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2020年1月に作成された記事

やってはいけない「叱り方」とは、どのように叱ることなのでしょうか

 やってはいけない「叱り方」があります。次に示すと、
1 暴力的言動で叱らない
 許せないから叱るのですから、怖い顔をして、時には大声で叱らなければいけないことがあるのではないでしょうか。
 それでも、暴力的になってはいけません。
2 長々とネチネチと叱らない
 荒れている学校で起きる問題は、その大半は悪いとわかってやっているのですから、長々とネチネチ叱っても時間に比例して反省が深くなるわけではありません。
 悪いとわかっていても、そうしてしまう理由は、教師側が考えるしかないのです。
 しかし、「悪いことだ」と本当に知らないでやったのならば、時間をかけて説明しなければいけません。
3 意地の悪い叱り方をしない
「きみがいるから・・・・・・」「きみのせいで・・・・・・」などと、その子どもの存在自体を否定するような叱り方は慎むことです。
 そう言いたくなる時は「昨日のきみならばOKなんだよ」と本人の良い時のことを逆に言うのです。
4 後に尾を引かない
 叱った翌日、子どもと顔を合わせたら「昨日、言ったことは忘れてはいけないよ」などと、蒸し返してはいけません。
 念押しをしたくなるような子どもは、それなりの困難を抱かえている子どもなのですから、そんな念押しで簡単に立ち直るわけがないのです。
 それよりも、まったく関係のないことを話題にして話しかけると、本人は「見捨てられていない」と、ほっとします。 
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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子どもが宿題をやってこないとき、どう指導すればよいのでしょうか

 何度注意しても、宿題を提出できない子どもはどのクラスにもいるものです。
 担任もあきらめて、対応がうやむやになってしまうことがあります。
 担任が保護者に、
「宿題をやってきません。おうちで見ていただけますか?」
 と頼むと、
「勉強を教えるのは学校でしょ。こっちだって忙しいのに」
 と反発が起きることがあります。
 宿題はやりたくないから、価値があるのです。
 怠け心に打ち克ってやる。
 その心を鍛えるためにあります。
 宿題忘れが常習的になってしまった子どもの保護者には、個人面談のとき「宿題の意味」を保護者にしっかりと伝え、協力を要請しましょう。
 保護者がわが子に、声かけやチェックだけなら、時間もかからず負担も少ないはずです。
 子どもが宿題を終えたら、保護者のサインをもらうという仕組みをつくります。
 宿題をやってあるかどうかだけのチェックです。
 3分もあれば十分ですから、保護者の負担にはなりません。
 年度はじめや学期始めの懇談会や学級通信で協力をお願いしましょう。
 また、宿題は必ず全員ができるものを出すことが鉄則です。
「全員できて、簡単にチェック」という仕組みで、宿題を忘れる子どもはぐんと減ります。
 さらに、漢字練習や計算練習など「毎日、必ずある」という宿題をつくりましょう。
 保護者も「今日は宿題ないの?」と聞く必要がなく、子どもも、ごまかすことができません。
 量は少なめで十分です。
 宿題の「定番」をつくることをおススメします。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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変わったのは、子どもではなく親や教師だ

 子どもたちが問題行動に走るときには、必ずその兆候がある。「自分を見てくれ、救ってくれ」というシグナルを発信している。
 子どもの発するシグナルをなぜ大人は感じ取ることができないのか。答えは明快である。子どもに対する「愛」が足りないからだ。
「子どものことを真剣に考えてきたつもりです。それでも言うことを聞いてくれなかった」という親や教師もいるかもしれない。
 しかし、あなたは「子どものため」と言いながら、
(1)子どもの願いを盲目的に聞いてしまい、迎合してはいなかっただろうか。
(2)子どもがしなければいけないことを代わりにやってはいなかったか。
 そのため、ほんとうに子どもがあなたを必要としているときに、そのシグナルに気がつかなかったのではないか。
 その意味では、あなたは無関心な親や教師たちと同罪であるといわざるをえない。
 子どもに「NO」と言えないのは、おとなたちの責任のがれの詭弁である。
 私は問題のある生徒たちの家庭訪問によくでかけた。
 多くの親に共通していた点があった。
 それは、子どもに対してNOと言えないことであった。
 子どもに迎合してしまい、「ダメ」と言えないのである。
 子どもが、してはいけないことをしたとき、間髪入れずに注意せず、ひとたび認めてしまえば、もう押し返すことはできない。それができない親のなんと多かったことか。
 好き勝手と自由は明確にちがう。いまの社会は、そのバランスがおおいに崩れている。
 「おれにかまうな」は「おれをなんとかしてくれ」という心の叫びである。
 問題を起こす子どもたちは、周囲の気を引きたいだけなのである。自分の存在を認めてもらいたいのである。
 「おれにかまうな」と言いつつも、心のどこかでは叱ってくれることを期待しているのだ。「おれをなんとかしてくれ」と心の中で叫んでいるのである。
 子どもの心が腐っていても、放り投げてはいけない。
 子どもの問題行動は、多くの場合「不」から始まる。
 不平、不満、不信、不公平・・・・・満たされない「不」の気持ちが、「やってはいけないことをあえてする」という行為となって表れる。
 多くの教師は、いい子・悪い子というひとつのものさしだけで、まず子どもたちを選別してしまう。
 そして、悪い子どもは、「どうせ言ったって聞かないから」と、そのまま放っておかれてしまう。
 子どもは人間である。傷んでいるところを取り除いてやれば、絶対によくなっていくはずなのだ。
 それなのに「心が腐っているから」と、子どもの気持ちをおもんばかることなく、捨ててしまう教師がなんと多いことか。
 子どもはおとなの本心を即座に見抜く。子どもの感性を軽くみるな。
 子どもに「こうすべき」と押しつけていないか。
 「子どもが変わった」と感じてしまうのには、教師が子どもに対してフレキシブルに対応できていないという理由もあるのではないかと私は思う。
 教師には、子どもの反応をつねに自分自身にフィードバックさせ、反省し次に活かすことが必要である。
 結果から学ぶという態度をいつも持っていなければいけない。
 つねにそういうスタンスでいれば、どんな子どもと向かい合っても、「いま、この子にはこんなことが必要だ」と経験的にわかるはずだ。
 そうすれば、子どもが置かれたどんな状況にも即応できるのである。
 子どもの本質はかわらない。しかし、私はその時々の子どもに合わせて、子どもそれぞれに合わせて、つねに対応のしかたを変えてきた。
 そして、子どもから学ぶという気持ちを絶対に忘れなかった。だからこそいまの子どもたちだって、私についてきてくれるのである。
 子どもの本質は変わらなくても、子どもを取り巻く環境は時代とともに変わっていき、子どもはその影響を少なからず受ける。
 教師は変えるべきことは変え、守るべきものは守るようにしなければならない。
 そのことに気づかないで、教師は「こうすべき」「こうあるべき」と「べし・べき」を子どもに押しつけてしまう。
 だから「子どもが変わった」と感じ、すべてを子どものせいにしてしまうのではないだろうか。
(山口良治:1943年生まれ 公立高校で無名のラグビー部という恵まれない環境から全国制覇した。ラグビー部生徒への体当たりの指導が多くの反響を呼び、TVドラマ『スクール☆ウォーズ』の主人公のモデルとなった)

 

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子どもを育てるには、子どもにどのような対応をすればよいか

