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2020年2月に作成された記事

リーダーはピンチになっても、常に前向きで明るくなくてはつとまらない、どうすればよいか

 現在の学校現場は、課題が山積しています。
 しかし、リーダー(管理職)があきらめて暗くなってしまえば、その組織は本当にダメになってしまいます。常に前向きで明るくなくてはつとまりません。
 自分が勤務している学校を好きになることが、学校をよい方向に導き、子どもや教職員を伸ばすための最大の方法です。
 学校が好きということは、子どもや教職員のことを好きということです。
 好きになれば、子どもや教職員の弱点や不足を克服させるための仕組みづくりや指導にも、愛情と熱意が込もります。
 たとえ、子どもや教職員が失敗しても「成長の糧」「もっといい方法があるはず」と、前向きに考えることができます。
 リーダー(管理職)が学校や自分を好きでいてくれるとわかれば、子どもも教職員も期待に応えようと頑張るようにもなります。
 学校が好きというリーダー(管理職)が明るく前向きな姿勢の学校をつくるのです。
 リーダー(管理職)は、教職員の指導法や授業、子どもに対する言葉づかいなどが気になるものです。
 責任が自分にかかってくるというプレッシャーから管理的になる人もいるかもしれません。
 しかし、ことあるごとに伝えると、正論で、その人のためだと思っても「細かいことで口うるさい」「監視されているようだ」と思われてしまいます。
 ここぞというときは、厳しく指導しなくてはならない場合もありますが、ある程度のことは、おおらかに見てあげるくらいで丁度です。
 たとえば、少々気が利かないのはおおらかな証拠。整理整頓が行き届かないのは、子どもの指導に熱心で忙しいからと、プラスの方向で教職員を評価するように努力しましょう。
 物事を前向きにとらえる人は、ピンチになっても、決して悪い方向に考えません。
 最悪の事態を想定しながらも、冷静に次々と的確な対応をしていきます。
 その対応の仕方によって、たとえば、クレームつけてきた保護者が学校を信頼するきっかけになったというような事が起こります。
 学校のリーダー(管理職)は「ピンチをチャンスに変える力」が必要です。
 組織のリーダーが暗く沈んでしまっては、解決できるものも、できなくなってしまいます。
 少々のピンチがやってきても、その状況を楽しむ。教職員の団結力が強まる機会になると思う。自分自身の経験と力量アップの糧になると考える。
 それくらい、前向きに構えることをめざしましょう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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問題行動をする子どもに注意しても聞かない、手に負えない子には、どう指導すれば変わるのでしょうか

 私たち大人は、子どもたちの言葉や行動といった、見えていることにとらわれやすい。
 問題行動は、いけないことで、早く改善しようと、善悪を教えて対処しようとする。
 だが、教えても変わらない子どももいる。
 そういう子は「言ってもきかない子」「手に負えない子」と、とらえて、どんどん大人と子ども両者がすれ違って、問題行動が悪化していく。
 通常のやり方で変わらない子は、大人の見方、やり方が合っていない、間違っているということである。
 大人が、その子の問題の本質を見抜けず、やり方の方向性を見誤っているのだ。
 その子の問題行動の意味がわかれば、対応も180度変わってくる。対応が変わると、子どもは、みるみる落ち着いていく。
 次のような事例について考えてみよう。
「何度注意しても聞いてくれなくて。もう、授業が成り立たなくなっているんです」
 小学2年のAくんの問題行動に、担任の教師は頭をかかえていた。
 授業中、落ち着かず、声を出すだけでなく、近くの席の子にちょっかい出してはケンカになる。
 注意しても聞くどころか、大声になったり、物を壊したりして、もっとひどくなるばかり。
 休み時間も、通りすがりにクラスの子を叩いたり、いやなことを言ったり、毎日トラブル続きで、子どもたちもいやがっていた。
 本の読み聞かせの時間も、じっとしていられず、うろうろして、奇声を発する。
「家庭でも注意されているみたいなんですが、一向に変わらなくて。他の保護者からも苦情が出始めていて、どうしたらいいんでしょうか」と、担任は、あらゆる手を尽くしたのに変わらない現状に限界を感じていた。
 事態が悪化する一途で、サポーターの私に依頼が来たのである。
 母親に「家庭での様子は、どうなんでしょう」と私が尋ねると、
「私は宿題につきっきりで『ここが違う』と、やり直させ、汚い文字も書き直させ、つい『バカ、何べん言ったらわかるの』と言ってしまうことがある」
「それでも、一年生の頃は文句も言わずにやっていたが、最近では『バカ』『うるさい』『だまれ』と互いに怒鳴り合うようになり、『こんな難しい宿題を出す先生が悪い』と、先生への不満につながっている」
「最近は『どうせ俺はダメなんだよ。俺なんかいなくなってもいいんだよ』と言うようになって」
 そう言って、お母さんは涙を流された。 
 暴言はそのまま教室でも使われ、友だちや教師を困惑させていた。
 家庭と学校で何度も同じ注意が繰り返される中、悪循環ができていた。
 その一方で、スキンシップを求めてくることも、家庭、学校とも共通していることがわかった。
 これらのことから、Aくん本人が、周囲に自分を受けとめてもらいたいと思っているが、それがうまくいかず、ジレンマの中で問題行動を強めているということが浮かび上がってきた。
 自分は自分でいいという基本的な安心感が乏しいうえに、人つき合いの言葉やルールが育っていないため、周囲から煙たがられることをして注意され、ますます自己イメージが悪くなっているのだ。
 私は、先生方、お母さんに新たな視点を共有することを提案した。
 それは、基本的な安心感と信頼感を育み、本人の自信をつけるという目標である。
 そのための方法として、私が家庭、学校ともに一つお願いしたのは、
「できていることに注目し、できていないことへの指摘、注意は最小限にとどめる」ということだった。
 家庭では宿題の間違いばかりが指摘され、がんばってできたという達成感がなく、いやになるばかりだ。
 間違いにつついては「これは?」とやんわり指摘するだけで十分である。できていることをほめることが大切である。
 できないことがわかるようになることが勉強になるんだという意味づけを与えることで、安心して間違えられる。
 学校でも、注意は、自傷他害の危険がある場合だけにし、その他の問題行動は無視する。
 良い行いのときは、その場面をとらえて、すぐにほめるようにしていただいた。
 母親も先生方も、非常に熱意を持って、私のアドバイスを実践してくれた。
 それから1カ月後、Aくんは別人のように落ち着いていいた。
 担任は「教室で目立たなくなった」と、お母さんは「学校が楽しいと言っています」と顔もすっかり明るくなった。
 Aくんに改善に必要だったのは、安心感と自己肯定感を取り戻すことだった。
 そのためには、まず母親が元気と安心を取り戻し、Aくんを余裕を持って受け止められるようになることが必要だった。
 また、先生方にも、何が起きているかを理解してもらい、Aくんが安心感や自己肯定感を取り戻せるように心がけてもらう必要があった。
 その場合に、有効だったのが、否定的な指導は最小限にして、肯定的な評価を増やすということだった。
「発達障害」という見立てでいくと、発達特性がこうなので、それを踏まえた対応が伝々ということになるのだが、実際には、そうした介入だけでは十分ではない。
 特に問題がこじれたケースでは、安心感や自己肯定感という部分で、深く傷ついており、その部分を回復する手だてが必要なのである。
(魚住絹代:1964年生まれ、大阪府教育委員会スクールソーシャルワーカー。1982年法務教官となり、以後、福岡、東京、京都の少年院に12年間勤務。非行少女の立ち直りに携わる。2000年に退官後は京都医療少年院で音楽療法の講師となるかたわら、2002年から、大阪府の公立小・中学校に、スクールサポーター、家庭教育サポーターとして勤務。子ども、家庭、教師の相談支援をしている)

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子どもの心に届く、教師の話し方のポイントとは?

 教師と子どもたちとの距離が近すぎ、休み時間の延長のような感覚で授業が進められると、教師に友だち言葉で「書いたよ」「次、なにするの」「やりたくない」と勝手な発言が飛び交うようになります。
 また、教師の話し方が、一本調子、早口、指導メモを見るために下向きながら話すなどがみられることがあります。
 では、どのような話し方が子どもをひきつけるのでしょうか。
1 子どもの目を見ながらゆっくりと話をする
 教室は公共の場です。教師と子どもが距離を保って、丁寧な言葉で出会うところです。
「そうですね」「考えましょう」「ノートに書きましょう」と、教師が丁寧な言葉で授業を進めていくことで、教師と子どもたちとの間に適切な距離が生まれます。
 望ましい話し方をする子どもをモデルにしながら、授業に適した言葉を広げていくようにします。
 子どもをひきつける話し方をするために、子どもの目を見ながら、ゆっくりと話すことを意識しましょう。
 特に小学校低学年の子どもたちに話すときには、伝わっているかを確認しながら話すようにします。
 視線で子どもたちをしっかりととらえていくようにします。
 教師が抑揚をつけて、会話調で「ドンドン進んでやろう」「わくわく、ドキドキ楽しくやろう」など、擬態語、擬音語を入れながら話すと、より効果的に話を伝えることができます。
 ほめるときには、その場面がイメージできるように話します。また、名前を最後に言うことで、その子どもへの注目がより高まる、なぞなぞ方式がより効果的です。
 一番大切なことは、教師自身が「このことを伝えたい・教えたい」という強い情熱をもつことです。その情熱が子どもたちをひきつけます。
 たとえば、授業で「いよいよ、1より小さい数に入ります」「今まで知らなかったことに今日は挑戦していきます」と、ワクワクしながら新しい学習に入っていきます。
 話し方の苦手な教師は、絵本の読み聞かせをすることで、抑揚のつけ方や、間の取り方を訓練していきましょう。
2 「〇〇しなさい」と指示する言葉ではなく、誘い込む言葉を使う
 教師が毎日、毎時間「〇〇しなさい」と指示し続けると、子どもたちは受け身になっていきます。自分から行動する力が奪われていきます。
「〇〇しなさい」という言葉を使わず、子どもたちが自分で考え、判断し、行動できるようにすることが優れた教師の指導です。
 指導とは誘い込むことで、強制することではありません。
「〇〇しましょう」「〇〇してください」と丁寧に話しかけるようにしましょう。
 授業の盛り上がりや学年全体の前で話すときなどは、語尾を強めにする必要なときもありますが、できるだけ語尾を弱めて語りかけて話せるようにしていきましょう。
3 「しゃべりすぎ」に注意し、言葉を削るようにする 
「しゃべりすぎ」は教師と子どもとの関係を断ち切ってしまいます。教師の話が長くなってきたら要注意です。
 学級が荒れれば荒れるほど教師の話は長くなります。
 言葉で子どもたちを管理し、支配しようとするため、話が長くなっていきます。
 支配は、子どもたちを服従させるか、反抗を生み出すかどちらかです。 
 授業では「3:教師」対「7:子ども」で話し合いを進めていくことをめざしたいものです。
 教師の言葉を削りながら、子どもたちの話し合いを中心とする授業をつくりだしていきましょう。
(斎藤 修:1953年福島県生まれ、元千葉県公立小学校教師、全国生活指導研究協議会常任委員) 

