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授業の目的は、子どもたちが受動から能動になるようにすること

 正木孝昌先生の偉いところは,毎日授業のテープを聴いていたことだ。
 名人と言われる人が毎日聴いているのである。そして,子どもの算数の世界に突入している。
 名人技は,日々の授業の反省から始まると行っても過言ではない。
 授業は、子どもたちを必ず受動から能動にしなければならない。
 授業で一番大切なことは、目の前の子どもたちが「生きている」かを見定める目があるかどうかである。
「生きている」ということは、何か物事に働きかける姿。言い換えると能動的になること。
 すなわち、授業の目的は子どもたちが能動的になることである。
 新学期の最初の授業に先生が子どもたちに声を掛ける。
 その場面では、全ての子どもが必ず手を挙げる質問でなければならないということです。
 このことを1年間続けたら、必ずその授業が好きになります。
 それはなぜかというと、子どもの立場に立ってみたら、授業の最初の質問で「分からない?」という気持ちになったら、残りの授業を不安な状態で受けることになってしまいます。
 子どもとは本来受身であるから、最初の質問は誰でもが分かるものにして、彼らを積極的に参加させる下地を作って授業を展開していくことが大事でしょう。
 子どもたちが受身の状態から積極的に授業に参加していくことにより、子どもの方から問題への働きかけを引き出すことができます。
 その結果、授業が楽しくなる。こうした一連の授業の流れを頭の中に留めておかなくてはいけないんじゃないでしょうか。
 授業は2段階です。スタートは受動的、それが能動となる。
 受動から能動とは、漠然としたものを明確にすること。
 微妙な違いのものを与えると、既習したことを使っていろいろな方法で調べだす。つまり能動的になる。
 その順序は、
(1)問題を与える(受動)
(2)問題を解く。命令されて動いているだけ。この段階ではまだロボット状態。
(3)解くうちに何かに気づく。
(4)今まで見えなかった「きまり」が見えてくる。
(5)いろいろな数で確かめようとする。ここでは、もうロボットではない(能動)
 授業は、必ず受動から能動にすることが必要。これは教師が作らなければいけない。
 例えば、
 
「今日から分数÷分数の計算を考えたい」
 「今の自分でも、自信をもって計算できる分数÷分数の計算ないかな?」
  と問いかける(受動)
 初めて学習する場面だが、わり算の意味と分数のイメージをもとに考えてみると、結構できるものがたくさんある。
 初めての問題や困難な問題に出合ったときに、自分に何ができるかを自ら問わせる。
 これから挑戦する問題に対するひとつの手がかりを見出すという意味で大切である。
 できないもどかしさを感じると、子どもは能動的になる(能動)
 また、「まちがい」を誉めないとだめです。まちがい大歓迎!
 例えば、ある子どもが、
「時速12kmで進んでいる自転車が、30分で何km進むことができるでしょうか?」
 という問題があって
「12×0.3=3.6km」という答えを出したんですよ。
 すごくいいですよね。
 1mが12円のテープが30cmだと「12×0.3=3.6円」と同じように考えたんですね。
 実際には間違いなんだけど、一人が間違うことによってみんなが気づく。
 そのことによって子どもたちの授業に対する働きかけが生まれてきて、
「じゃあ40分だったらどうなるの?」、「小数にならないよ。」
 とクラス中で話し合う。
 そうすると「12×2/3」という式がでてきます。
 分数の掛け算という新しい単元学習のきっかけが、ひとつの間違えから始まった。
 もし間違いが駄目だ、恥かしいという空気が教室で漂っていたら、このような授業は絶対にできない。
 子どもが間違ったとき、必ずいいものがあるんです。
 人間というのは間違いがある。
 わからないことがあるから正しいことが分かる。
 このことを教室の中で一番大事にしなければいけないと思います。
 算数はやっぱり楽しくなければならないですね。
 算数の楽しさとは、そこに問題があって働きかけていく楽しさだと思うんです。
 働きかけていくというのは相手を変えていくということです。
「2+4はなんですか?」と先生から問われて「6!」と答えるだけでは働きかけは存在しないんです。
「答えが6になる足し算はどんなものがあるかな?」という子供たちへ問いかける。
 すると、子どもたちは働きかけなければなりません。
 この答えをいっぱい集めていくことによっておもしろい決まりごとを発見していきます。
「7だったらどうなる?」「分数だったら?」というように広がっていきます。
 これが算数の楽しさなんじゃないでしょうか。
(正木孝昌:1939年高知県生まれ、高知県公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師、國學院大學栃木短期大学教授、算数授業研究会会長、算数科の受動から能動への「二段階教授法」を提唱)

 

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