 子どもと同じ速度で走ると子どもが見えてくる。
 子どもの姿を見逃さないためには、子どもと同じ速度で隣を走らないと見えてこないものがあることを覚えておいてほしい。
 時速60kmの速さで運転されている列車に子どもが乗っているとする。このとき子どもを見守るためには、親も同じ速さで並走しなければ、子どもの表情を確認することはできないのだ。
 親はけっして止まらずに、あきらめずに、子どもにつかず離れず寄り添い続けるべきだ。
 現代は、子どもの教育を学校に任せたり、塾に通わせていれば安心という親が増えている。お金と他人任せの子育てでは、いつか大きなしっぺ返しがくることを覚悟できているのだろうか。
 ほめ言葉をかけられると、人は心を動かされる。
 子どもたちが立ち直っていくのも、能力を発揮するのも、うまいほめ言葉がきっかけになる。
 目と目をしっかり合わせて会話が成り立つようになったら、まずほめよう。美点の狩人になろう。
 しかし、愛情の押し売りはいけない。わずかでも嫌がるようなそぶりが見られたら、それ以上は控えるほうがよい。
 自分では愛だと思っていても、思い上がりであったりすると、子どもはその鋭い嗅覚で「こいつは口だけだ」と一気にさめてしまうからだ。
 受け答えの構えがしっかりできている親に育てられた子どもは、知的能力をどんどん伸ばす。
 そうでない親に育てられた子どもは、自己肯定心が成熟せず、自分の何を誰に必要とされているのか、何をなすべきなのかがわからず、自立心も自信もないまま、周りとも協調できずに孤立してしまう。
 保護者のホールディング力こそ、教育の決め手であると言っても過言ではない。
 たとえば、「雪ってなんで白いの」と子どもが質問してきたとき、「白いものは白いのよ」と答えにならないような返事をしてはいけない。
「ママ、忙しいのよ。あとにしてくれる?」これもいけない。頭ごなしの言葉は、意欲をそぐ。
 「うーん、なんで白いのかなあ。難しいね。パパがよく知っているかもしれないから、今日のばんごはんのときに聞いてみようか」
 このようなやりとりのできる母親ならば、たとえその場ですぐに解答を得られなくても、子どもは納得できる。
 子どもが何かに心を動かされたときは、「本当。とってもきれいだね」としばし感動を共有してやることが大事である。
 自分の気持ちを受けて、母親が一緒に感動してくれることが、子どもにとっては感性をグンと広げる大きなステップになる。
 肯定的に受容してくれる母性が必須なのである。
 初等教育は「励まし」が大事である。
「励ます」ことは、よい将来を期待して元気づけることである。だから、より力を伸ばそうとするなら、「君ならきっとできるよ。頑張ってね」という励ましが大事になる。
 ほめてばかりだと、「ほめられたいからする」という事態にもなりかねない。初めから「ほめられること」をねらってすることは価値が低い。
 小学校低学年では、「励まし」こそが大きく伸びるエネルギーになる。
「励まし」は、幼い子どもの可能性をみるみるひろげる。この頃は、自分の能力に限界をつくらないから、純粋に頑張ることができる。
 もう少し上の年齢になってくると、「励まし」ばかり続けていても、自分の能力と照らし合わせて「これは無理だ」と簡単に限界を設定してしまうことがある。
 その限界をつくらない子どもにするためにも、また、高い目標をいつもめざす子どもにするためにも、初等教育は「励ます」ことを、親も教師も忘れてはいけない。
 とくに学校の教師は、子どもの不出来を家庭のせいにしないことである。
「本当にしつけがなってないなあ」と言う前に、「励ましで私が見違えるようにしてみせる」という教師としての自信と誇りを持ってほしい。
 私は朝晩、短時間ながら、自分のあり方をふり返る時間を持つようにしている。
 夜は入浴しながら、「今日はああすればよかったな」「これはまずかったな」という反省と、「今日も頑張った」「このやり方はよかったぞ」という自己肯定を欠かさない。
 自分で自分をほめるのは、ある程度のうぬぼれと自己陶酔がないとやりにくい。これができるようになれば、心から自分を好きになれるし、自分を客観的に評価できるようになる。
「自分を癒すこと」は必須の行為である。幸せな人は、周りも幸せにできるものだ。
(濤川栄太 1943年~2009年、東京生まれ、横浜の小学校で19年間教育実践、カウンセリングを行い、横浜市の教育センターの研究室で終わる。独立して、カウンセリング、教育相談を中心に日本教育文化研究会を設立。講演も多いときは年間550回行う。作家。濤川平成塾塾長)

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問題を起こす子どもの子育てや支援はどのようにすればよいでしょうか

 問題を起こす子どもは、幼い頃からの生育期に親から虐待を受けたり、養育を放棄されたりといった辛い背景が考えられます。
 しかし、親がわが子を可愛がりたいのに、可愛がれないというケースも多くみられます。
 有効なアプローチ方法を知らなければ、いくら愛情を注いでも空回りし、育児放棄をしたくなることもあるでしょう。
 家族の愛情があっても、家庭生活がうまくいかないというケースは珍しいことではありません。
 家庭だけでは解決できなかった問題が、関係機関との連携の中で落ち着くケースは多いのです。
 親が「自分は子育てができない」「親として失格だ」という思いは、無力感や自暴自棄になり、子どもに愛情を注げなくなってしまいます。
 私のもとにも、そうした相談が山のように寄せられます。
 子どものためにも避けたいのは、わが子との関係をうまく築けない親の孤立です。孤立はひとを追い込んでいく、現代の病です。
 親の話に耳を傾ける人がいるだけでも、救いになります。親身になって話を聞いてくれる人がいると、困難に立ち向かう勇気を与えてくれるはずです。
 話を聞くことは、心の荷物、人生の重荷を一つひとつおろさせてあげるお手伝いです。「一緒に歩んでいきましょう」と声をかけてあげると、折れていた心も、立ち上がりやすくなります。
 じっと聞くだけでいいのです。そして一言「応援していますよ」「見守っています」「大丈夫、心配ないですよ」と伝えたいものです。
 自暴自棄になっている親には、子どもたち同様に親の「いいところさがし」をし、言葉のシャワーをかけながら自尊感情を高めるお手伝いをします。
 親自身に辛い成育歴があるようなら、耳を傾け、抱かえていた心の重荷をおろさせてあげます。
 このように「声をかける」「話を聞く」ただそれだけでも、暗く重かった気持ちは軽くなり、再びわが子と向き合おうという勇気が湧いてくるものなのです。
 自分が経験してこなかったわが子の問題と、どう向き合えばいいのか分からないのは当然です。
 しかし、親として「いけないことは、いけない」と毅然とした態度で子どもの欲求をはねつけることも時には必要です。
 そうした態度を取ることが難しい場合、私のような支援者がその苦悩を引き受け、親代わりとなって子どもと向き合います。
 わが子がひとつ問題を起こすと、次々とトラブルが連鎖し、とても一人では対応できなくなります。
 どんな器用な人間も一度に多くの問題を解決することはできません。「一つずつ」と自分に言い聞かせましょう。
 一人では解決できそうにない問題が出てきたら、専門家に協力を仰ぐことも大事です。
 親子は鏡のようなものです。
 親が変わることで、子どもも変わり、子どもが変わることで親も変わる。私はそうした事例をたくさん見てきました。
 子どもの更生や成長を糧に元気を取り戻す親はたくさんいます。
 私が胸に刻んでいる言葉のひとつに「時熟」があります。子どもの成長をじっくりと待つという意味です。
 環境を整え、関係を維持していれば、子ども自身が変化を望んだ時に、自ずから変わっていきます。
 変化があろうがなかろうが、いつも傍にいる。それが大事なのです。
 苦悩の先に歓喜がある。苦悩を知るものこそ、苦悩をかかえる人と通じることができる。私はそう信じています。
(土井高徳:1954年福岡県生まれ、里親。心に傷を抱かえた子どもを養育する「土井ホーム」代表。福岡県青少年育成課講師、京都府家庭支援総合センターアドバイザー、NHKで報道されたり、全国的に注目されている)

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初任者時代の失敗を生かし「保護者に安心感を持たせる」ようにすると保護者との関係が良くなった

 初任者時代、大学を出たての私には、何の自信もありませんでした。しかし、ベテラン教師のように保護者とつながりたいと焦り、ベテラン教師の真似をしていました。
 ところが、
私の思いと保護者の思いがすれ違っていました。
 自分がこんなに頑張っているのに、うまくいかないのは保護者のせいだという姿勢が、保護者にも透けて見えていたのではないでしょうか。
 保護者のアンケートに、次のような言葉がありました。
・先生との懇談は疲れます。
・先生が何を考えているのか、わかりません。
・先生が子どもを大切にしてくださっているのが、伝わってきません。
 私は保護者と距離をとろうとしているのに気づきました。
 保護者との関係の失敗が、私のよろいを脱がせ、今の自分のあり方である「保護者に安心感をもたせる」ことで、保護者との関係が良くなるきっかけをつくってくれたのだと思います。その方法とは、
1 懇談会も授業参観も保護者と楽しむ
(1)個別懇談会で「担任バカ」をアピールする
 懇談会や授業参観に来られる保護者は、仕事をやりくりしたり、家事の段取りを考えたりと、様々な準備をされています。
 それなのに、その労力に見合わないことをしていては「行く意味がない」という印象をもたれてしまいます。
 せっかく直接会ったり、一対一でお話もできるという信頼関係を構築するためのビッグチャンスです。
 わが子のことも担任のことも知ることができ、楽しく、安心できる機会にしなくてはいけません。
 そこで、私は保護者があきれるくらい、次のように大好きアピールをしようと方向転換しました。
 まずは保護者が教室に一歩踏み入れたとき、戸口で「お母さん、来てくださってありがとうございます」と先制攻撃します。「ありがとう」と言われて怒る人はいません。
 保護者が着席すると「私、本当に〇〇さんが大好きなんですよ」と親バカならぬ担任バカを発揮します。
 私は個別懇談会では、毎日撮りためた写真をパソコンに映し、一緒に鑑賞します。視覚情報は説得力があります。
 掃除時間のよさを画像や動画で見てもらうと「がんばっていますね、信じられない」との保護者の感想に共感すると、一気に気持ちがほぐれます。
 次の日、子どもに親とどんな話をしたか伝えます。懇談会で見つけた保護者のよさを子どもにも伝えます。子どもの口を通して保護者に伝えるほうが、説得力があります。
 担任が、子どものことを大好きでいてくれて、さらに保護者のことも認めてくれているという保護者の意識が、安心感へとつながります。
 保護者の自己肯定感は、ゆくゆくは子どもの自己肯定感にもつながります。
(2)授業参加は保護者を巻き込む
 授業参観は研究授業ではありません。担任と子どもたちが織りなす授業で保護者は安心感を引き出します。
 つまらない授業でやる気を奪われている子どもたちの姿を見て、保護者の安心感は生まれません。
 授業参観では、保護者はわが子が楽しく受けているか、やる気に満ちて参加しているかを判断しにやってきます。
 私は、子どもたちと日々の授業を楽しんでいる自信はあります。
 今は、授業参観中、私も保護者もずっと笑顔です。授業参観では子どもだけでなく、保護者も授業に巻き込んでいきます。
「はい、じゃ、〇〇さんのお父さんに当ててもらいましょう」
「では、正解を発表しましょうか、△△のお母さん」
 など、突然保護者にふることもあります。
 慌てふためく親を見て、子どもたちも保護者の皆さんも笑顔になります。笑いを共有すると一体感が生まれます。
2 学級を見える化する
 ほとんどの保護者は「わが子の学校での様子を知りたい」と思っています。
 学校でどんなことがあったか、友だちとうまくかかわっているのか、担任はどんな人柄なのかなどが見えていると、保護者と担任の信頼関係をつくる近道になります。
(1)教師と子どものやりとりを見える化する
 子ども宛ての「ひみつレター」を不定期に書いています。
 放課後、その日に見つけた素敵な行動を書いて、その子の机の中に忍ばせておきます。それが保護者の目にとまることで、わが子のよさを日頃からみてくれているという安心感につながります。
 こっそり相談したい事がある子どもは「あのねカード」に書いて「ポスト」と呼ばれる空き缶に入れます。その一つ一つに返事を書きます。
 ふだん、面と向かって話せない子どもとは、ここでつながりをつくっていけます。保護者の目にとまり、わが子の悩みに耳を傾ける担任を身近に感じてもらえます。
(2)授業を見える化する
 学級通信に算数の授業でのやりとりを書いてみました。すると、保護者から今までとは違う反応が返ってきました。
 それからは、学級通信に掲載して積極的に授業を見えるようしてきました。時には板書を載せて、どんな話し合いをしたのかを記事にしました。自分が話した言葉をそのまま載せたものもあります。
 こうすることで、ふだんの授業が保護者にも見えるようになり、担任の指導を理解するとともに、同じ言葉でお家でも子どもに教えてあげることができます。
 普段着の授業を学級通信で、多く公開していくことが、保護者の安心感にもつながります。
 保護者と一緒に懇談会や授業参観を楽しんだり、学級を見える化することは、担任としての自分を自己開示していくことなのかもしれません。
(北森 恵:富山県公立小学校教師)