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子どもたちにスピーチの指導をどのようにすればよいか

 子どもたちにスピーチをする方法をどのように指導すればよいのでしょうか。
 たとえば、
「おはようございます。運動会が近づいてきましたね」
「みなさんも、がんばっていますね」
「ところで、私のとなりでダンスを踊る○○くん、聞いてみたいことがあるのですが~」
 このようなスピーチの出だしを、私はほめます。
 その理由は「1対1の対話になっている」からです。
 一方的な「演説型」ではなく、「対話型」のスピーチになっているからです。
 子どものスピーチの多くは、聞き手を考えない「演説型」になってしまいます。
 聞き手が多くなればなるほど「演説型」になってしまうのです。
 このようなスピーチでは、聞き手は自分に話しかけられていると感じません。
 そこで、この例のようなスピーチを取り上げてほめ、聞き手の関心をひきつける方法を指導するのです。
 具体的には、
1 あいさつ言葉から始める
2 身近な共通の話題を取り上げる
3「~ね」「~よ」という話し言葉を使う
4「○○くん」と問いかけ(対話)を入れる
 といった方法です。
 このようなスピーチができるようになると、
1 話し手は落ち着いてスピーチができる
  たくさんの聞き手の視線を感じなくてすみますから、安心できるのです。
2 話し手の自分らしさが出てくる
  ふだんの話し言葉に近づいてきるので、自分だけのあたたかいスピーチになります。
3.話し手と聞き手の双方向のコミュニケーションが成立するコミュニケーションの基本である「1対1」の対話が成立しますから、お互いが相手の立場や気持ちを考えあうようになります。
 というメリットが生まれます。
 もちろん、自然なジェスチュアや表情、声の変化なども出てきますから、聞き手への説得力も大きいものになります。
 次に、子どもたちのスピーチするときの「視線」の指導を考えてみます。
「みんなの方を見て話しましょう」「聞き手の目を見て話しましょう」などと、子ども達に指導している場面によく出会います。
 子どものひとりよがりなスピーチを、指導者はなくしたいのでしょう。
 しかし、これだけの指導では、うまくいきません。
 子どもたちは、聞き手を見ているようで見ていない、漂ってしまっているような目つきになってしまうからです。「フローティングアイ」という状態になるのです。
 私たちは、1度にたくさんの聞き手の目をみることはできません。「一人」しか見ることはできないのです。このことは意識して実際に話してみるとすぐに分かります。
 その上、「一人」の目を見て、「目が合った」と感じるまで数秒かかるのです。(教室で確かめてください)
 では、どのようにすればいいのでしょう。
 それは、「1文ごとに一人の目を見る」というようにさせるのです。
 たとえば、「今日のお話は、運動会のことです。」「徒競走で1番になりました。」というように書き言葉でいうと「  。」がくるまでの1文の間は、決してひとりの人から目をそらさないようにさせるのです。
 スピーチの時は、視線が一人にある時間が短くなりがちです。
 それだけに、「1文ごとに一人の目を見る」という技術は大切です。
 この技術によって、
1 話し手の伝えようという意識が強くなる。
2 落ち着いて話している印象を聞き手に与えることができる。
3 双方向のコミュニケーションが生まれてくる。
 という効果があります。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

 

 

 

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職員会議で意見を通したければ、職員室での地位を上げるようにして、根回しをすることが勝負の9割を決める

 職員会議で意見を通したければ、職員室での地位を向上させるのが一番だということである。
 そのためには、仕事をどんどん引き受けるに限る。
 たとえば、大変な校務分掌があれば進んで引き受ける。研究授業や全体指導も、進んで引き受ける。
 女性が重たい物を持っていたら、進んで持ってあげる。ドアの所で一緒になったら、開けて先に通してあげる。
 そんなことをしていれば、職員室での地位は上がるだろう。
 仕事を進んで引き受ける癖をつけておくと、教師として大きく成長できる。特に不得意なことをこそ、積極的に引き受ける癖をつけておくとよい。
 不得手を引き受けてがんばると、不得手が一つ消える可能性がある。うまくいくと得技になってしまうことさえある。若い頃は失敗してもいいので、不得手な分野ほど引き受けてほしい。
 そして、職員会議で意見も通りやすくなる。もっと大切なことは、教師として成長することだ。自分を成長させるために、いろいろな仕事を引き受けよう。
 そうすれば、職員室での立場は強くなり、職員会議で意見も通りやすくなるはずだ。
 職員会議では戦うべきでない。そんなエネルギーがあるなら、子どもたちや保護者のために使ったほうがよい。
 職員会議で自分の提案を通したいなんて、ギラギラした気持ちは捨てる。
 何を言うかではなく、誰が言うかだと心得る。
 手続き論を何よりも大切にする。影響力のある同僚に相談しておくことだ。つまり、根回し。
 職員室には、大きな影響力を持つ教師がいる。その人を味方につけておかねばならない。
 提案する前には、その人にしっかり二人きりで相談しておく。自分だけに相談されれば、人間うれしいものだ。
 その人からアドバイスをもらえれば、気持ちよく受け入れて提案する。そうすれば、その人も味方になってくれるはずだ。
 勝てない勝負はしないことだ。勝てない勝負をする人がいる。正直、無駄だなあと思う。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ、多くの学生に向けて講演も行っている)

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学力が上がるなど、頑張っている小学校はどのような実践を行っていたのか

 大阪府下の頑張っている小学校を紹介する。
 私がその小学校を訪れたときの第一印象は、子どもたちが「よく遊ぶ」そして「よく聞く」というものであった。
 この小学校で大事にされている「仲間づくり」をおし進めていくうえで「遊び」を重要な活動と位置づけている。
 遊びの時間は、朝8時10分から始業までの「朝遊び」、毎日の休み時間に組み込まれている「班遊び」と、週2回の「クラス遊び」、さらに週2回、放課後に設定されている「放課後遊び」がある。
 教師は、できるかぎり子どもたちの遊びにつきあい、子どもたちの微妙な心身の調子や仲間関係の「あや」を見とり、日々の指導に生かしていく。
 子どもたちは、非常によく人の話を聞く。子どもたちは教師の言葉にしっかりと耳を傾けている。クラスで子どもたちが発言する時にも、しっかりと聞いている。
 もし、人が発言しているときに、おしゃべりしている子がいれば、すかさず周囲からの注意の声が飛びもする。
 低学年の教室では「聞く・話す」のルールの徹底が図られている。
「話していいですか」「はい!」、「聞いてください」「はい!」などというやりとりが、ひんぱんに聞かれる。
 また、教師が
「〇〇さんの聞いてほしい、という気持ちが届いていない人がいるね」
「その座り方、失礼かどうか考えてね」
「手ひざ! 1,2,3,はい集中」
「先生の言うことを、一回で聞いてください」
「失礼な態度はやめましょう。やさしい態度で、聞いてあげてね」
 といった言葉がけが、随時、行われている。
 そうした丹念な指導を通じて、こどもたちの間には、人の話をしっかりと聞くことは他者を尊重することの第一歩であるという常識が打ち立てられることになる。
 この小学校では、子どもたち全体の基礎学力が高いだけでなく、不利な家庭環境のもとにある子どもたちの「落ちこぼれ」を防ぐ、学力の下支えが次のようになされている。
1 わからない時に、わからないと言える学習集団づくり
 教師たちが研修会やふだんの会議・打ち合わせ等で常に立ち返る言葉である。
 教室では「間違う」ことが推奨されている。
 教師たちは折りにふれ「間違ってくれたことによって、みんなの勉強が深まる」という言葉がけを子どもたちに行う。
2 授業と家庭学習とのリンク
 各単元ごとに「みんなでやってみよう」「ひとりでやってみよう」「家でやってみよう」の3つのパートでできている。
 授業の中で、「みんなでやってみよう」の課題にとりくむ。次に「ひとりでやってみよう」にチャレンジする。
 授業の最後にまとめをクラス全体でおこなったあと、「家でやってみよう」の課題を家庭でこなしてくる。
 翌日の授業は、その課題を確認することから始まる。
 家庭学習を重視するポリシーは親に受け入れられている。
 低学年で1時間、高学年で1時間半をメドに家庭学習を課している。
 毎日の国語・算数の復習プリント、漢字・計算ドリル、本読み、自由学習など
3 弾力的な指導体制
 一人の子どもを学級担任だけが見るのではなく、学年全体、学校全体で育てていこうとする。
 一人の子どもを複数の目で見ながら、その子どものよさは何で、その子どものカラーは何で、次にどうしていこうかというのを、みんなの先生と話し合いができる。
 そうしたなかで、教師たちは、自分の見方も変わってくるし、鍛えられてきた面がある。
 みんなでやっていくということを教えられる。
 子どもにとって、いいのか悪いのかという基準だけで柔軟に動いている。
 子どもにこういう力つけてほしい。こういう現状があるからこうしていこう。そのために学年のなかで全員が同じ気持ちを持ってやっていくための打ち合わせが綿密である。
 形式的でなく、悩んでいること、わからんことをすべて言い合う。
4 学力を高めるための指導
(1)基礎学力定着のための指導の徹底
① TT・・・・クラスを二分割して授業をおこなう。
② 習熟度別編成・・・・発展的指導と補充的指導のコース、チェックテストをふまえて、子どもが選択する。
 ③ 毎日学習・・・・・昼休み20分利用して、その日の学習内容を補充する。学年ごと、あき教室でおこなう。
 ④ 放課後学習・・・・週2回学年ベースでおこなう。その子が不得意を補充する。
(2)診断テストによるパーフォーマンスの継続的なチェック
 算数・国語の基本的な学習内容の診断テストが全学年で実施されている。
 結果は、その年度の指導内容に反省が加えられ、次年度の指導方針が定められていく。
(3)日常的な単元末テスト、学期末テスト
(4)方針の決定→活動の実施→結果の総括
 子どもたちの基礎的な学力の定着状況が、恒常的にモニターされている。
(5)大事にされているのが「配慮を要する子ども」(低学力)に対する働きかけ。
 一人ひとりの子どもの達成状況と課題が細かく明らかにされ、その課題をクリアするために、日常的な補充学習や家庭学習のあり方までを含めたプログラムが組まれる。
(志水宏吉:1959年兵庫県生まれ、大阪大学人間科学研究科教授。専門は教育社会学・学校臨床学)

