそんな甘いものではありませんでした。
 学校のルールを破ってシャーペンを持ってきた子どもに「〇〇さん、シャーペンは学校に持ってきたらだめとちがう?」と注意をしました。すると、
「他の子もシャーペン持って来ているのに、なんで、ボクだけ注意されるんですか?」
と、反発された。
 注意したら、すぐに反省して「すみません」と言うだろうと思っていた私にとって、考えてもみなかった反応でした。
 私はカッとなり、感情的に怒鳴りつけ、力で押さえつける指導をしてしまいました。
 こんなことが何度も続き、1学期の終わりの頃にはクラスは最悪の状態になりました。
 どうしたらいいのかわからなくなり、夏休み前に大学の先輩に相談すると、教育サークルや教育セミナーに何度も私を連れて行ってくれました。
 そこでは、テクニックや知識がたくさん紹介されました。
 夏休みが明けて、勉強したことをふまえて、心機一転、再スタートしました。
 学んできた通りにやっているのに、子どもたちの様子が変わらない。私は焦りを感じ、子どもたちにつらく当たってしまいました。
 現在の私は、こんなことで心が乱されません。なぜなら、学んだことはうまくいかないのが当然だからです。
 そもそも、まず子どもたちの状況が違います。目の前の子どもたちに合わせなければなりません。
 そして、子どもとの信頼関係、しいて言うなれば、その先生の性格や人格も違うのに、同じようにいくことなんてあり得ないのです。
 性格は生まれ持って備わっている感情や意志の傾向です。
 人格は、忍耐、優しさ、寛容、謙遜、礼儀、素直さ、誠実さといった後天的に身に付けられるものです。
 教育の知識をたくさん身につけても、いざやってみてもうまくいかなかった経験のある先生も多いのではないでしょうか。
 学んで得た知識を振り返り、自分に合うように変更していく、ひと手間が必要なのです。
 教育技術は、さまざまな分野の知識を利用し、悪戦苦闘しながら実践を続け、自分なりのワザを身につけなければなりません。
 だから、教師が実践力を向上させるためには、人格、知識、技術の力をまんべんなく向上させていかなければならないと私は考えています。
(小野領一:1984年奈良県生まれ、奈良県公立小学校教師。「かれ笑いす」代表)

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教師が悩みを共有し、お互い支え合いながら課題を解決していける人間関係づくりが求められています、どうすればよいのでしょうか

 教師同士が雑談することでどのような効果をもたらすのでしょうか。
「同僚が自分をサポートしてくれる仲間だと感じることができた」
「ストレスをほぐせた」
「人間関係がよくなり、仲良くなることで学校が楽しくなった」
「なごやかになり、気持ちが落ち着く」
などのメンタル面で大きなプラス効果があります。
 ある学校では、校長自らが職員室の後方に仕切りを作り、雑談できるようにしていました。
 勤務時間外に、教師たちはそこでお茶を飲み、お菓子を食べ、子どものことなど様々なことをしゃべってから帰路につきます。晴れ晴れとした顔で帰っていくのです。
 学校でのストレスを学校で解消していくことで、家庭にストレスを持ち込まないようにすることができます。
 結局それは、翌日の勤務への意欲を高めることにつながっていったのです。
 校長が「雑談スペースを作ったことで、先生方の仕事の効率が上がった」と、胸を張って言っていました。
 雑談時間を「余分な時間」と考えず「リフレッシュする大切な時間」と考えることが必要なのではないでしょうか。
 雑談のときに、どのような言葉がけをするかというと、例えば
「私のクラスに、授業中に騒がしい子どもがいるのですが、先生は騒がしい子を担任したことがありますか。もし、あればどのような方法をとりましたか?」
と、聞くとよい。
 教師は誰でも教えたがりです。その部分に触れるように話すと、気軽に相談に乗ってくれます。
 また、趣味の話なども、雑談の中に入れましょう。お互いのもち味や興味のあることを日頃から知っておくことが、気軽に雑談に入るためには必要です。
 年配の教師は、情報機器が苦手な人が多く、若い教師にかなわないと思っているものなのです。
 だから、ちょっと気後れしていてしまい、声をかけづらいところがあるのです。若い教師も、自分から声をかけていくことです。
 雑談には、リラックスしたりストレスを軽減する効果があるのですから、とにかく思ったことをしゃべりましょう。
 ただし、相手に対して「NGワード」がありますから、それだけは気をつけましょう。
 こうした雑談スペースを上手に使いながら「悩みを聴き合える素敵な職場」を創り出すことが、教師の同僚性を取り戻し、お互いが支え合う職場を創ることにもなるのです。
 若い教師は「悩みを聴いてもらえる時間がない」とよく口にします。
 若い教師は、ささいなことで悩むし、落ち込むことが多い。
 教師は多忙であるが、次のように同僚教師や管理職から認められることが多忙感を軽減する大きな力にもなっています。
「協力してくれる人がいる」
「やったことを認めてくれる人がいる」
「管理職や同僚から認められたり、労をねぎらってもらうと負担感が減る」
「管理職に信頼されて任されていると感じるとき」
 誰もが「人から認められたい」という思いをもっています。
 人間同士としての温もりこそが大切になっているのです。
 悩みを共有し、お互いが支え合いながら課題を解決していける人間関係づくりが求められています。
(増田修治:1958年埼玉県生まれ、埼玉県公立小学校教師(28年間)、白梅学園大学教授。「ユーモア詩」を通じた学級づくりを進めた。2002年にNHKにんげんドキュメント「詩が踊る教室」放映。小学校教師を対象にした研修に力を注ぐ)  