 

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授業中、「つまらない」と言われたり、集中しない子どもがいたとき、どうすればよいでしょうか

 授業中、「つまらな」「わからない」と子どもに言われてしまったときは、教師にとって自分の授業について振り返るチャンスととらえ、対応を考えることが重要です。
 こんなに準備して授業に臨んでいるのにと、子どもを責めるようでは教師の資格はありません。
 次の観点から、授業を振り返ってみてください。
1 わかりにくい授業では?
「そうだね。わかりにくい説明だったね。こう考えてみたらどうかな」
 と、別の例を出したり、図を使ったりして説明します。
2 学習問題が子どもたちの生活経験から離れ、イメージしにくいのでは?
「今考えている問題は、みなさんの身近な〇〇と関係があるんだよ」
 と、子どもたちの日常生活のできごとと結びつけて説明します。
3 この学習をする意味がわからないのでは?
「この問題を考えることは、〇〇といった力がつくんだよ。例えば□□のときに使えるよ」と、具体的に説明します。
 騒いでいたり、寝ていたり、授業に集中していない子どもに注意する場合は、どのようにしたらよいでしょうか。
 怒ったり、声を荒げても、一瞬、静まるだけで本質的な解決にはなりません。
 なぜ集中できないのかを子どもたちの立場から考えてみることです。
 授業に集中できず、騒いだりする理由は様々考えられます。授業に問題がある場合と、その他に原因がある場合があります。
1 授業に問題がある場合 
 その授業のときだけに集中できない様子が見られたときです。
 そんなとき、「こちらを見なさい」「しっかり話を聞きましょう」などと大声で注意しても何の解決にもなりません。
 まず、学習課題がむずかしすぎて、やるべきことがわからないため、騒いでいることがあります。
 机間指導をしながら、課題の意味や課題追求の方法を具体的に説明します。
2 その他に原因がある場合
 窓から見える体育の授業が気になっていることもあります。
 教師が教卓からゆっくり移動して立つ位置を変えて全体に話しかけたり、騒いでいる子どもの側に立ち、そっと肩に手を置き、それとなく注意を喚起するのもよいでしょう。
 もし、学級の何人かが、気にとられているようであれば、ちょっと授業を中断し、
「みんなも次の体育の授業のときにやるよ。今は、算数がんばろう」と、一呼吸を入れるぐらいの余裕を持ちたいものです。
(梅沢 実:鳴門教育大学、帝京科学大学教授を経て埼玉学園大学教授)

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子どもの心に響く対話は一対一で、覚醒剤をやめさせるには真剣に向き合うこと

子どもの心に響くためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにする。
 上から目線に構えて説教しないこと、他人数の相手に話さないことである。多人数の相手に語りかけても何も伝わらないし、心にも響かない。
 荒れる学校現場で、騒いだり授業をさぼったりする常習犯の子どもが、隠れてタバコを吸っている現場を見つけたとする。
 そこで、「何してるんだ! 馬鹿野郎!」と怒鳴って、力ずくでタバコを取り上げるのはいけない。
「おお、こんなところでタバコか。もうちょっと考えろよなあ」
「最近はどうだ、楽しいことはあるか」
 と切り出し、あれこれ話を聞いた後で
「これは預かっておいていいな。体に悪いぞ」
と了解をとると、たいていの子どもは黙ってタバコを手放すものだ。
 覚醒剤のような常習性のあるものは、一斉にやめさせることはできない。なぜあんなものに子どもたちが魅入られるのか。
 家庭では「おまえのような子どもは産まなきゃよかった」と言われ、先生には白い目で見られ、友だちには無視され、なにもかもおもしろくない。
 そんなとき、覚醒剤は、快感を覚え一時的にでも彼らに嫌な現実を忘れさせてくれる。
 幻想の世界に心を遊ばせていなければ、心のバランスを保てない彼らの気持ちもわかるような気がした。
 このような生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。
 ある子どもの例では、延々十時間、手を握って話し込んだ。
「いつでも君の味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。
 その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。
 やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。
 子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 子どもを見守る親は、「あなたが大切だ」という心の抱擁を、ぜひとも忘れないでほしい。
(濤川栄太 1943年~2009年、東京生まれ、横浜の小学校で19年間教育実践、カウンセリングを行い、横浜市の教育センターの研究室で終わる。独立して、カウンセリング、教育相談を中心に日本教育文化研究会を設立。講演も多いときは年間550回行う。作家。濤川平成塾塾長)

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キレる子どものタイプと、キレる子どもにどう対応すればよいか

 キレやすい子どもには、コミュニケーション能力が未発達であったり、気持ちをうまく表現できないために行動を起す子どもや、ADHDやLDなど特定の傾向をもった子どももいます。
 そこで、感情の発達過程で、自分の怒りに対する理解を深め、適切な表現の方法を教えていくことによって、暴力やいじめ等を減少させようという、キレにくい子に成長させる予防教育ができました。
1 キレる子どものタイプとその対応
1) 激情型の子ども
 突然怒りがこみ上げて爆発するタイプです。周囲の人はいつ怒り出すか不安で、怒らせないようにいつも気をつかっているのです。
(1)放出タイプ
 暴言や暴力などで怒りを放出したあとは、さっぱりしてしまう。
 彼らをキレにくくするためには、まず「きっかけはずし」や「リラクゼーション法」(注)を行います。
 その後、「怒りの記録」などを用いて、日ごろのストレスや自分がキレるまでのきっかけを認知的に理解させると同時に、感情の分化をうながして、一気に感情を爆発させるのではなく、適切な感情を適切なレベルで表現できるように援助していきます。
 彼らが自分の「怒り」に対する「背景」「きっかけ」「結果」を理解できるように援助します。
(2)ためこむタイプ
 爆発しそうな感情を飲み込みますので、自律神経のバランスを壊しがちです。
 このタイプの場合には、「怒りは、自然な感情であるから適切に表現することができる」ことを認知的に理解させることが大切です。
2) 慢性型
 ネガティブな思考が常にあり、くよくよと悲観的に考えがちで、いつも不快感を感じています。
(1)放出タイプ
 一度怒り始めると止めるのが難しくなり、自分や他者に向かって執拗に暴言や暴力をふるい続け、追いつめていくことがあります。
 次々とターゲットを変えて、「いじめ」を繰り返す子どもはこのタイプです。
 彼らに対する対応は、溜まっている感情が渦巻いているため本人も何に対して怒っているかわからない。
 行った行為について話しをしながら、怒りを感じている相手は、「誰なのか、どの行為が不快なのか」など、感情の整理をすることから始めます。
 同時に適切な表現方法を獲得することが大切です。
(2)ためこむタイプ
 怒りに対してネガティブな印象を持っている。
 怒りは家族や友だちを傷つけ、自分から離れてしまうことを恐れています。
 まずは、「怒りは自然な感情である」ことを受け入れることから始め、適切な表現方法を獲得できるように援助していきます。
2 キレやすい子に対する対応
 キレやすい子は、直感的、自己中心的です。
 そして、状況判断が主観的で感情や対応方法が少ない。
 感情の受け皿が少ないのは、発達過程で十分な快刺激を受けず弁別能力が発達せず、感情が未分化なままだからです。
 自分の感情を的確に理解するには、客観的な思考能力を発達させる必要があります。
 状況を的確に理解するには、「全体を見通す力」と、「状況を予測する力」が必要になります。
 特に全体を見通すさいには、相手の視点にたって状況を理解することも必要です。
 直感的な思考の子どもは、自分の具体的な体験を通してのみ理解しているため、体験していないことは理解できません。
 ですから、子どもが体験している事実を把握し、正しい現実理解を与える必要があります。
 他者の観点や立場を考えない自己中心的思考です。
「キレにくい子」にするためには、多方面からのものの見方、考え方、感じ方を発達させる必要があるのです。
 そのためには、どんな受け取り方があるのか、例をあげてシュレーションしてみることから始めるとよいでしょう。
 また、他者の立場に立って考えるようにするには、役割交換をして相手の立場に立った「具体的な体験」(ロールプレイングなど)を行うことで理解を促すと効果的です。
(注)「リラクゼーション法」の例
1 深呼吸(腹式呼吸): 緊張したときによく行われる、最も手軽な方法。呼吸を深くゆっくり行うことで、副交感神経を優位にし、リラックス状態を促します。
2 自律訓練法:決められた言語公式を頭の中で繰り返すことで、心身を緊張状態から弛緩状態へと誘導することを目的とした技法です。例:両手両足が重たい・温かい、心臓が静に規則正しく脈打っている、楽に呼吸している、お腹が温かい、額が快く涼しい。
3 イメージ療法:イメージを用い心身をリラックス状態に促します。
 例:南の島の静かなビーチの木陰で、気持ちよく寝ている。そよ風がとても気持ちいい。といった簡単なイメージを浮かべるだけでも気持ちが落ち着いてくる。
4 汗をかく程度の運動(またはストレッチ)をする
(本田恵子:私立中学・高校教師、米国留学、カウンセラー、玉川大学助教授を経て早稲田大学教授)