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教師を診療する医師から見た、精神疾患に陥りやすい学校現場の特徴とは

 私が東京都教職員互助会三楽病院に赴任したのは1998年でした。
 これまで多くの教師を診療した医師の立場から見て、教師が精神疾患に陥ってしまう背景には、学校という職場の特殊性があると感じています。
 一般勤労者にとって「仕事上のストレス」の第一位は「職場の人間関係」で、全体の4割近くあります。
 人間関係のこじれは気持ちの切り替えが難しく、いつまでも心に残るものです。うまくいってない相手と顔を合わせると、さらにストレスが強まります。
 その結果、悩みが深まり、蓄積します。大きなストレスとなった結果、メンタルヘルス不調に陥ることもあります。
 その点で、教師ほど「人間関係ばかり」の職業はありません。
 教室では子どもと向き合い、その背後の保護者とも上手にコミュニケーションを取っていかなければなりません。
 職員室に戻れば管理職や同僚がいます。加えて、これらすべての人間関係が互いに絡み合っています。
 子どもとの関係がこじれれば、保護者との信頼関係にもひびがはいります。
 また、子どもや保護者との関係がこじれ気味のときほど、同僚・管理職との関係性の善しあしが教師のメンタルヘルスに大きな影響を与えます。
 同僚・管理職との関係性が良くないと、ちょっとした態度や発言が冷たく感じられたり、助言や指導が強いプレッシャーとなったりします。
 人間関係に取り巻かれ、ストレスとなり得る要素が多い学校現場ですが「業務そのものが人間関係」であることの難しさも、ストレスのもととなっています。
 農林水産業や第三次産業のほとんどが、物品や情報、金銭など、人間以外の要素のやり取りを目的としています。
 たとえ、やり取りする相手が人間であっても、人間自体が仕事の対象ではありません。
 人間関係で悩んでも、仕事中は本来の目的であるモノやコトに視点を移すことができます。
 教師の仕事は、子どもが相手とはいえ、教師の発した言葉以上にその本音を察し、人間性を見抜いて接してきます。
 子どもが本音を見抜いて本音で接してくれば、教師も本音で向かわざるを得ません。
 長時間、本音を隠せない場にいることで、本音を隠さず仕事をすることが、当たり前になります。
 この点が、建前でかわせる一般的な職場と違うところです。
 教職は、個々の独立性が高く、自由度が高い反面、一人ひとりがバラバラになりやすく、孤立化しやすい状況にあります。
 教師は常に本音ですごし、素のままの人間性があらわになりやすく、職場の人間関係が情緒的です。
 このため、職場の人間関係の良い面が現れれば、家族的な温かさに包まれ、悪い面が現れれば、容赦なさが出てしまう傾向があるよう思います。
 職場内の人間関係で不調になった教師を診ていると、心の傷が深く、回復しても職場に戻るのは不安、恐怖という人が珍しくありません。
 それはこうした特有の職場風土が影響しているように思われます。
(真金薫子:東京都教職員互助会三楽病院精神科部長、東京都教職員総合健康センター長、東京医科歯科大学臨床教授)

 

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理不尽な保護者との対応で大切なのは、一人で対応せず教職員が役割分担すること、戦略的なシナリオを考えること

 理不尽な保護者の対応で大切なのは、まずは一人で対応せず教職員が役割分担することです。
 私は教師になって30数年ですが、理不尽な保護者の対応を、たった一人で対応して傷ついたり、余計に問題を大きくしたりしたケースが多々ありました。
 ある教師は「一人で対応せざるを得なかったのは、誰も助けてくれなかったからです」と言っていました。
 先輩教師が入ることで、保護者を諭してくれたら、どんなにか助かったことでしょう。
 例えば、誰かが嫌われ役を買って出て「それは、お母さんにも責任があります」と、ズバッと言ってくれたら、危機を乗り切ることもできたはずです。
 私が知っている範囲でも、誰もフォローしてくれずに孤立し、最終的には辞めざるを得なくなった若手教師が何人もいます。
 若手教師と先輩教師とのコミュニケーションが不足し「助けを求めてこない」と先輩教師は言います。
 職員室では、教師がお互いに余計なことを言って「ウザい」と思われないかと気にしています。
 若手教師もベテラン教師も一人で対処せざるを得ない状況に陥っているのです。
 他の教師が誰も助けてくれないとしたら、教師の取る手だては「申し訳ございません」と、ひたすら謝り続けることしかできません。
 それが事態の解決にならないと知っていても、そうするしか選択肢がないからです。
 複雑化した要望や要求がエスカレートする難しい問題であれば、とても担任が一人で対処できるものではありません。
 理不尽な保護者の対応は、教職員がチームで役割分担するようにします。教職員全員で役割を分かち合えば、その痛みは分散されます。
 もう一つ理不尽な保護者の対応で大切なのは、シナリオを考えておくことです。
 教師は保護者に「誠意をもって接すれば、何とかなる」と思い込んでいる節があります。
 確かに多くの場合、何とかなるのですが、何とかならないケース存在します。
 保護者の対応は、戦略を立てるべき時期にきていると思います。
 保護者の特徴や訴えを理解したうえで、シナリオを考えることが不可欠です。
 例えば、シナリオは、想定問題集を作るようなものです。
 保護者がどんなタイプで何を求めているのか分析し、事前にシナリオを考えることが不可欠です。
 そうすれば、役割分担も適切なものになるでしょう。
 過去の事例についても、どのようなやり取りがあったのか記録し、次に生かすことも求められます。
 事例の蓄積が、次の対応のヒントになることもあるでしょう。
 やはり、教職員の役割分担と戦略的なシナリオは欠かせない方策となるはずです。
(齋藤 浩:神奈川県公立小学校教師。日本国語教育学会員、保護者対応に詳しい)

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楽しい授業の意義と、教師が楽しい授業をするにはどうすればよいか

 学校で子どもたちが一番長く過ごす時間は授業です。
「授業を楽しくする」ということは、簡単ではありません。実際、大部分の大人は「授業が楽しかった思い出」など、ほとんど持っていないでしょう。
 授業を楽しくするためには、興味を引きつける楽しい教材が必要です。
 しかも、そういう教材は「生活に役立つ」とか「それを知って、ものの見方が変わった」など、子どもたちが「学んでよかった」とおもえるようなものでなければなりません。
 そのような教材は「それぞれの教師が努力すれば作れる」というものではありません。
 けれども、多くの人々の知恵や努力の結果、いまではたくさんの「誰でも楽しい授業ができる教材」が積み上げられているのです。
 その実例が仮説実験授業であり、「楽しい授業」(仮説社)の雑誌で紹介されるさまざまな実践です。
 現在「楽しい授業」の実践は、小学校・中学校のすべての教科に広がっています。
「楽しい授業」は子どもたちに意欲と自信をもたらします。子どもたち一人ひとりの意欲と自信がなければ学力向上も難しいでしょう。
 私たちは「楽しい授業」を続け、子どもたちに心から「楽しい」と思えるような時間を提供できる教師、子どもの評価を聞きながら授業をすすめるような教師が必要だと思います。
(中 一夫:1960年鳥取生まれ、東京都公立中学校教師。仮説実験授業研究会会員)

 

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学習規律とは何か、どのようにして学習規律を教えれば、できるようになるのでしょうか