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授業で教師力をアップするための習慣とは、どのようなものでしょうか

 楽しそうに授業をすることは、とても大切です。
 教師が楽しそうに授業をしていると、子どもたちも楽しくなります。教師の雰囲気は伝染します。
 教師に笑顔がない授業は、子どもにも笑顔がありません。教師に熱がない授業で、子どもが熱を帯びることはありません。
 様々なことに「気づく」教師のほうが、授業が上手になります。例えば
「今、〇〇さんが何か言おうとしたな」「ん? 今の言葉は聞き捨てならないぞ」「彼は、さっきから鉛筆が進んでいないな」
 子どものサインに気づけるように、教師の意識を高めましょう。子どもに気づけるようになるためには授業記録を書くとよい。例えば
「〇〇さんは今日どうして発表しなかったのかなあ」
と、子どもの名前と行為がすいすい出てくるようになれば、かなり「気づいて」います。
 最初は、目立ったことは覚えているのですが、全員の様子は思い浮かびません。「え~っと、何だったけ?」の繰り返しです。
 毎日のように記録を書くことで「気づける目」が養われていきます。子どもたちの小さな動きが見える「特別なアンテナ」を手に入れることができるのです。 
 授業をつくる基準は「あの子」です。
 授業は「クラスの中のあの子ども」を見つめたものでなければなりません。
 授業は「あの子を追って」、「導入・展開・まとめ」と、つくっていくのです。
 ですから
「ここは、ついていけないだろうなあ」「ここをこう変えれば、あの子もできるぞ」
 と想像しながら本を読み、研修を受ける習慣を身に付けましょう。
 授業のネタは日頃から考えておきます。好奇心を持ち、面白いと思ったことを調べるようにすることをおススメします。
 ネタはメモするとよい。私は携帯電話、メモ帳、授業ノートにメモします。
 いきなり思いついたときは携帯電話の未送信メールに入力し、月末にパソコンに送信し、月ごとにためていきます。
 メモ帳はポケットやカバンに入れてあります。
 授業ノートは授業のアイデアや授業展開などを考えます。ここに書き込みます。
 いつも授業や子どものことを考えている教師は教育現場で起きる様々なことに対応しやすくなるのです。
 仕事を趣味のようにこなしている教師は、日常から「仕事の中の自分の好きな部分」に没頭しています。
 授業を向上させるには、授業を語り合う場を持つことは非常に有効です。
 先輩や授業論を交わせる同僚がいれば理想的です。相手が一人でもいいのです。
 資料を持ち寄り、授業で困っていることについてお互いの意見を聞き合います。
 そうすれば授業の意識も高まり、良い授業のイメージも具体的に豊かになっていきます。
 自信は人と比べて生まれるものではなく、自分ができなかったことができるようになった時に自信がついてくるものです。
(森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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生徒指導の絶えない、落ち着きのない学級を立ち直らせるには、どうすればよいか

