どの子も発言したくなる授業をするには、どうすればよいか
今、教師と子どもの「間違い観」が問われていると言えます。
「間違い観」ひとつで、授業はまるっきり変わっていくのです。
「間違い」が、深い学習にとってどんなに重要か、「間違い」が楽しい授業にとって不可欠でさえあることを、授業の事実で体験させていくことです。
そうすれば、今まで沈黙を守っていた子どもたちが、どんどん発言するようになります。
発言することで、授業が何倍もおもしろくなることを、子どもたちは実感していくのです。
すると、授業が活気に満ちたものになります。
個性的な意見がつぎつぎと出されるようになります。
ときには、対立意見が出されます。傍観などしていられなくなります。
友だちがどう発言するか、ハラハラしながら聞くことになるのです。
発言したくて、うずうずしてくる子もでてくるのです。
ほんとうの意味で、共同の学びができるようになります。
あすの授業を楽しみにする子どもたちが増えてくるのです。
教師は、みんなで話し合うことに値する教材を用意し、授業のどこで、どんな話し合いをさせるかだけを準備しておくだけでよいのです。
授業においての子どもの発言には、深い意味がある。
授業中に子どもが発言するようになると、
(1) 授業だけでなく、子どもの生活も生き生きとする。
(2) 学ぶことが楽しくなる。「なぜ学ぶのか」について考えるようになる。
(3) 次第に、子どもたちの個性的な意見が次々と出されるようになる。発言しない子も傍観などしていられなくなる。
(4) 自分の間違った意見や、友だちの間違った意見などを聞いて、子どもたちがお互い協調するようになり、明日の授業が楽しくなる。
教師が、子どもたちの授業中の発言を保障し、子どもたちが自発的に発言する環境を整えてあげることが大切である。
そのためには、子どもたちが「間違うことを保障」してあげることである。
子どもが、授業で生き生きできないのは「間違い」や失敗を恐れているからである。
「間違い」をしないために、沈黙を守るのである。
沈黙は、恥をかかないための最良の手段でもある。
「間違い」が深い学習にとってどんなに重要か、「間違い」が楽しい授業にとって不可欠でさえあることを、授業の事実で体験させていくとよい。
そして教師は、みんなで話し合うことに値する「教材」を用意し、「授業のどこで、どんな話し合いをさせるか」だけを準備しておけばよいのだ。
一人ひとりの発言に、大袈裟でも丁寧にはげまし、その個性を褒めることが大切である。例えば 「よくそんなところに気づいたね。すごい」と。
「正しいこと」を求めるのではなく、彼らの頭に自然に浮かんだ疑問、意見、それ自体を求めればいいのだ。
そして発言は強制せず、発言し出すのを待つことである。
授業のリラックスした状態が、じっくり考えたり、自分の発想を練るためには大切である。
そのためには、子どもを不安にさせないことがたいせつである。
例えば、指名などを行ない、考えてもいなかったことを急に言わされたり、黒板にだされたりしたら、子どもはどきまぎしてしまう。
不安は考えや発想の障害になるからだ。
学ぶことが楽しくなると、子どもは頭脳の扉が開く。
大人が考えてもいないようなすばらしい発想があふれ出てくる。
だからどんどん吸収することが可能になる。
発言はいつのまにか授業中だけでなく、いじめや暴力への反発の叫び、節度があり自由で楽しい生活にするためのものになるに違いない。
(今泉 博:1949年北海道生まれ、東京都公立小学校教師、北海道教育大副学長(釧路校担当)を経て松本大学教授。「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)
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