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子どもの脳と心の成長を科学的に解明すると、どのようになるか

「イヤイヤ期はなぜ起きる」「思春期に感情が暴走するのはなぜ」等、ヒトの本質に焦点をあてて、脳と心の成長を科学的に解明します。
 チンパンジーは私たちにたくさんのことを教えてくれます。
 幼少期から集団の中で育つ機会がある野生のチンパンジーは、どんなふうに子育てをしているのかを見て育っています。野生のチンパンジーの育児放棄はほとんどありません。
 ところが、子育てを知らない経験のない動物園のチンパンジーは、出産時にパニックに陥って、足で踏み殺したり、壁に投げつけたりして、半数が育児拒否するといいます。
 大人との身体の触れ合いが乳幼児の脳を発達させます。 
 ヒトは乳児を抱っこし、なで、おっぱいをあげながら「可愛いね」と声をかけ、微笑みを向けます。こうした働きかけを乳児に行うのはヒトだけです。
 乳児が母親から授乳されると、血糖値が高まり、抱かれるとホルモンが分泌され、乳児に心地よい感覚が生まれます。
 乳児が養育者から心地よい感覚を経験し学習することが、その後の対人関係発達の基盤となります。
 この経験が中学生、高校生になった時に、親から離れて自立しても「いざとなったら、頼れる」というイメージを沸き立たせることができます。
 さらには、この乳幼児の対人関係が、親以外の他人に対する期待にも関連していきます。
 子どもの脳の発達には、他者との身体を介した経験が不可欠なのです。
 ヒトは、ことばを獲得する前から他者の行為を真似し始めます。
 そこには、他者の行為から効率よく学習したり、行為の背後にある心を読み取ったりするという、発達における重要な意味があると考えられています。
 異年齢の子どもたちが遊ぶことは非常によい方法だと思います。
 なぜなら「イヤイヤ期」をこれから卒業していく子どもたちは、自分にはできるけれども、自分より小さい子どもにはできないのかなと、視点変換させてイメージする機会を多くもつことになります。
 ヒトの心は他者との関係なくして育ちませんから、ヒトの心を育む環境、つまり、親や社会が果たすべき役割が重要で、「ヒトの子育ては共同養育が基本」ということです。
 ヒトは、所属する集団のメンバーが共同で子育てをしながら進化してきた動物であるからです。
 ヒトの子どもは自立するまでに、たいへんな時間と労力がかかります。ヒトは本来、子どもを複数の手で育ててきました。共同養育を基本として進化してきた動物であるはずです。
 思春期の子どもたちは、この時期特有の脳と心をもっています。彼らは決して、病んだり壊れたりしているわけではない。
 その事実を科学的根拠に基づいて説明します。
 大脳皮質の奥の方には「大脳辺縁系」と呼ばれる場所があります。ここは、自分の意思ではコントロールできない感情が湧き立ちます。
 例えば、何だかいらいらするとか、おかしくて仕方がない、ドキドキするとか、無性に腹が立つ。
 こうした感情が起こる場所が辺縁系です。性ホルモンの影響を受けて、辺縁系が急激に発達するからです。それに伴い、感情爆発が起こり易くなるからです。
 これに対して、脳の前頭前野の重要な働きの一つは、辺縁系の感情爆発を抑制することです。
 しかし、思春期の子どもたちは、辺縁系は活性化しやすいですが、それを抑制する前頭前野が完成するのは25歳です。
 こうしたミスマッチが10年以上も続くわけです。彼らは感情を抑えたくても、それを抑制する脳がまだ成熟していないのです。
 この辺縁系と前頭前野の発達のミスマッチが10年以上も続くことは、精神疾患を発症する時期とも関連するとも言われています。
 ADHD、不安障害、気分障害、統合失調、薬物乱用、その他の精神疾患者の78%は思春期に発症しています。
 IQが高いと評価された人も、子ども期に前頭前野の発達がゆっくりであったという報告もたいへん興味深いものです。
(明和政子: 京都大学霊長類研究所研究員等を経て京都大学教授。専門は比較認知発達科学)

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