 教師が学級経営で苦しいと感じてしまう大きな理由は「学級が自分の思うようにコントロールできない」と感じているからです。だったら
「教師の思うようには、子どもたちも学級もコントロールできないものである」
と割り切ってしまえば、少しは気持ちが楽になるのではないでしょうか。
 教師になりたての頃の私は、教師の決めたルールを守っていない子どもたちには厳しくビシッと叱らなければならないと考えていました。
 でも、叱れば叱るほど、子どもたちとの関係が悪化してしまい、学級の状態も悪くなり、結局、その年、学級が立ち直ることはありませんでした。
 私自身にまだまだ厳しさが足りなかったからだと、私は考えていました。
 しかし、その考えが180度かわることになります。
 それは、生徒指導の絶えない、落ち着いて授業を受けるのが著しく困難な学級を担任したことがきっかけでした。
 そんな状態の学級なので、教師の決めたルールなんて守るわけもなく、厳しい指導をすると逆ギレされてしまう始末でした。そこで私は思い切って、
「注意するが深追いしない」
「ビシッとはさせ過ぎず、最低限のルールだけを守らせ、学級を崩れないようにする」
 この2点を意識して、学級経営を見直しすることにしました。
 これが功を奏して、その学級は多少ルーズな状態でしたが、ルールを著しく逸脱する子どももいなくなり、1年間で随分学級は落ち着きました。
 多少ガチャガチャしてても大丈夫なんだと、教師が子どもの問題行動を受け流す余裕を持てば、子どもも学級も大崩れしてしまうことは防げるのでは、と私は考えています。
 教師の思い込みが「気になる子ども」をつくってしまい、教師にとってストレスになってしまうのです。
 子どもが問題を起こしても、本当は何に悩んでいるのかを考えるきっかけにすれば、目くじらを立てて指導しなくても大丈夫なんだ、といったことに気づけるのではないでしょうか。
 子どもたちが教師を好きになってくれれば、学級崩壊する危険は減ります。
 そのためには、子どもたちと遊びながらたくさんコミュニケーションをとり続けることが大切なのです。
 子どもたちの輪の中に入っていくことが苦手な教師は、自分の得意なことを活かして、子どもたちの輪のなかに思い切って入ってみる。
 例えば、絵が得意な教師は絵を利用して、子どもたちとの会話を広げるとよい。
 荒れた学級を何度か担任をしましたが、共通することは「教室が汚い」ということです。
 汚い教室だと、少しぐらいゴミを捨ててもいいかな、と子どもたちの気持ちもゆるみを生んでしまい、日常生活がルーズになってしまい、それが荒れにつながってしまうのです。
 それを断ち切るために、教師が毎日教室のそうじをして、教室をきれいにして、子どもたちの小さなゆるみを取り除いていくことが大切なのです。
 まずは、小さなゆるみから正していくことがとても有効なのです。
(小野領一:1984年奈良県生まれ、奈良県公立小学校教師。「かれ笑いす」代表)

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教師は若いときは力量が無いから子どもが動かず反発をされる、しかし教師が勉強し力が上がれば、子どもは喜ぶし保護者は信頼を寄せてくれる