 授業を行うには、学習するのにふさわしい環境が必要です。
 落ち着いた、整然とした学習環境であれば、集中してじっくり考える時間が持てます。自分の考えを発表したくなります。友だちの考えを聞いてみようと思います。
 「なるほど」「あっそうか」と発見があり、学ぶことが楽しくなるのです。
 はじめに、どのような環境で授業をするのがよいかという必要性を含めて「学習規律」というルールを教えることが第一段階です。
 徐々に教えていけばいいだろうと安易に考えてはいけません。
 4月当初、子どもたちが教師の様子を探っている時期を逃さず、教えていくことが大切です。
 次は教え続けることです。
 教師が学習規律の話をして、全員がすぐに習得できるのは、指導直後のみであると考えたほうがいいでしょう。
 繰り返しほめながら、教えつづけること。妥協せず徹底することが大切です。
 教え続けることができるか否かで、今後の授業が大きく変わるものです。
 この段階が教師の頑張りどころなのです。
 「大体の子はできている」ではなく「全員できる」ことを徹底しましょう。
 最後は、当たり前にできることとして習慣化することです。
 子どもたちに身につけさせたい学習規律は、
1 休み時間に次の学習の準備をする
2 授業始めのあいさつをする
3 よい姿勢「グー・ピタ・ピン」
(1)グー:机と身体の間隔はグー
(2)ピタ:足は床にピタッ
(3)ピン:背筋はピン
4 指名されたら返事をする
5 聞き方「あいうえお」
(1)あ:あいての顔を見て
(2)い:いっしょうけんめい
(3)う:うなずきながら
(4)え:えがおで
(5)お:おしまいまで聞く
6 話し方「あいうえお」
(1)あ:あいての顔を見て
(2)い:いっしょうけんめい
(3)う:うんと口をあけて
(4)え:えがおで
(5)お:おしまいまで話す
7 話し方・話し合い方
「〇〇です」「〇〇だと思います」「理由は〇〇です」「Aさんと違って〇〇です」
8 ノートに書くときは、下敷きを入れる
9 線を引くときは定規を使う
10 授業の終わりのあいさつをする
 この学習規律の環境をつくることは、教師の重要な役目です。
 後は、教師の授業力で磨いていき、子どもを育てていくのです。
(川原田友之:1952年福島県生まれ、千葉県公立小学校教師、教育委員会指導主事、課長。退職後は東京都教育研究所主任研究員)

 

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保護者への対応が苦手な私がどのようにして苦にならなくなったか

 保護者への対応は、教師になった私にとって苦手な分野だった。
 もともと人と積極的に交わるタイプではないし、交友関係も広いわけではない。
 そのような私は、保護者と話すことは、とても気が重かった。
 特に、うまく指導ができていない子どもの保護者に対しては「何か言われるかも」と苦手意識が先立ち、余計に口数が少なくなった。
 しかし、私は保護者に助けられた。
 どうしても、その日に渡さなければいけない集金袋を配布するのを忘れて、一軒一軒、夜にバイクで渡したことがあった。
 あとで、保護者から「あの時に、ずいぶん責任感のある先生だと思った」と話された。保護者が新任教師を育てているようなものだった。
 保護者対応が苦手といっても、何も工夫しなければ、ずっと苦手なままである。
 私が新任の時には、授業力向上を優先していたので、そのまま半年が過ぎてしまった。
 そんななか、地区のPTAバレー大会が11月にあるので、その練習の誘いを受けた。毎年若手教師も何名か参加しているという。
 運動が得意なわけでもなかったが「まずは参加してみることが大事」と考えた。
 実際に参加してみると、大きなメリットがあった。
 まず、一緒に運動をすることで親近感が生まれ、保護者との距離がどんどん縮まった。
 そうすると「教師と保護者」という関係ではなく、「大人と大人」の関係になり、雑談もできるようになった。
 担任している保護者もいて、懇談会や家庭訪問の時とは違い、わりと気軽に話せるようになった。
 それまでは、保護者というのを意識しすぎて「何か言われるのでは」と構えていたのかもしれない。
「子どもをよりよく成長させたい」という思いは同じなんだから「パートナー」と考えればいいのだと思うようになった。
 不思議なもので、見方が変われば対応も自然に変わってくる。
 保護者から「〇〇してくれませんか」と注文を受けた時にも「自分が責められているのではない。子どもたちの成長のために言っているんだなあ」と思うと、素直に受け入れられた。
 保護者との距離が縮まると、積極的に連絡をするようになった。
 子どもたちの成長が見られたには「今日の○○くん、すばらしかったです。というのは・・・・」というように連絡帳に書くようになった。
 わが子の成長ぶりを聞いて、喜ばない保護者はいない。
 苦手だった保護者対応にも、少しずつ手ごたえを感じるようになった。 
(佐藤正寿:1962年秋田県生まれ。岩手県公立小学校副校長。「地域と日本のよさを伝える授業」をメインテーマに教材開発に力を入れている)

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教師に思春期の理解がないと、生徒指導はできない

 教師は思春期というものを、自らの体験した範囲で理解しようとしても限界があります。
 多くの教師の小学校、中学校、高校時代は、勉強もでき、比較的恵まれた家庭環境の中で育ってきた人が大半である。
「荒れた生徒」によくある「家庭崩壊」や「貧困」は経験していません。
 私は定年退職後、複数の大学の教職課程で「生徒指導」を教えていました。
 最初の授業では必ず「自分の思春期を具体的に書き、感想を書きなさい」というテーマを与えてレポートさせました。
 学生のレポートの大半は、
「私には、一般的に言われている思春期はなかったと思う」
「思春期はあったが、あっという間に過ぎた」
「割と簡単に乗り越えたと思う」
 というものでした。
 つまり、大半の学生には自覚的な思春期はなく、あっても激しいものではなく、安易に乗り越えてきた思春期しか経験していません。
 今日の学校現場は、思春期に、援助もなく、苦しむ子どもたちがいます。
 その子どもたちの一部が「荒れた生徒」と言われる子どもたちです。
 激しい思春期を経験したことのない教師には、この「荒れた生徒」を理解するのが難しいのは、当然なのです。
 教師が思春期を自らの体験した範囲で理解しようとしても、限界があります。
「荒れた生徒」によくある「家庭崩壊」や「貧困」は経験していません。
「家庭崩壊」や「貧困」の中で育った「荒れた生徒」たちの中からこそ、思春期を通過する困難さと、何が思春期を乗り越える条件なのかを見てとれるのです。
 この荒れた子どもたちを排除したり、格闘するのを避けたりする生徒指導をしていれば、いつまでたっても思春期を理解できずに教師生活を続けることになります。
 たとえば、校則違反をするのは、単に「規範意識」が低いのでも、「道徳心」が育っていないのでもありません。
 そうせざるを得ないのは思春期特有の誰もが通過する
「目立ちたい」
「自分を発揮したい」
「認められたい」
 という、まっとうな欲求があるからです。
「校則違反」はこの欲求を満たそうとした結果でもあります。
 地味な努力を要する成績では目立つことができないから、安易な「茶髪」や「異服」にするのです。
 ですから、簡単には直してきません。欲求の充足の手段ですから、一朝一夕には克服できません。
 正しい充足の場がない限り、その問題行動は続きます。
 生徒指導がうまくいかないときには、このような視点で生徒指導のあり方を振り返ってみてください。
 いろいろな視点から振り返る必要がある。その一つが基本的欲求を満たしていくような生徒指導になっているかどうかである。
「思春期の理解」に努めることが、「荒れた生徒」への対応だけでなく、すべてのこの時期の子どもたちにどう対応するのか、どう育てるかという「考え方」の視点を与えてくれます。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

 

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教師の指導に不満を感じ、教育委員会に連絡すると言われたとき、どうすればよいか

 近年、学校で問題があったり、教師の指導に不満を感じたりしたときに、教育委員会に連絡しますと口にする保護者が増えています。
 教育委員会がサービス機関的な存在だと保護者に認識されるようになっています。
 実際に、保護者が教育委員会に訴えると、教育委員会は即座に対応し、保護者の訴えを聞き、その旨を学校に連絡しますので、こうしたケースが増えています。
 保護者がどのようなことに納得していないのか、担任に話しづらいことがあったのか、できれば担任として直接会って話を伺いたいなど、ていねいな対応に心がけます。
 そして、保護者から聞き取った話の内容については管理職に伝えます。
 よくない対応は、保護者からの訴えに、あいまいな返答を繰り返すことです。
 教育委員会に連絡すると言われると、教師はあわててしまいがちです。
 その結果「担任として努力します」といったあいまいな返答をしてしまい、保護者のせっぱつまった思いに寄り添った対応ができないことがあります。
 保護者は、すぐに対応してもらえると考え、期待したような努力をしてくれない、問題の重大さを認識していないと感じると、学校への不信感が急速に高まっていきます。
 次のように対応しましょう。
1 担任としての対応のまずさを、まずお詫びする
「お子さんの気持ちを十分に理解できず、申し訳ございません」
「一度、お話し合いの機会を持たせていただけませんか?」
 保護者から厳しい言葉をあびせられるかもしれません。
 まず、保護者の不安な気持ちを十分聞き、わびるところは素直にわび、保護者の気持ちを受けとめる姿勢を示します。
 保護者の不安を少しでも軽減させることが求められます。
2 話し合いの場を設定し、子どもへの対応を確認する
「学校にお越しいただき、ありがとうございます」
「私の対応に不備がありましたことをお詫びいたします」
「今日は、私の指導についてお話しをし、担任として改めるべきことをご指南いただきたいと思います」
 保護者も教育委員会に話をすることは勇気を必要とします。
 保護者が担任や学校に望む対応を直接面接して確認し、お互いの認識の差をうめることが大切です。
3 学級として確実に対応することを伝え、信頼関係の構築を図る。
「お子さんの様子をお聞きし、自分でも厳しすぎたと反省しています」
「今後は、子どもたちの考えを取り入れて、楽しく過ごしていきたいと考えています」
「お子さんを不安にさせてすみませんでした」
 保護者はわが子が元気に毎日、学校に通うことが何よりの喜びです。
 指導方針はきちんと持ちつつ、過度な指導にならないよう注意します。
 子どもの学校でのようすを見てもらうだけで、保護者の理解を得られることがあります。
 保護者に学校参観を促したり、連絡帳でこまめに子どものようすを伝えたりするなど、指導の様子を発信する努力が必要です。
 保護者会で教師が積極的に自己開示することも、保護者が教師に相談しやすい関係をつくることにつながります。
 保護者からの訴えが教師一人では解決できない内容だと考えたら、一人で悩まず、学年主任や管理職に相談することが大切です。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学総合科学学術院教授。15年間公立学校教諭・教育相談員を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