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教師の発問に、子どもの反応を教師がどう受けるかが、授業の良否を決める

 授業は「攻め」と「受け」から成り立ちます。
 発問は「攻め」であり、それに対する子どもの反応をどう「受け」るかが、授業の良否を決めます。
 子どもの反応の中にある差異を、どう生かすか。
 子どもたちの多様な答えのうち、どれを潰し、どれに注目させ、どんな討論を導くか。
 教師は、その場で即決しなければなりません。
 発問は、教師の「優れた受け」をともなってこそ、意味をもちます。
 教師が優れた問いだけを連発しても、子どもの答えを受けとめる技量がなければ、教育的効果は上がりません。
 逆に言うと、教師の「優れた受け」によって、シンプルな発問も意味をもつことがあります。
 そのためには、教師は知識のすそのを広げ、知識の引き出しを多くもっていることが望ましいのです。
 私が五年生の担任をしていたときのことです。社会科の授業で、日本地図を見せてから「気がついたことを述べなさい」と問いました。発問としては、ごく低レベルです。
 子どもたちは何を答えていいかわからず、きょとんとしていると、ある子が「上下に長いです」と答えました。
 教室は爆笑に包まれました。当たり前すぎると思ったのでしょう。しかし、私は、
「すばらしい発見だね。上下に長いということは、つまり南北に長いという意味だ」
「日本という一つの国の中に、北海道のように寒い地域から、沖縄のように暑い地域まである」
「雪も見られるし、パイナップルもとれるのは、そのためだね」
 と、その子を大いにほめました。そして、「他に気づいたことがありますか」と問いました。
 すると、再びその子が「周りが海です」と言いました。子どもたちは、また笑い出しましたが、私は激賞しました。
「それも、すばらしい発見だ。日本は島国で外国と陸続きではない。そのため、外国の脅威が及ばす、独自の文化が発展したのだ。鎖国が可能だったのも、島国だったからこそだ」
 発言した子が戸惑うほど、ほめたのです。子どもたちも感心し、うなずきました。
 その子は成績がよいほうではなかったのですが、この問答をきっかけに社会科の学習に興味をもち、学力もかなり伸びていきました。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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教師と保護者との関係をよくする方法とは何か

 担任と保護者がうまくいかないときがあります。それは保護者に問題があるのではなく、教師側に問題があると考えてほしいのです。
 保護者との関係に悩んでいる教師は、まずそう考えることから始めませんか。
 教師との関係の悪さが保護者をモンスター化させてしまっているのです。
 相手を変えることはできません。とにかく自分を変えることです。自分を変えましょう。
 保護者との関係をよくする方法とは、なんでしょうか。
 私は40歳で教師になりました。それまでは民間等で働いていました。私が人と接するときに大切にしていることは「相手のふところに飛び込む」ことです。
 相手のふところに飛び込むことができれば、邪見にされることはありません。可愛がってもらえます。
 相手のふところに飛び込むために、私は次のことを大切にしています。
1 いつも笑顔でいる
(1)いつも笑顔でプラスのオーラを発しましょう。
 最初はつくり笑顔でもかまいません。まゆと口角を上げ、心持ち高いトーンで話をしましょう。
 特に出会いのときは、意識して笑顔でいましょう。
 学級開きや学級懇談会、家庭訪問のときは「輝くような笑顔」で過ごしましょう。
 笑顔は七難を隠します。ぜひ、意識してみてください。
(2)ピンチはチャンスと思い込む
 クレーム対応のときでも、眉間にしわを寄せたような表情では保護者のふところに飛び込むことはできません。
 こういうときは、私は心の中で「ピンチはチャンス」と繰り返します。そうすると暗い表情にならなくてすむのです。
「ピンチはチャンスと思い込む」ことがたいせつなのです。
 実際、私が受けたクレームはすべてチャンスに変わり、お怒りの保護者のふところに飛び込むことができ、よい関係が築けました。
(3)苦手な保護者をつくらない
 特定の保護者を「苦手」と決めつけてしまうと、その保護者の前ではどうしても笑顔でいることはできなくなります。
 訓練して「よいところを見つける」のです。私は電車の中でも、周りの人を見て「よいところ」を探す訓練をしています。
2 信頼される
(1)保護者を信頼する
 信頼されるためには、まずこちらが信頼することです。
 家の中が荒れていて、子どもに愛情があるのか疑いたくなるような保護者もいます。でも、このような保護者でも信じるのです。
 このような保護者であるからこそ「信じている」ということを伝えるのです。
 そんなときに私が心がけているのが「共感・ユーモア・スルー」で接するということです。
1 共感
 子どもを家に残して夜遊びしている保護者。その理由が仕事と育児のストレスだとおっしゃるとき、共感します。
「そうですよね。お仕事と育児の両立って、本当に大変ですよね」
「そんな中、お子さんの音読を聴いて、カードにサインしていただき、ありがとうございました」
「〇〇ちゃん、お母さんに音読ほめてもらえたと喜んでいましたよ」 
 共感し、保護者ががんばっていることを承認し、感謝するのです。
2 ユーモア
 ユーモアの力を借りて、保護者の子どもを思う気持ちと良識ある行動を信じるのです。
3 スルー
 学校のルールと保護者との関係のどちらを優先するかと言えば、私は「保護者との関係」を優先します。
 ある程度のことは、見て見ぬふり、気づかぬふりをします。信頼関係を構築するうえで大切なことだと私は考えます。
(2)子どものよいところを伝える
 わが子のことをほめてくれる教師は好きになりますし、よく見てくれていると信頼するようになります。
 私は保護者一人ずつに、具体的な事実をプラスしてよいところを伝えるようにしています。
 学級通信でも、よいところをどんどん載せていきます。公平になるよう名簿でチェックしています。
(3)私は自分のできることを精一杯するようにしている
 子どもがケガをしたり、ケンカをしたりして保護者に連絡しなければならないときは、保護者に誤解を生じないよう、子どもと一緒に下校します。
 謝罪するとともに、子どもに確認しながら事の経緯を説明します。誠意を尽くし、信頼されるように気をつけています。
3 自己開示する
 ありのままの自分を見せ、人のふところに飛び込むようにします。そうすると、人が教えてくれたり、助けてくれたりします。
 相手のふところに飛び込むことができれば、邪見にされることはありません。可愛がってもらえます。
4 保護者を味方につける最強の方法
 保護者が一番喜び、担任を信頼するのは、わが子の成長を感じるときです。
 学級づくり、授業づくりにまいしんすることが、保護者を味方につける最強の方法と言えるかもしれません。
(赤坂真二:1965年新潟県生まれ、上越教育大学教授。学校心理士。「現場の教師を元気にしたい」と願い、研修や講演を実施して全国行脚。19年間の小学校勤務では、アドラー心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子どものやる気と自信を高める学級づくりについて実証的な研究を進めてきた)

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子どもは自分が心に描いている教師のイメージで反応する

 子どもの心の中に描かれている教師のイメージを分析してみることが重要である。どのような姿に、子どもたちが教師を描いているのか正しく把握しておくことが必要になる。
 子どもは自分が心に描いている教師のイメージで反応する。したがって、教師の客観的な姿を正確に反映しているわけではない。そのため、学級に40人の子どもがいれば、40通りのイメージがあることになる。
 そこで、教師と子どもとの人間関係は、子ども一人ひとりの教師のイメージを明確にすることが人間関係の検討にとって大切なことである。
 子どもが好きな教師の人間像には、その教師の指導方法や態度、能力や学識、にじみ出る教師の人格、性格や言動、年齢や性別など、いろいろな面から描き出される。
 この教師像を正確につかむことは容易ではないが、好きな教師の条件を選択させたり、自由に記入させて、子どもが願う教師の姿をとらえることができる。
 子どもが教師はこうあってほしいと願う理想的な姿から、教師は指導の欠点や子どもとの関係の持ち方を反省する機会が得られる。
 好きな先生・嫌いな先生の研究は多いが、好き嫌いの条件の例をつぎに示すと
(1) 好きな先生
 ユーモア、親しみやすい、やさしい、はきはきしている、いっしょに遊ぶ、教え方がうまい、公平、指導熱心、陽気、 清潔なみなり、知識・教養がある
(2) 嫌いな先生
 えこひいき、短気・怒りっぽい、こごとをいう、独断的、いばる、親しめない、不公平、時間を守らない
(岸田元美:1922年生まれ、徳島大学名誉教授、元鳴門教育大学副学長)