 教員に採用されて赴任先の小学校に行ってみたら、これまで自分が住んでいたところとの違いに驚きました。しかし、実際に住んでみたら、本当によいところだらけの場所でした。
 まず、小さい学校で単学級でしたから、若輩者なのに責任ある仕事を任してもらえます。おかげで学校の仕事のほとんどを覚えられました。
 また、地域や保護者が「先生」ということで、敬ってくれるような土地柄だったことも良かったです。
 そこの地域の教育研究サークルに参加し学びました。
 教員1年目は、センスで生きていました。自分では、授業も学級経営もなんとなくうまくいっていると思っていたんですね。
 けれども先輩の先生から見たら、かなり危なっかしかったのでしょう。
 あるとき先輩の先生から、向山洋一先生の「授業の腕を上げる法則」を貸してもらいました。「これ、読んでみるといいよ」といって。
 読んでみると「ああっ!」という衝撃が走りました。それまでは、読むものと言えば「週刊プロレス」くらいだった私ですが、以後は、向山先生、有田和正先生の本を読むようになりました。
 読み出すと、それらの本が非常に面白いのです。そこである日、アパート隣にいた友人の教師に勧めてみました。いつもいっしょにいましたから。それと、本に感動すると人に勧めたくなりますからね。
 兵庫県は、3年後に異動希望が出せます。出したら幸運にも芦屋市の小学校に帰ってくることができました。
 初任者のときの田舎の小学校とは親の雰囲気が違うということはあったものの、大きな違いはあまり感じません。それよりも、学んだことがどんどん使えるうれしさがありました。
 同じ学校の先生たちと新たに教育研究サークルを作りました。さらに、サークル以外からも学ぶようになりました。
 そうした充実した教師生活を送っているとき、阪神淡路大震災が起こりました。1995年のことです。学校現場は大変なことになりました。
 もちろんサークル活動どころではありません。勉強会が再開できたのは、震災後2~3年後くらいのことだったと思います。
 私は幸いにして、教師を辞めたいと思ったことはありません。しかし壁を感じたことはあります。
 それは40歳前後の頃。私は、全国各地から参観者が来られる朝日ヶ丘小に勤務していました。公開授業には、1000人以上の先生が集まるような学校です。
 このときの私は、子どもたちをぐいぐい引っ張っていくタイプの授業に憧れて、実際かなりできるようになってきていました。
 担任した6年生が中学校に入学してから、小学校に遊びに来て「先生、中学校つまらん。先生の授業がいい」などと言って来ます。
 それを聞いて、私は、正直誇らしい気持ちになっていました。
 けれどもあるとき、隣のごく一般的な先生が受け持った子どもたちの方が、中学に入ってから伸びていることに気づきました。
 これを見て私は、「小学校6年が人生のピーク」みたいな子を育てていたのではないか、という疑問が湧いてきたのです。
 決して子どもたちに無理強いをしていたつもりはありません。しかし、私が受け持ったことの反動を起こさせているのは間違いないようでした。
 これではいかんのやな、と思いはしたものの、どうすればいいかというのは、簡単には思いつきません。
 そこで、それまで以上に授業の楽しさを考えるようになりました。同時に、子どもたち同士をつなげるようなクラス作りを志向するようにもなりました。
 教職ネットマガジンを購読しているような先生は、きっと熱心に勉強される方でしょう。
 けれども、そうした「勉強」をしていると、同じ学校の先生が頼りなく見えることがあるはずです。
 しかしそれは間違いです。あなたが気づいていないだけで、すごい実践をしている人は学校に必ずいます。
 何しろ同じ学校の先生なら、見ている子どもは同じだし、地域も同じです。
 だから同僚教師の意見は、非常に参考になるはず。自分の実践を見てもらえるメリットもあります。つまり、自分の学校ほど優れた勉強の環境はないのです。
 そしてお勧めの勉強法は、まず自分の授業のイメージを作ること。
 例えば「指名無し討論の授業がしたい」と思ったら、その授業を実際に見てイメージするのです。
 例えば、縄跳びの指導でも、上手に跳んでいる子どもの様子を実際に、あるいは映像を見せたらできるようになるでしょう。
 それと同じです。私と同じ学年を組んだ若い先生も、私のクラスを実際に見て、指名無し討論の授業をやっていました。
 公開授業の見学も同じです。同じ学校の若い先生と、立命館小学校岩下修先生の授業を見学しにいったとき、私が横で若い先生に、すべて解説してあげたことがあります。
 これは非常に効果的でした。その先生の音読指導が大きく変わり、自分の学校で公開授業をしたとき、音読は参加者から絶賛されていました。
 同じ学校の先生とすぐれた授業を実際に見ることと、それを解説してもらうことが大事。同じ土俵で語れるのですから。繰り返しますが、最良の勉強法は、同じ学校の先生と学ぶことです。
 先生という仕事は力を付ければ付けるほど楽しくなる仕事です。私自身、年々楽しくなっていますから。
 若いときは力量が無いから子どもが動かないし、反発を食らったりします。
 しかし力が上がれば、子どもはみんな喜ぶし、保護者は信頼を寄せてくれるようになります。
 さらに、学校で最もしんどいクラスを受け持てば、学校内でも無敵の状態になることでしょう。
 自由裁量の幅が広がり、自分のやりたことができる状況になるはずです。
 勉強を頑張りましょう。いま悩んでいたとしても、勉強を頑張ったらきっと楽しくなります。
 あと少し頑張れるかどうかは、あなたにしか分かりません。ただ、確実に言えることは、頑張れば必ず報われるということです。
(俵原正仁:1963年生まれ、兵庫県公立小学校校長)