 

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授業の発問は。子どもの興味の実態をつかんで発問するだけでなく、子どもより広く高い視野を教師が持って発問しよう

 子どもの興味や関心がどこにあるのか、実態をつかんで、発問するのがいい発問という考え方があります。
 たとえば、「ごんぎつね」の授業に入るとき、一読させた後、感想をノートに書かせ、子どもが注目していることをきっかけとして授業を展開する、という方法です。
 ほとんどの子どもが「ごんはかわいそう」と書くので「ごんのどういうところが、かわいそうでしょうか」と問うと、授業は盛り上がるというのです。
 ただ、子どもの興味や関心を基本に発問を組み立てると、結局のところ、子どもの視野の中だけでの授業展開になってしまいがちです。
 教師はもっと深い読み取りをして、子どもの発想とは違う視点を提示していかなくてはなりません。
 すると、子どもは戸惑うでしょうが、しだいに高みに引き上げられていき、真剣に考えるようになります。
 問われてはじめて気づくこと、見えてくることもたくさんあるのです。
 たとえば「『ごん、おまえだったのか』という兵十の台詞は、語尾を上げて読むか、下げて読むか」という問題意識は、子どもが自分で持つことはありません。
 そのように問いかけると、子どもは夢中になって考え始めます。
 最初は気づかなかったことでも、問われることによって、興味や関心をもつようになるなら、その問題意識は子どもの潜在意識の延長上にあったと考えていいでしょう。
 子どもを伸ばすのは、子どもの現在の興味や関心にそった発問ばかりでなく、「興味・関心の延長上にある発問」なのです。
「先生に、このような質問をされたから、この作品の深みがわかった」と実感できるのが、優れた発問なのです。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

 

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授業にやる気のない子どもには、どう対応し、話しかければよいか

 授業が始まっても、机には授業の用意ができていない。
 授業中、手をあげて発表しようとしない。
 ノートもていねいに書こうとしない。
 など、その子なりの理由はあるのでしょうが、クラスの中には、教師から見れば、やる気の感じられない子どもがいることがあります。
 そのような意欲的に取り組むことが難しい子どもには、どのように対応すればよいのでしょうか。
 私が子どもたちを評価する一番の基準は「伸びたか、伸びてないか」です。
 理由が、単に「今日は気分が乗らない」とだらけている子どもがいたとします。
 このように「伸びよう」としない子どもには、毅然とした態度で注意します。たとえば、
「姿勢が悪いです」
「分かっているのに、なぜ発表しようとしないのですか」
「その聞き方は、発表している人に対して失礼です」
 ただ、昨年度、その子が
「教室にすら入っていなかった」
「学校や担任に対して反抗的な態度をとっていた」
 など、気になる行動をしていた子どもについては、多少、対応の仕方が変わってきます。
 というのは、昨年度、「教室に入っていなかった」子どもが、今年は「教室に入っている」だけで、「伸びている」と言えるからです。
 もちろん、クラスの他の子どもも、私の評価基準を知っていますので、「あいつだけに、甘い」と言われることはありません。
 このような子どもは、教師のわざとらしい言動には敏感です。だから、
「うわぁ、〇〇くん、きちんと座っているね」
 というような如何にも、とにかくほめればいいんだろう、というような言葉がけは、かえって逆効果になります。無理やりほめなくてもいいのです。
 休み時間に、向こうから寄っても来ていないのに、教師自ら近づいて声をかけることも、わざとらしさを感じます。
 だから、授業中に、声をかけるようにします。
 授業中に近づいていくことは、わざとらしさは感じません。
 教材を通じて、その子と距離を近づけるのです。たとえば、
「まずは、日にちを書いてください」
「次は、〇〇くんです」
 教師の言葉がけに対して、プラスの反応が返ってこなくても、そこはスルー。
 物理的な距離を縮めていくことによって、心理的な距離も、そのうち縮まり、そのうち向こうから話しかけてくれるようになります。
(俵原正仁:1963年生まれ、兵庫県公立小学校校長。笑顔の教師が笑顔の子どもを育てる実践はマスコミにもとりあげられた)

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叱る本質を教師が理解して、子どもから信頼されるようになる教師の叱り方とは

 人間は昔から、子どもを叱って育ててきました。子どもの将来のために叱って育てることに、今も昔も変わりありません。
 子どもが大人になったとき、集団や社会に適応しながら自己実現する力を身につけることができるように育ててきたのです。
 その方法として叱ることは必要不可欠な手段として受け継がれてきました。
 集団を乱す行いや、他人に迷惑をかける行いに、厳しく叱ってしつけてきました。
 叱るという行為は、愛情からくる、いわば本能的な行為と言うことができます。
 子どものダメな行いを、見て見ぬふりをしてやり過ごしていると、教師としての指導力が疑われることになります。
 「先生は、頼りにならない」と、子どもたちからの不満が高まることになります。
 保護者からは「その程度の指導もできないの?」と思われるでしょう。
 指導しなければならない子に、教師であるあなたがどのように対応するのか、周りの子どもはもちろんのこと、保護者も、同僚も、管理職もしっかりと見ています。
 子どもを叱ることから逃げ、子どもの不備不足を放置することが、子どもの成長にどれだけマイナスになるのか、常にそのことを考えなくてはなりません。 
 ダメなことはダメ、間違いは間違いと叱って反省を促す。
 人を教え導く教師として、自信をもって毅然とした態度で指導することのできる力量をもつ努力をしなくてはなりません。
「人から嫌われたくない」「みんなとうまくやりたい」と思う人ほど、人からの信頼を失って嫌われてしまいます。
 子どもの誤った行動を見て見ぬふりをして叱ることから逃げ出せば、子どもや保護者からの信頼を失ってしまいます。
 誠実に人と接する人、真摯に仕事に取り組む人は、周囲から信頼されます。
 どんな時でも、逃げることなく、一貫した姿勢で指導することができる教師は、
「先生の言うのだから、間違いない」「先生に叱られるのなら、納得できる」と、自然と相手を納得させていくものです。
 叱る側の教師は、子どもの言動にカチンとくるから叱ります。子どもは叱られると、自分の行動を否定的にとらえられ、落ち込んだり反発したりします。
 叱るという行為は、双方が感情を刺激し合うわけですから、指導の後で気まずくなるのが当たり前です。仕方がありません。
 子どもの成長のために、少々の気まずさを受け入れるのが教師の役割です。
「叱る指導は、気まずくなって当たり前。そうでなくては、叱りの意味がない」
 そう考えておけば、叱ることに対して、それほど臆病になることもありません。
 大切なのは、気まずいからと、教師のほうから子どもを避けたり、反抗的な子どもに高圧的になったりしないように心がけることです。
 教師が「大人」になって、積極的に子どもに関わることが必要です。
 子どものためを思って叱っているのですから、たとえ一時的に気まずくなったとしても、それほど時間を置かずに、元通りになるはずです。
 叱ることは「子どもの自律心を育てる」というねらいをしっかり見据えることによって、叱りによって子どもを育てることを、受け入れていくことができると思います。
 叱るべき内容、その時の状況、相手によって、どのような叱り方をするのか異なってきます。決まった叱りの型というものはありません。
 しかし、次のような叱りの手順は存在します。  
1 気づかせる
 授業中に集中できていないなど、子どもに罪悪感なく間違った行動をしている場合が多々あります。
 このような場合、子どもに「ここがダメだ」と教師が直接伝えてしまっては、子どもが自分の力で間違いに気づく力を身につけることができません。
 教師が目や指などで、子どもに「何かが間違っているよ」と伝えたり、「何が悪いか考えてごらん」と問いかけたりして、子ども自身が誤りに気づくように導くことが大切です。
2 納得させる
 よくない指導の一つに、教師が自分の価値観や正義感を子どもに押しつけてしまうことがあります。
 納得して叱られる姿勢を育てるためには、自分のした行為を口に出させることです。
 行いを子ども自身にふり返らせることで、納得して叱られる姿勢になることが可能になります。
3 反省させる
 叱られることに納得したら、反省することができます。
 教師が教えたり、押し付けたりするのではなく「自分の何が悪かったのか?」「反省点はどこか?」と、子ども自身に「なぜ叱られたのか?」を考えさせるようにしなくてはなりません。
 自分の行いの何が間違っていたのか、納得したうえで反省することで「同じ過ちはしないようにしよう」と、前向きな気持ちが生まれるのです。
4 改善させる
 以後、どのような行動をとらなくてはならないか、子ども自身に考えさせるようにします。
「どうすれば、間違いをせずにすんだか?」「どう責任をとるか?」「以後、どうするべきか?」と、問いかけながら考えさせるようにします。
 子どもが自分で考えた改善を行動で示したら、思いきりほめ、自信を実感させてあげましょう。
5 感謝の気持ちをもたせる
 失敗することは、子どもにとって成長の糧です。自分に不足している点は何か、今後身につけていかなければならない力は何かを、実感をもって受け入れることができるのです。
 誰かに叱ってもらわなければ、過ちに気づかず、反省することができません。
 将来「あの時、先生に叱られてよかった」と、感謝することのできる人間に育てたいものです。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

 

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受験生の保護者がわが子に向って言っていけないタブーの言葉と、わが子が感謝する言葉とは