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授業名人の玉田泰太郎は、どのような授業を行ったか

 玉田泰太郎は「1時間の授業をどう組織するか」というとき、子どもたちが学習の主体者として、どう授業を創りだすかということが重要だと考えました。
 授業では教師にとって教えるにたる、子どもにとって学ぶにたる内容を明確にし、具体的な学習課題として提出します。
「何を」教えるかを的確に反映し、子どもたちの学習意欲をかきたてる「課題」が用意できるかどうかが、授業が成立するかどうかの鍵になりますと言っています。
 例えば、理科の授業で、アブラナやナズナで花の何が実になったかを追究してから、学習課題「チューリップの花が咲いた後、実や種子ができますか?」を出す。
 討論後、チューリップのめしべの子房や胚珠を観察し、さらに収穫しておいた実や種子を観察します。それで花が繁殖器官であることが、より確かになります。
 玉田の1時間の学習課題方式の授業は原則的につぎのように構成しています。
(1) 教師による学習課題の提示
(2) 子どもが自分の考えをノートに書く
(3) 教師が「異なる意見に対する子どもの意見分布」を挙手で確認
(4) 子どもによる意見の発表・討論
(5) 他の子の意見を聞いて、子どもがノートに考えを書く
(6) 討論後の意見変更・分布を教師が子どもたちの挙手によって確認する
(7) 教師または子どもが実験・観察で確かめる
(8) 子どもは「実験・観察の結果とわかったこと」をノートに書く
(9)「実験の結果とわかったこと」を早く書けた子どもから読ませる
 それぞれの項目について、説明すると、
1 子どもは自分の考えをノートに書く
 課題が本質にせまる子どもたちの学習課題になったとき、子どもたちは主体的に学習課題に立ち向かうようになります。
 授業では、まず、学習課題に対する自分なりの予想や論拠をノートに書くことから始めます。
 自分の持っている生活経験や学習で獲得したこと、頭の中で構築した考え、直観的なひらめきなど、あらゆるものを使って、学習課題に立ち向かうのです。
 もちろん、疑問や問題点もあらいだして、自由に自分自身なりの考えをだいじにしていくのです。
2 討論
 予想を確認したあと、討論にはいります。
 授業では子どもたちが主役であり、主体的に学習課題を解決していくのですから、教師はできるだけ子どもたちにまかせます。
 討論で、わからない、迷っている子どもの考えをまずとりあげ、少数意見をだいじにし、子どもたちが集団で学習課題の持つ本質的な意味をえぐりだし、解決していくことをだいじにします。
 したがって、学習課題そのものが、子どもたちの多様な考えを出し合い、知恵を集めることによって、その本質が明らかになり、深められ、対立点も浮き彫りになるような中身を持っているものでなければならないのです。
3 討論をふまえて、ねりあけた考えを書く
 討論で追究したことを踏まえて、自分の考えを再検討し、再び学習課題に対する自分の考えをノートに書きます。
 多様な考えの中で、自分自身の考えがどうゆさぶられ、ねりあげられ、深められたかを、主体的に再認識することをだいじにします。
4 実験・観察でたしかになったこと
 実験・観察は、討論を通して自分たちが構築した理論の確かめとして意味を持ちます。
 実験・観察の後、子どもたちは確かになったことを、ノートにまとめます。
 ここでも、追究した論理と、実験・観察をどう結びつけてとらえたかが問われます。
 教師が実験・観察の解説をしたり、まとめたりしなければならないということは、子どもたちが学習課題を主体的に追究して、解決できなかったことになります。
 もし、そうであるなら、学習課題を再検討して、新しい学習課題をぶつけることが必要です。
 学習課題は子どもたちが集団で取り組んでも、手の届かないものであれば、子どもたちの思考は止まってしまいます。
 逆に、安易に誰でもすぐに解決するものであれば、やはり思考は働きませんし、子どもたちの認識を深めることもできません。
 子どもたちがその学習課題に挑戦する手だてを持っていて、しかも、より高次の葛藤やジグザグの試行を経て、新しい発見、飛躍の喜びを実感できるような学習課題でなければならないのです。
(玉田泰太郎:1927~2002年、元東京都公立小学校教師。科教協の会員となり、授業づくりの名人として知られ「ばねの両端にはたらく力」は,学習課題方式の授業の典型である)

 

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玉田泰太郎(たまだ やすたろう)(小学校)「理科授業づくりの名人」

 玉田泰太郎(19272002年)は、愛媛師範学校、東京理科大学を卒業し、東京都公立小学校教師となった。教職員組合の教育研究集会で活躍し、科教協の会員となり、授業づくりの名人としてよく知られた存在であった。
 玉田の授業は、まず「課題」を出し、それについて子どもたちに「自分の考え」を書かせ、それを発表させ「討論」を組織し、「他の子どもの意見を聞いて、自分の意見を書かかせ」たうえで、課題に決着をつける「実験」を行い、「実験でわかったこと」を書かせる。
 つまり、「課題」→「自分の考えを書く」→「討論」→「他の子どもの意見を聞いて、自分の意見を書く」→「実験」→「実験でわかったことを書く」の順に授業を進めるのである。
 玉田の授業は、子どもの前で多くを語らない。玉田が学習課題をだし、それについて子どもたちが自分の考えをノートに書く。机間巡視でそれをのぞき込みながら授業を組み立て、対立する意見を選び出して、指名発表により討論させる。
 玉田による説明はほとんどないが、子どもたちは、自分の考えを書くこと、ひとの考えを聞くこと、再び考えノートに書くことを通して、教師のねらいに導かれていく。

 最後に決着をつけるための実験を行い、実験の結果とわかったことをノートに書き、正しい気付きへと導く。早く書けた子どもからノートを読ませる。
 先生が最後に「ほんとうはこうなんだ」と言わなくてすむ(学習課題方式の)授業、それが玉田流である。なぜこんなに集中して授業に参加できるのかと思うくらい子どもが集中している。

 玉田の学習課題は、子どもたちみんなが到達してもらいたい目標である、その目標は子どもたちが獲得できるように、具体的な内容や手順を持った本質的な概念や法則である。
 玉田が授業中にノートに書かせる指導は、子どもにとってはクラスの中で何を学び、どのように自分の考えが変化したかを自分自身で確認することができる。
 教師にとっては子どものノートを見ることにより授業の評価を行う大切な手がかりとなる。

 玉田は自らの授業づくりを名人芸とするのではなく、共有財産にすべく努力した。
 そのために、玉田は若い時から授業記録と、それにもとづいて仲間たちと授業研究を行うことの重要性を主張していた。
 毎日の授業こそ実践的な研究の場であるとする玉田の強い意志があった。この日々の授業研究の地道な積み上げこそ、まさしく授業の名人を誕生させる動因となったことを忘れてはならないだろう。


「時代を拓いた教師たちⅡ 教育実践から教育を問い直す」田中耕治編著日本標準 2009


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中学教師は過重のストレスがかかる? 

 私の周囲にはストレスでばたばたと脱落してく教師がいる。
 教師という仕事には、過重のストレスがかかるとは疑いのない事実だ。

 時間的には、部活動と保護者相手の夜の会議。何よりも、教師の第一の仕事は授業。
 ただし、教材研究する時間は勤務時間中にはない。
 学級担任は学級通信で学級の様子を家庭に伝えることによって、学校と家庭との連携をもつ努力をしなければならないとされるが、やはり勤務時間中に学級通信なんかを書いているゆったりとした時間はない。
 そうした時間は帰宅後の深夜に及ぶ。

 若かった頃はまだ良かったよ。私も40歳を過ぎてから、がっくりと体力が低下してきた。
 次の日にまで疲れが確実に残る。そういうのを累積疲労って言うんだって。これ、本当に危ないらしいよ。
 私の場合、バレーボール部の顧問をしているんだけど、生徒相手に1日に何百発ものボールを打ち込むもんだから、肩、腰、膝は職業病になっている。

 それだけじゃないよ。帰宅しても、いつ保護者から電話がかかってくるかわかりゃしない。
 いつだったかな、夜の
11時頃に電話がかかってきたことがある。酒を飲んでろれつのまわらなくなった声でしゃべるので家内は電話を切ってしまった。
 その後、クラスの子の父親だとわかって「家内が大変失礼しました」と謝るよりほかはなかった。
 心の中では「酔っぱらって夜中に電話をよこすんじゃねぇーっ」と言いたかったんだけどね。

 こうした状況の中で、仲間の教師たちはうつ病や心身症、神経症などを発症して、戦線を離脱して病休をとったり、休職したりしてその回復に努めているというのが実情だ。
 教育委員会とか、共済、互助会からも、教師のメンタルヘルスに関する冊子がひっきりなしに配布されている。
 だけどね、まずはこの勤務実態を変えなきゃ駄目だよ。
(山屋敷一:公立中学校に勤務する国語教師。教職歴は約20年)



