子どものときの遊びは、人間らしい人間になるために絶対に必要である
遊びは、大人社会の縮図といえます。
大人が実社会で経験する、葛藤や挫折、あるいは実際に使われている大人社会の技術のひな形が、子どもの遊びの世界でもさかんに使われます。
子どもたちは群れ遊びのなかで、人と人との交わり方である「共感能力」「融合能力」「連帯能力」を、徐々に、しかし着実に身につけていくのです。
それは、まともな人間になるうえで、欠くことのできない経験の蓄積でもあり、生きる知恵ともなるのです。
不幸にして、幼児期から少年少女期にかけて、ほとんど群れ遊びをせずに育った子どもは「人を信頼したり」「本音で話し合ったりする喜び」を知らずに大きくなっていきます。
そして、青年期にも親友を作るすべを知らないまま、社会人となります。
勉強がよくできると、そこ、そこの大学に合格し、就職難のときでも入社試験に合格はします。
しかし、そこからが大変です。初対面の人にはマニュアル的な対応しかできない。
対人関係では「相手の心の動きが察知できず」に、後味のよくない結果に終わってしまうといった元秀才は少なからずいるのです。
子どものとき、日光の下、集団のなかで毎日のように遊んだ子は、大脳の古い皮質が鍛えられ強くなります。
いろんな人と親しくなったり、少々の挫折にへこたれない強靭さといったものは、大脳の古い皮質の働きです。
たくましさ、バイタリティ、粘り強さといった、人間として生きる力の源ともいうべき野生は、大脳の古い皮質の発達に左右されます。
群れ遊び抜きで成長したつけは、必ず回ってきます。
幼児から少年少女期にかけての群れ遊び、外遊びは、人間らしい人間になるために、絶対必要な糧なのです。
(岸本裕史元:1930-2006年、神戸市生まれ、元小学校教師。百ます計算の生みの親。1985年 「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会(落ち研)」(現「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会」)代表委員)
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