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子どもたちを生活指導することや学級集団づくりが難しくなってきている

 文部科学省による教育政策として提起されてきた「毅然とした指導」が学校現場に広がりつつある。
「毅然とした指導」とは「ゼロトレランス」(無寛容)という言葉に象徴されるように、基本的に子どもの行動の背後にある事情について聞く耳をもたない指導である。
 例えば、ある子どもが家庭で大変なことがあって、学校で暴れたり、ふざけて荒れていようが、理由を問わず同じような問題行動には同じように対処するということだ。
「毅然とした指導」の広がりの背景には、最近の成果主義やPDCAサイクル(plan,do,check,action)の流行によって、すぐに成果が出なければならないという強迫観念が教師の間に広がっている。
 荒れている子どもの事情を聞きながら、その子の中にある前進しようという面を励ましていくには根気づよい指導が必要になる。
 しかし、短期の成果が求められると表面的に「きちんとしていること」を求めてしまいがちだ。
 子どもの成長を長い目で見て指導するには、指導の見通しや、一人ひとりの子どもの事情をつかむ努力も必要だ。
 ところが「毅然とした指導」はこのような努力をそれほど必要としない。
 ゆえに「毅然とした指導」は、長期的な実践の見とおしがもてない教師や多忙化した教師に受け入れやすいという事情もある。
 しかし「毅然とした指導」は、教師の管理のもとに表面的に従わせているだけである。
 子どもたちが必ずしも納得しているわけではないし、自分たちが判断して自立的に行動できるように育てるわけでもない。
 だから「毅然とした指導」を基本とする限り、教師は子どもたちを管理し続けなければならなくなる。
 子どもたちを指導することは、指導される子どもたちが最終的に自己指導できるようにすることであるならば「毅然とした指導」は、指導と呼ぶには値しないだろう。
 近年、「学級集団づくり」は従来の「学級集団づくり」の手法では実践がうまくいかない事例が多くなってきた。
 人々の集団観が大きく転換した。「学級集団づくり」は集団には一致した目的と要求があるという集団観に立っていた。
 第一次・第二次産業の人口が多数であった時代には、子どもたちの家庭生活も日常経験も将来像も共通したものが多かったので学級で統一した目標や活動に取り組んだも違和感を持たなかっただろう。
 しかし、世の中の労働形態が多様化するなかで、子どもたちの家庭も将来像も多様化した。ある問題では一致できるが、別の問題では一致できないという事態も広がってきた。
 必ずしも共通の利害関心を持つ者ではない学級のなかで、1つの目標を設定し1つの活動に取り組むことは難しく「学級集団づくり」は困難となってきた。
 こうした状況で実践が行き詰まる中で、当面の到達点として「学級集団づくり」から「子ども集団づくり」への転換が図られつつある。
 これまでは、学級を単位に実践してきたが、学級の内外の同じ要求をもつ者同士が、要求を実現する活動を行いながら、その過程で民主的な組織や運営のあり方を生み出していくという転換である。
 もちろん、学級単位の活動を排除するわけではない。
 それらと並行して、学級内クラブなど小集団の活動、学級や学校を超えた有志活動やボランティア・グループなどを組織する。
 そして、子どもたちが生活に働きかけることを通して生活を変革する多様な活動を組織していくという構想である。
 子どもたちが出ていく大人の社会は多層性をもっており、個人の要求にもとづく活動と、グループの要求にもとづく活動と、地域の自治会などの活動との間には、しばしばあつれきがあり調整が必要なことがある。
 そうだとすれば、子どもたちは、多層的な社会のなかで民主的に問題を解決していく能力を形成することが求められるだろう。
「子ども集団づくり」は、このような多様な要求(幸福追求権)を基にして多層的な関係のなかで民主的な統治能力の形成をめざすのである。
(藤井啓之:愛知教育大学教授)

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