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人気がでる先生とは

人気は生徒が決めることです。生徒の目は厳しい。あらゆる面から見てくる。
先生が意図的に人気を取ろうとしても失敗します。嫌味が出てくるのです。
いかに自然体にできるかである。
人気を取ることはなかなか難しいし、かなりの努力が要る。
人気がでる先生の特徴を具体的に列挙してみると、
(1)
授業はわかりやすく、メリハリがある。
(2)
パフォーマンスして生徒を楽しませる。
(3)
言葉に切れがあり、ユーモアがある。
(4)
元気・活気がある。
(5)
服装に清潔感がある。
(6)
専門教科は熟知している。
(7)
生徒の悩みを取り除くことができる。
(8)
生徒の将来にアドバイスできる。
(瀧山敏郎:教師アカデミー主宰。元予備校講師 英語を担当)

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教材研究をしっかりおこなうと、子どもの誤解するところがわかり、どう発問すべきか明らかになる、どうすればできるようになるか

 教師が理想の状態を具体的に把握していると、子どもの不備や不足、不十分に気づき、授業において何を指導すべきか、指導するべきことを的確に発見することができます。
 教科における「理想の状態」は「正解」を指します。
 当然のことながら、教師は「3+7」の正解が「10」であると把握しています。
 それがなければ子どもを指導できません。
 教師が正解を知っているからこそ、子どもが「9」や「11」と答えたときに誤りであると指摘し、指導できるのです。
 例えば、読み取りにおける「理想状態」とは「読み取りの理想」を意味します。
 教師が素材研究をしっかり行い「読みの理想」を確立すれば、
「子どもにはここの論旨がわからないだろう」
「ここで誤解するのではないか」
 と、予測できるようになります。
 それは、子どもの読み取りが抱え込んでいる不備、不足、不十分と呼んでもいいし、子どもの中にある「読みの理想」との乖離と表現してもいいでしょう。
 それらを補うことによって、子どもの読みを理想に近づけることが指導であり、補うための具体的な項目が、指導事項に当たります。
 どこを指導すべきかが判断できたら「何をどう発問すべきか」というということも、おのずから明らかになり「なんとなくの発問」ではない、価値ある発問を創案できます。 
 読み取りにおいては、事実は一つでも解釈はさまざまです。解釈とは、作品の価値をどのように見出だすかということであり、人によって視点も深さも異なります。
 素材研究の力量は、教師がそれまでどれだけ多くの本を読み込んでいるかにかかわっています。
 私は千葉大学附属小学校に勤務していた20年間、毎月、保護者と文学読書会を開いていました。
 日本の名作や芥川賞を受賞した作品などを読み合いました。20年の間には、約200点の作品を読み込んだことになります。
 保護者の中には、ドイツやイタリア文学を専攻していた人もいて、作品解釈の実力を高めるうえで大いに参考になりました。
 文学について大人の人と論じ合うことを避けていては、本当の深みのある授業はできないかもしれません。
 残念なことに、ほとんどの教師は、教科書に掲載された作品を読むだけで、幅広く児童文学や一般の作品を読もうとはしていないようです。
 教師が自分の教師としての実力をつけるために、私は次の5つのステップをお勧めしています。
1 サークルに属すること
 多くの本を読むと決めても、一人ではなかなか理想どおりに進まないものです。メンバーとしての義務が生じますから易きに流れずにすみます。
2 出かけること
 会合に出かけて、新しい刺激に出会うことです。私はさまざまな会に属し多くの刺激を受けています。
3 問うこと
 発言したり質問したりすることです。働きかけないと傍観者にとどまってしまいます。
4 まとめること
 会で得た情報を、自分なりに整理することです。
5 発表すること
 新しい知見を、他の人にもわかってもらえるように表現することで、その情報が確実に身につきます。
 こういったサイクルによって、自ら自分を律せざるを得ない場に、自分を追い込むのです。とても有効です。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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学級の崩壊の前兆を見逃さず、学級を立て直すには、どうすればよいか

 学級づくりや生徒指導について学ぶ教師が増えています。
 その教師の多くが、自らの身に学級崩壊の危機が訪れた時に、はじめて本気で学び始めたと言っています。
 私自身も、著名な先生方の話を聞き、教育書を読み、全国さまざまな実践を参考にしながら、教師に必要な力量を高めるため学びました。
 ピンチはチャンスと言います。クラスがまとまりに欠ける、指導がスムーズに通らないといった状況にある場合、その時にこそ、学級経営や授業について真剣に学ぶチャンスです。
 学級が崩壊してしまってからでは、立て直しは非常に難しくなりますから、前兆を見逃さず、早い段階で手を打たなければなりません。
 例えば、授業に真剣に参加しない。平気で忘れ物をする。宿題を怠る。学校のきまりを破る。時間にルーズになる。掃除を真剣にしない。
 そのような子どもが増えてきたら、学級が乱れている証拠です。崩壊の前兆と考えて、すぐに次のように対応しましょう。
1 まずは授業規律を立て直す
 授業に集中できない子が増えてきたと感じたら、努めて子どもを引きつける授業づくりの工夫をしなくてはなりません。
 子どもの興味・関心を引く題材や教材を準備して、子どもが意欲的に参加できる楽しい授業を行います。
 その中で、話を聞く態度や授業を受ける姿勢、挙手の仕方や発言のきまりといった授業規律を丁寧に指導して、教師の指示通りに活動できるようにしていきます。
2 子どもと触れ合う機会を増やす
 学級の統率がとれていないと、子どもとの関係がしっくりいかなくなってきます。
 子どもたちが教師を敬遠するようになり、指導を受け入れなくなります。「しっくりこないな」と感じたら、子どもと触れ合う機会を増やすようにしましょう。
 休み時間に子どもたちと一緒に身体を動かしたり、会話を交わしたり、教師から子どもに近づく努力が必要です。
 一緒に遊び、話をするうちに、互いに知らなかった一面に気づき、親しみを感じるようになります。
3 当たり前にできていることに目を向ける
 学級に落ち着きがなくなると、悪いところばかりに教師の目がいきがちです。
 当たり前にできていることにも目を向けるようにしましょう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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見えない荒れは大きな荒れになっていく、荒れの根っこを見つけよう、マニュアルに頼っていては指導力はつかない

 荒れの問題が見えそうで見えない、息の詰まりそうな「見えない荒れ」は、じわじわと広がると大きな荒れになっていく。
 教師にとっては強烈なストレスがたまり、逃げたくなります。
 この初期の状態を放置したり、指導に失敗すると、本当の学級崩壊や学年全体の荒れに発展します。
 例えば、小学校高学年の学級崩壊の初期や、中学校で学年全体が荒れていく初期などに見られます。
 はっきりとした目に見える荒れよりもやっかいである。根っこを見つけよう。
「見えない荒れ」はやっかいである。なかなか見えにくいため、指導がしにくいのです。
 例えば、教師が「こうしましょう」と提案しても、返事が返ってこないで、誰も実行せず無視されます。
 独特の冷たい空気が流れたりすることは、いじめや荒れの初期にはよくあります。
 廊下やトイレが汚されることが、広範囲の子どもたちに広まっているということもあります。
 最大の特徴は、誰も問題にしない。聞いても「私ではない」「私は関係ない」と無関心か無関心をよそおうことです。どうすればよいのでしょうか。
 あわててはいけません。とことん「根っこ」を追求しましょう。
「根っこ」を見つけないことには、指導方針が立てられません。
 まず、話を聞ける子どもたちから様子を聞きます。
 被害者がいれば、被害者本人に
「きみは気づいていないかもしれないが、きみの言動に対して冷たい空気が流れる気がするけど、きみはどう思っている?」 
 と聞き、そこを手がかりに「根っこ」を探します。
 廊下が汚されているなら、
「いったい、ごみを誰が捨てるの?」
「ごみが落ちていると、感覚がまひしてみんな落とすようです」
「じゃあ、最初のごみは?」
 などと「根っこ」を追求します。
 時には、休み時間の学級や廊下にいて、それとなく様子を見てみます。
 必ず「根っこ」につながる何かが発見できます。
  生徒指導は、人を対象した世界です。人の心の中を知ることは難しいものです。
 しかも、思春期の子どもです。
  この時期に子どもたちの心の中は容易にわかりません。
  心の中を知るコツは「よく観る」「よく聴く」です。
  そこから手がかりを得て「根っこ」に近づき、指導方針を立てます。
  マニュアルに頼っていては、生徒指導の力はつきません。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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ワークシートは子どもが書き込みたくなる工夫を

 ワークシートは、授業の理解を促し、ねらいを達成するための大切な役割があります。
 授業に効果的で、ねらいを達成するためのワークシートを作成するには、
1 授業内容や重要なポイントを文章や図、写真などを活用して作ることです。
 授業の「ここが大事」という授業内容やポイントを教師自身が整理できておかないとワークシートは作成できません。
 ワークシートを作成するということは、授業の流れをまとめること、授業のポイントを整理することにほかならないのです。
2 子どもにとって分かりやすく、使いたくなる、書き込みたくなるものを作りましょう。
 ついつい多くの事柄をワークシートに詰め込みたくなりますが、重要で授業のポイントとなる部分を精選して作成しましょう。
 ポイントを穴埋め問題にしたり、架空のキャラクターを登場させ、吹き出しで会話したりするなど、レイアウトも工夫していきましょう。
3 授業の最初に配布されたワークシートを見ても、授業の内容や流れがすぐにわかってしまうことがないようにする。
 ワークシートを見れば、授業に参加しなくても、1時間の授業内容が分かり、楽しみや好奇心、関心を減じさせてしまうワークシートになってしまっていることがあります。
 そうならないよう、例えば、友だちの考えを聞き、その中で一番関心を持った考えを選び、その理由も記入するような形式のものです。
 また、黒板の後半に、黒板が見えない方向に座席を向けさせ、ワークシートを配布して、ミニテスト代わりにしても効果的でしょう。
 ワークシートを書かせることで授業を再現させることがもねらいなので、もし分からなければ黒板を見て、ワークシートを書いてもよいことにします。
 いずれにせよ、ワークシートをノートに貼ったり、ファイルに留めたりして、子どもたちが困ったときに見返すワークシートを教師が作成することが肝要です。
(授業力&学級づくり研究会)

