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教師に思春期の理解がないと、生徒指導はできない

 教師は思春期というものを、自らの体験した範囲で理解しようとしても限界があります。
 多くの教師の小学校、中学校、高校時代は、勉強もでき、比較的恵まれた家庭環境の中で育ってきた人が大半である。
「荒れた生徒」によくある「家庭崩壊」や「貧困」は経験していません。
 私は定年退職後、複数の大学の教職課程で「生徒指導」を教えていました。
 最初の授業では必ず「自分の思春期を具体的に書き、感想を書きなさい」というテーマを与えてレポートさせました。
 学生のレポートの大半は、
「私には、一般的に言われている思春期はなかったと思う」
「思春期はあったが、あっという間に過ぎた」
「割と簡単に乗り越えたと思う」
 というものでした。
 つまり、大半の学生には自覚的な思春期はなく、あっても激しいものではなく、安易に乗り越えてきた思春期しか経験していません。
 今日の学校現場は、思春期に、援助もなく、苦しむ子どもたちがいます。
 その子どもたちの一部が「荒れた生徒」と言われる子どもたちです。
 激しい思春期を経験したことのない教師には、この「荒れた生徒」を理解するのが難しいのは、当然なのです。
 教師が思春期を自らの体験した範囲で理解しようとしても、限界があります。
「荒れた生徒」によくある「家庭崩壊」や「貧困」は経験していません。
「家庭崩壊」や「貧困」の中で育った「荒れた生徒」たちの中からこそ、思春期を通過する困難さと、何が思春期を乗り越える条件なのかを見てとれるのです。
 この荒れた子どもたちを排除したり、格闘するのを避けたりする生徒指導をしていれば、いつまでたっても思春期を理解できずに教師生活を続けることになります。
 たとえば、校則違反をするのは、単に「規範意識」が低いのでも、「道徳心」が育っていないのでもありません。
 そうせざるを得ないのは思春期特有の誰もが通過する
「目立ちたい」
「自分を発揮したい」
「認められたい」
 という、まっとうな欲求があるからです。
「校則違反」はこの欲求を満たそうとした結果でもあります。
 地味な努力を要する成績では目立つことができないから、安易な「茶髪」や「異服」にするのです。
 ですから、簡単には直してきません。欲求の充足の手段ですから、一朝一夕には克服できません。
 正しい充足の場がない限り、その問題行動は続きます。
 生徒指導がうまくいかないときには、このような視点で生徒指導のあり方を振り返ってみてください。
 いろいろな視点から振り返る必要がある。その一つが基本的欲求を満たしていくような生徒指導になっているかどうかである。
「思春期の理解」に努めることが、「荒れた生徒」への対応だけでなく、すべてのこの時期の子どもたちにどう対応するのか、どう育てるかという「考え方」の視点を与えてくれます。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

 

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