 河合塾には、毎年、受験を終えた多くの塾生が残した次のようなアンケートがあります。
1 言ってはいけないタブーの言葉
(1)「勉強しなさい」
 これは言って欲しくない言葉の1位でしょう。
 親の気持ちとして「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」ということを大人になるとたくさん経験する。そんな思いをして欲しくないから、わが子には勉強できるうちに勉強して欲しい」と。
 しかし、子どもはそうは受け取りません。「口を開けば、勉強、勉強・・・」「いつも感情的なんだよなぁ」
「勉強しなさい」とつい言ってしまい、親子関係が上手くいかないという保護者には、
「勉強しなさいと言いたくなったときに、その言葉を飲み込むように」とアドバイスします。
 いったん、飲み込んでみると、意外と抑えられるものであることは経験上、わかると思います。
 ただし、勉強しなさいと言わざるをえない状況になれば、勉強に手をつけるべきことを、ハッキリと言いましょう。
(2)「きょうだいで、どうしてこんなに違うの?」
 親としては、叱咤激励の意図があったとしても、わが子は「比較ばかり、しやがって」と劣等感が増し「やる気」に結びつくことは、まずない。
(3)「今まで遊んでいたのに、受かるわけないでしょう」
 一方的な決めつけから、わが子の将来の可能性を否定する一言です。
 何気ない言葉のほうが、人の心に響いたり残酷だったりします。親子だからこそ、気をつけたいものです。
(4)「お母さん(お父さん)が学生の時は、今のあなたよりも勉強してたわよ」
(5)「結局、あなたの人生なんだから好きにしなさい! でも、今、勉強しないで後悔するのは、あなただからね」
 わが子が、いたく傷を受ける表現の言葉です。身近な人間のちょっとした言動に傷ついたりするものです。
「逆説的な励まし」はあまり通用しないものと心得ておきましょう。
2 わが子が感謝する言葉
 わが子が感謝している言葉はお父さんが多いのです。
 社会人の先輩としてのお父さんの言葉、社会の荒波にもまれているからこそ発せられる言葉が、社会に出ようとするわが子を揺さぶるのではないかと思われます。
 ただし、次の言葉が説得力を持つためには、保護者自身も、仕事や家庭生活で活き活きとした姿を見せる必要があります。
(1)「 お前がウチの財産なんだ。お金のことは気にするな」
 子どもではどうにもできないお金について「気にするな」という、強いメッセージです。
(2)「自分で選んだ大学が一番いい大学。あなたを信じているからね」
 わが子を大人として認め、信頼という言葉を表現している。
(3)「報われない努力はないよ。目先の結果にこだわるな」
 社会で頑張っている親だからこそ言える言葉でしょう。
 これに「自分を信じて」という表現を加えれば、反抗的なわが子にでも、強い説得力を持つのではないでしょうか。
 保護者は、決して過干渉ではなく、放置でもない「絶妙な伴走者」であり「伴奏者」であることが望まれるのです。
(齊藤淳一:1963年生まれ、河合塾20年以上のキャリアがあり、河合塾進学アドヴァイザー)

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教室でケンカが起きたとき、保護者とこじれないようにするには、どのように保護者に伝えればよいか

 教室ではケンカが起きる。ケンカが起きないクラスはあり得ない。
 ケンカでJくんがKくんにケガをさせてはまったとしよう。
 この責任は誰にあるのか?
 最も責任が重いのはJくんではない。では、誰か? クラスの担任である。
 だから、Kくんの保護者には、当然、担任も謝罪する必要がある。
 また、Jくんの保護者にも、担任が謝罪する必要がある。Jくんを加害者にしてしまったのは、担任の責任なのだ。
 教室で起こったことは、全て担任の責任である。
 そのことを強く自覚しておけば、素直な気持ちで謝罪できる。
 頭を下げて謝罪すれば、保護者も悪い印象は受けず、大きな問題には発展しない。
 それなのに、Kくんの保護者に「ケガをさせてしまって、大変申し訳ありません」と言えない教師が多い。
 また、Jくんの保護者に「Jくんが友だちにケガをさせることになってしまい、大変申し訳ありません」と言えない教師は、もっと多い。
 だから、話がこじれてしまうのだ。
 苦情の対応がまずくて大問題に発展したら、もっと面倒くさいことになる。
 先行投資して、予防をしておこう。予防が大切である。
 最初を面倒くさがると、後がものすごく面倒くさくなる。
 最初に楽をすると、後々面倒くさい事態に発展してしまうことが多いということを私は経験上、知っている。
 最初の対応を面倒くさがって、後でもっと面倒くさい目に遭う同僚をたくさん見てきたからである。
 後で「ものすごく」大変な思いをするぐらいなら、先に大変な思いをしておいた方が楽だ。
 面倒くさいと思う気持ちを我慢し、時間と労力を先に使って、家庭訪問をしておこう。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

 

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どうすればよいかわからないときは、他の人に意見を聞き、自分の行き方、性格をしっかりとつかんだ上で、参考にするとよい

 日々、常に「いかにするべきか」という迷いが生じてくるのが人生だと思います。
 例えば、自分はこの仕事に向いているのだろうかといった基本的な迷いをもつこともあれば、新しい仕事にどう対処していったらいいかというような具体的な悩みにも出会います。
 どうすればよいかわからないときや、迷ったときには、他の人に意見を求めてみるとよいと思います。
 自分をしっかりつかみ、素直な心で耳を傾けていく。そこから確かな人生の歩みが始まります。

 私たちは、日々の生活の中で、さまざまな迷いによく直面します。一生を左右するほどの決断から、日々のこまごまとした選択まで、常に「いかにするべきか」という迷いが生じるのが人生だと思います。
 そこで、その迷いを解決するときには、一つにはやはり、ほかの人に意見を求めてみることだと思います。
 自分をよく知ってくれている人に尋ねてみる。そうすると、そこに具体的な方向がしだいに明らかになってくる場合が多いと思うのです。
 私もこれまで、自分でわからないことがあると、できるかぎり他人の意見を求めるよう努めてきました。
 自分だけでは判断がつかないこともしばしばあります。そんなときには、事情を説明して「あなたなら、どう思いますか」と尋ねるわけです。
 そうすると「それは松下くん、ムリやで」とか「きみの今の力ならやれる。大いにやるべきだ」とかいろいろ言ってくれます。
 そのとき、自分がすぐ納得できたら、そのとおりに実行します。
 しかし、どうもピンとこない場合には、また他の人に聞いてみると、また違った立場からの意見を言ってくれます。
 そうした意見を参考にして自分なりによく考え、結論を出すようにしてきたのです。
 意見を求めてみると「それは、よく聞いてくれた。見ていて、内心こうしたらよいと思っていたんだ」と、言ってくれる人が案外多いのではないでしょうか。
 ですから、ちゅうちょせず、思い切って尋ねてみることだと思います。
 ただ、その場合に忘れてはならないのは、あくまで自分というものをしっかりつかみ、そのうえで、素直な心で聞くということでしょう。
 自分をつかんでいないと、相手の言うことがみな正しく思えて、聞くたびに右往左往することになりかねません。
 また、私心にとらわれて、自分の利害や体面などが気になって、自分に都合のいい意見ばかりを求めてしまうことにもなるでしょう。
 それでは、聞く意味がなくなってしまいます。

 こうしたことは、人に意見を聞く場合のみではなく、本を読んだり、テレビを見たりする場合でも、同様に大切なことだと思います。
 他の人の意見を取り入れて、その通り自分でやってみても、人それぞれに天分、個性が違うのですから、同じようにはいきません。
 人には人の行き方があり、自分には自分の行き方がおのずとあるわけです。
 だから、やはりまず自分の考え、性質を正しくつかんで、そのうえで他人を参考としていかなければならないと思うのです。
 人間一人の知恵才覚というものは頼りないもので、だからこそ、迷ったときは何ごとにも積極的に他の人の知恵を借りることが必要です。
 自分のカラに閉じこもったり、頑迷であったりしてはならないと思います。
 しかし、人の意見を聞いてそれに流されてしまってもいけない。聞くべき聞き、聞くべかざるは聞かない。
 そのへんがなかなかむずかしいところですが、それができれば、お互いの人生の歩みは、より確かなものになっていくのではないでしょうか。

(松下幸之助:18941989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)



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イライラや怒りを感じた時、どのようにすれば心を落ち着かせることができるか