 

 

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学校にとってイチャモンと感じられる苦情であっても、親としての「思い」や「願い」が背後に透けて見えることも多くある

 幼稚園の園長をしておられる方から「私の園では、こんなことがありましてね」と具体的な事例を次のように話し始められました。
 その幼稚園では広い芝生で有名な公園に遠足を予定していたそうですが、予定日の二日前から雨が降り続いていたため、当日は晴れることがわかっていましたが、遠足を順延する決定をしました。
 ところが、遠足予定日の夕方、ある保護者から
「なぜ、遠足を中止にしたんですか? 子どもがせっかく楽しみにしていたのに」
と、中止決定を非難する電話が幼稚園にかかってきたそうです。
 保護者の方は相当な剣幕だったそうです。
 園長さんは
「二日も前から雨が降っていたために、芝生も水分を含んでいて、とても弁当を広げて食べたり、遊びまわることもできないでしょう」
「大きなビニールシートを持ち込んでも無理なんです。ご理解ください」
と、懇切丁寧に説明を繰り返しました。
 しかし、保護者は納得せず、園側の姿勢を批判し続け、結局は「なんちゅう園長だ」「困った親だ」という電話の切り方になったとのことでした。
 私は話を聞きながら、
「どうして遠足予定日の夕方に園に電話をしてきたのでしょうか?」
「ひょっとしたら、子どもが母親のそばですねて泣いていたのかもしれませんよね」
「夕方の食事準備の忙しさの中で、子どもが遠足中止でダダをこねている。それをなだめすかすことができない母親」
「『そうだ、私がこんなにわが子をなだめたりしても、ちっとも効果がないのは幼稚園が遠足を中止にしたからだ』と思って、その感情をぶつけるかたちで電話をしてきたとしたら、どうでしょうか」
と水を向けました。すると園長は、
「そうですね。そう考えると、親の反応がちがってきたかもしれません」
 こういった場合には、一通り相手の話を聞いたうえで、子どもの状態を聞くこと。
 そして、幼稚園教師の経験をもとに、具体的なかたちで母親に、子どものなだめすかし方についてアドバイスをすることが肝要だろうと伝えました。
 場合によっては、電話口に子どもを出してもらって、直接に話しかける方法もあるかもしれません。
 そうすると、イチャモンで始まった会話が、問題が解決したようなかたちで電話を切ることができるように思います。
 私が、多くの事例を集めて冷静に見直してみると、イチャモンのような形態をとりながらも、じつは別のところに親の願い(真意)が隠れていることがある。
 むしろ、そのツボをおさえて対応すると、かなり異なった反応となっていくことが多いように思えます。
 問題は、そういった冷静さを持ちえるだけの「ゆとり」と「体力」、そして粘り強い「気力」が学校側にあるかどうかです。
 一人で判断せずに、近くにいる関係者たちで「距離を置いて見る」ことが必要でしょう。
 一見すれば、学校側にとってイチャモンに近い内容と感じられる苦情であっても、じつは親としての「思い」や「願い」が背後に透けて見えることも多くあります。
 学校側が当然と思っていることでも、保護者からすれば、わからないことはたくさんあります。
(小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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