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授業で、教師の話し言葉や教師の態度は、どのようにすればよいのでしょうか

「これは覚えなくてもよいいが、まあ言っておこう」「少し難しいことだが」など、言わないでもよいことを言うために、かえってわかりにくく興味を薄くすることが少なくない。
「アー」「ウーン」など用もない音声は用いないようにしたい。
 教師の動作が沈着であれば、子どもたちも黙って深く考えるものである。
 感化力とは、自分を磨き、成長させることで、まわりの人々によい影響を 与え、考え方や行動に変化をもたらす力です。感化力という偉大な効果は、言語を手がかりにしなければならない。
 言語は、教化を行うのに適している。
 古来、聖賢が教えを説くのに言語の力によるものが多いのは、感化力は言語だからである。
 われわれの舌によって第二の国民が作られることを思えば、人として肝要な武器である 言語は、これに比するものはない。
 言葉は流ちょうなのはよいが、相手が子どもであるから、わかりやすく、はっきりしていなければならない。
 教師の言葉は、活発と熱心で、その発音は怒気を含まず、悲壮を帯びず、要するに声高にして、聴覚しやすくすべきである。
 教師の言葉は「明晰」「生気」「品格」の三要素を必要とする。
 教師の言葉は「声高」「平易」「確実」「透明」「簡潔」の五箇条が求められる。
「ことばに生気がある」と、話しに魂があり、活力を備えているため、人々に感銘を深くすることができる。ことに人を感奮させようとするには、このことが多大な意味をもつ。
「言葉に愛情がこもっている」と、人を動かし人を感じさせることができる。他人から見て趣味ある言葉と認められて、自然と品格があるようになる。
 子どもに対しても、子どもの人格を重んじてやることは極めて重要なことであり、相当な敬語を用いることは大切である。
 ただ口のみで言うよりも、手まねをもって「こればかりの大きさです」というほうが、はるかに解しやすく、適度の態度を工夫することは、教師の大いに努めなければならないことである。
 教師の態度は、ゆったりと落ち着いて、あわてない大器であるなかに、しかも、こまごまとしたきまりにもよく注意の届く、爽快で心の微細な動きがなければならない。
 教室の子どもがあたかも凧の糸目が一点に集まるように、全ての子どもたちの注意が一点に集中するようにあってほしい。
 子どもは教師の望むところに注意をしない。その子どもの心を教科のほうに向けさせる工夫によって、心を傾けるようになる。
 一時間全部の授業を見なくても、数分間で教師の力量は知られる。というのは、教師が多くの子どもの中心に立ちうるか否かによって鑑別されるからである。
 教師は教職の威厳を保つだけの見識を備えたうえに、寛大な愛情のこもっているところがなければならない。
 教師の心は、すなわち子どもの心であって、子どもの心は、やがて教師の心とならねばならない。
「巧みなる教授には、教師と子どもとの間に、感情の交通あり」という言葉が先人によって発せられている。
 どの教科でも、教師が教える必要があると準備しても、もし子どものほうが、これの必要を感じないというのであっては、進んで学習しようという気持ちが起こらない。
 子どもの発達の程度を知らないために、彼らの趣味に投じないために、教師ばかりがみだりに持ちかけても効果は極めて薄い。
 ぜひとも、教師と子どもが相投合していなくてはならない。
 1時間の授業中に、教師が主となって働くときと、子ども自身が主となって働く場合とを適宜に配合する必要がある。
(加藤末吉:明治時代の東京高等師範学校付属小学校の訓導。教材や教科書を生かす伝達の仕事に教職の専門性を求め、それを「教順」(教授活動の形式・手順)と「教式」(教師-児童間の体裁、講演式・問答式・対話式など)を実行する際に教師が注意すべき言語・動作の技術を研究した)

 

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