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LD(学習しょうがい)などの子どもへの対応はどうすればよいか

 LD(学習しょうがい)やAD/HD(注意欠陥/多動性しょうがい)の子どもとのかかわりや対応について、とくに注意しなければならない点はどのようなものがあるのでしょうか。
 一口にLD(学習しょうがい)と言ってもさまざまなものがあります。
 たとえば、簡単な文字を写すのにもひどく苦労したり、計算のやり方だけ覚えてはすぐに忘れることを繰り返すなどがあります。
 こうした気になることがある一方で、他のことはよくできるということもあります。
 もし、気になる子どもがいたら、この子はLDだと勝手に判断し、対応を図るのではなく、まず担任教師によく聞くことです。
 基本的なことは、子どもたち同士が互いに支え合えるような学級にすることです。
 そのためには、子どもたちの差別的な言動に対して、教師は毅然とした態度をとることです。
 差別的な言葉が出たときには、どんなに人を傷つけるかを説明することです。
 また、その子が、今どんなことに困っているかを説明してあげましょう。
 そして、誰にも、できないことがあったこと。
 でも、まわりの人の支えでできるようになってきたことを話してあげましょう。
 低学年の子どもの中には、教師が特別扱いをしていると思い、
「なんで〇〇さんだけ?」
 と、聞いてくることがあります。
「今、一生懸命がんばっているんだよ。応援してあげようね」
 と、話してあげるのもよいでしょう。
(梅沢 実:鳴門教育大学、帝京科学大学教授を経て埼玉学園大学教授)

 

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子どもたちの座席替えをするとき、どう工夫し配慮しなければならないか

1 子どもの座席替えの方法
(1)指定座席
 交友関係や、学習への取り組み方、視力などの身体的特性などを考え合わせ、学習中の座席は担任が指定する。子どもの希望を大切にすることもよいが、ときには教師が決めることも必要である。
(2)子どもの希望による座席
(3)自由座席
 担任が教室にいるときの給食時間に、他のグループに迷惑をかけなければ、席を自由に移動してもよい。グループの人数も自由だが、独りで食べる子がいた場合には、指定座席とする。この自由座席によって、交友関係が分かるとともに、楽しく会食することができる。
2 学習のねらいと合わせて座席替えを工夫する
 学習を進めるにあたって、例えば小学校では学年が進めば進むほど、個人の調べ学習やグループ別学習を多く取り入れることが多い。そんなとき、座席の配列を工夫することによって、子どもたちが活動しやすくなったり、子どもたちの様子が見回りやすくなったり。
 そして、学習のねらいと合わせて、次のような約束を子どもたちとしておくと、座席の移動も簡単である。
(1) 一斉授業で子どもたち全体に基本的なことを押さえさせたいとき
 通常の前向きの机の配置で指導をする。一斉授業などで子どもたち全体の理解が必要なとき。
(2)グループで学習や作業をさせたいとき
 机を合わせる。グループで学習や作業をさせる。各グループ内で番号を決めておくと、発表や相談のときの司会者の順にもなる。
(3)個人調べや学級全体の話し合いのとき
 コの字に机を並べる。話し合いのときは向かい合い、個人で調べるときは後ろ向きになることを決めておく。
3 座席替えのとき配慮すべきことは
(1)グループ学習
 同一グループに、学習の優れている子ばかり集まらないようにする。おとなしい子ばかり集まらないようにする。どのグループにも一人はリーダー的な子を入れる。 
(2)交友関係を広げる
 現在あまり親しくないが、きっと親しくなるであろうと思われる子を並ばせる。仲の良い子どうし、仲の悪い子どうしは避ける。
(3)人のよい点を見習わせる
 忘れ物の多い子と少ない子を並ばせて、メモをとる習慣をつけさせる。整理整頓のできる子とできない子を並ばせて、整理の仕方を学ばせる。
(4)健康や体格を考慮する
 視力、聴力の弱い子は前の方の席にする。背の高い子は、左右の端や後ろの方にする。ただし、いつも同じようにならないようにする。
(5)心理面で配慮する
 不登校気味の子がいたら、気の合う子や家の近い子と並んで座れるようにする。気の強い子と弱い子はできるだけ離して座らせる。
(6)学習形態に応じる
 一人でじっくり考えるときは、まわりが気にならないように一人ずつの席にする。教師が中心となって進めるような場合は、二人ずつ座らせる。数名で話し合ったり、協力して行うような活動はグループで班を作る。
 数名で話し合ったり、協力して行うような活動は、グループで班を作る。机をコの字形や口の字形にする。
(塚田 亮:元東京都公立小学校長)

 

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指導者として大切なことは、子どもにイメージを与えほめる、結果が出ないのは指導者の想いが弱いからだ、どうすれば子どもは変わるか

 最近は「自由」とか「個性」ということばがもてはやされているけど、その弊害というか、いまは「自由」と「好き勝手」のバランスが非常に失われていると思う。
 はじめから自由ということは現実的にはありえないわけでね。何もわからない子どもには、強制を必要とする時期は絶対にある。
 なんでもかんでも好き勝手にするというのが自由ではないだろう。自由や個性というものには、自己責任が伴わなければいけないんだ。
 いま、それが実に少ない。そういうことに気づかせるためには、教育において強制される時期があって当然だし、それなくしてははじめから終わりまで自由にさせて、本当に社会に必要な人間になれるのかなっていう気はするね。
 何をしていいかわからない子にはきちんと目的を与えてやらせる。目的がはっきりしていれば、「これさえやれば、こうなるんだ」とう意識につながっていくんだ。
 逆に、自分の目的に向かって自主的に取り組んでいけるような子は、そのまま見守ってやればいい。そういう子は、何かのときにちょっと手をさしのべてやるだけでグーンと伸びるからね、後からポンと押してやるだけで。
 その意味でも、イメージを与えてやることが大切なんだ。「おまえ、こうなったらいいな」とか「がんばったら絶対日本代表になれるぞ」というように、夢を語ってやったり、目標を語ってやる。
 そういうイメージをその子のなかにぼやっとわかせてやるわけ。それも、個々の子どもに全然違うイメージをね。
 そう言いつづけていくと、本人もだんだんそう思っていくんだよ。そのなかで、徐々にイメージが鮮明になっていく。
 そうなれば、どんどん自分からそのイメージに近づこうとするようになるんだ。何が必要か自分で考えるようになるんだよ。
「やらされてる」のか、それとも「自分でやっている」のか、子どもにどう思わせるのかというのは非常に大事なことなんだ。
 教育に限らず、どんなことでもそうだけど、やっぱり「こういう人になってほしい」とか「こういうチームをつくりたい」というイメージやビジョンを描けない指導者やリーダーは、人を育てることができないんじゃないかなと思うけどね。
 そこでもうひとつ大切なのが、それぞれの段階で「よし、いいぞ」って、きちんとほめてやること。評価してやることだ。
 そういう達成感の喜びがなかったら絶対ダメだね。もちろん、怒ったあとには、ちゃんとアフターケアーをしてやることは言うまでもない。
 よく「いまの子どもは……」って言うだろう。でも、違うと思うね。子どもは変わっていないと、ぼくは思う。
 むしろ変わったのは大人、指導者のほう。「子どもが変わった」とか、「最近の子どもはしんどいことをいやがる」というのは、みんな指導者の言い訳。ぼくはそう思う。
「ここでこういうことに耐えておけば、こんな素晴らしい自分が待っているんだ」というように、子どもがドキドキするようなものを与えてやれば、絶対に反応は返ってくるんだよ。
 子どもの反応が返ってこないというのは、伝える力が弱い。
 子どもに伝える力が強いか弱いを知るのは簡単なんだ。自分に矢印を向ければもう、いっぺんでわかる。
 子どもの結果から学ぶことは、われわれ指導者にとっては非常に大きいんだよ。結果から学ぶというスタンスを、指導者やリーダーはしっかり持たないといけないと思うんだ。
 われわれ教師は前年と同じことをやっているわけにはいかないのだよ。
 つねに結果をフィードバックさせて、反省し、次に活かす。
 子どもを見て、「ああ、いまの子たちにはこんなことが必要だ」ということを経験的にわからないといけないんだ。
 一方では時代が変わっても絶対に残していかなければいけないことも当然ある。そういう気持ちでいれば、どんな子が入ってきてもつねに子どもの状況に対応できるはずなんだよ。
「こうすべき」とか「こうあるべし」っていうことを押しつけてはいけない。それがわからないから、ついつい子どものせいにしてしまうんだ。
 だから、「言っても、わからん子はあかん」と言って、それで切ってしまうのではなくて、
「どうしたらわかるようになるのだろうか」とか
「どうやったら勉強するようになるのだろう」と矢印を自分に向けて、
「じゃあ言い方を変えてみよう」というふうに考えてみる。
 いいか悪いか、できるかできないかで選別してしまうんじゃなくて、
「どうしたらできるようになるんだろう」ということにウェイトを置かなければいけないんだ。
 ちょっとしたきっかけを与えるだけで、子どもは本当に変わるんだよ。そんな指導者や教師を子どもたちは求めているんだ。
 そのためには、矢印を子どもに向けてしまってはダメ。
「おれは子どもたちに何をしてやったんだろう」といつも自分に問いかけて「どうしたらいいんだろう」と考える。
 そういう気持ちがいちばん大切だし、そうしないかぎりは、子どもを変えてやることはできないと思うね。
(山口良治:1943年福井県生まれ、ラグビー指導者で元日本代表。高校教師として京都の無名の公立高校をラグビーで全国制覇させた。ラグビー部生徒への体当たりの指導が多くの反響を呼び、TVドラマ『スクール☆ウォーズ』の主人公のモデルとなった)