 イライラや怒りを感じた時や、相手のことを考え、落ち込む時間があったら、自分のために、少しでもイライラしない心の整え方を考えることが大事です。
 ふだんの生活で怒り、不安、焦りなどを感じた時、心身を落ち着かせる技法にはつぎのようなものがあります。
1 6秒カウントダウン
 前頭葉が怒りの感情を発動するまで3~5秒かかると言います。
 イラッとしたら、心の中で「6,5,4,3,2,1」と数えます。
 出来事から気持ちをそらすことが目的です。
2 肩のリラックス
 身体の弛緩は心理的弛緩をもたらし、怒りと緊張に効果があります。
 両肩を上げ、5秒数えます。力を抜いて肩を下ろします。10秒数えます。これを3回繰り返します。
3 冷たい水を飲む、顔を洗う
 冷たい水が興奮した体や心臓を落ち着かせる。
4 温かいタオルで首や顔を温める
 ふわっと温かいものに包まれると、気持ちが落ち着きます。
5 タイムアウト
 いったん、その場を離れて気分転換し、身体をリラックスさせ、少しでも気持ちを落ち着かせます。
6 セルフトーク
 怒りの感情が起こった時、気持ちを落ち着かせる言葉を自分に言い聞かせてください。
 肯定的なセルフトーク(ラッキー、おもしろい、もっとやりたい)に変えることが心を良い状態にしていきます。
 例えば、試験前に「これだけ勉強したんだから、自分を信じよう」
7 思考停止
 いやな出来事が起こると、そのことをずっと考えてしまいがちです。
 ネガティブな考えや感情が頭の中でぐるぐるしてきたら、思いっきり心の中で「ストップ」と声をかけるのです。
 偏桃体を興奮させたままにしておかず、前頭葉を使うということです。
8 一点集中
 辛いことを考えていると、どんどんその辛さにとらわれてしまいます。
 別の方へ気持ちを向けることで、心に余裕ができるようになります。
 頭の中が怒りの感情でいっぱいだと思った時に、例えば、自分の身の回りにあるものに集中して見ます。
「このボールペンは、いつ買ったんだろうか。素材は何だろう。重さはどれくらいかな・・・・」と、どんな質問でもよいので自分に問うてみてください。
9 イメージトレーニング
 自分がリラックスできる場面を考え、心身を落ち着かせる方法です。
「心地よい良いなぁ」と思う場所や出来事をイメージするもの、「とらわれ」から解放される方法です。
10 顔のリラクセーション
 顔の表情は感情を生み出すと言われています。悩みや不安を抱かえていると眉間にシワがより、目がつりあがって顔の表情が険しくなります。
 顔の緊張をほぐすため、顔のリラクセーションをすることで顔の表情も穏やかになります。
 鏡の前でニコッとしたり、目を大きく開き、口角を上げて「あ、え、い、お、う」と大きな声で自分にニコッとしてみると表情筋が緩んできます。
11 気分転換
 自分でやってみたい、楽しい「わくわくすること」を考えたり、行ったりして気分転換します。
 考えるだけで「ご機嫌になること」を頭に思い浮かべてみましょう。
 思いついた方法をやってみて気分転換になったものをレパートリーに加えましょう。
(佐藤恵子:東京都公立小学校・中学校スクールカウンセラーを経て、私立中学校・高校スクールカウンセラー。アンガーマネージメントジャパン代表理事)

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深刻化するネットトラブルとは、学校としてどう対応すればよいか

 ネットトラブルの背景には、
(1)お互いが顔を合わせなくとも交流できる
 本来は相手の顔を見たら言えないことを書き込んだり、匿名だからバレないだろうとか、別人になりすましても大丈夫などの心理が働くことがあります。
(2)書き込んだ人の特定が難しい
 掲示板やプログなどに書き込んだ人の特定が困難であることから、事実関係の把握を難しくしています。
(3)発信者と受信者が、相互にコミュニケーションができる
 情報の発信と受信の両方が可能になり、見知らぬ人との送受信も可能となり、非行や被害が発生する要因の一つになっています。
 インターネット接続が可能なスマートフォンが普及し、子どもが自室で深夜に利用することなどで、トラブルの発見が遅れる傾向があります。
 ネット利用が低年齢層まで拡大し、トラブルが発生しています。たとえば、
 メール・SNSで友人とけんか、他人の悪口や個人情報の書き込み、仲間外れ、ゲーム内でのトラブル、詐欺、迷惑メール、架空請求など
 東京都のインターネットトラブル相談窓口での相談は
(1)架空請求
 スマートフォンを利用してアダルトサイトに勝手に有料会員登録された。
(2)交際
 ネットで知り合った相手に自撮り画像や個人情報を要求され渡してしまった。
(3)削除方法
 SNS、掲示板、動画サイトなどの内容の削除
 などが上位で、中学生(526件)、高校(455件)が多く、全体の87%を占めていました。
 ネットトラブルが生じ、その結果として心身への影響や被害・加害の問題が発生しています。その現状を分野ごとに見ていくと、
(1)家庭
 高額課金(ゲーム依存)、クレジットカード無断使用、ネットショッピングトラブル(詐欺)
(2)友人
 スマホ・ケータイ依存、ネットいじめ(LINE外し、既読スルー、メール・プロフの悪用)、なりすまし投稿(誹謗中傷)など
(3)個人情報
 個人情報の漏えい(氏名、住所、携帯番号、家族情報)、自撮り画像、性的脅迫、盗撮画像、SNS(なりすまし、誘い出し)
(4)有害情報との接触
 薬物、暴力、危険物、アダルト、ギャンブルなど
(5)著作権侵害
 動画、音楽など違法ダウンロード、肖像権、プライバシー侵害
(6)犯罪予告
 などがみられます。
 これらのトラブルが原因となって生じる問題として
(1)日常生活
 睡眠不足、金銭浪費、遅刻、怠学
(2)感情コントロール、コミュニケーション能力の低下
(3)被害や加害の発生
 いじめ、詐欺、性被害、盗撮など
 ネットの加害者は悪意のもった者から、軽い気持ちによる者まで広範囲にわたる。
 被害に遭った子どもは、自分が交流している相手を善意の人とうけとめ、悩みや相談ごとを繰り返し行うため、悪意を持った相手にとっては格好の標的となる危険があります。
 学校に求められる取り組みとしては、子どものネット利用の実態について継続的にアンケートを実施し、その結果を学級だよりなど家庭向け情報発信や定期的な家庭向け・教員向け研修会の開催、学校でのネットにかかわる取り組み方針(ガイドライン)の策定などがあげられます。
 また、危機管理の観点からトラブル発生時には、警察をはじめとした関係機関への相談をためらわない姿勢が求められます。
 問題が進展すると解決策が限定的になり、書き込まれた情報が瞬時に拡散してしまい、取り返しがつかなくなることにも注意を要します。
 トラブルの背景の一つには、見えない相手とのコミュニケーションの問題があります。
 トラブルを乗り越えるには、日常での「対面コミュニケーションスキル」が必要で、そのためには子ども同士の「人間関係づくり」に視点をおきながらスキルの向上を図ることがボイントになると言えます。
(石橋昭良:元警視庁少年育成課副参事、文教大学教授。臨床心理士)

 

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95歳の医師が明かす、4歳から10歳ごろまでの脳の育て方・鍛え方

 外部の世界と対面して人間としての対応を身につける時期です。
 外部の世界と対面したときの驚きが「好奇心」であり、好奇心の行動的表現が「遊び」であり、得心の行くまでの繰り返しが「模倣」という行為となります。
 この時期は、これらの心の成長過程において、子どもを人間に育てるための訓練の責任を負う時期ということになります。
 好奇心は遊びに連動し、遊びは模倣に徹します。稽古事、訓練に熱中します。
 幼児が興味を示すのは尊敬する大人の行動や仕草で、これを真似します。
 安心して真似させたい者を子どもの周囲においておくことは賢明なことです。
 幼児期では簡単なことの繰り返し教育が効果を上げます。
 漢字の書き取りなどの反復練習です。特に名文の反復音読です。
 計算の基盤になる9・9、百人一首のカルタとり、百マス計算などの反復訓練は、模倣という生物的特徴に従った行為なので、努力感がなく、遊戯感覚で、自然のうちに身につき一生記憶に残ります。
 童話で善悪の道徳を教えます。善人はいじめられ虐げられますが、最後に悪人が滅ぼされるというものが多い。
 善が栄え、悪が滅びるという道徳の原型のようなものが子どもの心にセットされます。
 幼児期では「いけないことはいけない」と「キチッと叱る」こと。理屈抜きでよいのです。なぜと聞いてきたら「今にわかる」だけでよいのです。
 幼児期の子どもは、読書に夢中になり、感性を育てます。
 きれいな日本語の文章を音読させることは文章力をつけるのに役立ち、文章を読み取る勘を養います。
 文章に興味を引かれて読書に夢中になることは「概念をまとめる能力」と「集中的思考」が得られます。
 基礎学力は、模倣という幼年期の趨性から培われます。
 この時期は、善き人になるための基本をしつける時期です。信頼する大人によって、しつけられて、自分の価値観となるものです。
 大人の勤勉な日常の後ろ姿を見せる時期です。幼児期の子どもに見せるのは重要なことです。子どもは社会生活のポイントを勘でつかみます。
 子どもはなぜ学校に行かねばならないのでしょうか。私は次のように考えます。
 人間は社会に出たら公に尽くさなければならない。そのために自分を修養し、堅実な家庭をつくらなければならない。
 身を修めること(修身)は一人ではできない。
 学校で先生から教えられ、友だちと切磋琢磨して初めてできるものです。
 だから学校に行かなければならないのです。
 身を修める(修身)とは、
1 人の心の痛みを知る
2 物事の筋を通す
3 社会の習慣には敬意を払う
4 よく考える
5 人をあざむいてはならぬ
 ことを身につけることです。
 これらのことを身につけた人は、私は直観でわかります。
 大人がこのような子育ての理念を持っていることを子どもが知ったら、子どもは大人を尊敬します。子どもは自分と向き合うようになるはずです。
(井口 潔:1921年福岡県生まれ、九州大学名誉教授、医学・理学博士、日本外科学会名誉会長)

 

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トークのうまい人は、聞き手をひきつけるトークができる、そのテクニックとは?

 トークのうまい人は、聞き手をひきつけるトークができます。
 演劇の世界に大きな影響を与えたロシアの有名な演劇の演出家スタニスラフスキーが提唱した考えに次のような「3つの輪」というのがあります。
1 第一の輪(一人)
 一人の状態、独り言です。
 演劇で言えば、舞台に一人で立ってスポットライトに当たっている状態です。
 自分自身に向って話している状態です。
2 第二の輪(二人)
 舞台には二人しかいない状態です。相手に話す為の輪です。
 目の前にいる人を意識した話し方になります。
 自分の話ばかりしてしまって相手を見ていないというのは、目の前に相手がいたとしても独り言を話しているようなもので、第一の輪のシーンをやってしまっている。
 相手をもっと意識しましょう。具体的には「相手の話を聴きましょう」ということです。
 相手の話題と自分の話題を繋げていけるように意識するだけで、ただの自分語りは相手との共通の話題になっていきます。
3 第三の輪(三人以上)
 三人以上が入っています。みんなに向って話す為の輪です。
 舞台にいる役者やお客さんに向って話しかけます。
 スタニスラフスキーの「3つの輪」を意識すると、聞き手をひきつけるトークをすることができます。
 演劇界のレジェンド、スタニスラフスキー氏の提唱した「3つの輪」から私が学んだことは、「話しかける対象を意識して話しなさい」ということです。
 実は、これ、話し上手な先生なら、みんな使っている極意の一つです。
 その極意を意識することによって、誰でも話し上手にぐっと近づくことができます。
 今まで無意識だったことを意識することによって、自分の話し方が変わってきます。
 私も、この「3つの輪」というキーワードを得たことによって、場面によって、意識して言葉を使うことができるようになってきました。
 当たり外れが少なくなり、平均打率が高くなったのです。
 では、具体的に説明します。夏休み明けの2学期の全校朝会でのお話です。
「みなさん、おはようございます」(第三の輪)
「元気なみなさんと会えて、とてもうれしいです」(第三の輪)
「楽しい夏休みでしたか?」(第三の輪)
 と、最初は第三の輪で全校生に向って話しかけます。
 子どもたちの集中力が少しずつなくなってくると、トークのうまい校長は、すかさず、第二の輪に切り替えます。
「ところで、小林くん、すごく焼けているけど、夏休みプールにいっぱい行ったのかな?」(第二の輪)
 と、目の前にいた小林くんに話しかけ(第二の輪)、場の空気を変えてしまうのです。
 一瞬、話に間が空きます。
 そして、周りの視線と意識が校長と小林くんに向ったら(第二の輪)、また全体の場に向けて話し始める(第三の輪)、というようなことをするのです。
 時には、第一の輪も使います。
「校長先生の夏休みはねぇー」(第一の輪) 
 そして、また子どもたちの視線が校長に集中したら(第一の輪)、全体に向って話しかけるのです。
「みなさんも、教室に帰ったら、担任の先生に楽しかった思い出をいっぱい話してくださいね」(第三の輪)
 全校朝会で、全校生に話をするのですから、常に「第三の輪」の言葉で話をしているということになります。
 しかし、最初から最後まで「第三の輪」で話をしていると、よほどの話術がない限り、単調で平坦な流れになっていきます。
 トークのうまい校長は、時には「第一の輪」になったり、「第二の輪」になったりして話を続けます。
 実際に置かれている状況と言葉をわざとずらすというテクニックを使っています。
 これを読んでいるあなたは、これからは意識して行えるようになるはずです。
(俵原正仁:1963年生まれ、兵庫県公立小学校校長。笑顔の教師が笑顔の子どもを育てる実践はマスコミにもとりあげられた)

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トラブル対応は初期が最も重要である、「トラブルは恥」という意識は捨てよう

 トラブル対応は、初期段階が最も重要です。
 教職員の精神の健康管理のためにも、指導の悩みやトラブルに関する相談を出し合い、情報を得ることのできる雰囲気を職員室につくろう。
 近年は、教職員評価制度が導入されたことで、管理職にトラブルを知られることを避ける教師が増えているようです。
 仕事上の悩みや相談を気軽に口にできない雰囲気が職員室にまんえんすると、トラブルが管理職の耳に入ったときには、手の付けられない状況になってしまいます。
 学校ではトラブルが起きるのが当たり前と考えるのがふつうです。
「学校はトラブルがあって当たり前」であることを、管理職が機会あるごとに伝えていくことが必要です。
 その機会を積極的につくるためにも、管理職はすべての教職員との会話を毎日欠かさないことです。
 管理職が教職員と個別に話をし、聞いていると、必ず子どもの指導に対する悩みやトラブル対応などについて、教職員が口にするようになります。
 何かと課題の多い教育現場において、何の悩みも抱かえていない教師は、誰一人いません。
 教職員の本音を引き出すことができるのは、管理職しかいません。
 活動的で自己主張のかたまりのような子どもたちが集まるのが学校です。
 友だちとの摩擦を経験して、子どもたちは成長していきます。
 ですから、どんなに学級経営がうまくいっているクラスでも、毎日、必ず些細ないざこざは起きているはずです。
 その些細なトラブルに対して、教師がどのような初期対応をとるかによって、クラスがさらにまとまるのか、逆に大きな問題に発展するのかが決まります。
 大きなトラブルに発展してしまった事案の中には、初期対応をもっと丁寧にやっていたら、大きな問題にはならなかったというものが、たくさんあります。
 子どものトラブルも保護者対応も、初期対応が8~9割の比重を占めると言って過言ではありません。
 的確な初期対応をとるためには、些細な問題を出し合うことのできる雰囲気を職員室につくることが大切です。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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偏差値60以上の子と50以下の子の学習習慣の違いとは

 勉強の得意な状態は「面白い」→「好き」→「得意」というステップをたどります。
 私は河合塾で進路指導に携わってまいりました。
 多くの生徒に接してきた経験から、偏差値60以上の子と50以下の子の学習習慣に、次のような特徴的な違いを感じずにいられませんでした。
1 暗記
 出会いの繰り返しが、記憶になります。とにかく「出会い」の数を増やすこと。
(1)偏差値60以上の子
 インプットの際には「脳」と「ノート」に「自分が納得した跡を残し」つつ、精神的には「また出題されるだろうな」など、ゆとりを持つ。
 ただ暗記することが目的ではなく「何回も、覚えたいことに出会える機会を用意する」
「暗記カード」は「短文・穴埋め方式」「逆引き」になっていたりする。
「暗記カード」のネタは教科書、模擬試験、辞書だったりと、特別なネタではない。
(2)偏差値50以下の子 
「一発で覚えよう」とし、「覚えられない」ときは、そこで思考が止まります。
「暗記カード」は「1対1」対応になっている。
2 たとえ話・比喩
 先生は説明する際に、よく比喩を用います。比喩表現に触れ、理解する機会を意識的に設けましょう。
 たとえ話・比喩を理解できる力は「要点を聞いて、物事の全体像を理解する能力に比例している」ように思えます。
(1)偏差値60以上の子
 たとえ話・比喩が理解できる。
 「1を聞いて10を理解する」ことができます。
(2)偏差値50以下の子 
 たとえ話・比喩が理解できない。
 10を聞いて1しか理解できない。
3 質問力
 質問力と学力は関係あると私は考えています。まず「質問の質」を上げる。
 小さな理解を積み重ねて、試験の出題者の意図するところに考えが及ぶまで、少しずつ達成感を得られる機会を優先し、その積み重ねが質問の質を上げ、学力向上につながるのです。
(1)偏差値60以上の子
「自分から自分に質問」しています。
 その結果として発生した「問題点」の視点が間違っていないか、今後どういう方向性で考えていくかを確認したくて質問します。
 入試問題の場合、「その入試問題の作成意図と求めるもの」理解している。
(2)偏差値50以下の子 
「わからない」「知らない」が一体となって「すがる思い」で質問してくる。
 放っておくと質問しない。
 入試問題の出題者の意図には、到底考えも及ばない状態です。
4 英語
 英語を例にした勉強の基本(1から順番に)
「五感を使って、自分の頭で覚えれば」必ず脳のどこかに引っかかる
1 英文は「使う形」で飲み込み、忘れることを前提にする
2 忘れたときには「自分の言葉」で書かれたノートを見る
3 また忘れたときには、ノートを見て、書いて、紙の辞書を引く
4 センテンスで使える自分に気づく
5 英語は5つしか文型がないことに改めて気づく
6 初めて見る単語も怖くないことに気づく
7 五感で覚えることのメリットに気づく
(1)偏差値60以上の子
 英語が好き、少なくとも英語に触れることが「苦手でない」生徒です。
 英語は入試だけにとどまらない汎用科目。
(2)偏差値50以下の子 
 英語は単語・熟語・文法の暗記。
6 国語
 どの教科にも通じる「物事を理解する道具」としての言語量が、少ない生徒が多い。
 国語では、思考するための道具としての言語量が大切です。
(1)偏差値60以上の子
 国語はベースになる知識をもとに情報を正しく読む。
(2)偏差値50以下の子 
 国語はフィーリング。
7 数学
 数学の初歩は大切である。数学の初歩は入試に出ないが入試問題を解くには必要なこと。基礎は、実際に入試に出るが、入試に出たら9割の受験生が正解すること。
 例えば「解の公式」は入試には出ないが、「解の公式」を知らず、公式に数値を入れて何百回解いても「数学力」はつかない。
 数学が苦手でも、入試問題を見渡して「抜けている初歩」を固めましょう。
(1)偏差値60以上の子
 数学は「運用と訓練」をもとに応用がある。
(2)偏差値50以下の子 
 基礎が大切と思うあまり初歩をおろそかにし、数学の全体像を見ようとしない。
 数学はひらめきと思考力。
8 地歴・公民
 「なぜ、どうして」を考え抜こう。
(1)偏差値60以上の子
 「なぜ、どうして」を思考し、考え抜くことで理解する。
(2)偏差値50以下の子 
 とことん「暗記」に決まっていると、教科書の重要部分の暗記に終始してしまう。
9 理科
 理科は日本語の読解力が求められます。「設問が何を言っているのかわかる」ことができて「説明」が求められる問題が多々あります。
 公式・定理も重要だが、問題文を読めるように。
 理科は科目の中の分野ごとの出来・不出来が大きいケースが多い。
 好き・得意分野をきっかけに「解ける喜び」を実感して得意になるようにしましょう。
(1)偏差値60以上の子
 理科は分野ごとのポイントを押さえて科目の全体像を知る。
(2)偏差値50以下の子 
 理科は定理や公式、計算が面倒。
(齊藤淳一:1963年生まれ、河合塾20年以上のキャリアがあり、河合塾進学アドヴァイザー)

 

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