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「落ちこぼれや仲間はずれ」をつくらない学級運営が学級の子ども全体の成長につながる   

 「落ちこぼれや仲間はずれ」をつくらない学級運営が学級の子ども全体の成長につながる。
 私はいつも、クラスの中で一番勉強の遅れていると思われている子ども、クラスの仲間から、はずれそうになっている子どもに視点を置いて、学級運営を進めてきた。
 学級のすべての子どもにきちんとした学力をつける。これは教師の義務である。遅れた子どもをそのままにしておくことは、教師の「落ちこぼし」である。
 学級の中で、仲間からはずれそうになっている子どもがいることは、学級の中に民主主義が実現していないからである。そういう学級であれば必ず学級の中に亀裂があり、やがていじめが生まれる。
 民主的な学級をつくっていくこと。これは私が若いころ作文教育の秀れた実践家であった小西健二郎の「学級革命」の本や講演で感激して、自分もそういう素晴らしい学級をつくろうと努力をしてきた。
 そして、実践を続けていくなかでわかってきたことは、学級のなかで、勉強の一番できないと思われている子どもが意欲を持って頑張りだすと、学級全体の士気が上がりみんなも頑張りだします。また、その子が少しでもよい成績を取ると、学級全体の子どもたちの勉強に対する熱が高まっていくということ。
 また、学級の中に民主主義の考え方が育っていくと、学級の中でお互いのよさを認め合い、学級全体が民主的なあたたかい雰囲気になっていく。そういうことを幾度か経験してきた。
 まだ教師経験の浅いころ「特定の子にばかり力を入れていると、クラス全体の勉強は進まないのではないですか」と保護者に言われたことがあった。また、仲間はずれになりかけていた子の問題を学級の問題として解決をはかろうとしたが、学級懇談会で批判されたこともあった。
 そんな失敗のなかで学んできたことは「問題があるとされている子や、勉強の遅れている子をよくしていくことが結局、学級の子ども全体の成長につながる」ことを、学級の子どもたちや、保護者にもわかるような学級経営をしていかなければならないということであった。
(
服部仲範:1931年生まれ、元札幌市立小学校校長)




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職員室の同僚教師との関係づくりで大切な「あ・そ・ぼ」のルールとは何か

1 あ 
 職員室で大事なあいさつは、退校時のあいさつです。
 午後から出張する場合、黙って学校を出て行ってはいけません。学校を離れることとは「子どもから離れる」ことだからです。
 自分が学校にいないとき、自分はどこで何をして何時にもどるのか、同僚に知らせる、それが職員室のあいさつです。
 校外に出る場合は、学年主任へのあいさつはもちろん、職員室の教頭や教務の教師の前を通って「あいさつ」をして職員室を出ていくようにします。
 周囲に誰もいなければ、退出時間も書いて必ずメモを残していきましょう。
2 そ
 相談とは、教師の仕事を学び理解を深める大事なはじめの一歩なのです。
 学校現場は、常に動きながら学んでいくところです。
 職員室も同じで、事前に至れり尽くせりでノウハウを教わることはありません。そんな余裕もありません。
 実践の中で疑問が生じた時に明確な答えを、問題にぶつかった時に適切な対応を学ぶことで、教師の仕事について理解を深めていきます。
 ですから、困った時や、やり方がわからないことは、まずは自分なりに頭を使って考えることが大切です。
 そして、考えたように行動していいか「相談」します。
 例えば、校務分掌のプリント作成にしても、いきなり「どう作るのか」たずねるのではなく、まずは自分で過去のものを調べて内容を把握し、今年度はどうするか考えて、仮につくったものを教頭や主任にみてもらいます。
3 ぼ
 職員室のいいところは、年齢をこえて、同僚として、お互い助け合うことが当たり前にできることです。すすんで「ボランティア」を実現しましょう。
 ボランティアとは、奉仕すること、すなわち相手に尽くすことです。
 例えば、放課後の学年会の話し合いの時に「今日は寒いから、温かい飲みものがあったほうがいいかな」とお茶をいれたりします。
 また、算数の学習プリントを作成したら「こんな教材を作ってみましたけど、どうでしょう」と同じ学年の教師にみてもらいます。
 そして、アドバイスをもらって修正したら、学年分を印刷して「よかったら使ってみてください」と他のクラスの教師にもお渡しします。
 このように、自分にとっても同僚の教師にとっても「あったらいいな」「できたらいいな」ということを実現することです。
 自分の仕事の範囲はここまでだから、とはじめからバリアをつくってしまっては、いい同僚関係は築けません。
 若い教師は、教師としての経験が少ないからこそ、自信を持ってできることには、積極的に手と体、頭を動かし、特技を活かしていくようにしましょう。
 得意なことをやるのは楽しいですから、多少仕事が増えてもうまく効率よくこなせるはずです。
 そういうアピールを職員室は歓迎しています。
(有村久春:1948年生まれ 元東京都公立学校教員・小学校長 岐阜大学教授 専門は生徒指導論、カウンセリング、特別活動論)

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教師は素敵な仕事です、教師は子どもと共に歩みながら一緒に成長するものです

 初任地であった中学校に講演の講師として呼ばれた時に、久しぶりに中学校勤務時代の教え子に会いました。
 控え室に、わざわざあいさつに訪れてくれたのです。
 熱意だけで突っ走った新任教師と、おてんば女子中学生との会話が、時を超えて始まりました。
 あの時の恥ずかして失敗や苦い思い出も、笑顔に消されていきます。
 しばらく談笑し、別れ際に、ふと自分の予想をはるかに超えた子どもたちの成長を見たとき、これこそが教師の喜びなのだと感じたのです。
 だからこそ、教師はやめられないのです。
 私が担任した子どもたちは、社会の中でそれぞれに活躍しています。
 そして、その教え子たちがいま私の大学で学んでいます。
 私が初めて担任したある卒業生は、いま母となって、私が行う大学での行事に家族で参加してくれます。
 その子どもたちの相手をしているのが、私の教えている学生たちなのです。
 その姿を見ながら、一緒に昔を思い出します。彼女は
「先生はいい加減だったよね、授業もいつも立ち往生していたね」と、
 からかってきますが、本当にそうだったのですから反論できません。
 新規採用だった私は、彼女に助けられたように思いますが、それでも私を信頼し、いい歳になってもついてきてくれます。
 教師になってよかったと思う瞬間です。
 確かに、その頃の自分はしっかりした教師ではなかったように思います。
 その後、幾多の失敗を重ねながら、いまの私があるとすれば、教師は子どもと共に歩みながら、一緒に成長するものだと確信します。
 教師に関心のある人、教師をめざしている人、ぜひ教師になってください。
 教師は素敵な仕事です。
「教師の喜びって何でしょうか」と何人かの教師に聞いてみると、様々な回答が得られました。
 例えば、「授業中に『わかった! できた!』と言って子どもたちが大喜びしたときだ」と答える教師。
 また、「これまで問題児と言われていた子どもが、ある日、友人たちに優しい行動をとっている姿を見たとき」と言う教師。
 やはり子どもの「変容」や「成長」がキーワードであるようです。
 教師は子どもとともに歩むという職種だけに、学習面や生活面でいい影響を与え、それを契機に子どもが成長してくれれば、それこそが教師にとっての達成感であり、成就感なのです。
(阪根健二 1954年神戸生まれ、香川県公立中学校教師、指導主事、教頭、香川大学助教授を経て鳴門教育大学教授。専門は学校危機管理,生徒指導)

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私の座右の銘は「青春とは心の若さである」、青春時代と同じように新たな気持ちを持ち、なすべきことをなしていけば道は無限にある

 私があるヒントを得て座右の銘としてつくった言葉は
「青春とは心の若さである」
「信念と希望にあふれ、勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり、青春は永遠にその人のものである」
 当然ながら、人はみな毎年歳をとっていく。それはいわば自然の掟である。
 しかし私は、精神的には、何歳になろうとも青春時代と同じように日々新たな気持ちを持ち続けることができるはずだと思う。
 その精神面での若さを失いたくないというのが、かねてからの私の強い願いなのである。
 お互い人間というものは、常にみずから新しいものをよび起しつつ、なすべきことをなしていくという態度を忘れてはならないと思います。
 お互いが、日々の生活、仕事の上において、そういう心構えを持ち続けている限り、一年前と今日の姿にはおのずとそこに変化が生まれてくるでしょう。
 また一年先、五年先にはさらなる新たな生活の姿、仕事の進め方が生まれ、そこに大きな進歩向上がみられるでしょう。
 大切なことは、そういうことを強く感じて、熱意をもって事に当たるという姿勢だと思います。
 そうすれば、まさに道は無限にあるという感じがします。
(松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

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